「まぁ、美味しいとこ貰っちゃうようで悪いんだけど、あたし達もここから参戦するわ。アイツ、ぶちのめしてあげようか」
新たに戦場に現れた北上は、何の気無しにそう言い放った。隣にいる大井も、そうなるのが当然だという表情で付き従う。
不思議とその言葉に偽りはなく感じ、これ以上無いくらいに頼りになる空気を持っている。訓練に付き合ってもらっているからこそ、その強さは身に染みているのが駆逐艦達だ。
そう言われて面白くないのは龍驤である。艦娘のことは全て格下だと思っている龍驤にとって、それから余裕を持ってぶちのめすと言われたら、気分が悪いのは当然のこと。慢心しているわけではなくとも、むしろ自分が格下のように見られるのは我慢ならない。
「なんやお前は。いきなり出てきといてその言い草は」
腹に突き刺さる魚雷を投げ捨てた龍驤は、駆逐艦達を無視するかのように北上を睨みつける。
山風以外は息も絶え絶えであるため、北上が挑発してくれたおかげで今はそちらに意識が向いているのはありがたかった。特に江風は顎への一撃で脳が揺さぶられており、意識が一瞬飛んだことでフラフラ。腹に爪先を入れられたせいで吐き気が止まらない五月雨や、顔面を殴られたことで鼻血が出てしまっている涼風も、戦闘は続行可能だが少々キツイ。
そして一番危険なのは島風。脚を撃たれたことで血が止まらず、立ち上がることも出来なかった。入渠すれば全てが治るとはいえ、ダメージが大きすぎる。
北上が挑発したのは、そちらから意識を逸らすためでもあった。その間に少しでも回復してもらいたい。島風にはこの場から逃げてもらいたいという思いがヒシヒシと伝わる。
口では駆逐艦のことをウザいウザいと言いながら、大井が頻繁に言うように、北上は結構な子供好き。自然とその姿を目で追うし、特訓の手助けなんかも率先して行なったりする。
そんな北上が、駆逐艦達がやられている姿を見せられたら、ここに来ないわけが無かった。
「言葉通りだよ。ここでぶちのめしてあげる」
「じゃかあしいわ。やれるもんならやってみぃ」
「それじゃあ、遠慮なく」
言うが早いか、龍驤の眼前に魚雷が向かってきていた。またもや海中ではなく投擲。爆発しないのは先程の攻撃で理解しているはずなのだが、お構いなしに顔面を潰すために投げていた。
「またかい! 二度も三度も効くわけないやろが!」
流石にそれが通用するわけもなく、顔面に突き刺さる前に軽々とキャッチされた。しかし、その行動が間違いであることに気付くのはすぐのこと。
「そりゃあ掴むよねぇ。避けるんじゃなく、掴むと思ってたよ」
そうした時には、北上が一気に間合いを詰めていた。
顔面を狙われるということは、頭を振ることで避けるか、それを掴むことで自分に届かせなくするかのどちらかになる。だが、北上は龍驤が避けずに掴むことを確信していた。何故なら、その行為が無意識にでも染み付いた格下への対応。
避けるなら誰にでも出来るが、その手で食い止めるというのは誰にでも出来るとは言えない。万が一失敗したら痛い目を見るため、無意識でも避ける方を優先する。しかし、龍驤は根っから艦娘を見下すようにしているため、避けるよりも掴むを優先する。
そうすれば、嫌でも視界が塞がる。一瞬でも視線が逸れればいい。それを実証するように、北上はもう龍驤の側にいた。
「おまっ」
「先に言っとくけどさぁ、マジで本気出した方がいいよ。あたし達、ガチで強いから」
掴んだ魚雷を顔面に捩じ込むように拳で叩き込み、嫌でも回避するように仕向けた。
いくら深海棲艦化しているとはいえ、そのまま押されてしまっては避けざるを得ないが、ただでは転ばないとこれだけ近付いてきた北上の腹に向けて主砲を構えた。
「大井っち」
「はい、任せてください」
しかし、構えた瞬間には大井がその主砲を破壊するために主砲を放っていた。龍驤よりも先にである。北上の腹に狙いを定める前に撃ち抜かれそうになったことで、嫌でも北上から離れざるを得ない状況に持っていかれた。
