空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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叢雲と古鷹

 姉妹姫達が大将の艦隊と話を進めている裏側。戦艦棲姫の艤装の手によって慎重に運ばれた古鷹は、予定通り用意された一室へと運ばれた。

 介護者としてコマンダン・テストが、そして今日の身の回りのお世話の当番として、叢雲と薄雲が部屋に入る。

 

「降ろすわよ。痛いかもしれないけど、我慢して」

「はい……大丈夫です……ありがとうございました」

 

 艤装が古鷹をゆっくりベッドに寝かせる。なるべく振動を与えないようにしたことで、古鷹は大きなダメージを受けることなくベッドに横になることが出来た。

 

 そこでようやく見た目を元に戻す。ミシェルの前では常に鈴谷スタイルで過ごすことになるのだが、室内では問題ない。そのため、古鷹は古鷹としての姿となった。

 付け毛と眼帯が失われて、制服も本来のもの……とはいかず、以前に端末越しに会話した時に着ていた黒いインナー姿となった。今はこの締め付けで胴についた傷を押さえているらしく、傷が完全に塞がるまではコレを欠かさないつもりらしい。包帯代わりのようなもの。

 そもそも古鷹が艦娘時代から愛用しているものであるため、そういう意味でも艦娘の心を取り戻していると言えた。あちら側だった時に愛用していたネ級のボディスーツは、今では嫌悪感を覚えているとのこと。

 

「無理だとは思うけど、一応聞いておくわ。何か食べれたりするの?」

「多分……まだ無理、だと……思います……。痛みが……身体の奥まであるので……」

「内臓の接合は終わったけど、まだ完全に治ったわけじゃないのね。でもまぁ時間をかければちゃんと治るわ」

 

 布団を被せてやろうとするが、それすらも激痛に繋がる可能性があるため、許可を貰ってからゆっくりと被せる。案の定、その布が擦れるだけでも身悶える程に痛みを感じており、ベッドにちゃんと寝かせるまでに相当消耗してしまったようだ。

 宗谷のクルーザーでここまで来るまでも、かなり苦労したようである。ゆっくり駆けようが高速で駆けようが、海には波があるためにどうしても揺れてしまうのが問題。そこは島風の連装砲ちゃん達が、なるべく揺れないように身体を固定していたのだとか。

 

「怪我の方、まだ血は出るのですか?」

 

 コマンダン・テストが問いかける。その手には出来る限りの手当ての道具。とはいえ、深海棲艦に薬など使えないため、傷口を清潔に保つためのモノが基本。タオルと水がたっぷり。

 

「えと……は、はい……少し、だけ。なので……今は押さえつけている感じ、です」

Donc c'est tout(なるほど). では、また血で汚れてきたら拭きましょう。痛いかもしれませんが、早く治すには、清潔が必要ですから」

「はい……」

 

 まだ声を出すのも辛そうにしている。これだけ話していても、やはり喉はガラガラのまま。水すら飲めないので仕方ないことだろう。

 

「念のため、飲み水も持ってきています。飲んで、みますか?」

「喉を潤すことも必要でしょ。ちょっと試してみなさい」

 

 コマンダン・テストと戦艦棲姫に推されて、古鷹はおずおずと水を貰う。吸飲みに入った少量の水ではあるのだが、それに手を伸ばすことも出来ないため、コマンダン・テストが口元に近付け、ゆっくりと傾けた。

 激しく飲むことは当然ながら、ゆっくりですら難しい。ほんの少しを口に含み、コクンと飲み込んだ瞬間、古鷹の身体が小さく跳ねた。ただ水を飲むだけでも痛みに繋がった。

 叫び過ぎで喉を痛めていたのも原因だろう。しかし、潤わさないとそこも癒えていかない。多少の痛みは我慢してもらう必要がある。

 

「はぁ……はぁ……ご迷惑を……おかけします……」

「迷惑だなんて思っていませんよ。Ne t'en fais pas(心配しないでください)

「そうよ。貴女はまずは自分の身体を治すことを考えればいいの。そうしたら、嫌でもこの施設のために貢献することになるんだから」

 

 古鷹ももうこの施設の一員だ。ならば、傷さえ治れば農作業なり漁なりに参加することになる。そういうカタチでの貢献で恩を返してくれればいいと、戦艦棲姫は話した。自分も居候の身だから強くは言えないがと苦笑するが。

 

「キツイかもしれないけど、せめて水くらいは飲んだ方がいいわ。何もゴクゴク飲めとは言わない。水分くらいちゃんと取らないとら治るものも治らないってこと。だから、定期的にコレで飲ませてもらいなさい」

