施設は束の間の平和を満喫している真っ最中。しかし、昨日に古鷹が目覚め、激痛に苦しんでいることを知ったことで、違う理由で心配事が出来てしまった。
とはいえ、何か進展があれば連絡が来るだろう。特に古鷹に関しては、移動が出来るようになれば施設に運ばれてくることが確定しているようなもの。アポ無しで来ることが絶対に無いため、もしかしたら今日くらいに何かしらの連絡が来るかもしれない。
朝食を終えて少しゆっくりした時間が流れる中、話題は専らそのことになっている。コマンダン・テストも、実際に見たわけでは無いので話くらいなら参加可能。
「あたしの場合はほら、特性があったからさ、大体半日くらいで傷がくっついて、その後は一気に治っちゃったけど、古鷹さんはそういうの無いからねぇ。もしかしたら、今もまだ苦しんでるかも」
実体験として知っている白露が、その時の痛みを思い出して苦そうな顔を見せる。
内臓を艤装で補完して無理矢理接合する痛みなんて、それを実際にやった者にしかわからない激痛だ。並の異物混入とはレベルが違う。痛みのベクトルがあまりにも違うのだ。
しかも、入渠ドックに入っている時のように、眠っている間に全て終わっているというのならまだしも、その間は自分の意識は常にギンギンに漲らせておかなければ死に向かってしまうという緊張感まで。精神的にも相当なダメージになるだろう。
「もしくっついてたとしても、白露姉さんみたいに一晩で完治なんてことは無いってことですよね……」
「だね。全治何日になるか。しばらくご飯も食べられないだろうし、そもそもまともに動くことも出来ないよ」
心配する春雨に、白露も包み隠さずに思ったことを話す。あくまでも白露自身が受けた傷から鑑みたことなので、良し悪しは確実に出てくるのだが、そこまでの誤差は無いだろうと考えて。
「画面に映った古鷹を見た感じ、アタシの見立てでは今頃内臓の接合は終わってるわ。でも、まだ傷自体は治り切っていないでしょうね。あんな深々と入ってる傷だもの。戦艦の傷の完治に3日くらいかかったのよ?」
「じゃあ1週間くらいはかかりそうだなぁ。あたしの特性を分けてあげたいよ」
「出来ればいいんだけれどね。いくら
飛行場姫は内臓を艤装で補う治療の発案者だ。それ故に、その辺りの見立てもそれなりに信用が出来る。そこから見て、内臓に艤装を使うのは今頃終わっているのではとなったようである。
それは正解。今の古鷹は、内臓の艤装を消し、疲れ果てて一眠りした後である。懲罰房では時間がわからなかったが、古鷹は規則正しく目を覚ましていた。
「死なないと確定しているのなら、古鷹はここで療養するべきかもしれないわね。鎮守府は何かと狙われやすいみたいだし、ストレスもこことは段違いでしょ」
ここで飛行場姫がさらに進める。古鷹の体調のことを考えるのなら、鎮守府で療養するよりは、施設で療養する方が治りが早くなるのではと話した。
実際それは満場一致だったりする。今まで泥のせいで艦娘を襲撃し続けていたくらいなので、艦娘の近くにいるよりは、
そしてこれは、叢雲ですら賛成した。白露と同じように尋問するために、なるべく早く施設に来てもらいたいと語る。古鷹の体調より、自分の怒りを晴らす方を優先するために。
画面越しではわからないこともある。直に会って話をしなくては、本心はわからない。
「なら、次に連絡を貰ったときに話をしてみましょうかぁ。妹ちゃんの見立て通りなら、今日にでも連絡が来るでしょうからねぇ」
「そうね。まぁ流石に今日動けるかと言われると何とも言えないけど。まだまだ身体は激痛しかないだろうから」
「でももう死にはしないのよね?」
「保証するわ。古鷹はもう死なない。怪我は負ってても、死には至らない」
その言葉を聞いて、一番安心したのはコマンダン・テストである。どんな相手でも、死の匂いが漂うと錯乱してしまうが、それはもう失われたというのなら大丈夫。
むしろ、古鷹がこの施設で療養をするというのなら、最も献身的に介護するのはコマンダン・テストになるだろう。より死から遠ざけるために尽力する。
「それじゃあ、あちらから連絡が来るまではこちらはいつも通りに生活しましょうねぇ。春雨ちゃん、今日は調子は?」
「もう充分ってくらい寝させてもらいましたから、元気百倍です! 昨日はお騒がせしました」
「大丈夫よぉ。そういうことになっちゃうのは仕方ないわぁ。春雨ちゃんがそれだけ優しい子っていうことの証明になるんだもの。褒めこそすれ、貶すことは絶対に無いわぁ」
