叢雲と古鷹がお互い納得出来る選択をした後、春雨と海風が姉妹姫を連れてダイニングへ戻ってきた。
「ごめんなさいねぇ、少し時間がかかっちゃって」
「お姉、お風呂入ってたんだもの。アタシに至っては漁の後すぐにここに来たくらいよ」
この時には叢雲は既にタブレットから視線を外しており、画面も古鷹ではなく提督を映している状態。
叢雲と古鷹の会話は、提督は勿論のこと、金剛と比叡も黙って聞いていた。もし叢雲があまりにも理不尽なことを言うようなら口を出そうとしていた比叡だが、金剛は絶対に口を出すなと言わんばかりに指を手に当てて静かにしていようと合図していた。
結果がこれなら良かったと言えるだろう。古鷹は叢雲との関係を深めることは出来ないだろうが、共存は可能であるということがわかったことで安心している。
『急に連絡をしてしまってすまなかった。叢雲とは先んじて話をすることが出来たが、古鷹が致命傷を乗り越え、ヒト前に出られる程度にまで回復したので連絡をさせてもらった』
「ええ、朝にもその話題をしていたの。無事に回復し始めていて良かったわぁ」
まだ激痛は残っているものの、命の危機からは脱した。ここからは安静に療養すれば、確実に完治する段階。
そのため、中間棲姫は朝にも話していたことを切り出す。
「こちらとしては、
勿論、古鷹の意思だってある。その辺りは尊重するつもりだ。何か理由があって鎮守府を離れたくないとか、むしろ施設に身を寄せたくないというのなら、そうしてくれて構わないと。
提督としては、鎮守府と施設ならば、施設の方が心が休まるかもしれないとは思っていた。ここは今まで虐殺の対象であった艦娘が所属する場所であるため、嫌でも心を削られていくのではと。
『古鷹、あちらからそういう案が出ているのだが、どうだろうか。ここでの療養がいいか、施設での療養がいいか、という話なんだが』
またタブレットのカメラを古鷹側に向ける。この選択は、古鷹自身が行なうべきもの。誰かに答えを聞くことではない。行くか、行かないか。
古鷹の心境としては、鎮守府にも施設にも迷惑をかけたくないというのが一番。今までにあまりにも罪を重ねすぎたため、今後は誰にも迷惑をかけずに生きていきたいというのが本心である。誰もが許してくれたとしても、
しかし、今の古鷹にはもう1つ、金剛や比叡に対しての気持ちが生まれている。混ぜ込まれてしまっている榛名の感情が少しだけ強く表に出てきており、
とはいえ、金剛と比叡は艦娘であるが、今の古鷹は深海棲艦。さらには、別に榛名ではないのだ。榛名の感情を持っていても、主となっているのは古鷹。極端なことを言ってしまえば、他に混じっている最上と鈴谷の感情だってある。
『古鷹、心のままに決めてくだサーイ。どんな選択をしても、私達は何も咎めまセーン』
『はい、身体とか立場とか考えなくていいですからね! 迷惑とかありませんから!』
金剛と比叡からもこう後押しされた。どちらにもメリットとデメリットがあるため、どうなっても何も問題ないと。
少し俯き、黙って考えた後、古鷹は決意したように頭を上げる。
『私は……施設での療養を選択、します』
その理由はと提督が尋ねると、つらつらと考えを述べていった。
まず1つ目は、先程の叢雲との対話のこと。誠実であることを証明するためには、鎮守府にいたらそれが出来ない。怒りに呑まれている叢雲には、言葉で伝えてもそれが虚偽と感じるだろうし、古鷹以外の言動も古鷹を庇うための嘘と解釈する可能性がある。故に、叢雲と同じ場所にいることでその誠意を見せたい。
2つ目は、2人はああ言ったもののやはり療養中の深海棲艦が鎮守府に存在するということが周囲にとっては良いものに見えないというのは確実。提督や大将は何も咎めずとも、世間の目がそれを許さない。誰にも見られない場所に留まっているというのならまだしも、今会議室に連れ出されている時点でそれも無いだろう。
