空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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理不尽な悪夢

 古鷹が鎮守府の懲罰房に入り丸一日。もう夜も深まってきたところ。一切止まらなかった悲鳴と喘ぎ声、呻き声が、ようやく小さくなっていた。それは命の灯火が潰えたわけではない。その内臓の傷がついに接合され、艤装を展開する必要が無くなったからである。

 古鷹はこの戦いに勝った。たった1人で、罪を償うために、眠ることも出来ず、休むことも出来ない孤独な戦いに、今この時に勝利したのだ。もうここまで来たら死ぬことはない。

 

 白露の超回復を以てしても、体内の艤装を取り払うのに半日かかった。それが丸一日で終わったというのならまだ早い方だ。

 そのまま一晩で完治してしまったのは白露の特性によるもの。古鷹にはそういう能力は備わっていないため、死の危険は乗り越えたかもしれないが、完治までにはまだまだ時間がかかる。

 現に胴にバッサリと入った斬り傷は痛々しく残り、瘡蓋にもなっておらず今でも血を流し続けている。巻かれた包帯はすぐに赤く染まってしまう。

 

「っあ、ぐ、あぁぁ……」

 

 勿論痛みは全く取れていないが、体内に異物が入っている状態よりは楽になる。叫びすぎて喉も痛く、力を入れ続けていたせいで身体中が強張ってしまっているように軋む。そして今まで血を流し続けていた胴は、歪な傷跡に変化していた。

 少し身体を動かせば激痛。何処かに触れても激痛。息をするだけで激痛。古鷹の戦いは、第二ラウンドに入ったようなものである。次は血が止まるまでの戦い。

 

「古鷹さん、清潔にしましょうか」

 

 懲罰房に入ってきたのは大淀だ。提督も行くと言ったのだが、古鷹の裸が見たいのかと脅したらすぐに否定して大淀に任せた。

 大淀だけで無く、明石と五月雨もこの場に。蔓延する血の匂いに少しだけ顔を顰めつつも、古鷹の様子がかなり落ち着いているのを見て、心底安心したようだった。

 

「痛いと思いますが、我慢してください。強くはしませんから」

「……っよ、よろしく、お願いします」

 

 振り絞った言葉は枯れた喉のせいでガサガサ。聞き取れはするが、本来の古鷹の声からは少し離れてしまっている。

 

「私は床の掃除しますね。血塗れですから」

「それじゃあ、私はゴミを片付けますか。ベッド置きたいし」

 

 古鷹が落ち着けたこともあり、懲罰房とはいえ身体を休めてもらう必要がある。そのため、簡易的ではあるが明石がベッドを用意していた。

 流石に血塗れのまま寝かすわけにもいかないため、大淀が古鷹を、五月雨と明石が懲罰房の掃除を受け持った。ガッツリやるのは後日にして、今は簡単にでも古鷹が休めるように。

 

「けほっ、っぐぅ……ご、ご迷惑、おかけ、します……」

「大丈夫ですよ。提督も言っていたように、貴女は救われたんですから」

 

 なるべく痛みを与えないように身体を拭いていく大淀。のたうち回ったことで身体中が血と埃で汚れてしまっているため、丹念に綺麗にしていった。何処を触れられても激痛はあるが、体内に艤装を生成していた時よりはマシ。それに、清潔になった方が治りが早いようにも思える。そのため、苦しそうに呻きつつも拭いてもらえることには身を委ねていた。

 

「床の方はある程度綺麗になりました! 明石さん、これくらいで入れられますか?」

「うん、大丈夫ですね。包帯も全部を外に出したから、簡易ベッドを置きますよ。大淀、少しだけ移動させられる?」

「ちょっと待ってて。古鷹さん、痛いかもしれませんが、少し入り口から離れますからね」

 

 自分の力で動けない古鷹を軽く持ち上げて移動。艤装の基部だけ展開したようである。

 

「はーい、オッケー。これで寝かせること出来まーす」

「よし、古鷹さんもある程度拭けましたし、ベッドに寝てもらいましょう。行けそうですか?」

「は、はい……痛みはありますが……大丈夫……です」

 

 なるべく痛くならないようにやんわりと運び、どうにかベッドに寝かせた。懲罰房の床でのたうち回るよりは当然柔らかい感触に、痛み以上に疲れがどっと外に出てきた。

 

「眠れるようなら眠ってください。昨日の夜から今までですから、本当に丸一日……それ以上の時間を激痛に耐えていたんですから」

「そ、その前に……教えてほしいことが……」

 

