空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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海中の泥

 古鷹の苦しむ姿をタブレットの画面越しに見せられ、複雑な気持ちで生きて顔を出せと伝えた叢雲。自分の知っている侵略者の古鷹とは正反対の存在となっていたため、滾る怒りは中途半端なところで止まってしまった。

 泥による洗脳によってこうも変わってしまうのかと実感しつつも、その恐ろしさを嫌というほどに理解することになる。そして、泥の脅威がまだ続いているため、絶対に餌食になるものかと決意することにもなった。

 

 叢雲からもこれ以上古鷹と話すことはないと、懲罰房からは出てもらった。苦しむ姿を見続ける趣味はないし、変に刺激したらそのまま命が潰えてしまう可能性すらあった。痛みを堪えることに集中してもらい、出来る限り最速で治ってもらいたいと考える。

 工廠にいても微かに呻き声が聞こえるため、再び会議室に場所を移した。古鷹には今は頑張ってもらうしかない。

 

「……白露姉さんがこうなので、古鷹さんも近しい感じかなとは思っていました。泥のせいで捻じ曲げられて、絶対に言わないようなことも言わされて……私もやられた側ですけど、正直古鷹さんが可哀想だと思いました」

 

 春雨がポツリと呟いた。春雨も古鷹には少なからず思うところがあった。白露達を沈め、自分を瀕死に追い込んだ張本人。今でこそ深海棲艦として第二の人生を送ることが出来ているが、こうならなければ本当に死んでいたし、仇敵と言っても過言ではない存在。

 

 しかし、本来の性格はとても優しく自己犠牲も厭わない覚悟まで持ち合わせた聖人だ。今のほんの少しの時間でもそれがわかるほどだった。

 そんな古鷹には怒りも憎しみも湧かなかった。あの状態をさらに追い込むなんて考えられないし、むしろ無事に生きて幸せに暮らしてほしいとさえ思えた。

 

「あたし、古鷹さんの気持ちすごくわかるからさ、出来ることなら耐えてほしい。終わったらみんなで褒めてあげてくれないかな。よく耐えたって。ね、提督」

『ああ、勿論だ。我々が古鷹に出来ることは、環境を整えてあげることと、耐え切った時にそれを讃えることくらいだ』

 

 白露からのお願いも、提督は快諾。本来の性格の古鷹ならば、そこで褒められても謙遜し、むしろ今までの罪を重く感じて拒絶してしまいかねない。だが、生きていてもいいのだと周囲が思わせてあげれば、少しだけでも報われるのではないかと白露は言う。

 今は報いを受けているに過ぎない。その痛みを乗り越えれば、古鷹は綺麗な身体とは言えないものの新しい道を歩き始めてもいいだろう。わだかまりは数えきれないくらいありそうではあるが、それも乗り越えて。

 

「今は私達は待つしかないわねぇ。でも、きっと大丈夫よねぇ」

『ああ、大丈夫だ。古鷹は真実を知るのだと言っていた。自分から諦めることはしないだろう。古鷹ならきっと、長い苦痛にも耐え切るさ』

 

 提督もそれは確信しているような口振り。消耗し続けても、命を手放すようなことはしない。

 それもこれも、自分がこんなことをやらされていたのは何故か、黒幕は何を考えてこんなことを繰り返しているかを知るためである。巻き込まれたのだから、その全てを知りたい。そう考えるのは間違ってはいない。

 今の古鷹にはそれくらいしか残っていないとも言える。おそらく古鷹も何者かに、もしかしたら黒幕そのものに襲われて命を落とし、白露と同じように魂を混成されながら復活させられたと考えるのが妥当。生前のモノも失い、復活後のモノも捨てた。古鷹には縋るものがもう何もないのだから、知ることに全力を尽くすのも仕方ない。

 

『だが、まだこの鎮守府にも不安要素が残っている。実は──』

 

 ここで提督からも現在の状況の続きを語る。

 

 当面の問題は鎮守府近海に仕掛けられた泥。古鷹が言うには2日後、一晩経過しているので1日半ほどで泥が浮上し、近場にいるであろう艦娘に襲い掛かり侵蝕する。古鷹が言うよりも早くなる可能性も考えると、処理が出来るまで海上封鎖されたようなものである。

