対話が終了し、鎮守府からやってきた艦娘達は帰投する時間に。昼食は如何かと誘ったものの、流石に人数が多すぎるというのと、今日はまた鎮守府でも対策会議が開かれるため、残念ながら一度戻らなくてはいけないと話していた。
ここの端末を使って参加すればと言おうとしたものの、止めておいた。この判断は、なるべくこの施設を巻き込まないようにするために会議の場にも参加してもらわないようにしたいという、提督の心遣いである。それならばと姉妹姫は無理を言わなかった。
鎮守府側も大人数であるため、古鷹の介護に携わるコマンダン・テスト、戦艦棲姫、叢雲、薄雲以外の全員で見送り。ミシェルも勿論その場にいるため、白露は村雨の変装済み。
そこには姫級がズラリと並ぶようなものなので、これが敵だったらとんでもないことになるなと、数人は苦笑していた。
「それじゃあ……あたし達は鎮守府に戻る」
全員が海に出た後。隊長である山風が代表となって姉妹姫に頭を下げる。
「はい、気をつけてねぇ。鎮守府に帰るまでが任務だからねぇ」
「うん……大丈夫。気をつけて帰る」
まるで母親のようなことを言いながら、にこやかに手を振る中間棲姫。また来てねとも付け加えて。
「姉貴達も元気そうで何よりだったよ。また来るからさ、江風達の活躍、期待していてくれよな!」
「江風はあまり調子に乗っちゃダメよ。そういうことしてるときにドジを踏むんだから」
「へへっ、海風の姉貴にそう言われンのも久しぶりな感じがすンな。任せとけって! もう絶対負けねぇからさ!」
ニカッと笑う江風に小さく溜息を吐く海風だったが、内心ではその自信満々な態度に安心していた。今までも江風の空元気にならない明るさには助けられているが、今もそうだと思えるほどに。
「Michelle、私達はまた来ますからネー。その時は遊びましょうネ」
ギリギリまで送ってくれるだろうミシェルを、何の躊躇いもなく撫でる金剛に、ミシェルも喜びで身体を震わせた。
「確か前に、ここから帰る時に襲われた時があったでしょ。っていうか、襲ったのあたしなんだけど、そういうことが今から無いとは限らないから、気をつけてね。アイツら、本当に勘弁してほしいタイミングを狙おうとするから。あたしがやったからわかる!」
「自信満々に言われても……でも、わかった。気をつける」
ここにいる面々の中では一番敵のことに詳しい白露からの忠告。ミシェルがいる場でそんなことを話すのはどうかと思ったが、姿が白露ではないおかげで何事もない。
そんな白露の言葉に、山風もしっかりと刻み込んだ。帰路でまた襲われたとしたら本当に笑えない。今のところは春雨も虫の報せを受け取っていないが、しばらく行って叢雲の感知からも離れたタイミングで襲われたこともあるため、この忠告は割と馬鹿に出来ない。
今回からは泥に関しても注意しなくてはいけないのだ。しかも、海中からいきなり現れ、捕まったら終わりという今までにない脅威。さらに言えば、ソナーに引っかかるかもわからないまである。注意しようが無い可能性があるのだ。
「立ち止まらない。速度を落とさない。泥っぽいモノを見たら容赦なく撃つ。んで、あたいが常にソナーをギンギンに利かせておく。これでひとまずいいってことかい?」
「そうね。あとは私と千代田が哨戒機を常に飛ばしておく。これで上から下まで見続ければ、多少は危険度は下がるんじゃないかしら」
「なら、サラもお手伝いしますね。多ければ多い方がいいでしょうから」
艦隊は艦隊で帰路についてを相談して、万全な状態で鎮守府に辿り着けるようにしていた。
ただ鎮守府と島を往復するだけなのに、ここまで緊張することになるとは思っていなかったことだろう。まるで地雷源を駆け回るようなもの。とはいえ、まずここに無傷で来ることが出来ているため、半分は安心出来ている。