ニコニコしながら春雨の頭を撫でる中間棲姫。されたことで少し恥ずかしげにしつつも喜ぶ春雨。
「じゃあ、今日も1日お願いねぇ」
そんなこんなで施設の1日が始まる。心配事が1つ減りそうだが、まだまだ多い。
そして作業を終えてお昼時。昼食を作るリシュリューとコマンダン・テストを眺めながら、春雨はタブレットの前を陣取っていた。もし連絡が来るならそろそろなのではないかと、
春雨の直感はさらに精度が高くなってきている。鎮守府で起きたことまで察知したほどだ。もう春雨が感じ取った予感は、良いも悪いも正解ではという雰囲気になっていた。
だからだろう。それには一緒に農作業をしていた叢雲も便乗していた。連絡が来るなら古鷹のことに決まっている。ならば、いち早く状況を知るために春雨についていた方がいいと考えた。
漁組はまだ戻ってきていないため、ダイニングには春雨と海風、そして叢雲のみである。中間棲姫と松竹姉妹は今頃お風呂。
「叢雲ちゃん……古鷹さんにも、白露姉さんと同じことを言うの?」
春雨が問う。対する叢雲は、勿論とさも当然のように返した。
「誠意を見せてもらわないと、私の怒りは収まらないわ。理由があっても殺されてるのは変わらないんだもの」
「そう、だよね。全面的にあの泥が悪くても……手を下したのは古鷹さん……だもんね」
春雨としても複雑な感情を持っているのは間違いない。自分を瀕死にしたのは紛れもなく
などと話しているうちに、タブレットが鳴る。待ち構えていたとはいえ、その後にビクンと震えてしまった。
そしておずおずとそれに出ると、その画面の向こう側には勿論、いつもの提督がいた。背景が昨日と変わらず会議室であるため、執務室の修復は現在進行形のようだ。
「提督、春雨です。来るんじゃないかと待っていました」
『そろそろだとは勘付いていたか』
「はい。妹姫様が古鷹さんの傷が接合されると話していたので」
なるほど、と提督が小さく笑うと、端末を持ち上げてそのままカメラの方向を変える。
そちらには、懲罰房から出てきていた古鷹が座っていた。
内臓を補う激痛にのたうち回っていた時から一転、痛いながらも動けるところには来ていたおかげで、安静にさえしておけば血が噴き出すようなこともない。
そのため、傷口が開かないようにするためか、身体にはこれでもかというほど包帯が巻かれ、さらにその上から締め付けるように黒いインナーが生成されていた。それも以前までの重巡ネ級スタイルから変化し、艦娘古鷹の身につけるそれになっている。
本来ならその上からセーラー服を着込むのだが、今は何を思ってか羽織る程度で終わらせていた。おそらく傷をすぐに処置出来るようにするためなのだが、服を消してしまえばいいだけなので、そこは今の古鷹の心情か何か。
『皆さん……お騒がせ、しました』
丸一日を叫んでいたことで、昨日以上にガラガラな声。内臓がようやく接合されたくらいのため、白露が予期していたように、まだ何かを食べたり飲んだりすることも出来ず、喉を潤すことすら出来ていない。
また、喋るだけでもまだまだ激痛が取れていないため、こうやって一言口に出すだけでも顔を顰める。しかし、思いは自分の言葉で伝えたいということで、提督がここにいることを許可し、その後ろにはサポーターとして金剛と比叡が控えていた。
金剛もそうだが、比叡からしても古鷹は妹のようなモノだ。金剛ほど古鷹のことを可愛がろうとすることは無くとも、
『おかげさまで……致命傷を乗り越えることが、出来ました。ここからは、安静にすることで……完治に向かうと、思います』
激痛でのたうち回っていた時もそうだが、侵略者として敵対していた時とはあまりにも違うしおらしい態度。
今までずっと虐殺を繰り返して、その最初は仲間を背後から撃つという最悪な行為から始めているせいで、そのテンションはドン底と言えるほどに低い。上げろという方が無理があるのだが。
「姉姫様を呼んできますね。叢雲ちゃん、ちょっと間を繋いでて! 海風、行くよ」
「はい、春雨姉さん。提督、少し待っててください」
叢雲が何か言おうとするのも聞かず、春雨と海風はその場から去っていった。姉妹姫を呼んでくるのにはそこまで時間はかからないだろうが、結局叢雲は画面の前に1人残されてしまった。
ある意味助けを求めるようにキッチンの方に目を向けるが、リシュリューとコマンダン・テストは昼食のための作業中。止めるのも難しい。
「……えぇと……」
間がもたない。画面の向こうにいるのは提督では無く古鷹。怒りも湧き上がるが、そのあまりの変貌っぷりに戸惑っているのもある。同じ顔なのに、同じでは無い。
