空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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精神の限界

 第五次捜索部隊が鎮守府に帰還する。成果はまたもや0であり、入渠により体力回復を図った海風は、やはり精神的に参っているようだ。

 前回より取り入れた軽空母2人による広範囲の捜索は、今のところは残念ながら空振りに終わっている。しかし、駆逐隊のみによる捜索よりは格段に効率は上がっており、第三次捜索部隊による捜索から比べると数倍の範囲を捜索することが出来ていた。

 

「海風には先に休ませているので、私達が報告に来ました」

「ありがとう、助かるよ」

 

 執務室に結果を報告に来たのは千歳と千代田。本来なら捜索部隊の隊長を務めている海風が報告に来るのだが、体力は回復したものの精神的にかなり厳しいところまで来ていたので、千歳が交代を申し出た。

 海風自身は自分でやると聞かなかったようだが、妹達に強く説得されたことで、交代を渋々受け入れ、今は休息中である。山風に監視されていたら休まざるを得ない。

 

「捜索範囲を教えてもらえるかな」

「はい」

 

 捜索部隊ということで、旗艦は海図が入力されたタブレットを手にした状態で哨戒を行なっている。おおよその場所を把握しながら、海図上を塗り潰しつつ、隈なく捜索できているかを逐一確認していた。

 画面上は捜索範囲でカラフルに彩られ、第一次から第五次までの捜索範囲が一目でわかるようにされていた。千歳と千代田が参加するようになってからは、その色の範囲が見てわかるほど広くなっており、当然隙間なく埋め尽くされている。

 

「昨日が鎮守府付近北部、今日が鎮守府付近南部。規模をなるべく大きくして、2人がかりで捜索しています」

「隈なく塗り潰せてるし、妖精さんの目は確実だから漏れもないはず」

「それでも痕跡1つ残っていませんでした。確認出来そうな無人島も見てもらっていますが、何も無かったようで」

 

 この無人島にリシュリューとコマンダン・テストが休息として立ち寄っていたのだが、この2人には知る由もない。

 コマンダン・テストの持つ、良すぎるくらいの深海の眼によりいち早く確認され、無人島を確認する前にそこから離れていたのだ。結果的に艦載機が無人島上空に辿り着いた時、その眼が2人を映すことは無かった。

 

「南部には無人島も少し多いからね。手当たり次第探したのか」

「勿論。海風がそうしてほしいと頼んでくるから、艦載機を少し多めに使ったの。彩雲多めに持って行ってたからさ」

「捜索がメインだし、2人とも彩雲を使っていたものね。搭載数が多いスロットに入れさせてもらっていたし」

 

 空母2人は海風のためにとなるべく索敵能力の高い艦載機を採用していた。彩雲はそのうちの1つであり、扱えるものの中でも特に高いものである。

 それを2人がかり、かつ多めに扱えるように装備して捜索任務に挑んでいる。それなのに見つからないのだから、前回と今回の捜索範囲には何も無いと確信出来る状態となる。

 

「そうか……なら、時間は経っているがまだ生存していて、鎮守府に向けて戻ってきているということは……」

「難しいと思いますね……時間もそうですけど、付近に痕跡が見当たらないということは、無人島に辿り着いているということも無いでしょう。あの子達のことですし、無人島で立ち往生したのなら、何かしらの痕跡を残すはずでしょうし」

 

 艦娘であろうが、人間と同じように遭難をすることだってあり得る。艤装が突然故障したり、想定外の戦闘により燃料が無くなってしまったりした時がその時だ。そうなってしまった時の緊急手段として、休息可能な無人島、ないし、岩礁帯などで留まり、救援が来るのを待つように教育されていた。

 今回行方不明となっている駆逐隊にも当然、その教育は施されている。旗艦を務めていた長女──白露や、どのような状況でも冷静に物事を判断出来る次女──時雨、サポートに徹することが多い五女──春雨は、その辺りは特に頭に入れていたはず。それが出来ない状況に置かれたとしか考えられなかった。

 

 実際、春雨はそれが出来ない状況だった。通信機器は全滅し、方向感覚も失われ、戦闘中に居場所もわからなくなり、無人島や岩礁帯すら発見出来なかった。

 それが海のど真ん中で死を覚悟して、恐怖に苛まれ、姉達を失ったことで孤独を強く覚え、心を壊すことに繋がる。学んでいたことが何一つ出来なかった。

 

