第六次捜索部隊は、予定通り今までの捜索範囲からさらに先の場所へと到着した。一昨日、昨日と鎮守府に近い場所を総浚いしたが、今回は鎮守府から遠い方。その南部を調査することになっている。
山風の監視下で癒し系グッズを使ってじっくりと休まさせられた海風は、絶好調とは言わないまでもある程度は回復していた。精神的な部分も比較的落ち着いており、捜索部隊の隊長として、真剣に任務に就いている。
その後ろ姿を見ながら、江風と涼風はまだ心配をしていた。今でこそ先日先々日より回復しているかもしれないが、空元気なだけではないだろうかと。精神的な疲弊はまだまだ残っており、それを押し込めてここに立っているだけなのではないかと。
「山風の姉貴、海風の姉貴はどうだったンだ?」
「……一応眠れてた。あたしがずっと監視してたけど……熟睡は……出来てなかったかもしれない」
山風の計らいは少なからず効いてはいるものの、何も無かったことにはならない。記憶そのものを失うくらいしなければ、海風の悩みは最後まで取れないだろう。強いて言うなら、姉達の痕跡が僅かにでも発見出来れば話は変わるとは思うが。
死んだ痕跡でも、無いよりはマシ。生き残っていてくれれば尚更だ。しかし、後者はもう万に一つも無いだろう。まず時間が経ち過ぎているし、この場所には無人島のような休息が取れるような場所もない。いくら艦娘とはいえ、海のど真ん中で幾日も待機することは不可能だ。
だから、今望んでいるモノは、大きなモノで言えば亡骸、そうでなくても艤装の一部、制服の一部、もう戦闘の痕跡でもいい。
「よし、到着。千代田、ここから艦載機を飛ばすわ」
「オッケー千歳お姉」
出撃前に予定していた場所に到着し、今までの通り彩雲を飛ばす。
時間はおおよそ正午。昼食時ということで、事前に持たされていた
海風は正直食欲なんて無かった。しかし、空腹のままでは十全の働きが出来ないことは自覚しているし、食べなければ妹達に何を言われるかわからない。それ故に、ゆっくりとでも腹を満たしていた。
「ほい、海風姉、漬物食うかい」
「えっ、あっ……うん、貰うね」
「そうそう、これくらい食っておかないと、マジで身体壊すからね」
江風と山風が少しだけ距離を取って海風を監視する中、涼風はズカズカと海風にお節介を焼いている。関係は妹であっても、艦娘としての歴は涼風の方が大先輩。それもあってか、気にかけ方には年季が入っているように思える。
「とにかく今は待ちなんだから、ドーンと仁王立ちで構えてりゃいいのさ。なぁ、千歳さん、千代田さん」
「ええ、今回こそ何か持って帰ってきてくれるはずよ」
「期待しておけとは言えないけど、流石にそろそろ何か出るでしょ。今日出なかったら明日は確実かな」
千歳と千代田も、海風を気遣って希望を持った言葉をかける。2人も今回の捜索で何かしら見つかると信じて艦載機を飛ばしているのだから、これは本心からの言葉。今回で捜索範囲の4分の3を調査し終わることになるので、そろそろ何かしらの痕跡が見えるはず。
「とはいえ、この辺りは本当に何も無いのよね。島くらいあればいいのだけど」
「海図もすごいよねコレ。周囲全部真っ青」
海風の持つタブレットで周辺の海図を表示してもらうと、千代田の言う通り海しかないため真っ青な画面が映し出される。鎮守府近海ならば、この海図に僅かながら無人島を示す小さな点が描かれたりするのだが、今はそういったものが本当に何も無い。
その海図も、2人の空母の艦載機によりゆっくりと塗り潰されていく。妖精さんからのデータは即座に反映されるようにされており、艦娘がその場から動かなくても捜索が進んでいることが視覚的に理解出来るようになっていた。
「さっすが彩雲、塗り絵も結構早いねぇ」
「妖精さんも練度が高いもの。こういう時のための精鋭達よ」
艦載機を捜索のために飛ばしている間は、艦娘達は何も出来ない。千歳と千代田は定期的に妖精さんと通信しているらしいが、駆逐隊は周辺警戒くらいしかやることがなくなる。
だが、海風はこのタブレットをじっと凝視し続けていた。祈るように、願うように、この捜索の動きが止まることを待っていた。止まってくれたら、そこで何かを見つけたということに他ならないから。
「早いけど、まだまだ時間がかかるから、海風はもう少し気を抜きなさいよね。タブレット見つめてても何も変えられないんだから」
「っ……は、はい……。まずはお腹を膨らませます」
「そうしときなさいね」
千代田に言われて、タブレットから目を離して
「まぁ、今は待ちよ。落ち着いて、その時が来るまで待ちましょ」