白露のこともあるので、泥のせいだということは完全に理解している。今までの古鷹は、真に別人だと言っても過言では無い。だが、簡単に割り切ることは出来やしない。
「……アンタ、何か言うことがあるんじゃないの」
こういう言い方しか出来ないのは叢雲の特性のせい。怒りが常に前に出てくるから、どれだけ仲が良くなっても口が悪いのはそのまま。相手が仲がいいわけではない、ましてや仇敵となると、こうなってしまうのも仕方ないこと。
『いっぱい、いっぱいあります……でも、私は、謝っても許されないことを続けてきました……だから、言いたいことがあっても、言ったところで……何も意味がない……』
小さく鼻を啜る音。涙目で俯き、痛みと喉の渇きからか細い声しか出せない。
『私は……あの悪意の塊のせいで、何人もの命を奪ってきた……その罪は私が背負わなくちゃいけない。正直、死んで詫びるべきだって……考えもしました』
この回答は叢雲が一番気に入らない回答である。殺すなら自分が殺す。怒りのままに、古鷹をズタズタに引き裂いてやりたいとさえ思う。だが、最初から死を望んでいるのは気に入らない。何故ならそれは──
『でも、それはダメだと思います。死んだら終わり……償うべき相手から逃げる行為だと、思います。だから、私はこの苦しみを抱えながら生き続けなければいけない……
これは叢雲の納得が行く回答。苦しみからの逃避なんて絶対に許さない。死にたいのなら殺してやると言いつつも、今までのことを後悔するくらいにネチネチと時間をかけて殺すだろう。ゆっくりゆっくり、泣き叫ぶほどに。
『でも……だからといって開き直ることはしません……私は一生、この苦しみと共に生きていかなくてはいけません……。何かに操られていたかもしれませんが……私がこの手でやったことは、事実……なんですから』
ようやくここで顔を上げた。涙目で、痛みに耐え、顔色も良くない。だが、その目には決意を感じ取れた。古鷹特有の片目の輝きが、ここで少しだけ強くなったようにも見えた。
「じゃあ、これからどうしていくわけ? どう償うっていうわけ? 私はアンタと白露に殺された。白露は私に、死なない程度に毎日ボコれって言ってきたわ。どうせすぐ治るんだから、気が済むまで殴れってね。アンタはどうするの?」
意地が悪い質問である。白露を引き合いに出して、どのような考えに至るのかを探る。
『……どうすれば貴女の気が済むかは、正直わかりません……いや、おそらく、何をしても気が済むことは無いのでしょう。私が死んでも変わらない……。でも、私が貴女の前からいなくなるのは、それも逃げになるでしょう』
痛みを堪えながら、古鷹は自分の思いを伝えていく。その考え方は、白露と殆ど同じだった。
何をしたところで叢雲の性質が変わることはない。怒りの矛先が変わるだけ。それが失われたら、また次の矛先に向かうだけ。
『なら私が出来ることなんて……貴女の気が済むまで、
図星を指されたような気分だった。何も言い返せない。白露と同じ選択をすると言われたら、二番煎じと扱き下ろしていただろう。
『私にも……八方塞がりなんです。どうやれば償えるのか、どうやればみんなの気が済むのか。私が苦しめばいいなら、いくらでも苦しみます。それが償いになるというのなら、いくらでも。でも、それだけじゃもう足りないくらいに私の罪は重い……重すぎるんです』
痛みで拳を握ることすら出来ないが、古鷹は感情の昂りで震えていた。
「理解しているようで何よりだわ。アンタの罪は重い」
『はい……だから、私の生き方は、
思い詰めた者の最後の言葉だった。自分で決められない。決めたところで否定される。それだけのことをしてきた。
叢雲としては一番煮え切らない言葉を聞いてしまった。死を望まない。開き直っていない。ウジウジもしていない。選択を全て、叢雲に託されてしまった。
これが一番困るだろう。古鷹の選択を全て切り捨てるくらいの怒りを持っている状態で、最後の選択肢を委ねられるというさらなる選択。自分の矛盾、面倒臭さを突きつけられたかのような衝撃。
「……なら、これも白露には言ったんだけど」
『はい』
叢雲は少し諦めたような表情で、言い放った。
「アンタが誠実であることを、私に証明しなさい。言動に嘘はつくな。隠し事をするな。本心のままに行動しろ。それで少しでも疑問を持ったら、私がアンタを痛めつける」
白露に言ったことと全く同じ言葉を、もう一度古鷹に伝えた。
古鷹は無言で、でも最高の答えを得られたと、強く頷いた。
叢雲が最も成長していますね。