空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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叢雲の謎

 哨戒を早々に終え、施設に戻ってきた春雨達。その理由は、哨戒中に生まれた疑問を解決するため。

 

「姉姫、ちょっといいかしら」

 

 哨戒部隊の筆頭である戦艦棲姫が中間棲姫に話しかける。今日は農作業をしていなかったため、私室で艤装の手入れをしていた中間棲姫は、少し切羽詰まったような声に小さく驚く。

 

「戦艦ちゃん、どうしたのぉ?」

「気になることがあるから、ちょっと来て。施設の全員集めてくれると助かる。特に叢雲は絶対」

 

 出来ることなら古鷹にも来てもらいたいとまで言った。なんなら戦艦棲姫が艤装を使って運ぶまですると。

 そこまで戦艦棲姫が言ってくることはまず無い。この施設に住まう間は、居候なのだからと意見を口にすること自体が少ない。それなのにここまで言うのだから、何かあるのだろうと察する。

 

「わかったわぁ。すぐに準備しましょうかぁ」

「ええ、助かるわ」

 

 ミシェルはおそらく大丈夫であるため、施設内にいる者のみでひとまず確認する。これで叢雲に何かあった場合、施設内は大混乱になるかもしれない。だからこそ、なるべく全員で対処出来るようにしたい。

 当然、何も起きない可能性だってある。むしろそうであってほしい。叢雲が引き起こした通信妨害は、古鷹や白露が引き起こした通信妨害とは別モノであることが一番の望みである。

 

 

 

 

 そこからはすぐだった。施設内にいる者は全員ダイニングに集まり、古鷹も戦艦棲姫とコマンダン・テストのサポートによってその場に現れる。

 一晩ゆっくりと熟睡出来たことと、短期間ではあるがコマンダン・テストの献身的な介護のおかげで、身体の中もゆっくり治ってきており、ついに水を飲む程度では激痛が走ることも無くなっていた。まだまだ身体をまともに動かすことは出来ないが、戦艦棲姫の艤装であれば、痛みも大分抑えられた状態でここまで移動出来ている。

 

「それで、アタシ達を集めて何をしたいわけ?」

 

 急に集まることになったので、何事かと飛行場姫が声を上げる。こういう集め方は、今のような緊急事態で無いときには一度たりとも行なわれていない。今回が初めてのことだ。

 

「その前にもう1つ。実験のためには提督の力も必要なの。今って連絡取れるかしら」

「いいわよぉ。これ、提督くんにも必要なことになるかもしれないのよねぇ?」

「ええ、確実に。最悪な方向にいかないことは祈ってるけれど」

 

 理由はまだ話さず、今度はタブレットによって鎮守府と通信。時間はまだ昼食前くらいであるため、連絡を取ったらすぐにあちらも出てくれた。これで準備は完了。

 

『今回はどうしたんだい?』

「戦艦が確かめたいことがあるらしくて、付き合ってもらえる? 時間はそんなに取らせないはずだから」

『ああ、今なら問題は無いだろう。何を試したいのかはわからないが、こちらで出来ることならやろう』

「このままいてくれればいいわ。今からやりたいのは、通信妨害の実験だから」

 

 そして実験開始。古鷹にやらせるのは酷であるため、白露に艤装を展開させる。

 

「あたしが艤装を出せばいいの?」

「ええ。貴女には申し訳ないけど、何の細工もせず、()()()()()()()()()()()()展開してくれるかしら。もし意図的に通信妨害が出来るのなら、それも再現してほしい」

「通信妨害かぁ……あんまり意識したことなかったなぁっと」

 

 戦艦棲姫に言われるがまま、白露が艤装を展開。白露型の艤装をシンプルに深海棲艦化させたような、少しおどろおどろしい形状の艤装がその場に現れる。

 これと戦った春雨達は複雑な表情をしたものの、この艤装もこれからは100%仲間として扱われるため、認識を改めた。

 

「こちらの声、ちゃんと聞こえてるかしら」

『今のところは何も問題は無いね。以前に調査隊との通信が妨害された時のようなノイズは、僅かにも確認は出来ない』

 

 今の白露の艤装からはそういったことが出来ないようだ。念のため、白露自身に通信妨害を意識してもらっても、結果は変わらず。

 

「あの……それはおそらく……もう起きないと思います……」

 

 ここで古鷹が口を出す。通信妨害にも覚えがある様子。

 

「私達が……海上で艦娘を孤立させるために使っていたモノ……ですよね……。アレは……私も白露さんも……()()()()()()()()()()()()()()扱えた力……だと思います。殆ど無意識でしたが……」

「自覚があるのね」

「はい……面倒が無いように……助けを呼ばせないための小技みたいなもの……なので」

 

 話しながらも少し辛そうにする古鷹に、コマンダン・テストが水を飲ませた。それで多少は落ち着くので、療養がうまく行っていることがわかる。提督としても、古鷹の最も酷い時を知っている分、それが確認出来たのは喜ばしい限り。

