鎮守府へと帰投する調査隊一行は、今まで襲撃されていた海域を越え、そろそろ鎮守府近海に到着するというところ。
ここは以前に行なわれた対潜掃討が届いている場所。とんでもない爆発が起きたことで、近海に設置されたという泥はおそらく存在しない。とはいえ警戒しない理由が無いので、立ち止まらず、速度を落とさず、見えないかもしれないが海中に目を凝らしてそこを駆け抜ける。
「ここに来るまで何の反応も無かったけど、まだまだ不安要素は多いよねぇ。吹っ飛ばした後にまたここに来てて、改めて設置したとか言われたら厄介だ」
駆け抜けながらも、涼風が全力でソナーによる確認を走らせている。今のところは何の反応もない。
泥にソナーが反応するかどうかはわからないが、今は反応するとして確認はしている。勿論、反応しないことも考慮して、部隊の誰もが海中に気を配っていた。
「涼風……なんか、おかしなことは……無かった?」
「少なくとも今んところは、反応らしい反応は無いね。この前の基地航空隊で吹っ飛ばした時のゴミとかも、多分全部海底に積もってる」
山風が少し心配そうに聞くが、涼風は何も感知していない。安心しつつも油断は出来ない。
「哨戒機からも何の連絡も無し。誰かに見られてるとかそういうのは無さそう」
「でも銀だこはわからないんだよね……こういうことしている間も実は見られてるなんてことあるかも」
千歳と千代田はその辺りが不安なようである。こればっかりは新兵器で手に入れることが出来なかった、
北上が看破した、龍驤による高高度索敵。それは艦娘の扱える艦載機の性能を優に超えており、手の届かないところからこちらを観察し、行動を全て読んでくるという異常なスペックを見せつけてきた。
それに追いつくことが出来るものは、艦娘の扱うもので無ければ一応存在する。秋水という基地航空隊が扱う局地戦闘機だ。あれならば、高高度にいる敵艦載機を撃ち墜とすことが出来る。まさに必殺の一矢。
「それは提督に進言していマース。定期的に秋水や
勿論そこは対策済み。しかし、その隙間を縫ってこちらを観察している可能性は充分にあるので、警戒するに越したことは無い。
「あ……鎮守府、見えた」
そうこうしている内に、何事もなく鎮守府を水平線の向こうに視認出来る位置まで到着。あと少しで帰投完了。
ここまで来ても気は抜かない。そこに狙いをすまされている可能性だって充分にある。あと少しで終わりというタイミングを見計らって泥に襲われるとかもう笑えない。
「最後まで気を抜かずに行きまショウ! ここで捕まるなんて、NOなんだからネ!」
金剛の言葉の通り、こんなところで泥に捕まり洗脳されるとか本当に笑えない。そのため、誰も気を抜かずに鎮守府までの海路を突き進む。
その結果、最後まで何事もなく鎮守府に到着することが出来た。全員で安堵しつつ、これから毎日こんな面倒なことを考えなければならないのかと思うと気が滅入った。
調査隊が鎮守府に帰投出来たことを施設に伝えた後、提督は工廠へ。今も楽しくマッドな研究を繰り広げている明石の様子を見るためである。
予算度外視での研究を許可されたことで、今までで一番テンションが上がっているのは、誰が見てもそうだった。あまりにも危ないため、その研究には
むしろ、心配なのは明石本人だ。研究に没頭しすぎて食事を抜いたり、何日も徹夜を続けたりと、自分の身体を本当に大切にしない問題児。それが全て、艦隊運営が滞りなく、かつ最高最善に続くようにする、
「あ、提督、お疲れ様です」
提督に気付いた大淀だが、早速困った表情を向けてきた。明石が何かやらかしたのかと不安になるものの、見た感じ明石は健康そのもの。いつになくキラキラしながら、研究を続けている。
「提督、いいところに! 古鷹の体液、いろいろと解析しましたよー。深海棲艦の、しかも姫級、さらには元艦娘の体液が調べられるとか、ホント運が良かったですよ! イロハ級の体液は調べられても、姫級の体液なんてレアとかそういうレベルじゃないですからね! むしろ私が今調べてるのが初めての事例なのでは!?」
テンションが高い。押しがやたらと強い。自分の研究成果を伝えたくてウズウズしている。ここまで来ると、待てと言っても待たずに話し始める。
「古鷹の体液、
「明石、少し落ち着きなさい。ちゃんと聞くし、レポートも書いてくれていると思うから、そんなに捲し立てられても困る」
提督が止めたことで明石は一度止まる。だが、ウズウズが止まらないらしく、早く知ってほしいし早く研究を続けたいという気持ちがありありと伝わってきた。
大淀が頭を抱えているのもそれが原因だろう。一度始まるとなかなか止まらないのが明石の困ったところ。
「明石、まず結論はあるかい」
「そうですね、そこから行きましょう。まず言えることは、センサーは作れます!」
胸を張って自信満々に言い放つ。この短時間でも、明確にその辺りを調査しているのだから、明石はマッドとはいえ優秀な科学者の一面を持っている。
明石が言うには、元々人間と艦娘を判別するような装置が存在しているらしい。
それは艤装に組み込まれているシステムであり、自分の意思で出し入れ出来る艤装とはいえ、整備のために身体から離すことが出来る。それを誤って
しかし、
