龍驤との戦いは佳境を迎える。北上と大井が参戦したことによって、鎮守府側に流れが来ていた。
「今度はこちらは勢揃いだ。1人で耐えてよ。格上なんでしょ?」
来いよと言わんばかりに手招きして、最終ラウンドが始まった。敵は龍驤1人に対して、鎮守府側は5人。五月雨は脚をやられた島風を曳航して鎮守府に撤退。
涼風を筆頭に、ここにいる駆逐艦は1日だけとはいえ北上が手塩にかけて育てたいわば弟子。その実力は把握出来ている。残りでも問題なく戦えると北上と大井は判断している。
「……せやな、格下にキレとるとか恥ずかしいわ。じゃあ、お望み通りここで全員殺したる。覚悟せぇや」
「覚悟するのはそっちでしょ。意気揚々と攻め込んできて返り討ちに遭うんだから。泣いて帰んな」
早速動き出したのは北上だった。戦いの狼煙を上げるように魚雷を放つ。その速度は通常のものの倍は出ており、回避を難しくしていた。だが、龍驤は自分を格上というだけある手練れ。軽々と飛び越すことにより回避しつつ、さらには北上に一気に接近していた。
やはり煽られ続けたことが随分と頭に来ているらしく、最初の狙いは北上になるようである。今でもまだ煽り口調、龍驤のことを下に見ている視線は、一切崩さない。それが気に入らないようだった。
「泣いて帰るんはお前や」
「帰してくれるんだ。お優しいこって」
龍驤が眼前に来てもそこから回避しようともしない。迎撃すらしようとしなかった。
「北上さんに何をしようと?」
そこに即座に反応したのは大井である。急接近にもかかわらず、どの手段で来られてもいいように北上の前に躍り出る。
龍驤ならば、ここから砲撃も雷撃も徒手空拳も出来る。そのどれもが必殺級であり、直撃は全て致命傷。掠めても島風のように行動不能に陥りかねない。
しかし、大井はそんな相手でも関係無しにその前に立つ。何が来ようが問題ないと言わんばかり。
「死にたいらしいからな。真っ先にやったろう思うて」
「一昨日来なさい」
大井ならば、どう来られても対応出来る。1回の砲撃音で2回撃っていたような技を持っているくらいなのだから。
この迎撃でも勿論、同じ技を繰り出す。島風がやられたような蹴りを防ぐために脚を、砲撃に転じることが出来ないように主砲を持つ腕を、そして自爆覚悟の雷撃をも防ぐようにもう片方の腕を、3点同時に狙う超速の砲撃。
「それはさっき見とんねん!」
「ならこいつはどうだい!」
大井の砲撃を回避した龍驤に、さらに接近していたのは江風。島風には劣るが、それでも改二改装により充分すぎるくらいの速さを手に入れた江風が、ここでまた接近戦を挑む。
大井の攻撃を回避する方向は、正直一か八かだった。自分の方に来なかったら砲撃、来たら格闘に打って出るつもりだったが、さっきの恨みがあるからか格闘戦側に8割方傾いている。
そして、回避方向は江風に近付く側。つまり、狙いが当たる。
「お前、またかい!」
「こンなとこで撃ったら、みンなに当たっちまうだろうが! だから、ぶっ飛ばされろい!」
再び主砲を逆手に構え、空砲と共に突き出す。威力と速度を併せ持った渾身の拳は、龍驤の回避行動も乗ったことでより威力を増すことになる。
ただし、それは直撃をした場合だ。同じように格闘戦が可能な龍驤の方が経験は上であり、まだ格闘戦を始めたばかりの江風には少々荷が重い。
「お前素人に毛が生えただけやろ! そんなヤツが首突っ込んでくんな!」
「そういうわけにゃあいかねぇンだ!」
江風の渾身の拳を、またもや龍驤はキャッチしてやろうと手を出そうとした。しかし、江風の瞳はそれを待ち望んでいるようにすら見えた。キャッチしたら最後、確実に殴り飛ばしてやるという気概がありありと感じ取れる。
「っらぁあっ!」
そこでさらに空砲を
「んな未完成な技なんぞ喰らうかダボが!」
これも悠々と回避。江風の拳はすっぽ抜け、龍驤に衝撃を与えることもない。だが、腕が壊れる痛みに耐えながらも、江風はニヤリと笑みを浮かべた。