 

「私も……白露さんも……その全てを吐き出しているので……多分使えません。ちなみに……意識しなくても勝手に妨害します……。妨害するのは無線だけ……です」

『なるほど、だから調査隊との通信は妨害されたんだね。それ以外に害が無いのは、何というか器用なモノだ』

「はい……空母の方々と妖精さんの通信は……こういった端末とは別の次元の話なので妨害出来ず……言ってしまえば()()()()()()()みたいなものです……。鎮守府内での通信は……無線ではなく有線であることが多いと聞きますから、防ぐことは出来ませんが……」

 

 あくまでも電話だけを止める。無線だけが機能しなくなるようなモノのようだ。用途がかなり狭いのも、見つけ出した艦娘が救援を呼べなくして、一方的に嬲り殺すためのようである。まさに悪意の塊の力。悪意しか感じられない意地の悪さ。

 

「じゃあここからが本題。叢雲、艤装を出してくれる?」

「は? 私?」

「ええ、お願い」

 

 戦艦棲姫の真剣な表情に小さく舌打ちをし、言われた通りに艤装を展開した。白露のモノよりは大分小さく落ち着いた、かなり簡素なモノ。デザイン性はやはり深海棲艦らしく生体パーツが所々に見受けられる。

 いつもの槍まで生成されたその瞬間、

 

『んん? ノイズが……り始め……』

 

 途端に提督との通信に乱れが出始めた。白露が艤装を展開しているときには起きなかったそれは、まさに以前の襲撃の時と同じ。これをこのままにしていたら、いずれ提督との通信が勝手に切れる。

 驚いた叢雲が、すぐに艤装を消した。すると、すぐさま通信妨害が止まる。何事も無かったように回復し、ノイズは一切無くなった。通信が切れたわけでは無いので、提督も何故これが起きたのかは疑問に思っている。

 

「……どういうことよ」

 

 一番納得がいかないのは叢雲だ。自分に何故こんなことが出来るかがさっぱりわからない。しかも、艤装を出した時限定で発生する通信妨害なんて、余計に意味がわからなかった。これではまるで、()()()()()()()()()()と言わんばかりではないか。

 叢雲には皆目見当がつかなかった。あちら側の存在、古鷹も白露も、自分を殺した存在として認識している。仲間なわけが無い。泥を発生させている黒幕には、怒りと憎しみ以外に感じるモノなんて無かった。

 

「考え得る理由は2つ。1つ目、叢雲自身にまるで違う力が備わっている。ほら、貴女は感知の力があるでしょう。それが常に出続けているせいで、それがあちら側の通信妨害みたいに働いてしまっている。感知の力が止められないんだから、一種の垂れ流しじゃない」

 

 強力な電探によって常に電波を出しているようなものと考えれば、叢雲がそこにいるだけで通信妨害が発生するのは仕方ないと考えられる。

 しかし、叢雲のその力は、艤装を出していようがいまいが常時発動しているものだ。艤装が出ていない時にもそうなって然るべきだとは思うが、それがないため、可能性は薄い。艤装を展開することで出力が上がると言われれば、そうかもしれないのだが。

 

「2つ目、貴女の知らないうちに泥に侵蝕されている。ただし、その記憶が無いだけ。そこの2人もそうだけど、ここにいる子達と違って、どうやって同胞(はらから)になったか、覚えていないんでしょう? そこに泥が絡んでいる可能性」

 

 叢雲は、自分が死んだ、殺されたという記憶は嫌と言うほど存在感を持ち続けているのだが、黒い繭になった時の記憶はどうなんだと言われたら、ハッキリと答えることが出来なかった。

 春雨や海風のように、手の甲から黒い泥が溢れ出して自分を包み込んでいくその瞬間を見ていたわけでは無い。殺されたのだという消えない記憶と、槍持ちとして活動していた知性のない獣だった時の記憶。その間の記憶が全く思い出せない。

 

「……私は、私は古鷹と白露に殺されたわ。艦娘の盾にされて、そいつらが逃げるための囮にされて、殺された。殺されたのよ。でも……どうやってこの身体になったのかが、全然思い出せない。怒りが溢れて、こうなったんだっていう漠然としたものしか、私にはない……」

 

 鮮明な記憶を持ち合わせていない。そうなると、その記憶すら何かしらの理由で勝手に補完されたものの可能性すら出てくる。泥にそういう性質まであるとしたら、あまりにも悪意が強すぎる。

 

「じゃあ仮定として、叢雲に泥が入ってしまっているとしましょ。でも、叢雲自身にその自覚が無いのよね。古鷹、白露、貴女達は自覚はあったの?」

 

 戦艦棲姫の問いに、2人とも首を縦に振った。自分には黒幕から与えられた悪意の塊が入っているのだという自覚はあった。それを知って、それでも黒幕に従うくらいに歪められていた。自分が洗脳されていると自覚しているタイプの洗脳。

