空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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秘めた鬼

 金剛は鎮守府の中でも特に頼られている艦娘の1人だ。提督からの信頼も厚く、仲間からも慕われている。その理由はとても簡単で、誰に対しても時には優しく、時には厳しく当たり、艦隊全体の成長を促す中心的な存在として認識されているからだ。

 秘書艦を務める五月雨以上に戦場に出ることが多く、そしてどんな戦場にも対応して確実な戦果を収める。MVPを取る時もあれば、仲間に対して最高のサポートに徹することもある、名実ともにエースといえる存在。

 

 そしてそれは、戦いの場だけではなく、私生活にまで及ぶ。悩みがある者がいればティータイムを開いて相談に乗り、強くなりたいと願う者がいれば率先して訓練に付き合った。

 それ故に、この鎮守府では特に目立つ、お姉さんのような存在だった。金剛型の長姉であるだけでなく、鎮守府にいる全ての艦娘の長姉とすら感じる存在感。

 

 そんな金剛は、仲間を叱ることはあっても、怒りを露わにすることは無かった。実妹である比叡ですら、この鎮守府で金剛が本気で怒っている姿を見たことが無かった。

 当然、見たいからと言って金剛を怒らせてみようなんて考える者は誰もいない。そんなもの見ても損しかないし、金剛を困らせるような真似を進んでやるような者は、そもそも考えた時点で叱られる。

 それに、金剛が()()()()()()()()()が誰もわからなかった。普段通りに過ごしていたらそんなことが起きるわけがない。戦場で何かあったとしても、沈着冷静にその場を乗り切る。前回、前々回と2回古鷹と戦い惨敗した時も、怒りはしなかった。

 

 そのトリガーが今、古鷹の言葉によって引かれた。

 

「妹の魂を冒涜するな」

 

 かつて、『鬼金剛』と呼ばれていた頃のそれを、表に出しているかのようだった。その眼光には何処にも慈悲はなく、古鷹の顔面を掴み上げ、艤装も展開しているにもかかわらず持ち上げていた。

 古鷹の足はもう海面にもついていない。コメカミがミシミシと音を立てており、金剛はそのまま古鷹の頭を握り潰すつもりでいる。

 

「っぐっ、あああっ!」

 

 あまりのことで動揺していた古鷹も、命の危機を感じたか、すぐに気を取り直して金剛の握力を少しでも緩めようと、右腕の艤装で激しく殴打する。

 当然ながら金剛の腕は何にも包まれていない生身。美しい見た目に違わぬ綺麗で少し華奢な腕を艤装で打ち付けられようものなら、あっさりと折れてしまいそうだった。

 

「ふっ……っ」

 

 そんな古鷹の思惑通りにならないように、顔面を握り締めたまま強引に引き寄せた。そして、その勢いを殺すことなく膝を叩き込む。腹ではなく、胸に。

 艤装が腕をどうにかする前に蹴りを入れられたため、その攻撃はキャンセルされ、力が一瞬抜ける。

 

「っぎっ!?」

 

 深海棲艦であるために頑丈になっていたものの、ダメージはそれ相応。骨が折れるようなことはなくとも、内臓は激しく揺さぶられる。

 

「この……っ!」

 

 激痛に苛まれながらも、金剛を引き剥がすためにあらゆる手段を用いる。右腕の艤装ではダメだと判断し、次は尻尾の艤装を振りかぶった。未だに比叡の刀剣は噛み付いたまま離しておらず、それを先程まで握りしめていた比叡は、榛名の声色を使われたことで体勢を崩した後、尻尾の振り回しによって振り払われてしまった。

 つまり、今の古鷹の尻尾は完全なフリー。金剛の手を引き剥がすために、100%の力を発揮出来る。さらに言えば、咥えたままの比叡の刀剣まである。

 

「っ!」

 

 対する金剛はさらに握力を強めた後、またもや思い切り引き寄せたかと思った瞬間、力いっぱいその脚を払う。古鷹の身体は突然、海面に平行にされていた。

 そうなってしまうと、尻尾の動きは狂う。金剛に狙いを定めていたのに、意図せず空を切ることとなった。

 