「今、鎮守府で明石が頑張ってるんデスヨ。予算度外視の新兵器開発」
「あー、なんか怖い笑い方してましたね」
「泥を探知するSonarとかも作ってる真っ最中だそうデース。MadなScientistは恐ろしいけど頼りになりますネー」
少しだけの間でも古鷹を鎮守府で匿ったのは、何もその怪我を治してもらって施設に送り届けるためだけではない。明石にはもう1つ理由があった。
それが、
泥に意思があるかもしれないが、物質としては深海棲艦の成分には違いないはず。それ故に、ただの体液であろうが確認が出来るくらいのセンサー、それこそ電探やソナーに技術を転用することが出来れば、今の敵に対しての最高のカウンターが出来るだろう。
「でも今はそれがありまセーン。私達だけでどうにかする必要がありマース。充分に気をつけて、鎮守府に戻りまショウ!」
これ以上ここで話し続けても意味が無いだろう。実際に帰ってみなくてはわからない。心配しすぎても何も変わらない。ならば、いつも通り、いや、それ以上に注意しながら鎮守府に戻ればいい。
鎮守府に到着したら施設に連絡してもらうということだけは念を押した。施設を安心させるためにも、帰投が完了した旨だけは絶対である。
「それじゃあ、長々とごめんなさいねぇ。現状把握、しっかり出来ました。提督くんにもそう伝えてちょうだい。まぁこちらから今帰投したって連絡してしまえばいい話なんだけれど」
「うん……わかった。ちゃんと伝える」
「ええ、よろしくねぇ」
山風にも新たな任務を与えて、隊長としての役割を全うさせようとする辺り、中間棲姫はヒトの使い方が上手い。
「じゃあ……また来る」
山風も小さく手を振った後、全員の先頭に立って指揮するように海を進む。調査隊の施設での任務はこれで終了となった。
水平線の向こうへと調査隊が消え、その後にも春雨の嫌な予感はしなかったため、ひとまず全員安心して施設内へ。ここからは鎮守府から帰投完了の連絡が来るまでは少しだけ緊張感がある状態が続く。
「古鷹が寝たわ。ちょっと時間がかかったけど」
「姉さんが寝るまで話を続けてくれたので、古鷹さんも安心出来たみたいで。今はグッスリ眠っています」
叢雲と薄雲もダイニングへ。古鷹が眠りに落ちたらしく、そのままいても意味がないと撤収したようだ。むしろまだ部屋にコマンダン・テストと戦艦棲姫が待機しているため、その状態で人数を増やしていても無駄になると判断している。
「はい、叢雲ちゃん。昨日の残りで申し訳ないんだけど、甘いもの」
そこへすかさず春雨が、昨日のうちに作っておいた甘味を叢雲に。残り物のクッキーではあるのだが、今の叢雲にはご褒美になるのではと残しておいたもの。
訝しげな顔はするものの、小さく鼻で笑いつつもしっかり摘まんでいく辺り、叢雲は叢雲である。
「むぐむぐ……アンタ達は私のことどう思ってんのよ。薄雲もそうだけど、甘いものがあれば何でもやるとでも思ってるわけ?」
満場一致で首を縦に振られて、叢雲は小さく歯軋りした。今の叢雲を見れば、これが通用するとは誰でもわかることである。
「今回に関しては、こういうのが無くてもやってやるわよ。戦艦に言われたんだもの。誠意見せろっつってんのに私から関係断つのはズルいって。私としても納得したわ」
古鷹に対しても、白露に対しても、誠実さを感じられなかったら手が出ると脅したようなものなのに、それを積極的に見ないようにしているのは、要求しておきながらそれを反故にするようなものではないかと、叢雲としても考えたらしい。
だからこそ、古鷹が眠るまでは常に話し続けた。世間話とまではいかないけど、古鷹が持ってる思いを語らせたり、その逆を語ったり。あとは、今の敵がどんなところを狙ってくるかなどを聞き出したり。覚えている部分だけでも聞いておけば、先に繋がる。延いては、この施設の平和の維持に貢献出来る。