「わかり……ました……」

 

 多少スパルタっぽくなっているが、それも古鷹のため。栄養が摂れないことは残念だが、それ以外のことはやっておくべき。特に水分は、深海棲艦であろうとも大事なモノだ。

 これからは自分から飲ませてほしいと言うようにと念を押された。痛かろうが何だろうが、ひとまずは飲めと。

 

「それじゃあ、私は出ていくわ。一度グッと眠った方がいいでしょ。それとも、まだ眠れそうにない?」

「……そう……ですね。疲れてはいるんですが……眠気はあまり」

「そう。なら、誰かと話しているうちに、自然と眠くなるわ。叢雲、薄雲。貴女達が古鷹と話でもしてあげなさい。私とコマは一度部屋から出るから」

 

 反発するのは叢雲である。世話係ということで部屋に入れられてはいるが、ただ話すだけというのは考えていなかった。見ているくらいなら出来るが、そこまでは考えていない。

 ただ古鷹が痛みに苦しんだ時に物を持ってくるだとか、部屋が汚れたら掃除するだとか、そういうことをするものだとばかり思っていた。交流なんてするつもりはない。

 

「あら、でも古鷹の誠実さを見るんだったら、自分から率先して関わって行かなくちゃあねぇ。気に入らないなら尚更、()()()()()()()にも関わらないと」

 

 ニヤニヤしている戦艦棲姫に苛立ちを覚えつつも、少し納得してしまった。

 自分から誠実さを見せろと古鷹に言っておきながら、早速その関わりを断つとなると、それはむしろ()()()()()()()()()()()()()ことにならないだろうか。

 そもそも常に喧嘩腰で対面していること自体が少し誠実さに欠けるのだが、そこは叢雲の性質から仕方ないものとしてみている。薄雲も隣でサポートしつつ、ここがどうにかならないかと思いながら一緒に生活しているくらいだ。

 

「……わかったわよ」

 

 渋々、本当に渋々、叢雲は戦艦棲姫の案に乗った。心底気に入らないという雰囲気を出しつつ、しかし戦艦棲姫の言うことにも一理あると納得して。

 

 実際、叢雲は若干乗せられやすいところはある。素直なのか単純なのかはさておき、いい方向に向かうのならそういうところも別に問題はない。

 本当にまずい方向に行きそうならば、まず間違いなく薄雲が何か言う。そして今の薄雲は、ニコニコしながら叢雲を見守っている状態だ。手を出しそうなら後ろから羽交い締めするだろうし、文句を言い続けるなら苦言を呈するくらいするだろう。いい相方、いい妹として、叢雲を完璧にサポートしていた。

 

「でも、私から話すことなんて何も無いわ。昔話でもすればいいわけ?」

「そこは好きにしなさい。コマ、少し外に出ましょう。今は安静が必要だわ」

「Oui. それではごゆっくり」

 

 戦艦棲姫とコマンダン・テストは部屋の外へ。残されたのはベッドに横になる古鷹と、それをただ見ているだけの叢雲、そしてその叢雲がやらかさないかを見守る薄雲のみに。

 話をしてやれと言われたものの、いざこうなると何も話せなくなってしまう。何を話せばいいのかわからない。自分から出てくる言葉なんて、今は上から押し付けるような高圧的な悪態しか無い。

 

「……叢雲……さん」

 

 それを言い出しそうになる前に、古鷹から話しかけられた。話すだけでも辛そうだが、それでも自分から叢雲に伝えなくてはいけないことだと、その辛さをどうにか耐えながら。

 

「私からも……話すことは無いと思います……。それに……何を話しても、貴女には……苦痛になるかもしれない」

 

 こうなったとしても、自分のことよりも相手のこと。特に叢雲は被害者の中で唯一、深海棲艦化したとしても生きている存在だ。謝罪の言葉を延々と言い続けたいとすら思うが、それは叢雲が望まない。そうなると、古鷹としても何も話すことは無くなってしまう。

 世間話と言っても、自分の今まで行なってきたことを語ったところでそれは逆効果になるし、ならば深海棲艦化する前の鎮守府での生活のことを話したところで、本来得られるはずだった艦娘としての人生を潰したことを思い出させることになり、それはそれでまた苦しめることになる。

 

 端末越しに言った通り、古鷹は叢雲に対しては八方塞がりなのである。何を言っても、何をしても、それは叢雲に対しては苦痛を与える行為になりかねない。静かにしていても、行動していても、生きていても、死んでいても。古鷹という存在そのものが、叢雲の怒りのボルテージを上げることに繋がる。