舌打ちしながら魚雷を離し、大井からの砲撃を受けないようにバックステップしつつも、北上に改めて狙いを定めて反撃に出る。
「どうせ退くなら撃ってくるよねぇ。そんなの誰だってわかるよ。あたしだってそうするもん」
その砲撃は悠々と回避する。まるで
さらにはそのタイミングに合わせて魚雷を放つ。今回は投擲のようなことはせず、魚雷本来の使い方で。勿論それは、回避する方向を読んでいたような軌道で龍驤に向かっていく。
「はっ、んなもん喰らうかいな!」
「魚雷はね」
その魚雷も回避されることは織り込み済み。避ける方向は右か左かという程度であり、そのどちらも埋めてしまえば確実に当てられる。
故に、大井が
「うお、マジか」
だが、龍驤はそれもしっかり回避。スピードを一気に上げて、大井の砲撃を紙一重で躱した。
そこへ北上がさらに突撃していた。次の魚雷は海中では無く、
「またかお前! 魚雷は魚雷らしく使わんかい!」
「こういう使い方もあるってことでしょ。固定観念に囚われてたら勝てるものも勝てなくなるんじゃない?」
またもや顔面に向けての投擲。今回は龍驤も学習したか、掴むのでは無く最初から回避行動へ。
「はい、北上さん」
合図を送る前に大井がその魚雷を撃った。最初から龍驤を狙わず、回避した瞬間の魚雷を破壊することで大爆発を起こす。
「うおっ、何すんねんお前らぁ!」
「何って、
その爆風を突き破るように、さらに魚雷が投擲されていた。そちらは躱すのでは無く掴むことでダメージを回避。
しかし、そうされることを予想していたかのように北上そのものが突っ込んできていた。爆風を突き破り、握り締めた魚雷を鈍器のように振りかぶり、殺意を込めて殴りかかる。
「野蛮なやっちゃ!」
「夜襲仕掛けてくるような輩に言われたかないねぇ」
それを受け止めれば北上は無防備になるだろう。龍驤は咄嗟にその一撃を止めるために腕を振り上げる。キャッチした後、五月雨の時と同じように爪先を叩き込めばそれで終わりだと。
だが、次の瞬間にはまたもや龍驤の腹には魚雷が突き刺さっていた。振りかぶった魚雷に目が行っている内に、太腿に現れていた魚雷発射管から1発、ダイレクトに直撃させた。
「っぐ……一度ならず二度までも……!」
「死んでないんだからまだまだだよ。あたしゃアンタを殺すつもりで撃ったってのに。やっぱ主砲くらい持つべきかなー」
その衝撃で小さく飛ばされた龍驤は、自分でも魚雷を放ちながら間合いを取った。流石にそこから近付こうとは思わず、北上も一時的に間合いを取り、大井の隣へ。
「なんやお前……気持ち悪い。先読みか……?」
「まぁ似たようなもんじゃない? 気持ち悪いのはこっちのセリフなんだけどさ」
小さく溜息をついた後、空の上を指差す。龍驤の表情が苛立ち以上に驚きが溢れた。
「
北上が指差しているのは、夜の闇に紛れてまるで見ることが出来ない場所にある艦載機。言われて見上げた山風だが、やはり何処かに何かがあるようには見えなかった。
その艦載機は、深海棲艦ならではの超高性能機。その重爆撃機は、艦娘達が届かない高高度を陣取り、敵に向かって爆撃を繰り出す厄介者。その見た目から通称『銀だこ』と呼ばれる。
北上はそれがあるのだと話す。それを第三の目のように扱い、高高度から戦場を見渡しているために、あの水柱の中でも的確な動きをしたり、乱射を仕掛ける場所も把握出来ているのだと。
「ようわかったな。夜やから余計にわからへんやろ」
「ああ、やっぱりそうだったんだ。上に在るんだろうなとは思ってたけど、本当にあるとはね。いやぁ、ふっかけてよかったよかった」
おちょくるように話す北上に、龍驤は余計に苛立つ。
「……なんや、おちょくってんのか」
「そう捉えちゃうなら別にそれでいいよ。でも、あたしはアンタなんかに敬意は払わない。あたしが心の底から尊敬するのは……大井っちと