「で、古鷹から聞いたことなんだけど、黒幕のことはまるで覚えてないけど、何しようとしてるかは朧げに覚えてたらしいわ」
「へぇ、ならそれを提督くんに伝えたら、対策出来るかもしれないわねぇ。それは何なのかしらぁ」
「
中間棲姫を指差す叢雲。一瞬何が言いたいかわからなかった。
「あっちの黒幕は、
話していても苛立ちを隠そうとしない。まるで意味がわからないのに忠誠心があるからとりあえず動いていたという古鷹に巻き込まれて殺されたとなれば、明確な理由があってやられるよりも気に入らないのはわかる。
古鷹も当時は何の疑問も持たずに動いていたようだが、今考えてみると指示が謎だった。器とは何かがさっぱりわからない。施設の者達は『観測者』からの話と春雨の直感でそこに辿り着いているが、知らないものがそれを言われても理解が出来ないだろう。
「え、それあたし聞いてないんだけど」
「アンタは新人すぎて信用されてなかったんじゃないの?」
「ぐぬぬ……何も言い返せない……」
そういうことを伝えられているのは、黒幕に近い者に限られるのだろう。古鷹はかなり長い時間を
白露は沈められてから深海棲艦化させられて間もない状態だったため、まだそこまで任せるほどの力を持っているとは判断されていなかったのではないか。叢雲の予想はそれだが、おおよそ正解。
「ともかく、こんだけ探しても見つからないってのは、誰かにそういう能力か何かがあったりするんじゃないの? 敵対するヤツから見つけられない力みたいな」
「どうなのかしらねぇ……。戦いたくないって考えることばかりだから、無意識のうちにヒト避けが出来ているのかしらぁ」
「じゃあ、私達がこの島を発見出来たのは?」
海風が叢雲に問う。敵がこの施設を探していても見つけられないのに、海風達調査隊が見つけられたのは何故か。
「アンタ、敵対のためにここに来たわけ?」
「……春雨姉さんを探すため、ですね。結果的に姉姫様に牙を剥いてしまいましたが、悪意も何もありませんでした」
それは簡単な話だ。目的が敵対ではないから。あくまでも春雨を探しているうちの延長線上だから。ここを探し当ててから感情が昂ってしまったこともあったが、何事も無かったために事無きを得ている。
むしろ、未来でこのように仲間になることを予知していたからこそ呼び込んでいる、なんてことまで考えられた。逆に、永劫敵対とわかっていれば一生この島は見つけられない。
「仲間になりそうなヒトを判別しているのかもしれませんね。姉姫さんも妹姫さんも、戦いを拒んでいるわけですし。その性質がここをそういう領域にしているのかも?」
薄雲がちょっとした考えを語る。侵略者としての性質を持つ者のみを拒む『結界』的なものが張られているのではなんていう、少しオカルトじみた憶測まで出てくる。感情を読み取ったり、海の記憶を読み取ったり出来るわけだし、そもそも
「まぁ、島に向かう私達の姿を見られたら勘付かれるだろうけど。どうあっても島が動くわけじゃあ無いんだから。鎮守府の連中を出しにして、この施設を探そうとしてるってのまで考えられるわよ」
「確かに……それは困るわね。一度見つけられたらアウトでしょそんなの」
「だから鎮守府の連中に泥を仕込もうともするわよ。ここの記憶持ってんだもの」
考えれば考えるほど不安になっていく現状。自己防衛は勿論のこと、ちゃんと連携していかなければ足をすくわれることになりかねない。
まだ敵には見つけられていないものの、何が起きるかわからない。今まで以上に慎重に事を起こしていく必要もあるだろう。
施設はただ平和を望んでいるだけだ。それを脅かす輩は、許されるものではない。
海の真ん中にある施設なのに全く見つからないのには、当然タネがあるもの。敵対者には訪れることが出来ないという、割とフワッとした能力が働いているようです。