 海中にあるために強大な火力で霧散させることも出来ず、潜水艦が魚雷で吹き飛ばそうにも泥が回避してしまう。今は八方塞がりの状態。

 対処出来るタイミングとなると、浮上してきて海面にその姿を見せたところを、戦艦の主砲により霧散させる。今のところはこれしかない。

 

「泥の設置……またえげつないことをするわね」

 

 飛行場姫も呆れ顔。白露が吐き出したそれがたまたま漂っていたのとはワケが違う、悪意のままに実行された最悪の手段。古鷹が()()と表現し、泥自体を()()()()と称しただけある。

 

「それはアレじゃダメなのか? みんなで一斉に爆雷投下して、一気に爆破するってのは」

 

 ここで竹が発案。大きな火力が必要であり魚雷がダメならば、海中で最も火力が出るであろう爆雷に頼る。

 それを普段の点の対潜ではなく、面の対潜──広範囲に一斉に爆雷を投下して、一気に爆破するという、一種の絨毯爆撃を海中で繰り出せば、泥もひとたまりもない。

 

 しかし、その策にはどうしても穴がある。

 

「竹、そうするためには誰かしらが海に出なくちゃいけないじゃない。その子達が襲撃されたら元も子もないでしょ」

 

 松がすぐに指摘した。穴とはそれ。爆雷投下を誰がやるか。

 

 爆雷の投下は当然だが人力だ。投射器を装備した軽巡洋艦以下の艦娘が海に出て、ソナーで狙いを定めてターゲットを狙う。射程は限られており、そこまで万端に準備しても避けられる可能性がある。

 今回の場合、泥がどれだけ設置されたかがまずわからない。調査をしに行った潜水艦が襲われ、侵蝕されたら本末転倒である。そして、その量に関しては古鷹も把握していないそうだ。知っているのはあの謎の潜水艦だけ。

 

「対潜攻撃が出来る艦載機で遠くから爆撃してやればいいじゃない。艦娘は確かそういうもの持ってたわよね。確か……ズィーウンだったかしら」

 

 ここで戦艦棲姫からの言葉。軽空母は艦上攻撃機で、そして一部の艦娘は水上爆撃機なる対潜攻撃も出来る艦載機が扱える。特に戦艦棲姫が挙げた瑞雲は、後者の中でもわかりやすくその性能を持っている代表的な水上爆撃機だ。

 しかし、それは一部を除いて爆雷よりは火力が低い。専用装備の方が高性能というのはそういうところでも出てくる。

 

『いや、その手段を使ってみよう。整備に少し時間がかかるが、効果的な手段が無いわけではない。とはいえ、その泥はソナーに引っかからないようなので、しらみ潰しというカタチになりかねないが』

 

 竹の意見を聞いて思い当たるモノがあったようだ。海に出撃することなく、艦娘は鎮守府に待機した状態でも可能な対潜攻撃。犠牲になるものは誰もいない。代わりに資材が艦娘以上に必要になるのは仕方ない。

 

『基本的には無いと思うが、今は鎮守府近海に来るのはやめてほしい。すぐに対処しようとは思っているがね』

「わかったわぁ。私達はこの施設から出ることは無いけれど、そういうものがあるということだけは肝に銘じておくわねぇ」

 

 鎮守府近海に設置されたというだけではない。今後は施設の近海にすら設置される可能性が出てきてしまったのだ。まだ施設の場所はバレていないとは思うが、それでも手が届く場所に置かれていた場合、対処も出来ずに侵蝕されてしまう可能性がある。

 既にそれが実行済みであれば、古鷹なら何か知っているかもしれない。あの激痛が無くなった後なら話も聞くことが出来るだろう。

 

「それじゃあ、私達からは頑張ってとしか言えないけれど……」

『ああ。今回は撤退されたとはいえ、我々の勝利だ。もう連敗を続けるなんてことはない。通用するとわかったのだからね。しかし、慢心はしない。さらに上を目指して、日々精進するのみさ』

 

