空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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対策は常に

 翌日。相変わらず平和な時間を送ることが出来ている施設。普段と同じ生活をすることで束の間の平和を満喫し、この時間の尊さを早く取り戻したいと思いつつも楽しく生きる。

 

 鎮守府からの帰投報告がされたことで心配事は1つなくなったが、まだまだ施設の脅威は取り除かれていない。今のところはまだ憶測の域ではあるが、施設そのものに敵対者を寄せ付けない結界のようなものが張られている可能性があるものの、それに対して絶対的な自信は持てない。

 そのため、今回の件の黒幕が斃されるまで、もしくは脅威として取り除かれるまでは、施設近海の哨戒は続ける方針ではあった。それ自体が施設の場所を悟られる可能性すらあるので動かない方がいいかもしれないが、だからといって何もしなすぎると何かの弾みで知られて何も出来ないなんてこともあり得る。

 

「やれるのならやっておいた方がいいとは思うのだけど、本当にやるべきかは何とも言えなくなったのよね……」

 

 戦艦棲姫が呟く。今は外に出ようとしている段階で留まっている状態。古鷹が熟睡したことで介護から離れた後に話を聞き、今更ながら本当に哨戒をするべきか若干迷っていた。

 方針は方針なのだが、哨戒範囲をさらに拡げるとか、むしろ狭めて結界から外に出ないようにするとか、いろいろと考えなくてはいけないことがあるかも知れない。

 

「春雨、貴女はどう思う?」

 

 ここで、今回の哨戒メンバーである春雨にどうするべきかを聞いた。直感的に、この哨戒はやるべきなのか否かを判断してもらう。

 

「私としては……そうですね、どちらかといえば、やった方がいいかなって思います」

「理由を聞いても?」

「周りに泥が配置されたりしていたら厄介ですし。私達は守られますけど、鎮守府からこちらに来られなくなるのは困りますから。それに、見つけたらすぐ排除としておけば、一応はこちらの居場所が割れることは無いですよね。あと……結局は憶測ですから、慢心していて見つけられたら終わりですし」

 

 結構安直だったりするのだが、実際泥を怖がって何もしないでいたら、最終的には正真正銘の孤島になってしまう。平和は守られるだろうが、何もしないは流石によろしくない可能性が高い。

 それに、今までが良かっただけで、あちらも日々進化している。敵が増えれば手段も増える。むしろ、この施設のことを知っている者を優先して泥の侵蝕を行なうだろう。そう考えると、鎮守府の者達が最優先で狙われるのは考えるまでも無い。

 あちらもその対策を考えているとはいえ、未然に防げればいうことは無い。近付けないにしろ、近場に現れたら困るのは間違い無いので、それをどうにかするのが施設の者の役目だと、春雨は考えた。

 

「流石姉さんです。なんて慎重で丁寧な意見。海風、感服しました。鎮守府のみんなのことを最優先に考える慈悲深さも素晴らしいですね。それに、やはり見つけて殲滅というのも必要であると改めて確信出来ました。姉さんが言うのですから間違いないのでしょう。ええ、きっとそうです。私は一生姉さんについていく所存ですので、その考えに賛同します。さぁ、哨戒に行きましょう。泥があるようなら私が姉さんに代わって全て消し飛ばします」

 

 相変わらずの海風であるが、こう言いながらも自分でも考えていることはあり、それは自分から見つけて殲滅するということ。泥をその場に漂わせておくのはやはり気分がいいことではなく、自分の手でそれを消し飛ばすことが出来るのなら、やっておきたい。

 春雨至上主義ではあるが、その泥のせいで山風達に何かあったらそれはそれで嫌だという気持ちは勿論残っている。ならば、今自分がやれることで鎮守府を守りたいと思うのも当然のことだ。

 

「もし、万が一泥を発見した場合、口に飛び込んでくるらしいわ。それを呑み込んだら終わり」

 

 戦艦棲姫が古鷹から聞いた情報を伝える。体内に入り込んで侵蝕してくるため、優先的に口に狙いを定めてくるらしい。

 むしろ、口だけでなく何処からでもいいから体内に入り込もうとしてくるだろう。それこそ毛穴ですら危ない。

 

「だから、泥の気配を感じたら、自分の身体を全て塞ぐくらいの気持ちで服を作り替えた方がいいわ。こんな感じに」

 

 戦艦棲姫が小さく手を振るうと、今までのネグリジェのようなワンピース姿から一変、ウェットスーツのように薄い皮膜のような装甲が身を包み、頭も隙間なく包み込むようなマスクが出来上がった。