明石が調査したところ、艦娘と深海棲艦の体液には明確な違いがあり、さらに人間とも確実に違うことはわかった。そして、それを電探やソナーに組み込むことも、理論上不可能ではないことも。特殊な電波を発生させれば、泥にも対応出来ると確信している。その解析も既に始めているようだ。
「そこでですね提督、作るなら徹底した方がいいと思うんですよ」
「徹底?」
「泥を処理するのも大変でしょう。魚雷は避けるし、爆雷も小規模だったら消滅するほどの衝撃にはならないかもしれない。だからといって大火力が出る爆雷なんて艦娘が使ったら、その爆発に巻き込まれて大怪我、最悪沈みます。なので、泥だけを確実に消す装置です」
そんなものが出来れば苦労しないのだが、と言いかけたが、明石の意見を聞いておくことにする。
「泥は流動体です。なら、振動を与えれば霧散しますよね。つまり、海中に強い電波……と同時に強烈な振動も送り込みます。艦娘には通用しないですが、深海棲艦には通用するというものに出来れば、潜水艦も込みで一網打尽ですよ!」
夢物語のような兵装。少なくともそれを作るためには時間も予算も
「ちなみに、それを受けた場合、敵潜水艦はどうなる」
「血を撒き散らしながら悶え苦しんで死にます。簡単には死ねなそうですね。出力を上げたら内部から木っ端微塵、爆発四散まであるかも。爆雷を使うことなくそれが出来るとなれば、最高に便利な兵装になりますよ。駆逐艦とかだけでなく、戦艦や空母まで装備出来る超万能対潜兵装!」
目をキラキラさせながらとんでもないことを口走る。ここの明石は少し発言が過激。こういうところもあるから、大淀が疲れた顔で頭を抱えていたのである。
さすがにそんな高出力兵器の開発には容易にGOを出すことが出来なかった。実験の最中に誤作動を起こして、海中どころか海上にまで効果が及んでしまった場合、酷いではすまない大惨事となる。
明石がいくら優秀だからといっても、最初から全て成功するものではないことくらい、今までの鎮守府運営で痛いほどわかっているのだ。兵装の改修でも稀に失敗するくらいなのだから、完全新規兵装なんて作ろうものなら、まず1回は失敗する。
本人は失敗は成功の母だとケラケラ笑っているが、生死に関わる失敗は許容出来ない。
「僕からも提案させてくれ。流石に攻撃力が高すぎる兵装はリスクが大きすぎる。だから、泥から身を守る兵装というのは出来ないか。まとわりついた瞬間に霧散するような……そうだな、艦娘そのものをコーティングするようなものなんてどうだろう」
ここで新たな兵装案。もう少し控えめに、だが艦娘達を100%守れるという兵装に出来ないかと提案した。
明石は少し考えた後、あっと何かに気付いたように手を叩く。
「妖精さん! 妖精さんに組み込むというのはどうでしょう!」
「出来るのかい?」
「出来ます! 兵装妖精さんには妖精さんそのものに能力があるものもありますからね。ほら、見張員とか!」
熟練見張員と呼ばれる兵装は、妖精さんそのものが見張員となって艦娘には見えないところまで観察。その意思を伝えることによって、艦娘そのもののスペックを1段階アップするという性能を持っている。ここ最近では、水雷戦隊専用の見張員なんてものも現れ、軽巡洋艦以下の小型艦のスペックを2段階ほどアップする。
それと同じではないのだが、妖精さんそのものに泥に対しての対策を組み込み、艦娘1人1人に装備してもらうことによって対策する。消滅させられないとしても、泥の存在をいち早く察知して、そこに消滅させられるほどの衝撃を与えられれば完璧。
「捗ってきたぁ! 提督の兵装案、採用です! 妖精さんに仕込めるように開発してみます!」
「ああ、頼んだ。補強増設に装備出来るようになっていれば尚更いい」
「ですよね! 見張員達と同じように運用出来るように、徹底的に改修しますとも!」
方向性が決まってしまえば、明石の手は早かった。今日中に作り上げて、明日から運用出来るように人数分準備すると言い残し、工廠の奥へと消えていく。その足取りはいつになく軽やかで、テンションも最高潮だった。
「……大淀」
「わかっています。明石のこと、しっかり監視しておきますから」
「すまないね。いつも妙な重荷を背負わせるようで」
最初期から共に鎮守府で活動するようになったよしみから、大淀は明石のことを他の者以上に気にかけている節はあった。明石がアレなこともあり、単純に心配しつつ、また別のところには淡い想いも持ち合わせて、なんだかんだで長い付き合いとなっている。
「構いませんよ。私も明石とは長いですから。むしろ私が目を光らせておかないと、何をしでかすかわかりませんからね。いわば制御役です」
「買って出てくれるのはありがたいよ。僕にも彼女を制御することは難しいからね……」
「その、苦労をかけます」
大淀も苦笑しながら工廠の奥へと向かっていった。
鎮守府の泥対策は着々と進んでいく。これが完成してしまえば、緊張感のある施設との往復は払拭され、決戦の最中に泥をばら撒かれても問題が無くなるだろう。
この装備は、勝利のためには絶対に必要なモノ。これからの戦いの行く末は、明石の手に委ねられたとも言える。
部隊は無事に帰投出来たので、1つの不安は無くなりました。次は泥の脅威を取り払うために、マッドサイエンティスト明石が奮闘します。