空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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悪意の塊

 鎮守府夜襲は、龍驤を逃がしてしまったものの、古鷹を撃破したことで勝利となった。鎮守府の一部は破壊されてしまっており、一部怪我を負った者がいるものの、死者は誰一人として出ていない。

 問題は古鷹である。撃破したが、その衝撃によってか白露と同じように泥を吐き出して、命が風前の灯火となっている状態で正気を取り戻した。今は真実を知るために生きると決意し、壊れた心ながらも自分の意思で必死に命を繋ごうと痛みに耐えている。

 

 工廠では事後処理の真っ最中。怪我を負って先に撤退していた五月雨と島風は、既に休息中。島風は歩けないほどの大怪我だったため、到着してすぐに入渠。五月雨も入渠をするように言われていたが、まだ大丈夫と工廠の防衛をしていた。

 

「大丈夫だったか!」

「お疲れ様です皆さん! 怪我人がいるようならすぐに入渠を!」

 

 戻ってきて聞こえるのは、破壊された執務室から工廠まで来ていた提督と、そのサポートのために艤装を展開していた大淀。

 五月雨は秘書艦ではあるものの戦力として充分すぎるほどの力を持っていたため前線に出ていたが、大淀はあえて鎮守府防衛を引き受けていた。そのため、今は提督の側に付き従い、常に護衛というカタチを取っている。

 

「ごめん、あたし入渠お願い。横っ腹抉られちった」

「江風は多分二の腕ヒビ入ってる。痛くてしょうがないンだよね」

 

 2人とも冷静に話しているが、島風に次いで重傷と言えるだろう。すぐにでも入渠が必要。

 

 だが、その後ろからやってきた金剛が抱きかかえる古鷹はさらに酷い有様だった。バッサリと胴を袈裟斬りにされており、血は簡単には止まらない。誰よりも真っ先に入渠しなくてはならない状態なのは火を見るより明らか。

 しかし、深海棲艦は入渠による回復は出来ない。自己回復能力が通常よりも高い代わりに、高速修復材などは一切効果を発揮しないのである。それ故に、古鷹はここから()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「応急処置をお願いしマース! 古鷹は泥を吐き出して正気に戻っていマース!」

「何!?」

 

 泥を吐き出したということは、白露と同じであるということに外ならない。ならば救う。提督は即断した。

 

 先程まで鎮守府を狙い、艦娘達の命を奪おうとしていた存在。さらに言えば、ここに来るまでに何人もの艦娘の命を奪ってきた者。今でこそ生きているが、白露や春雨を深海棲艦化させた張本人。艦隊を滅ぼし、結果として海風まで壊した。それが古鷹である。

 少なからず恨みや憎しみがあってもおかしくない。鎮守府の艦隊運営をボロボロにしているのだ。だが、提督はそんな思いを一切持たずに救うと決断している。

 

「大淀、人間のためのものでいい! 応急処置の道具を持ってきてくれ!」

「は、はい、了解しました。でも」

「いいから早く持ってきてくれ! 僕はすぐに古鷹の治療を開始する! 白露がやった治療方法は姉姫に聞いているんだ!」

 

 大淀は流石に一瞬抵抗を見せたが、提督の本気の目に気圧され、すぐに従った。

 この提督の判断が正しいのかどうかはわからない。むしろ、今の軍の考え方からしたら間違っているかもしれない。しかし、誰も間違いとは言わないだろう。素直に従い、古鷹が救えるのなら救おうと考えるはずだ。

 

 古鷹をこうした金剛も、その時は当然殺すつもりで斬り払った。誰もが白露のように助かるとは限らないのだから、命を奪おうとした。だが、それを乗り越えて生きていこうとするのなら、追い討ちをしようだなんて思いやしない。

 これがこの提督の下で戦ってきた者達の真意であり総意。大淀は事務的に抵抗を見せたが、勿論提督を信じている。生かすと言うのなら、生かすのだ。

 

「いいか古鷹、今以上に辛い目に遭うことになるが、命を繋ぐのなら僕の言うことを素直に聞いてくれ。だが、確実に痛みは倍以上になるし、それが今から長く続く。それをどうにかする手段を僕らは持ち合わせていない。根性論を持ち出したくは無いが、ここからは気力勝負だ。覚悟はあるか」

 

 脅すように話すが、提督は心の底から古鷹のことを心配し、一切の邪念なく助かってほしいと願って今の言葉を紡いでいる。だからこそ艦隊の誰もがこの提督に従う。

 

 古鷹も例外では無かった。艦娘の心を取り戻したことで、その覚悟を感じ取った。

 