 見た目のことなんて考えていられない。自分の身を守ることが最優先。穴という穴を塞ぎ切り、絶対に侵入出来ないようにする。艦娘には出来ない深海棲艦ならではの対処法。豊満な肉体美がこれでもかというほどに強調されているためか、少々艤装の方が主人の姿にソワソワしているようだが、本人は素知らぬ顔である。

 

「なるほど、なら私も練習しておきます。こんな感じですか」

 

 春雨も戦艦棲姫を見習って同じように全身を包み込む。戦艦棲姫と同じように皮膜のようにピッタリと身体に吸い付いて穴という穴を隠している。

 わざわざそうしなくてもいいのに、元々着ている制服を消して着ているものだから、海風が何処となくワクワクウズウズしているように見える。

 

「あ、あのー、姉さんのその美しい身体のラインが全て見えるのは海風としてはとても眼福すぎるのですが、別に上に服を着てもいいのでは? 戦艦様もそうですが」

「私としては服の中に潜り込まれた状態になるのが困るから全部脱いだだけよ? これなら何処にまとわりつかれても、誰かがそれを確認出来るでしょ。服を着たら見えないところに潜伏されるかもしれないもの」

「そ、それはそうですけども……」

 

 マスク越しのくぐもった声による反論に、海風もそうかもしれないと押されかけている。それに、春雨のその姿に完全に魅了されているため、むしろ隠すのが惜しいと(よこしま)な感情もチラホラ。

 

「まあこの姿になるのは泥を見つけた時だけよ。何も無かったらこんなことをしなくてもいいんだから、なりふり構ってはいられないわよ」

 

 それだけ言って、またいつもの衣装へと戻る。それに倣って春雨も元に。海風がほんの少しだけ残念そうな顔をしたが、春雨は見ていないフリをしておいた。

 

「ヨナも気をつけなさいよ」

 

 海中に向けて声をかけると、ザバッと音を立てて伊47が浮上してきた。事前に戦艦棲姫から説明を受けていたのか、いつものスクール水着姿ではなく、それこそ海の上で試しに着ているウェットスーツ姿だった。

 実際コレは、海外の艦娘が使用しているタイプのモノに酷似していたりする。伊47自身が知っている、艦娘時代の時の仲間のそれを真似たとのこと。オシャレにスカート部分まで用意しているあたり、それをかなり意識している。

 

「こんな感じでいいヨナ」

「ええ、問題ないわ」

 

 伊47は海上よりも泥の被害を受ける可能性が高いため、常時この状態で。海中ではマスクなどもしっかり身につけているそうだ。

 誰もがこんなことで絶対に防げるとは思っていない。過信は禁物。だが、やらないよりはマシの対策なので、しっかりと組み込んでいく。

 

「それじゃあ、行きましょう。今日は鎮守府側とは真反対の方だけれど」

「了解です。鎮守府にはあまり害はないかも知れませんけど、何があるかはわかりませんもんね」

 

 ここまでやって、ようやく哨戒開始。施設から離れていく春雨達を、ミシェルが応援するように見届けていた。

 

 

 

 

 もう施設は水平線の向こうに消えて、そこからさらにしばらく進んだ辺り。距離的には、全く別の方向だが、海風のトラウマの場所に近いくらい進んだ場所。

 

「何も無いですね」

「いいことじゃない。緊張感はあるけど、やってるのは散歩みたいなものよ」

 

 定期的に海に出て適当に駆け回るのも、それなりに気晴らしにはなるものだと戦艦棲姫は語る。春雨と海風も一度は哨戒に出ているが、確かにと納得出来るところはあった。

 何度も感じていることではあるが、やはり艦娘も深海棲艦も海のモノ。陸より海の方がしっくり来ることが多い。特に深海棲艦は、艦娘よりも()()()()()()()ようにも思えるため、一層海の上の方が落ち着いたりする。

 

「もう少し、心穏やかに海を散歩出来ればいいんですけどね」

「ホントよ。旅に出るのも抵抗があるような状態なんて、さっさと終わらせたいわよ」

 

 戦艦棲姫も忌々しげに呟いた。本来やりたいことがやれないようになっていることはやはり気分がいいモノではなく、ストレスも溜まる。戦艦棲姫の場合は、好き勝手に旅に出て世界を見て回ることがそれだ。それが出来ないことで、鬱憤が溜まりかけている。

 それを少しでも発散しようと哨戒を買って出ているわけだが、同じところばかりを見ているので嫌でも飽きが出てくる。

 

「最愛の春雨姉さんと一緒にいるとはいえ、もしかしたら何かあるかもしれない場所というのは……やっぱり少し抵抗がありますね」

「今ここにもいないとは限らないからね……潜水艦もいるって話だし、実は海の底から見られてるなんてことも……ヨナちゃんが見てくれてるから大丈夫だと思うけどさ」

「私も海中にいければ、春雨姉さんの上から下まで全て守ることが出来るんですが。前後左右上下、おはようからおやすみまで、春雨姉さんの安全を守り続けるのが海風の使命ですからね」