 痛みを超える眠気に襲われており、その目はトロンとしていたが、古鷹は最後の力を振り絞るように大淀に聞く。

 

「お昼過ぎ……物凄い音が聞こえました……あれは……」

「あれは私の開発した試作爆雷で、海の中に設置されたという泥を吹っ飛ばした音です。鎮守府が少し揺れるくらいの爆発でしたからね。ここまでも当然聞こえますか」

「……その、大分、ビックリしました」

 

 懲罰房は地下にあるため、海中での爆発の振動が伝わったのだろう。痛みに耐えながらでも、地面が揺れれば嫌でもわかる。

 事前に伝えられていない状況でのそれだったため、その瞬間だけはとても驚いたようだ。そしてすぐに痛みの渦に呑み込まれてまた悶え苦しむという負の連鎖。その爆音と振動で痛みが増えるようなことはなかったが、驚きで身体を変に動かしてしまったことで苦しむことにはなっている。

 

「そ、それじゃあ、悪意の塊は……」

「絶対とは言い切れませんが、確認した限り海中にはその存在を確認出来ませんでした。実験は成功、近海の封鎖は解除されました」

「そう、ですか……良かった」

 

 ここで素直に喜べる辺り、古鷹の心には一切の邪念がない。()()()()()()()()()()()()()という認識で問題はない。

 

 白露のときでもそう感じることが出来たが、それはそもそも面識があるからだ。古鷹は敵対状態でしか面識が無いため、本当に正気に戻っているかはわからなかった。だが、この状況でこれならもう一切の不安は無いだろう。

 泥があることを伝えた時点で問題はないだろうが、同じようなことを2度も3度も出来ているのなら、もう疑う理由はない。

 

「良かった……もう、誰も巻き込まれちゃ……行けないですから……」

 

 安心したのか、そのまま目を瞑り眠りに落ちた。限界まで体力を使っていたのだから、気を抜けばこうなってしまうのは当然だった。

 

「話は後日、改めて聞きましょう。今はグッスリ眠ってもらった方がいいでしょうからね」

 

 血塗れになることはわかっていてもこのままでは寒いだろうと持ってきている布団を被せて、ゆっくり眠ってもらうことで今回は終わりとした。どれだけ眠ることになるかはわからないが、今はしっかりと休んで怪我を治してもらいたい。

 

 

 

 

 古鷹は夢を見ていた。それは()()()を反芻させられる悪夢。古鷹自身が()()()()にされた時のこと。

 

 古鷹はとある鎮守府に所属している艦娘だった。古参というわけではないが力を持っており、改二改装も済んでいた歴戦の猛者。

 その時は、哨戒で敵影らしきモノを見たということで、鎮守府の中でもある程度の力を持つ者達で部隊を組んでの出撃だった。そのメンバーが、今古鷹の中にいるという榛名、最上、鈴谷。他にもいたのだが、今の古鷹には加えられていない。

 

 実際、敵影は発見した。わざわざ部隊を変更しただけあり、その敵は姫級、戦艦棲姫。勿論、施設で居候になっている戦艦棲姫とは完全な別個体である。哨戒部隊では荷が重いということで、一度撤退した後に戦える部隊で再出撃したということだった。

 それを斃すことは容易とは言わないまでも、被害を出すことなく撃破した。古鷹はそこで擦り傷を受けたものの、血をダラダラと流すようなことはない程度の軽傷。

 任務自体は戦艦棲姫の撃破によって完了したため、さっさと帰ろうと全員が鎮守府へと引き返す。

 

 その時に、()()()()()()

 

 古鷹の脚に何かが絡みついたような気がした。疑問に思い、下を見た瞬間、その絡みついたものが急激に動き出し、古鷹の口の中へと侵入した。あまりのことに驚き、慌てふためきながらゴクンと呑み込んでしまった。

 その瞬間、古鷹の心は一気に黒く染まっていった。訳がわからない内に認識を書き換えられ、それこそが受け入れなくてはならないものと感じてしまった。

 やけに力が漲り、今までに考えたことのないような黒い感情が湧き上がる。それがあまりにも心地よくて、もっともっとと望んでしまう。そして、目の前にいる仲間達が、()()()()()()()()()

 

 そこからは早かった。古鷹はその場で、仲間だった艦娘達を後ろから撃ち、そして、全滅させた。それが望まれていることだから。それがやらなくてはいけない使命だから。自然と笑みが溢れた。艦娘のときには見せたことのない下卑た表情だった。