「……はい、私は、死ぬわけには……いきません。真実を知るために、私は、生きる……」

「了解した。ならば──」

 

 提督が中間棲姫に教わった白露の治療の手段を古鷹に伝える。最初は動揺しただろう。しかし、その目は本気だった。誰がどう考えても激痛という言葉では表現出来ないレベルの苦痛を味わうことは確実。

 だが、古鷹は自分がやってきたことを覚えている。潰し、殺し、滅ぼし、それを愉悦と感じていた。艦娘としての古鷹は、そんな自分が絶対に許せない。ならば、その苦痛を長く長く得ることで、せめてもの償いとしたいと、素直に実行した。

 

 そこからは、絶叫の嵐だった。嫌でも声が出てしまい、工廠中に響き渡る。深海棲艦の群れを撃退した他の鎮守府の艦娘達も、その凄惨な光景に言葉を失った。

 何せ、体内に艤装を生成して内臓を強引に接着するという異常な治療方法なのだ。超回復の特性を持つ白露だって半日声を上げ続けた。そんな特性を持っていない古鷹は、白露以上に長い時間をこの激痛の中で過ごすことになる。まる一日は覚悟するべき。それだけで済めば御の字であろう。

 

「古鷹、頑張ってくれ。僕は君を生かしたい。いくら今まで敵であったとしても、それは理不尽によって成立させられていたものだろう。そんなもの納得出来やしない。それで死ぬなんてあんまりだ」

「っあっ、ぐ、ぎぃっ!? た、耐えます、耐えて、見せますから! あぁあああっ!?」

 

 艦娘ならばまず耐えられないような激痛。こんなことをされてしまえば心は壊れ、あっという間に泥が溢れて繭となる。もしくは何事もなく速やかに死に至るだろう。

 しかし、深海棲艦の身体である古鷹は、艦娘よりも頑丈というのもあるが、生きるという意志があるために死に至ることはなかった。

 

 この地獄のような時間を、工廠中に悲鳴を響かせながら耐え続けることになる。

 

「……あの、提督、話がある」

 

 そんな古鷹を横目に、山風が提督に話しかけた。まだ大淀が道具を持ってきていないため、今のタイミングなら行けると踏んで。

 

「どうした、山風」

「……先に伝えておきたい。さっきの敵のこと。ちょっと、まずいかもしれないって、北上さんが言ってたから」

 

 すぐにでも伝えなくてはいけないのは、古鷹でも龍驤でもなく、3人目として現れた潜水艦のこと。

 戦闘中にずっと潜伏し続けて、龍驤のピンチに現れた謎の潜水艦。だが、仲間のピンチに現れるのならもっと早く出てきてもおかしくない。むしろ、古鷹がこうなる前に現れるのが普通だろう。なのに、助けられたのは龍驤のみ。

 

 そこから考えられるのは、常時海中で待機していたのではなく、()()()()()()()()()()と考えるのが妥当。

 夜の闇、さらには暗闇に閉ざされた海底でやることとなると。

 

「……鎮守府に何かを仕掛けた、か」

 

 そこに辿り着くのは必然だった。潜水艦ならではの夜間の隠密行動で、仲間の危機を放っておくほどの任務があったとなれば、格下の艦娘相手に万が一手こずった時の保険をかけたか。

 そうなると、鎮守府に対して何かをしてくるはずだ。そうでなければそもそも夜襲なんて仕掛けてこない。

 

「っぎっ、しかけっ、られたのは、あぁああっ!」

 

 苦痛に喘ぎながらも、今の話を聞いて古鷹が反応する。せめてもの償いと、今すぐに伝えるべきだと、歯を食いしばりながら敵側の思惑を話した。

 

「古鷹、無理をしちゃいけない。そうでなくても話すのも辛いくらいの激痛だろう」

「でも、でもっ、私が持ってきた災厄、だからぁっ!」

 

 苦しみ悶えながらも、その狙いをどうにか伝えた。

 

「ここに、ここにっ、配置されたのは、()()()()、です……っ」

「悪意の塊……?」

 

 初めて聞くワード。しかし、それが何なのかはすぐに察しがついた。鎮守府や施設が『泥』と呼び、たった今古鷹が体内から吐き出したモノ。黒幕が生成しているであろう、他者を侵蝕し、侵略者へと変える概念。

 それそのものが近くを通った者を襲い、その身体を乗っ取ろうとする意思を持つ泥だ。そこに漂うだけでも脅威であり、味方を減らして敵を増やす最悪の機雷。

 