 

 深海棲艦化したとはいえ、ホームグラウンドは海の上。遊びのように泳ぐことは出来ても、潜水艦のようにガッツリ潜るようなことは出来ない。

 ソナーの感度も艦娘の時と比べれば数倍に上がっているとはいえ、海中はどうしても警戒が漏れる場所だ。そこは伊47に任せるしか無い。

 

「おかしなものも見えないわね。残骸とかも無いから、何かこの辺りで起きてるってことは無いでしょう。私達が毎日見て回ってるからかしら」

 

 海面に手を付け、海の記憶を読み取る戦艦棲姫。だが、先日読んだ時と情報は何も変わっていない。この辺りには敵も来ていないのかもしれない。

 

「それもあるかもしれませんね。監視されてる場所にわざわざ来て、危険なことを起こそうとする程、あちらも愚かではないと」

「そうであってほしいけど、ヨナ、そっちはどうかしら」

 

 海面をトントンと叩いて海中の伊47を呼ぶ。そうすればすぐに浮上してきて、海上組が確認出来ない海底までの情報を教えてくれる。

 

「うーん、何も無いヨナ〜。こっちの方はあんまり来ないのかも?」

 

 海底も同様のようだ。以前見つけた爆雷の跡のようなモノも無ければ、不自然なところもない。

 もしかしたら海底に何か埋めているなんてこともあるかもしれないと注意深く確認したものの、やはりなにも無かった。

 

「どちらかと言えば、鎮守府に近い方に拠点を構えているのかもしれないわね。そうなると私がやられた島とか、海風の例の場所は大分遠い場所になるんだけれど」

「かもしれませんね……施設から鎮守府に戻るときに襲撃されることもあったくらいですし」

 

 伊47が泥に襲われたのもそちらだ。あれは白露がそこに泥を吐き出したからそこにあっただけだが、そこに襲撃に来れたということは、普段からそれなりに近場にいるからと考えることも出来る。

 

「帰投中に襲われたの、2回ありますね。1回目は槍持ち(叢雲さん)で、2回目は古鷹さんと白露姉さんです」

 

 海風も1回目の槍持ちとの戦いにはしっかり巻き込まれている。2回目は深海棲艦化の後であるため、春雨達と共に救援に行った時。

 

「そっか、叢雲ちゃんも同じところで見つけたんだっけ」

「はい。ヨナさんに救われたときですね」

 

 浮上していた伊47がそれほどでもとニヨニヨしながら頭を掻いていた。だが、あの時に伊47がいなかったら、最悪全滅していただろう。海風としては、今のこの生活すらも失われていたことになるため、伊47には心底感謝している。

 

「……襲撃、同じようにあったのよね。あいつらも、叢雲も」

 

 そこで戦艦棲姫が何かに気付きそうになっていた。

 

「海風、あいつらが来た時、その前兆みたいなものってあったかしら」

「ありましたね。鎮守府との通信が妨害されました。話している途中で電波が乱れて、そのままダメになるってことが。あれ、深海棲艦が近付いてきた時の特有の現象かと思ってたんですが」

「そんなわけ無いでしょ。だったら施設で鎮守府との通信なんて出来ないわ。だってあそこ、姉姫の艤装が常に展開されてるのよ? それに、私だってこの子を展開させた状態で通信していた時もあるわ」

 

 深海棲艦の艤装が通信を妨害する何かを発しているとしたら、施設では絶対に通信なんて出来ない。中間棲姫の艤装は常時展開中。戦艦棲姫も割と頻繁に施設内で艤装を展開しているため、何かあれば通信なんて出来やしない。

 

「戻って試してみる必要はあるかもしれないけれど、例えば白露に艤装を展開してもらって、通信妨害が起きたなら、まぁあちらの特有のモノなのかもしれない。だとしても、これは不可解でしょ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが一部の深海棲艦が持ち合わせる性質だというのならわからなくはないが、通信妨害自体が()()()()だった場合、叢雲でそれが起きた理由がわからなくなる。

 

「哨戒、引き揚げましょ。一回これは確かめてみる必要があるわ」

「ですね。直感的に私も何もわからないので……」

「姉さんがわからないとなると、相当まずい問題ですね……」

 

 

 

 

 ここに来て、突然疑問の中心に置かれた叢雲。あの通信妨害が何由来で発生していたのか。

 




叢雲だけ生まれが相当特殊なので、いい意味でも悪い意味でも何かありそう。
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