「……それならそれで、何故痕跡が残っていないんだ。艤装のカケラなり、制服の切れ端なり、小さな痕跡くらい残していてもおかしくないだろう」

 

 この数日間で考えても考えても答えに辿り着けない悩み事。それが、痕跡が残されていない理由である。

 

 あの海域に昔にいた最悪の姫、中間棲姫がまだ生きており、長い時を経てあの場所に帰ってきたのではと考えたりはしたが、一切の痕跡を残さないように片付けた理由だけは全く理解出来ない。

 陸上施設型深海棲艦の陣地が、島のように見えてそれそのもので動き回ることが出来るため、その上で戦っていた駆逐隊の痕跡ごと運び去ってしまったというのが、提督の考えた荒唐無稽ではあるが一番有力な理由だが、自分で考えておきながらあまりにも突飛すぎて首を傾げるレベル。

 

「まだ諦めずに捜索を進めますよ。哨戒する場所はまだ残ってますから」

 

 千歳がタブレットを指差しながら言う。今は現場であろう場所から鎮守府側に調査したのみ。まだそこから離れた場所は調査し切れたわけではないのである。

 しかし、残す捜索範囲には基本的に無人島などなく、細かすぎて海図にも描きづらい岩礁帯がちょくちょくあるくらいだ。この海図自体が数年前から更新されていないというのもあるのだが、地図が変わるということは人工島でも造らない限り起き得ないことである。

 

「こっち方面は時間かかるかもしれないなぁ。島もないってことは、目印が何もないってことでしょ」

「それでも、やらなくちゃいけない仕事だもの。もしかしたら、ギリギリ耐えてるあの子達が助けを求めてる可能性だってあるのよ」

「わかってる」

 

 少し愚痴っぽいことを言ってしまった千代田だが、それを千歳が戒める。

 仲間の生死に関わる任務だ。ここまで時間がかかると、生きている可能性は著しく低くなるのだが、まだ無いとは言えない状況。ならば、出来る限りのことを全力でやるべき。

 既に轟沈してしまっているにしても、轟沈している証拠、痕跡が無くてはそれも確定出来ない。

 

「すまないが、よろしく頼むよ。千歳、千代田」

「はい、お任せください。何かしらの痕跡を探し出せるように、全力を尽くします」

「千歳お姉がそう言うなら、千代田もね」

 

 真面目に答える千歳と、戯けて答える千代田。性格は少し違えど、仲のいい姉妹に、提督も疲れた心を癒される気分だった。

 

 

 

 

 休養を命じられた海風は、山風の監視の下、私室でベッドに押し込まれて殆ど軟禁状態にされていた。入渠によって体力に関してはリセットされたものの、精神的な部分はどうにもならない。

 じっとしていても病んでいく一方なのだが、焦燥感に苛まれながら外に出ていてもいいことは何もない。そのため、なるべく落ち着けるようにと姉妹と共に部屋に押し込まれた。

 

「……山風」

「ダメだよ……外出ちゃダメ。海風姉……おかしくなってる」

 

 いつもは消極的で引っ込み思案な山風も、姉のこととなれば話は別。少し強めに拘束する。

 せめて体力は回復してもらいたいし、どうにかしてでも癒されてもらいたい。そのためなら何でもすると、山風は自分が癒されそうなものを海風の部屋に持ち込んでいた。

 

「眠れないなら……音楽。ヒーリングミュージック……っていうんだって。あたしもたまに使ってる……」

「そういうことじゃ」

「ぬいぐるみ……ギューって抱き締めると、ちょっと気分が楽になる。アロマキャンドル……いい匂いで気分が落ち着く」

 

 次々と出てくるヒーリングアイテムを見て、海風は呆気に取られていた。

 

「……心のことは、多分あたしの方が海風姉よりもわかってる……。海風姉……本当に酷い顔してる。気持ちはわかる……あたしも辛いから……」

「……そんなことは」

「ある。焦ってる。寝ても覚めても、嫌なことしか思い浮かばない……あたしもそうだから……わかる」

 

 いつもならこんなに前に前にと言ってくるようなことは無かった。むしろ山風はそういうことを言われる側だった。人付き合いも苦手で、提督と面と向かって会話することも少ない。休息の時は1人でいることの方が多いレベル。

