その日はそこからは何事もなく、平和な一日が終了する。哨戒に出ていた戦艦棲姫達も何の異常も発見することなく、ただ近海を見て回るのみで終わっていた。
以前見つけた爆雷の痕が増えている様子が無いということは、もう
何事もない1日というのが本当に幸せであるということを噛み締めて、その日はそのまま幕を閉じた。
そして翌日。古鷹が移送されることとなり、施設側も準備を終えていた。最初から怪我人であることはわかっているため、いつでも介護が出来るようにコマンダン・テストが待機出来る部屋をつかうことにして、さらにはなるべく誰かの目に入るように必ず誰かが古鷹の部屋に配置されるように時間を使う。
一時期の
「古鷹ちゃんの介護は、コマちゃんがメインとなって、追加で1人か2人が身の回りのお世話をしてあげる感じで考えてるわぁ」
「アタシの見込みでおおよそ1週間。当番制で午前と午後って感じね。別に表とか作る必要も無いでしょ。連続しないように、各々好きに受け持ってちょうだい」
言ってしまえば、別にコマンダン・テストだけでも充分だったりする。だが、あえてここで当番制にしてまで世話をするようにしたのは、古鷹にこの施設に慣れてもらうためだ。
今までやらされてきたことによって、古鷹は常に引け目を感じ続けることになるだろう。だが、この施設は平和に楽しく生きていくことが目的の場所だ。古鷹にも笑顔で生活してもらいたい。
白露はそれを既に実践に移すことが出来ている。元々の性格もあるが、混じり合った妹達の性格も前向きなモノが多い。そのおかげで、今を楽しく生きていた。生きていた妹達もいるというのもその助けになっているだろう。海風は少し歪んでいるが。
「特に叢雲は積極的に当番になってくれていいわよ。誠実さをその目で知るためにも、罰を与えるためにも」
「……考えとくわ」
実際はそれも狙いだろう。叢雲と古鷹はどうしても仲良くなれない。白露とも線を引いているくらいなのだから、そこは避けられない。
だが、白露にも古鷹にも、誠実であることを証明しろと言ったのは外ならぬ叢雲だ。なのにその姿を見ないというのはよろしくない。見てもいないのに否定することは出来ないのだから。
それ故に、誰かをサポートにつけてもいいから、叢雲はなるべく率先してその当番につけということになる。
「さ、そろそろ来るわぁ。お出迎えの準備をしましょう。戦艦ちゃん、古鷹ちゃんを運ぶのを手伝ってもらっていいかしらぁ」
「お安い御用よ。私が一番適しているでしょう。タンカとかストレッチャーとかあるわけじゃないんだもの」
「ええ、そうねぇ。怪我人が運び込まれるなんてそうそう無いから用意はしていないわねぇ」
古鷹が宗谷のクルーザーで運ばれてくるのは想定済み。そこから施設の部屋まで運ぶのは、やはり戦艦棲姫の艤装に任せることにしている。
怪我人を慎重に丁寧に運ぶことに定評のある艤装ならば、古鷹に今まで以上の苦しみを与えることは無いはず。
「あとはアレね、古鷹がどう変装してくれるかね。ミシェルのことは伝わってるから、何かしらの対策してきてくれるはずよ」
「あたしみたいに簡単に変えられるかな。古鷹さん、髪短いし」
「カツラとか付け毛くらいは作れるでしょ。髪結ぶ時のリボンまで繊細に作れるのよ?」
白露の疑問に即座に返答したのは叢雲だった。叢雲も農作業中は髪を結んだりしているのだが、その時のリボンも服を生成する要領でなんとか出来てしまう。ならば、
「あ、出来たわ!」
そんな叢雲の言葉を聞いて試してみたジェーナスが、気付けばロングヘアーになっていた。とはいえ本当に髪が伸びたわけではなく、付け毛が艤装と同じように生成されたのみ。
ショートボブなジェーナスがロングヘアーになると、大分印象がかわる。元々が癖毛なので付け毛を付けても少し違和感が出てしまうくらいなのだが、それでもだ。
ならば古鷹もその形でやっていけるだろう。先にそれを思いつくことなく、ここにそのままで現れた場合、クルーザーから運び出す時にやれと言えばいい話。