 そして、金剛はその尻尾の動きを殺すことなく振り回した後、顔面から手を離すことなく海面に叩き付ける。陸で叩きつけられるよりはダメージが少ないだろうが、背面から受ける衝撃はそれなりにあり、古鷹は大きく咳き込むことに。しかし、顔面が未だ掴まれているままであるために息が上手く出来ない。

 

「かはっ!?」

 

 息がおおよそ抜けたタイミングを見計らって、空いている拳でさらに胸を殴りつける。肺の中の空気が全て抜ける感覚。

 その間もコメカミへの締め付けは緩むことはない。骨が軋み続ける痛みと、息が出来ない苦しみ。それを同時に与えつつも、だが()()()()()()()()()

 

 今の金剛は怒りに任せ、無限に苦しみを味わわせるような攻撃を繰り出し続けている。生かさず殺さず、先程の行動を心の底から後悔するように、身体に教えるかの如く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりに。

 

「ひ、ヒエー……」

 

 そんな金剛の姿を見て、比叡はただただ見ていることしか出来なかった。自分の知らない姉の姿を見せられて、震えてしまっていた。

 

 温厚で、寛容で、いつも笑顔を絶やさないような大人の女性。比叡の目から見ても、姉とか関係なしに尊敬出来る、強く正しく美しい艦娘。それが金剛だ。

 しかし、今の金剛は何もかもが違う。艦娘となってから見せたことのない冷たい瞳で、ただ古鷹を滅多打ちにしているその姿は、まさに鬼。鬼神とも呼べるほどの苛烈さは、あれほどまでに勝てなかった古鷹を相手にしても手も足も出させることはない。

 何かをしようとした瞬間には既に対処し、その数倍の痛みを与えて黙らせる。しかし、身体に傷をつけるようなことはしない。骨を軋ませ、息が出来ないように苦しませる。

 

 実際、金剛は既にあの古鷹には追いつける、むしろ追い抜く程の実力を、艦娘ながら持ち合わせていたのだ。しかし、元来の優しすぎる性格と、自分のことを顧みることなく仲間のことを第一に考えることで、出せる力の半分近くしか出せずにいたに過ぎない。

 自分のことは後回し。仲間達と共に歩くため、無意識に実力を()()()()()。高すぎる力で孤立するより、抑えた力で仲間と一緒にいることを、無意識に選択していた。誰にも、自分ですらわからないように。

 だが、今の金剛は怒りによって何も見えていない。守るべき仲間が見えなくなったことで、出せる全ての力で古鷹を完膚なきまでに叩き潰そうとしていた。

 

「……あれが金剛の本来の力か」

 

 それを眺めていた武蔵も、手を出すことが出来なかった。むしろ、ブルリと身体が震える。そして、自然と()()()()()()()。あの強さを自分でも相手したいと、武者震いが止まらなかった。悪い癖だとサラトガが諌めるほど。

 怒りに呑まれれば本来の力が発揮される。溢れることなく、艦娘としての正しい怒りを振るい続け、結果があれだ。

 

「こ、このっ、突然……っ」

 

 喰らっている古鷹は堪ったものではない。自分で呼び込んだ種であるとはいえ、艦娘にこうもいいようにされていることが許せない。泥によって歪みに歪み、あらゆることを利用しようとするくらいに下劣な性格にされているせいか、この現実が認められない。

 

「やられてっ、堪るか……」

「後悔しなさい。自分の行いを」

 

 また頭を引き寄せたかと思いきや、次は腹に膝を入れる。そして、握力をさらに強めて激痛で苦しめる。

 次第に古鷹は酸欠状態へと陥っていく。正常な判断が出来なくなっていき、泥により歪んだプライドが増長し、より深みへとハマっていった。格下だと考えていた艦娘に、今までに二度も圧倒した艦娘に、何もさせてもらえずやられるなんて、プライドが許さなかった。

 