 それほどまでに許されないことをしてきたことは自覚している。いくら泥のせいでだとしても。この居心地の悪さも罪を償う行為の内の1つと考え、古鷹は一生それを背負う覚悟でここにいる。

 

「……アンタだって被害者だってことはわかってるわ。泥のせいで狂わされて」

「……はい。私は生きたまま泥を呑まされて……その場で仲間を殺しました」

 

 そこまでのものとは知らず、叢雲はまた口を噤んでしまった。白露のように黒幕辺りに殺された後、黒い繭となった挙句に泥を注がれてああなったとばかり思っていた。

 だが、順序が逆だった。死に至るほどのダメージを受け、それがきっかけで深海棲艦化し、その後泥を入れられたのでは無い。泥を入れられてから何らかのカタチで深海棲艦化して今に至る。下手をしたら、古鷹は一度もダメージを受けていないのかもしれない。

 

「そこは全部覚えているんです……先日まで夢で見てしまいました。その時の感触も、その時の思考も、その時の()()も、何もかもを反芻させられました……。酷い……ですよね。仲間を後ろから撃って、殺して、それを喜びながら身悶えするなんて……」

 

 身体の痛みでは無い痛みに歯を食いしばり、自然と涙目に。

 

「なのに……一番大事な……()()()()のことだけは完全に頭から抜けてるんです……吐き出した泥に持って行かれたかのように」

 

 あのヒトとは、おそらく今探し求めている黒幕、最悪の姫の中身のこと。長い間部下として働き続けていたのに、最後の作戦で何をやろうとしていたかも覚えているのに、黒幕の居場所も思い出せなければ、自分が何をされて深海棲艦化したかも思い出せない。

 助け出されたのに、次の段階に行く手助けすら出来ないことを悔やんでいた。せっかく一番情報を持っている存在なのだというのに、必要な記憶は何もかも抜け落ちている。これは白露も同じ。

 

「今まで罪を犯し続けていたというのに……いざ解放されたら何の役にも立てないなんて……それが一番苦しい。悔しい……すごく悔しい……!」

 

 涙目だったのが、もう泣いていた。自分をここまで不幸にした存在に、一矢報いることも出来ないのが、とても悔しかった。

 

「だったら、身体治してから黒幕に怒りをぶつけてやんなさいよ」

 

 対する叢雲は、そんな古鷹に対してたった一言。その思いを汲むように、そして自分の怒りも乗せるように。

 

 今の怒りの矛先は、白露から古鷹へ、そして古鷹から黒幕へと変化している。勿論、白露にも古鷹にも怒りはある。殺した張本人なのだから、殺したい程に苛立つ。

 しかし、叢雲だって大きく成長しているのだ。白露も古鷹も、完全な被害者であることは理解している。むしろ、()()()()()()()()()()であるとすら思えた。

 叢雲だって、深海棲艦化したばかりの頃は、感知の範囲内に入った艦娘を無差別に襲うことしかできない知性のない存在と化していた。叢雲は幸いなことに未然に防がれただけ。最初の時にヨナが現れていなかったら、鎮守府の誰かを殺していただろう。

 

「私は私をこうしたヤツを絶対に許さない。だからアンタと白露を憎んだ。むしろ今でも憎んでる」

「……そう……ですよね」

「でも、その裏側にいて今でも表に出てこない黒幕が一番気に入らない。張本人だってのに、表舞台に出てこないで、他人使っていいようにやってるのが腹が立つわ。だから、私はそいつを絶対に殺してやる。アンタはそれを手伝いなさい。私と一緒に」

 

 譲歩かもしれないが、叢雲の選択はこれが一番最善だろう。古鷹に被害はなく、叢雲の怒りの発散にもなる。

 

「……はい……勿論」

 

 涙を拭くことは出来なかったが、小さく、力強く頷いた。

 

 

 

 

「あと」

「……?」

「その敬語やめて。下手に出られてるみたいでなんかムズムズする。私のことは呼び捨てでいいわよ」

 

 これもなんだかんだ和解に向かう道。せめて態度が軟化すれば、多少はいい関係になるはずだ。

 

「……ん、わかった……叢雲……ちゃん」

「呼び捨てにしろっつってんでしょ」

「そ、そう言われても……」

 

 少しだけ、本当に少しだけ距離が縮んだように見えた。

 




怒りと罪悪感で成り立つ叢雲と古鷹。この関係はここからいい方向に向かうのか悪い方向に向かうのか。
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