「そうか、そういうことか。ならば、数日の内に浮上し、こちらの誰かを侵蝕すると」

「2日、です、海底からここまで、浮上するのにかかる時間は……っぐぅうっ!?」

 

 古鷹と龍驤がこの鎮守府を滅ぼすことが出来たのなら、その原因を調査するためにここに来た者を侵蝕するために配置されたもの。そうでなくても、この鎮守府の生き残りを侵蝕することによって、内部崩壊が狙える。

 恐るべきことに、ただ泥に侵蝕されるだけならば、()()()()()()()()という。魂だけを侵し、性質を変えることなく思考だけを深海棲艦へと堕とす。内部崩壊を起こすには持ってこいの性能である。

 

「堪ったものではないな……それをどうにかしなくては」

「砲撃で霧散させるのは難しいのか」

 

 その話を聞いていた武蔵が訊ねる。一応ではあるが、武蔵は大将の艦隊では頭を張っている。そのため、ここでの情報を大将に伝えるのは武蔵の役目だ。わかることはここで聞いておき、後々報告するための材料は逐一探している。

 

「海中を撃つことは出来ないだろう」

「確かに。古鷹の吐き出した泥は沈んでいなかったからな。私が霧散させた。そこにいたものは消滅したことを確認している。なぁ、金剛、比叡」

 

 少し離れた場所で休息を取っていた金剛と比叡にも訊ねた。あの場にいたのはこの2人とサラトガのみ。そのサラトガも深く頷くのみである。

 

「Yes. 武蔵の砲撃で完全に消えてましタ。注意は必要かもデスけど、大丈夫だと思いマース」

「私もお姉さまと同じ意見です。海面ごと抉って弾け飛んでいましたから。残骸すら残っていません」

「話に聞いていた、強い衝撃によって霧散するというのはそういうことなんだな。了解した。警戒はするが、そこは問題がないと判断しておこう」

 

 武蔵の主砲の威力ならばひとたまりもない。無論、またあの場を見に行くことはするが、そちらはそこまで心配は無いようである。

 そうなると、潜水艦に仕掛けられた泥の対処。海中にあるとなると、如何に強力な主砲の火力だとしても、そこまで届かない。そして、その泥は潜水艦の魚雷をスルリと避ける。

 

「浮上するまで待つしかないのか……それは流石に危険すぎる」

 

 浮上まで2日と古鷹は言うが、意思を持っているということは、浮上するタイミングをある程度コントロール出来るということにもなるだろう。早くなるかもしれないし遅くなるかもしれない。

 その間は艦隊運営を抑える必要が出てくる。当然対策のために演習や訓練は必要だし、哨戒もしておきたい。しかし、海に出た瞬間に1人犠牲になる可能性があるとなると、出撃自体が禁じられる。

 何処ぞのブラックな鎮守府のように、艦娘を犠牲にして攻略するという手段なんて取っていられない。それが最も簡単な手段だとしても、そのために命をぞんざいに扱うだなんて、この提督が許せるはずがなかった。

 

「わ、私、私が、また侵蝕、されますっ、そうしたら、私ごと」

「馬鹿なことを言うんじゃない! 君は助かったんだ。せっかく得た命を、生きるために使うと決意した命を、そんなに簡単に投げ捨てるな!」

 

 古鷹が自分を犠牲に泥を排除しようとしたが、勿論それも提督は許さない。散らすかと思われた命を運良く拾うことが出来たのだから、ここからは古鷹も幸せになってもらわなくては困る。

 幸いにも今、深海棲艦化した者を受け入れてくれる施設があるのだ。時間をかけてでも回復出来たなら、そちらに掛け合うことだって出来る。

 

「その件についてはこちらでどうにかする。古鷹、君は君自身のことを考えるんだ。そんなカタチでの償いは、他の誰もが許しても僕が許さない。生きると決めたのなら、意地でも生きるんだ」

 

 苦しむ古鷹を見据えて、純粋な気持ちで訴えた。最初から死ぬことを選択していたのならそんなことは言わない。諦めているのなら、無理矢理生かすなんてことは言えない。

 だが、一度でも決意したのなら、正しく生きてもらいたいのだ。今は他者のことなど考えず、自分を治すために尽力してもらいたい。ただでさえ、生と死の狭間にいるようなものだ。気を抜いたらそのまま命を散らすことになる。

 

「大丈夫だ。対処方法は知っているんだから、どうとでもなる」

 

 

 

 

 しかし、提督の表情は複雑な感情を表していた。握り締めた拳は、ブルブルと震えていた。

 




夜襲編、終了。長らく主人公不在でしたが、またそちらの話へと戻ります。
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