「私が何を言われようが構わない。蔑まれようが、罵られようが、痛くも痒くもない。どうであれ、私は私だから」

 

 言いながらもその攻撃は一切止めることはない。空いている手も使って、より苦しむように急所ばかりを狙う。腹を蹴って肺の中の空気を軒並み吐き出したタイミングで喉を殴りつけ、より窒息を狙った。

 

「仲間を蔑むのは許せないが、格下と言うくらいならまだマシだった。気に入らないけど、傲慢なのは貴女達の在り方だろうから、ここまででは無かった」

 

 苦しみ、涙目になったところでさらに苛烈になる。ゼロ距離で砲撃を放ち、金剛の隙を窺っていた艤装に包まれた右腕を爆破するように撃ち貫いた。その爆発で金剛自体も傷付くが、痛みすら感じていないように表情は変わらない。

 対する古鷹は余計に苦しんだ。いくら艦娘以上に強固な艤装であっても、戦艦の主砲をゼロ距離で喰らえばひとたまりもない。艤装の中にある生身の右腕も曝け出され、ズタズタにされた。

 

「死んだ妹の力を、戦艦の力を利用するのもギリギリだった。そういう存在であることを理解しているから、すんでのところで止まれた」

 

 残された尻尾も同じように撃ち抜いた。再び爆風を喰らうものの、やはり金剛は一切動じない。自分が傷つくことは全く気にならない。

 腕の艤装よりも強固なのか、砲撃を受けても破壊まではいかなかった。しかし、内部がおかしくなったか機能不全を起こし、今の今まで咥え続けていた比叡の刀剣をポロリと落とす。

 

 金剛はそれを見逃すわけもなく、沈んでいく前に拾い上げた。

 

「でも、妹の力だけならまだしも、妹の()()()までを利用して捻じ曲げたことは、万死に値する。このゲスめ」

 

 その刀剣を振りかぶると、腕力のみで尻尾を斬り落とした。最も使い慣れている比叡でも出来なかったことを、怒りのみで本気を出した金剛は、いとも簡単に成し遂げてしまった。

 

 当然、金剛にも代償はある。この本気は、金剛の力を100%どころかそれ以上の力を発揮してしまっている。今の一撃で、金剛の腕は悲鳴を上げていた。筋肉が壊れ、動かすだけでも激痛が走る程に壊れた。

 だが、眉一つ動かさない。痛みがより力を発揮するための原動力となり、今では200%の力を出してしまっている。

 

「何か、言うことは」

 

 息も絶え絶えな古鷹に向けて、刀剣を突きつけながら問いただす。

 

「……謝れとでも、言うんですか」

 

 歪んだプライドにより、そんなことが出来なくなっている古鷹を、金剛は冷たい瞳で睨みつけていた。

 

「何を勘違いしてるの。貴女に望む言葉は、()()()()だけ。謝っても許さない。今までやってきたことを後悔しろと言ったでしょう。後悔して、後悔して、それでも許されることなく惨めに死ぬの。それでも足りない」

 

 殺意しかないその瞳。自分が元々艦娘であり、白露のように元に戻るかもしれないということをチラつかせて躊躇わせるつもりだったが、それすらももう通用しない。

 自分のダメージと同じように、古鷹の言葉は素知らぬ顔で受け流す。心に留めておくつもりもない。謝罪の言葉も、命乞いの言葉も、何も聞くつもりはない。この先にあるのは死のみ。

 

 古鷹は深海棲艦化して初めて、心の底から恐怖を感じた。

 

「ま、待って」

「待たない」

 

 今までで一番強く顔面を握り締めた後、力いっぱい真上に投げ飛ばす。腕と尻尾、どちらの艤装も破壊された古鷹は、身動きの取れない空中に投げ出されたらもう本当に何も出来ない。

 そんな古鷹を見据え、比叡の刀剣を両手で握り締めた金剛は、そこへ今の怒りを全て込める。

 

 

 

 

「格下の蔑んだ相手にやられて後悔しなさい」

 

 そして、落ちてくる古鷹の胴を、綺麗に袈裟斬りにした。

 

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