 敗北続きだった鎮守府も、今回の勝利で活気付く。鎮守府の一部が破壊されていようが、その勢いは止まらない。今の調査なら、近海に設置されたという泥の対処もどうにか出来るだろう。

 

 施設側としても、心配事が失われた。春雨もこの通話によって不安は失われ、寝不足気味だったのと朝食を摂ったこともあり、急激に眠気に襲われる。突然フワフワとし始めた春雨を海風が支えると、事情を説明して部屋へと連れ帰った。

 

 

 

 

「さて、と」

 

 施設との通話を終えた提督はすぐに準備に取り掛かる。向かった先は工廠。

 

「明石、もういるかい」

「はーい、大丈夫ですよ」

 

 工廠の奥から、作業服姿の艦娘、工作艦明石が現れた。まだ業務前ではあるものの、多少趣味などが先行していつでも工廠で作業をしている。現に今も、当たり前のように機械弄りをしている。

 

「基地航空隊の準備をする。整備は出来ていたかな」

「はい、問題ありませんよ。全機整備済み。妖精さんを配備するだけでいつでも飛ばせます。どれが入り用ですか?」

「東海だ。基地航空隊を使って、対潜哨戒をする」

 

 竹や戦艦棲姫の話を聞いたことで思いついた、誰にも危険が無い状態での泥の対処法。それが、対潜哨戒機による近海の掃討作戦。

 本来ならば、艦隊の行動を邪魔する敵潜水艦隊を駆逐するために使用される強力な対潜部隊だ。艦娘の手を煩わせることなく潜水艦を掃討していく姿は特に重宝され、艦娘に対潜装備をさせずとも潜水艦が怖くなくなるという優れもの。

 しかし、それが使用出来るのは限られた場所。限られた期間である。何せ、1回1回に必要な資材の量が艦娘を超えているのだ。それ以上に資材を使う武蔵という例外はいたりするのだが、基本的には基地航空隊の方が消費が激しい。

 

「資材のことは考えなくていい。近海の全てに爆雷を落とすくらいの気持ちで頼む。絨毯爆撃だね」

 

 だが、今回は緊急事態だ。このままでは敵の思う壺であり、身動きが取れないままに時間だけが経過してしまう。それを避けるためにも、多少の消耗は考えていられない。

 先に準備しておいて、あとから大将に事後承諾をもらうことになるだろう。どうせ今から撃退した旨を報告しなくてはならないため、都合もいい。

 

「あー、なるほど。何処にあるかわからないから、いっそのこと全部やっちゃえってことですね。わっかりましたー! 予算度外視で全部吹っ飛ばすくらいにしちゃいましょう!」

「地形が変わるようなことはやめてもらえると助かるんだが」

「流石の私もそこまでしませんよ! でも、ちょーっと火力高めの試作爆雷がありまして。東海なら扱えると思うのですやってみましょう!」

 

 そして明石作の新型対潜兵器もあるらしく、それならば泥も全て吹き飛ばすことが出来るだろう。

 場所が特定出来ないために、完全な絨毯爆撃を高火力の爆雷で行なうため、最悪海底などの形を変えてしまいかねないが、そうならないように注意しながら海中を掃討することになる。

 

「妖精さんにもそのように指示しなくちゃですね。午前中に配備しますから、午後から近海を全て吹っ飛ばしちゃいます!」

「ほどほどに頼むよ。だが、それくらいの気概が無ければ見つけ出して消し飛ばすことは出来ないのかもしれない。みんなにもそのようにすると通達しておこう」

「了解です! いやぁ、楽しくなってきたーっ!」

 

 ここの明石は少々マッドな部分が混じっているようだが、鎮守府と艦娘のことを第一に考えての行動なので誰も咎めない。

 

 

 

 

 ここからは泥の排除が最優先である。しかし、こういうことが出来るということは、いつ何処で同じように設置されているかがわからなくなってしまった。

 今回は近海にあるということがわかっているために基地航空隊の力でどうにか出来るかもしれないが、今後はそれだけでは足りなくなる。それをどう処理していくかは、また考えなくてはならない。

 




イベント海域でも大活躍な東海。この鎮守府には東海がしっかり4スロ挿せるくらい配備されている様子。
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