 

「だったら、ここから考えられるのはまた2つ。1つは、何か理由があって、泥が入っているのに叢雲を侵蝕せずに艤装に留まっている。これは黒幕の意思によってそうされているって考えるのがいいかもしれないわね。最低最悪の状態で叢雲が覚醒するように仕込まれているとか」

 

 ある意味地雷。何がトリガーかわからないが、何かがきっかけに──例えば、叢雲が()()()()()()()()()()爆発し、叢雲を侵略者へと変貌させるかもしれない。それだった場合は今爆発するだろうが。

 もしくは、何度か艤装を展開するうちに増幅されるというのも考えられる。叢雲自身この施設で静かに暮らしているためまだトリガーが引かれていないだけで、怒りに任せて戦い続けたらそのうち爆発するなんてことがあるかもしれない。

 

「もう1つは叢雲自身の体質によって、()()()()()()

「どういうことよ」

「例えば……怒りが溢れた同胞(はらから)には泥は効かないとか。制御出来ないから、泥がそこにあっても通用しないとかね。ある意味泥に対して無敵みたいなもの」

 

 そちらだったら黒幕を斃すための最高の一手になるだろう。いくら泥を撒き散らしても、叢雲がそれを全て引き受けてもよくなる。とはいえ、飽和して結局洗脳されるという可能性もあるので、慢心は出来ないが。

 

「逆に聞くけど、貴女は今演技しているわけじゃあ無いのよね?」

「当たり前でしょうが! 私は今でもその黒幕のことが気に入らないわよ! 誰が従ってやるか!」

「だったら、今の叢雲はいつ爆発してもおかしくない状況かもしれない。後者であることを祈るわ」

 

 どういう意図でそんなことをしているかはわからない。体質的に効きづらいとかはあるかもしれないが、あえてそのままにしている理由はわからない。

 

「もしかして……最初理性が無かったから侵蝕が出来なかった……とか」

 

 薄雲が呟く。今までの情報をまとめていくと、叢雲にしか無い状況といえばそこだ。

 深海棲艦化したとき、獣のように理性も知性もない、ただ本能のままに艦娘を襲う憤怒の化身となっていた。今でこそ薄雲を筆頭とした献身的な介護によって自分を取り戻しているが、当初は自分の力でご飯を食べることも出来なかったくらいである。

 悪意の塊は知性のあるものを侵蝕して手駒にすると考えれば、当初の叢雲は侵蝕されなかったと考えてもおかしくはない。

 

「そもそも、叢雲はどうやってあの泥を手に入れたのかもわからないのよ。その辺りは古鷹や白露が知ってるかなって思ったんだけれど」

「いやぁ、あたしもちょっとわかんないなぁ。あの時、殺した艦娘っていい素材になるんだったら持ち帰るっていうのがデフォだったんだけど、泥ってそこで入れられるはずなんだよね。でも叢雲って持ち帰った覚えないんだよ」

「悪意の塊は……魂を混ぜ合わせる時に注がれる……はずです……。私も記憶が物凄くあやふやで……そうだったはずとしか言えないですが……」

 

 記憶はあやふやではあるものの、白露はその辺りは覚えていたらしい。叢雲は殺した後に放置した。これは確実のようだ。誰を何処へどうやって持ち帰ったかはまるで思い出せないようだが、持ち帰って素材に使ったという概念的なものは覚えているらしい。

 古鷹も全く同じ。やはり重要なところは吐き出した泥に全て持っていかれてしまったようだ。

 

「……私はどうしろっていうのよ! じゃあ例えば艤装をぶっ壊して中を捌いてみる? 泥が入ってる可能性高いんでしょ!?」

「やりたいのは山々だけど、それで泥が飛び出して誰かを侵蝕するとなると危険よね。姉姫がやられたら特にまずいわ」

「じゃあどうすればいいのよ!」

 

 テーブルに八つ当たりするように拳を打ち付ける。その大きな音で何人かがビクッと震えたが、叢雲はお構いなし。湧き上がる怒りに身を任せ、それこそここに来た当初の如く憤怒を表に出し続ける。

 怒鳴る叢雲に対して、誰も何も言えなかった。姉妹姫も、タブレット越しに施設の様子を見ている提督も、簡単に答えを出すことか出来なかった。

 

 

 

 

 謎はまだ解決していないが、叢雲に何かがあることは確定した。だが、それがこれからどうなってしまうのかは、まだまだ憶測でしか無い。

 いい方向に進むのならいいのだが、悪い方向に進んでしまった場合、事態は収拾がつかなくなるかもしれない。

 




叢雲の謎の解明は、もう少し後で。でも、泥が既に入っているルートはかなり強め。じゃあ何で侵略者側の思考じゃないんだって話が出てきますが。
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