3つ目、やはり艦娘の住まう鎮守府にいるというのは、精神的にキツいというのがあるようだ。今まで虐殺対象として見ており、さんざん格下格下と罵り続けていた相手に対して、引け目がある。こればっかりは何も言い返せない。
しかし、鎮守府にいたいという気持ちが無いわけではない。心は艦娘に戻ることが出来たのだから、本来の居場所は鎮守府なのだという気持ちは消えていない。
『今生の別れで無いのなら……私は、施設の方が、いいかなと』
『そうか、それが君の選択ならば、僕は何も言わない。金剛、比叡、良かったかな』
『Yes. 古鷹がそう決めたんデスから、私達は何も言うことはありまセーン』
『はい! 自分で決めたことを曲げさせる方が、私としては辛いですからね!』
鎮守府側は、古鷹の選択を受け入れた。叢雲の時のように、八方塞がりになったから選択の権利を相手に任せたわけでなく、しっかりと自分の意思で決めたこと。それならば、否定することは絶対に無い。
「それなら、こちらはちゃんと受け入れさせてもらうわぁ。部屋はまだ空いてるし、最高の介護士がいるのよぉ」
自分が呼ばれたと感じたか、昼食準備中のコマンダン・テストがダイニングへ。今の古鷹の姿を見て、より完治に近付いていることがわかったのだろう、満面の笑みで任せてくださいと胸を張った。
「いつ来てくれても構わないわぁ。あ、でも1つだけ注意してもらいたいことがあるのだけれど」
『ふむ、ミシェルのことだね』
「察しが良くて助かるわぁ」
次に話題に上るのはミシェルのこと。白露の時もそうだが、今の古鷹に対して不安が残るのは2つ。1つは叢雲との険悪な関係をどのように解決するか。そしてもう1つが、全てがわからなくなってしまったミシェルでも、その死に関する何かを見てしまった時に発作を起こすこと。
遺留品とも考えられる髪飾りを見て思考停止したことで、これは施設の中でも強めに注意されていることだ。白露は村雨の変装でミシェルと交友関係を深めているほどなので、古鷹もそれに沿ってもらうことになるだろう。
そのことを古鷹に説明すると、自分のせいで苦しんでいる者がまだまだいるのだと悲しい表情を見せる。
『なら……私も変装をした方が、いいのでしょうか』
「申し訳ないけれど、ミシェルちゃんの前でだけは少しだけでいいから、
どういうカタチであれ、嘘をつかせるのは心苦しいのだろう。しかし、ミシェルの平和のためには必要不可欠。発作は慣れではどうにか出来ないため、周囲が合わせるのが一番安全。
ミシェルが発作を起こす相手は、古鷹と白露に固定されていると言っても過言では無い。それ以外では何も起きない。ならばと、中間棲姫は本当に申し訳ない気持ちでお願いした。
『変装……どうすれば』
「白露はあの子に混じってる妹の姿になっているわ。村雨って子らしいけれど」
『ふむ……古鷹の中にいるのは、最上、鈴谷、そして榛名か……古鷹が変装するには難しいかもしれないね』
髪の長さなどを考慮すると、ショートボブな古鷹ではロングヘアーだった榛名と鈴谷の再現は出来ない。そうなると最上の変装になるわけだが、それはそれで何も変わらない可能性が高い。制服は変わるが、顔が変えられないのだから、それ以上に特殊な部分は無いだろう。
むしろ、考えるべきは古鷹の左目。この光輝く目が一番印象深い。それさえ隠すことが出来れば、ある程度は誤魔化せるのではないだろうか。
『それについてはこちらで考えておこう。ともかく、一目見て古鷹であるとわからないようにすればいいんだね?』
「ええ、何度も言うけれど、本当にごめんなさいねぇ」
全ては施設の平和のため。そこを心得ている提督は、中間棲姫のお願いを聞き入れたいと考える。古鷹も、今までのことをそれで帳消しに出来るとは思っていなくとも、それだけで他者に平穏が齎されるのなら苦ではないと快諾した。