「いろいろと安心ねぇ。それじゃあ改めて、出迎えに行きましょうかぁ」
ここまで纏まったので、施設総出でお出迎えとなる。今回は鎮守府の艦娘の交流も久しぶりに出来るため、施設の者達は少しテンションが高かった。悪い話も無いため、落ち込むようなことも無いだろう。
出迎えに出てすぐに叢雲が反応をキャッチ。そして少ししたら水平線の向こう側にいつものメンバーが並んでいた。
しかし、今回は少しだけ人数が多い。大将が派遣した演習艦隊も、ここでお近づきになっておけと大将自身からの命により、施設にやってきたのだ。
実際は、鎮守府から施設に向かう間に襲撃を受けないようにするためというのもある。それならば演習艦隊は鎮守府に残るべきかもしれないが、人数は確実に鎮守府側の方が多いため、こちらについたというのが実情。
それに、鎮守府は数日は安全だろうという予測もあった。襲撃で姿を現した龍驤は、謎の潜水艦の手助けが無ければ撤退出来ないくらいに消耗させている。そんな身体ですぐに再襲撃は無いだろうという判断だった。
「なんだか久しぶりな感じ!」
春雨が手を振ると、あちらからも振り返してきたのが見えた。大きく手を振るのは江風と涼風、あとは金剛といったところか。
実際、最後に鎮守府の面々が施設に訪れたのは、白露が施設に匿われることとなった戦闘が発生した時以来。それまでは毎日とは言わないまでも、頻繁に交流をしていたため、久しぶり感も出ている。
「やけに人数が多いわね。あれが大将の部下って子達かしら」
「そうなるわよねぇ。大将さん直属の子だし、島風ちゃんや宗谷ちゃんが大丈夫なんだから、あの子達も大丈夫でしょう」
姉妹姫は追加で訪れた艦娘達のことについては、問題ないと判断。信用出来る者の部下ならば信用出来る。それに島風と宗谷という前例があるおかげで、信頼は置けた。
そう話している内に、江風と涼風、そして島風が山風を引っ張って先行してきた。
久しぶりの画面越しではない対面を山風は楽しみにしていたらしく、それを察した妹達と島風はそれをすぐに叶えるべく動き出した。山風は相当驚いていたために事前に話していたわけではないことが窺える。
「姉貴達久しぶりー! 元気にしてた?」
「久しぶりみんな。アンタは元気すぎるみたいだねぇ」
江風に対して苦笑しながら手を振る白露。今はミシェルもそこにいるので村雨の変装中。最初にその姿を見た時には流石に目を疑ったが、事前に聞いていたので動揺を表に出すことなく済ますことが出来ている。
そして、今の古鷹が
「山風、久しぶり」
「う、うん、久しぶり……海風姉……」
おずおずと前に出てきた山風も、海風と対面出来たことでほんのりと嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。表情はあまり変わらずとも、気分が昂揚しているのは姉妹達にはすぐに見てとれる。
「ちゃんと隊長やれてるみたいね。安心した」
「うん……ちゃんと海風姉の後を継げてる……はず」
「自信を持って、山風。私はもうここから出ていくことは出来ないけど、山風のことをここから応援しているからね」
そう言われただけでも報われる気分だった。そして、これからも頑張ろうと気合も入る。
「あ、そ、そうだ……姉姫さん、妹姫さん……今日の本題」
「ええ、提督くんから聞いてるわぁ。古鷹ちゃんをこの施設で療養してもらうために連れてきてくれたのよねぇ」
「うん……そろそろ来るよ」
こちらでわちゃわちゃしている間に、宗谷のクルーザーも到着。中から宗谷が会釈し、中の古鷹を運び出しやすくするように、岸にうまく横付けした。
「戦艦、よろしくお願いしていいかしら」
「任せて。何処から運び出せばいいの?」
「こっちデース。よろしくお願いしマース」
金剛の案内で戦艦棲姫がクルーザーの側へ。その中で安静にしている古鷹の姿を見て、一瞬戸惑いを見せた。
周りの者達は戦艦棲姫がそんな反応をする理由はなんとなくわかった。戦艦棲姫も一応は古鷹の姿を知っている。その時の姿とは大きくかけ離れているということだろう。