「何度も何度も避けられるもんでもないだろうさ!」
そこに被せるように、涼風が北上の見様見真似で魚雷を投擲していた。この戦場全てを見る者として、タイミングは完璧。
江風の渾身の一撃は
だからこその、涼風の魚雷。その腕力は北上に遠く及ばず、投擲したところで本来の威力をまるで発揮しないのだが、龍驤の心には魚雷の投擲は
「お前もやるんかい! 喰らうかいそんなもん!」
それも当然ながら回避しようとする。
「別に喰らってくれなくても構わないよ。なぁ!」
「当然」
その投擲した魚雷は、龍驤に届くことなく失速。代わりに、それに向けて山風が砲撃を放っていた。
艦娘の姿をする敵を撃つのには心の底に抵抗が残ってしまっているだろうが、魚雷を撃つのには一切の抵抗がない。それによって起きる二次被害については知ったことではない。
「おまっ」
スナイパーとしての力はホンモノ。優しさによっての躊躇は、無機質なものに対してなら発揮しない。結果、涼風の投げた魚雷は龍驤の前で爆発四散。水柱を上げることなく、強烈な爆炎で龍驤を包み込む。
「やられるかい!」
しかし、その爆炎を突き破るように龍驤が飛び出し、真っ先に北上を狙った。これだけされても最初からのターゲットを変えることなく、ひたすらに殺意を込めて。
「まだあたし狙うんだ。そういう一途なところはいいと思うよ。でも、アンタなんかに尻追っかけられても気分が悪いだけなんだけど」
もう北上の煽りには何も答えず、眼前に現れたところで主砲を突きつける。狙いは当然、一撃必殺の頭。如何に強力であろうが、ゼロ距離から頭を撃たれたら誰だって絶命する。
そこで北上はあえて前に出た。トリガーを引く前に近付くことにより照準から外れ、その拳が叩き込める間合いへ。
「そもそも、
そして、もう何度目かわからない魚雷の投擲。いや、
狙いはやはり顔面。一撃叩き込めれば戦況が一気に変わる。死にはしないがまともに戦うことが出来なくなり、次の手に繋がる渾身の一撃。
「当たるかボケぇ!」
だが、艦娘を格下と言い続ける龍驤は、その態度を崩さないだけあって、これだけの攻撃でも咄嗟の判断で回避してくる。
ギリギリのところで身体を逸らし、北上の魚雷は紙一重で回避。そうしたことで、北上のガラ空きな懐に潜り込むことも出来る。
「最初はお前や北上ぃ!」
「されるかっつーの」
だが、北上はそれすらも計算に入れていた。魚雷で殴りつけたのも避けられることを考慮してである。
避けられた瞬間、手の中で魚雷を半回転させ、スクリュー部分が下向きに叩きつけられるように持ち直す。龍驤は北上よりも小柄であり、大振りな攻撃を仕掛ければ懐に飛び込んでくるだろうと予想がついていた。故に、ここからは最も残酷な攻撃を繰り出す。
「こいつは痛いよ。死ぬほどね」
北上の腹を撃ち抜こうと主砲を構える暇すら与えず、魚雷のスクリューを起動させた状態で、龍驤の背中に魚雷を叩き込んだ。ただ魚雷で殴られるだけならまだしも、スクリューが肉を引き裂き、ズタズタにしていく。
「っがぁっ!」
しかし、龍驤も黙ってやられることはない。その状態でも強引に主砲を放ち、北上の脇腹を抉る。
直撃ではないので致命傷ではないのだが、血が噴き出るような傷に北上も小さく顔を顰めた。同時に龍驤の背中を抉る魚雷からも力が抜けてしまった。
「へへっ、相討ちならまだマシでしょ。アンタは独りだけど、あたしには仲間がいるから」
「このっ」
「格下にやられな」
背中を抉られたことで相当なダメージが入ったのだろう、スタミナが一気に削られ、即座の判断が出来なくなっていた。故に、すぐ近くにまで入り込んでいた江風の存在に気を回さなかった。
「やっと当てれるぜぇ!」
強烈なアッパーカット。龍驤の顎に当たる瞬間に空砲を放ち、回避される直前に拳の速度が加速。先に江風がやられたように、綺麗に顎を撃ち抜く。