『それでは、こちらも準備が必要だ。明日、改めてそちらに調査隊と共に派遣しよう。また明日の朝連絡させてもらうよ』
「よろしくお願いするわぁ。1日余裕が貰えれば、こちらも準備が出来るものねぇ」
ということで、古鷹は翌日に鎮守府から施設へと移送されることに。今なら宗谷のクルーザーもあるため、運ぶことは容易だろう。1日あれば、古鷹の体調も今以上に良くなるはずなので、より事を成すことが容易となる。
鎮守府との通話を終了し、改めて昼食待ちとなる中、叢雲は不意に思ったことを春雨に問う。
「春雨、アンタ私と古鷹に話をさせるために部屋から出て行ったわけ?」
別にあの場では、姉妹姫を連れてくるのは叢雲でも良かったことだ。鎮守府との縁が強いのは春雨と海風の方なわけで、最近あまり話せていなかったのだから、こういう機会に話すべきなのではないかと考えるのも無理はない。
しかし、そういうタイミングを捨てて、あえて春雨が部屋を出た。海風が一緒に出て行くのも性質上仕方ないだろうが。
「んー、それはちょっとだけ。そうした方がいいかなって思って」
対する春雨は、にこやかな表情で返す。あえて叢雲を1人にして鎮守府との対応をさせたのは、春雨としてはそこまで他意は無かった。だが、それこそ
結果としてそれが大正解だったのは言うまでもない。その場ですぐに叢雲と古鷹は対話することとなり、今の関係に落ち着くことが出来た。仲良くすることは無いだろうが、叢雲の成長のおかげでいがみ合うこともなく、古鷹もおそらく辿り着ける最高の答えに行けた。
「叢雲ちゃんが一番怒ってるのは知ってる。私だって思うところはあるもん。でも、古鷹さんはやっぱり被害者なんだよなって思ったら、みんなに仲良くなってほしかったんだ。そうなれなかったとしても、せめて喧嘩にはなってほしくないって。それをずっと考えてたから、あんなことしたのかも」
「……それもアンタの『辿り着く力』ってヤツなのかしら」
「どうなんだろ。私は直感が強くなってるってだけだから、辿り着いてるのかはしらないけど……でも、良い道に辿り着けたのなら、私はそれだけで嬉しいよ」
心の底からの言葉。全く嘘偽りのない本心。そんな春雨の言葉に、叢雲は疑う余地もなく、溜息をついた。そして、
「正直、助かったわ。怒りが溢れてきそうだったけど、あの古鷹相手なら……多少は耐えられるわ。ああじゃなかったらぶっ飛ばしてた」
叢雲が小さく微笑んだ。怒りのままに行動するとはいえ、古鷹が被害者であることは叢雲だって理解している。しかし、その根本的な性質がそれを許さない。
しかし、成長したことで怒りがコントロール出来るようになり、苛立ちながらも対話くらいは出来るようになったおかげで、最悪な関係にはならずにいられる。それは施設の平和に繋がることだ。
「礼だけは言っておくわ」
「どういたしまして。叢雲ちゃんのためになったなら、私は良いこと出来たって思うよ」
終始笑顔を絶やさなかった。
「流石は春雨姉さんです。叢雲さんのことを思っての行動、しかも直感的にその選択を出来てしまうなんて、なんて慈悲深い。海風、感服してしまいます。他者を思いやる気持ちが溢れているなんて、やはり神、いや女神のような存在なのは間違いないですね。そんな姉さんの妹であることを誇りに思いますよ」
「海風、それはちょっと褒めすぎだよ」
「何を言いますか。これは私の本心ですよ。そして真実なんですから」
海風は相変わらずである。
古鷹は施設に受け入れられることとなり、話はまた先へと進む。今はまだ体調がすぐれない古鷹だが、今ここにいる仲間達の中では最も真実に近い者と言える。
深海棲艦は施設に集まることに。流石に鎮守府で匿うのには無理があるんですよねぇ。