 しかしそのおかげで堅実な戦いが出来る。状況の把握が早く、顔色を窺うのも得意。それでいて、戦場で逃げることはなく、どちらかと言えば好戦的に戦闘に躍り出る。性格に難があれど、実際は他者のことを一番理解出来るリーダー気質。

 

 だからこそ、提督はそれとなく海風の監視を山風に命じている。ダイレクトに言うと山風は逃げてしまうので、江風や涼風経由で。姉妹からの言葉の方が山風には届く。

 

「いつもの海風姉に戻って……っていうのは、難しいかもしれないけど……もっと冷静になって。自分の手で見つけたいのはわかるけど……それで倒れたら意味がない」

 

 山風から説教を受けるなんて思っていなかった海風は、何も返す言葉が無かった。誰に対しても、それこそ一番親密であろう姉妹に対してすら、目を合わせて会話することが出来ないような山風が、海風をまっすぐ見据えて淡々と話していた。

 それだけ海風が精神的に参っているということであり、周囲にそれがわかるほどに疲弊しているという証拠だった。海風自身は気丈に振る舞っているつもりでも、ガタガタなのは周知の事実。鎮守府全体が海風のことを心配している程である。

 勿論、行方不明になっている駆逐隊のことを心配していない者など誰1人としていない。痕跡が見つかることを皆願っている。諦めてもいない。

 

「……山風……私は……そんなに疲れてるように見える?」

「誰が見ても」

「……そっか。ごめんね……心配かけて」

 

 現在進行形で心配をかけ続けていると山風は思ったが、口に出すことは無かった。今はこれだけ話をしたが、山風はそもそも会話が得意ではない。人の顔色を窺うために、相手からの言葉を待つタイプ。

 

「……姉さん達がもう生きていないのも……正直わかってる。こんなに長い間見つからないなんておかしいもの。でも、どんな敵がそんなことをしたのかが知りたくて仕方ないの。私の復讐の相手が何者かを……早く知りたいの」

「……あたしも同じ……仇討ちがしたい……。でも、焦ってたら……何も出来ないから」

「そうね……そうよね。焦っちゃダメよね……わかってる。わかってるんだけれど……」

 

 山風からの言葉を受けても、海風の焦燥感は払拭されない。理解していても、受け入れたくなかった。生きていないとわかっていても、もしかしたらまだ何処かで救援を待っているかもしれないと、小さな小さな希望に追い縋ってしまう。

 

「寝るまで見てるから。はい、これ」

「……ぬいぐるみ……ギュッとしたら気分が楽になる……のよね」

「うん。大きいのがオススメ……だからいい感じのを持ってきた」

 

 山風が持ってきたのは、自分と同じくらいの大きさのクマのぬいぐるみ。抱き枕としても使えるからと、山風が()()()()()に愛用している一品。それを海風に提供するくらいなのだから、余程心配しているのがわかる。

 海風はそれを強く抱きしめた。山風の言う通り、少し落ち着いた。いつも使っているだろう山風の匂いと、人の温もりと錯覚出来るような温かさに、ほんの少しだけ焦燥感が薄れていくような感覚だった。

 

 だが、その温もりのせいで涙が出そうになった。姉の温もりを思い出してしまった。

 

「……温かい、ね」

 

 山風に悟られないように表情に出さないようにしていたものの、山風はそういうところに敏感であるため、すぐに気付く。しかし、引き剥がそうとはしなかった。

 

「……?」

 

 その時、山風は不思議なモノを見た。海風の手の甲に、()()()()()()()()()が付着しているように見えた。まばたきをした瞬間にそれは無くなっていたため、何か幻でも見たのかと目を擦る。

 

「山風……どうしたの?」

「う、ううん、何でもない。何でもないよ。海風姉、じっくり休んで。さっきも言ったけど、海風姉が寝るまで、あたしがここで見てるから」

「視線を感じてる方が寝づらいと思うんだけど」

 

 苦笑しながらも、ぬいぐるみを抱きしめながら横になる。眠れそうには無かったが、少しだけ気分が落ち着いた。

 

 

 

 

 海風の心は、限界に近かった。

 




春雨が施設で穏やかに過ごす中、海風にも限界が訪れようとしています。復讐の相手がわかれば、それを基礎にして心を立て直すことが出来るかもしれませんが……。
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