如何に深海棲艦化していようが、身体の構造は艦娘と同じ。つまり、人間と同じである。顎に強烈な衝撃が与えられれば、脳が揺れるのは必然。龍驤も例に漏れず、その一撃を喰らったことで一瞬白目を剥きかけた。
「っぎ、やら、れるかい!」
だが、直前で歯を食いしばったことで気を失うまでは行かず。その攻撃を繰り出した江風を睨みつけ、北上に放った主砲で直接殴りつけた。脳を揺さぶられたことで正しい距離感が掴めずにいたが、その一撃は江風の二の腕に直撃。それだけでもかなりのダメージになり、骨にヒビが入る。
元々空砲を使った拳の加速を多用していたことによって、腕には相当なダメージが蓄積されていたが、今の龍驤からのダメージで瓦解してしまった。
「かっ、ま、まだまだぁ!」
しかし、江風はまだ諦めていない。ヒビ程度ならと、その腕をそのまま使ってゼロ距離射撃。次は空砲ではなく、実弾入りである。
当然空砲より反動が強いため、それによって二の腕の骨のヒビはさらに拡がることになるのだが、知ったことではなかった。むしろ笑顔で自分の腕のダメージを受け入れる。
「こいつ、
それすらも紙一重で回避したが、ここで北上が指摘したスタミナ不足が露呈し始める。僅かにだが、足元にふらつきが見えた。江風へのダメージもその程度で済んでいるのは、すでにリミットが来ているからであろう。
本来の龍驤は当然ながら軽空母。高速移動や格闘戦、主砲や魚雷など扱わず、今の千歳と千代田のように戦場から少し離れた位置から艦載機で戦場のサポートをすることがメインだ。なのに、ここまで本来とは違う行動をし続けていたら、数倍の速度でスタミナは消耗する。
格下だと思って自ら表舞台に立ち、抵抗される間も無く一掃出来るかと思いきやここまで抵抗され、さらには煽りに煽られ精神的にも不安定にさせられていたことで消耗が激しくなっている。
元々少ないスタミナならば、この場で切れるのは当然のことだった。むしろ北上はそこも狙っていたのだろう。複数人で纏わりつくように攻撃を繰り返し、消耗を誘発し、結果的にはこれである。持久戦を狙っていたのだから、この戦術は完璧に決まった。
「お前ら……ふざけんなや、うちはまだ、まだやれるんや!」
「逃がさない」
瞬間、山風の砲撃が龍驤の脚を撃ち抜いた。もう避けるスタミナも切れたから、まるで千鳥足のようになりその場で倒れる。
「やれないでしょ。あたしらはアンタとは初対面だけど、よくもまぁさんざんやってくれたよ。痛た……あたしも1発貰っちゃったしさ」
「北上さん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫。致命傷じゃないから入渠すりゃいいから、大井っちはあたしよりあっち」
ここまでのダメージを受けてもまだ諦めていないのが龍驤だ。これでもまだ艦娘のことを格下と見ているのか、やけにプライドが高く、この敗北が認められない。
「さっさとやっとかないとなんかダメな気がする。誰でもいいから早く斃しちゃいな。あたしはもうしんどい」
「くそ、クソがぁ!」
だが、ここで気付いたのは涼風だ。戦場の全てを見ているというのは、海上だけではなく
「やべぇ、みんなそいつから離れてくれぇ!」
涼風が叫び、同時に動けるものはすぐにそれに従った。一番厳しい北上は大井が無理矢理曳航。江風もやられているのは腕だけのため、問題なくバックステップ。
その瞬間、龍驤の周りが突然爆発した。
そのままその場にいたらこの爆発に巻き込まれていた。命の危機まであったため、涼風の察知は大いに役立った。
「お、おお? 何が起きた。魚雷……かな」
「おそらく。でも威力が高すぎます。それに、
魚雷が真下から来るということは、それを放ったのは海中にいるということに外ならない。つまり、その持ち主は潜水艦。
爆発が止んだ時、龍驤の側には今まで戦場にいなかった深海棲艦が立っていた。