「少し驚いたわ。大分様変わりしたのね」
「はい……話は聞いてましたから」
か細い声がクルーザーの中から聞こえた。1日グッスリ眠り、体力的には多少は回復しているものの、傷の痛みは少しくらいしか和らいでいないようなので、やはり身体を動かしたら激痛が走るようだ。喋るだけでもこれなら、まだ食事は不可能だろう。水すら飲めないかもしれない。
そして、戦艦棲姫が艤装を生成し、クルーザーの中にその手を突っ込み、古鷹の身体を優しく運び出す。なるべく揺らさず、ゆっくりと手を抜き出したら、その手の上には古鷹
「……え?」
素っ頓狂な声が出たのは、古鷹に最も怒りと恨みを持つ叢雲である。その叢雲がこういう反応をするくらいに、古鷹の変装は完璧と言えた。
今の古鷹は、予想通り付け毛でロングヘアーにすることで印象を大きく変えていた。なのだが、制服までしっかりと変えて、古鷹らしさがカケラも見えない状態。
その姿は、古鷹に混じっているという艦娘、鈴谷の姿に外ならない。白露と同じで、混じっている艦娘の姿を模倣しようとすると、大分それに寄せられるらしい。感情などもその通りに持っているため、やろうと思えば口調から何から全てを寄せることまで出来る。
最初は榛名に変装しようと考えていたのだが、金剛や比叡に対して榛名の声色を使った経験がそれを躊躇わせた。最上に変装も考えたのだが、髪型の件であまり代わり映えがしない。そのため、結果的に鈴谷をチョイス。
そして一番の問題だった左目だが、かなり大きめの眼帯によって光を漏らさずに隠すことに成功していた。
眼帯といえば、この施設にかつていたという天龍が同じように左目に着けていたのだが、彼女と同じような眼帯では光が漏れかねない。そのため、目元を完全に覆うほどの大きな眼帯で完全に隠している。
「ご迷惑……おかけします」
「いいのよぉ。今もまだ身体をまともに動かせないんでしょう? しっかりここで治して、楽しく生きられるようにしてちょうだいねぇ」
小さく微笑むことしか出来ない古鷹。ここに来たからには、叢雲に誠実さを見せつつも、楽しく生きる必要がある。今は心が擦り切れてしまっているようだが、それも療養で穏やかになっていけばいい。
「Michelle、新しい
そして問題となっているミシェル。ジェーナスが戦艦棲姫に合図して、2人を対面させた。
クリクリとした瞳で古鷹を見つめるミシェル。ここで発作を起こすなら、ここで反応を見せることなく涙を流すことになる。白露のときは大丈夫だったが果たして。
「……貴女がミシェルさん……ですね。話は聞いてます……。これからよろしく……お願いしますね」
舐めるように眺めるミシェルだったが、古鷹からの言葉に反応して、よろしくと言わんばかりに身体を震わせる。
相変わらず感情表現が豊かで、むしろここ最近はそれがより顕著になっている。この施設で楽しく生きているおかげか、賢かったのがより賢くなっているような、そんな感じ。
「……私がもう少し動けるようになったら……仲良くしてください、ね」
身体を震わせた後、ビシッと敬礼するように身体を縦に。そんな姿に古鷹も申し訳なさと共に愛らしさを感じた。
「さ、あまりここで話をしているのもよろしくないわぁ。今は休んでもらうために、部屋に運ばせてもらいましょうねぇ」
挨拶もそこそこに、古鷹は戦艦棲姫によって施設内に運ばれていった。そこには介護者としてコマンダン・テストと今日の当番として叢雲と薄雲がついていく。
「貴女達も上がってちょうだい。お話ししましょうねぇ」
ここからは久しぶりの対話の時間。今回はこの施設に初めて来る者もいるため、少し長い時間を考えている。
ミシェル問題も一応解決したため、古鷹は施設に受け入れられそうだった。後は叢雲との関係性のみ。
鈴谷コスの古鷹with眼帯。眼帯のイメージは別ゲームになりますがオフェリア・ファムルソローネ。あちらは右目なので逆ですが。