 仲間達が戸惑う表情が滑稽だと感じた。死に行くときの絶望に満ちた表情に愉悦を感じた。そして、命の灯火が消える瞬間を目の当たりにして感じたことのない快感を得ていた。

 

 全ては悪意の塊、泥のせい。しかし、その時の古鷹は、それが真なる自分なのだと確信していた。艦娘の皮を被った深海棲艦。泥を呑み込んだその瞬間から、古鷹は魂が侵蝕され、黒ずみ、黒幕の傀儡となった。

 

「っは、はは、あはははははは!」

 

 歪められた古鷹には、仲間の亡骸は見ていて楽しいもの。()()()()()()()()()()と実感し、堪えきれずに笑ってしまった。愉しい。あまりにも愉しい。悪を成すことが生き甲斐となる程に。

 もう古鷹は侵略者と成り果てていた。本来の性格は塗り潰され、最初からこうであったかのように。

 

「待っていてくださいね……今行きますから」

 

 そして、この力と快感を与えてくれた誰かに報いなければと、亡骸を持ってフラフラと海の向こうに進んでいく。自分が何をされるかわかっていないのに、それが絶対的に正しいと信じて、ただ導かれるがままに。

 

 この後、艦娘すら辞めて深海棲艦となり、今運んでいる亡骸と融合することになるだなんて、この時の古鷹には想像も出来ていなかった。

 

 

 

 

「っあっ……!?」

 

 そして、古鷹は目を覚ます。地下の懲罰房には日の光なんて入ってこないため、今の時間はわからない。だが、充分に眠気が取れるくらいには眠っていた。

 身体は全身筋肉痛。胴の傷はまだ血が固まっていない。まだ時間的にはそこまで経っていないのだろう。

 

「ぅあ……あぁあ……私は、私はなんてことを……」

 

 泥──悪意の塊のせいでそんなことをしてしまったということは理解している。だが、その時の感情も、その時の感触も、その時の()()も、何もかも覚えている。虐殺の悦びは、何モノにも変えられない至福の時だった。

 今はその全てに嫌悪感しかない。二度とあんな思いをしたくない。そんなことを自分が長くやり続けていたかと思うと、吐きそうなくらいに気持ち悪い。自分が嫌いになる。

 

「う、うぅ……なんで……なんで……」

 

 ただ泣くことしか出来なかった。心が引き裂かれそうな痛みに襲われた。身体の痛み以上に、心が痛かった。

 

「う、あぁあっ、ああぁあああっ」

 

 ただただ泣くしか出来なかった。苦しくて苦しくて、壊れてしまいそうなくらい。

 

「古鷹、大丈夫デスか!?」

 

 そこに入ってきたのは金剛だった。自分の一撃による致命傷であったことを気に病み、古鷹のことを心配していたため、大淀の静止も聞かずに懲罰房に駆け込んできていたのだ。

 その時は妹を使っていることを利用され、堪忍袋の緒が切れてしまったが、今の古鷹には逆に妹が入っているということでそのような感情も持っている。古鷹でもあり、榛名でもある。それだけで、金剛にとっては古鷹も妹のようなもの。

 

「私は、私はぁ……」

「大丈夫デス。誰も貴女を責めまセン。私も、古鷹のことは許していマス」

 

 血で汚れることなんて一切の躊躇せず、古鷹を抱きしめた。布団を剥いでしまっているため肌寒くはなるのだが、それ以上に金剛が温かく、より心が緩んでいく。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」

「古鷹は悪くありまセン。今の古鷹は私達の敵ではありまセンから。もう仲間デース」

 

 抱きしめながら頭を撫でる。血と涙で金剛の服は大変なことになっているが、そんなことはお構いなし。涙を拭いてあげるように古鷹の顔を胸に押し当て、ただただ温もりを与えて行った。

 古鷹も自然と落ち着いた。やはり、中に榛名が入っているというのが大きいらしく、金剛に対しては()()()()という感情も湧いてくる。

 

「今はゆっくり休むといいデース。古鷹は、身体も心も疲れ切っていマース。必要なら、私も傍にいマスからネ」

「うぁぁ……あぁあああ……」

 

 古鷹はただ泣くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 落ち着くまでは金剛は近くにいるつもりだった。その姿は、何もかもが違うのに姉妹のように見えた。

 




古鷹も完全な被害者。その苦しみは計り知れません。なんて理不尽。
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