婆さんとは勿論、大将のことである。敬意を払っているという割には、上司に向かってとんでもない物言いなのだが、それが許されている辺りが大将の懐の広さ。島風もお婆ちゃん呼びなので、その辺りはいくらでも許容しているようである。
「ともかく、アンタのやり口は見破ってんの。見えないとこにある銀だこ、あと今ちとちよがやりあってる艦載機かな。アレの視界、全部ジャックしてるんでしょ。そこに深海棲艦の身体能力が重なってるから、全部頭ん中で統合して、戦場の情報を整理してる」
図星をつかれたのか、苛立っている龍驤の表情がさらに歪む。おそらく、格下の艦娘にはそこまでバレるとは思っていなかったのだろう。
「でも、ちとちよが艦載機と上手いこと拮抗してくれてるからね。あたし達がここまで近付いてきてること、しかも腹に魚雷が食い込むまでわからなかったのは、視界が潰れてるからだよね。あっちはあっちで爆発いっぱいで、銀だこからの視界も防いでたから」
わざわざ制空権争いの真下を通ってきたらしい。実際は千歳と千代田には危ないと注意されたものの、大丈夫と適当に抜けてきた。大井がちゃんと謝罪しているために、いざこざには発展しないものの、あまりにも傍若無人。
「とまぁこんな感じだけど、まずは正解でいい?」
「気に入らんがお前の言うことは当たっとる。でもな、わかったところで何も変わらへんやろ。うちの目はお前らにゃ壊せん。それに、そんなもん無くとも、うちがお前らをボコってんのは変えようのない事実や」
「まぁねぇ。でも、アンタはちょっとアイツらのこと下に見過ぎ。格下に咬みつかれるとか、クソダサいよ」
長々と話しているのは、何もおちょくるためだけではない。駆逐艦達に休息の時間を与えるためだ。
フラついていた江風はようやくまともに立てるようになり、涼風はどうにか鼻血を止める。五月雨は内臓をやられてしまっているために回復が遅いものの、その間に脚をやられた島風と共に戦場から少しだけ離れていた。
「群れんと戦えんようなヤツらに何言われても効かんなぁ」
「お、だから
いちいち言うことが煽り。龍驤の額に血管が浮かぶのが見えた。
「お前……先に殺したろか」
「え、マジで? 格下格下って艦娘のことをさんざん煽っておいて、自分が同じことされたらキレちゃう? うーわ小っさ! 見た目と同じで心も小っさ!」
煽りは加速する。隣の大井も笑いが隠しきれなくなってきている。
「ま、小さかろうが大きかろうがやることは変わらないからね。ほら、あたしらは格下なんでしょ。格下が群れても、格上のりゅーじょーちゃんはあたし達に勝てるもんねー。それに、これだけ話してアンタを休ませてやってんだから喜べよ。
ピクリと龍驤の眉が動いた。今回は銀だこの件のようなふっかけではなく、確信を持った状態での言葉。
「アンタ、古鷹と同じでスタミナ足りないんでしょ。本来出来ないことがやれるようになってる分、消耗がめちゃくちゃ激しい。しかも艦載機の視界ジャックと演算まで来た。計算しながら乱射で消耗抑えてる。速攻を狙うのもそれ」
話している間も、睨みつけて威嚇している間も、自分から動こうとしない。北上が速攻で倒せるかどうかわからなくなったため、警戒に警戒を重ねて体力消耗を極力抑えているのがわかる。ムキになっても攻め込まない辺り、キレながらも冷静ではあった。
合間合間に突撃するのも、スタミナ不足を隠すため。そういう弱点が露呈しないように考慮した戦い方をしていた。なのに、北上はそれを上から看破。
「でも、もう休憩も終わり。うちの子達も大分休まったみたいだからさ、最終ラウンド入ろうか。勿論、アンタの負けで終わるラウンドだ」
「そんだけわかっといて、うちを休ませてよかったんか」
「構わないよ。何も気にならない。じゃあ、今度はこちらは勢揃いだ。1人で耐えてよ。格上なんでしょ?」
煽りはまだ止まらず。
ここからが最終ラウンド。勝っても負けても戦闘は次で終わるだろう。