苦笑しながら、千歳も昼食で腹を満たしていた。この後にもしかしたら何かを発見出来るかもしれないと、しっかりと腹拵えをしてその時に臨む。
一方、保護施設。みんな揃って昼食を食べ終えた後、片付けをしている裏側で飛行場姫とコマンダン・テストが施設から外に出た。その理由は勿論、施設近海の哨戒のためである。
昨日に彩雲を見たというコマンダン・テストの証言からして、もしかしたらこの島を発見される可能性がある。そうなったら最後、この静かな生活は終わりを告げ、最悪戦闘が始まる。艦娘に対して敵対の意思がないのに、あちらが許してくれないだろう。
「コマ、どうかしら」
「
まずは施設イチの視力を誇るコマンダン・テストによる目視確認。余計な哨戒機を出すと、そこから勘付かれる可能性もあるため、哨戒前にはまずこれでざっと確認するところから。
「早いところ航空隊が使いたいところだけれど、慎重に行きたいところよね」
「Oui. ここが見つかってしまったら、今までの
「わかってるわ。アンタ達からしたら、仲間と戦うことになるんだものね。アタシもそうならないようにしてあげたいわ」
この施設は艦娘とも深海棲艦とも戦わないが基本方針である。戦闘力を持っているとしても、それを無闇には振るわない。自己防衛以外には使わない。
しかし、自己防衛のためには戦いたくない相手と戦わなくてはならなくなる瞬間がやってきてしまうだろう。中間棲姫と飛行場姫は自分の陣地を守るためなのでまず気にしないだろうが、元艦娘達は本来の仲間と相対することになってしまう。飛行場姫としても、それは避けたかった。
戦うだけでも精神的な負荷は酷いのに、それが艦娘だった場合はもう計り知れない。施設のためにも避けたいのである。
「アンタも戦いは避けたいでしょ」
「Oui. 勿論です。戦いは死を思い出しますから、余計に嫌ですね」
「アタシ達がアンタ達を死なせないから安心なさい」
リシュリューはまだしも、コマンダン・テストは戦いそのものが発作に繋がる。深海棲艦化したことで艦娘の時とは比べ物にならない程の力を手に入れてしまったものの、僅かにでも死の可能性があるのなら、それはもうダメだ。
このように話しながらも、コマンダン・テストは少し手が震えていた。もしかしたら戦闘になるかもしれないと考え、発作の前兆が出始めている。
長くこの発作に付き合っているからこそ、前兆はこれで済んでいるが、実際本当の戦闘に入ってしまったら、制御不能となって暴れ出すか全く動かなくなるかになる。コマンダン・テストはそれも怖いと思っている。
「私が昨日見たのは、あちらの方でした」
施設の外周を歩きながら、飛行場姫に詳細を話すコマンダン・テスト。リシュリューと共に帰投する際の航路がどちらの方向なのかは把握しているため、次現れるなら何処から来るかを2人して計算していく。
「来るなら北側ね」
「Oui. 私もそう思います。
「なら、そっちの方を注視しましょ。もし何か発見した時は……施設に退避かしらね」
万が一、本当に偵察機を発見してしまった場合、出来ることなら戦闘を回避したいとは思っていた。
深海棲艦と見るやこちらの言動を確認することなく殲滅に走る艦娘が多いのは、飛行場姫も理解しているつもりだ。だが、この海の真ん中で戦闘を回避することはかなり難しい。
「無いなら無いに越したことはないけれど、万が一が起きた場合はお姉に指示を仰ぎましょ。一応、念のため、ほんの少しの可能性に賭けて、対話を試みるかもしれないわね」
「……私達の素性を話すのですか? 私達は元々艦娘だったのだと」
「アンタ達はそれでもいいわ。もしかしたらそれで何かしらの温情が貰えるかもしれない。でも、アタシとお姉は
姿形が変わってしまっているので、自分は元々艦娘だったのだと話しても世迷言と切り捨てられる可能性は高い。多少は本来の姿の痕跡は残しているのだが、全身の色合いが変化している時点でなかなかわかってもらえないだろう。
それでも、戦わずに済むのなら可能性に賭けたかった。いざとなったら、後ろから撃たれることを覚悟しながらも説得するしかないと考えていた。
ここまで非交戦的な深海棲艦が存在していることを、鎮守府は知らない。深海棲艦と侵略者がイコールで繋がっているため、その考えにはまず至らない。だからこそ、相対した瞬間から戦いが始まる。
他の深海棲艦はそれが普通と考えているし、むしろ自分から探しに行って艦娘や鎮守府を侵略しようとする者もいる。深海棲艦としてはそれがデフォルトなのかもしれない。
しかし、中間棲姫も飛行場姫もそんな考え方は微塵も無かった。出来ることなら人間とも仲良く共存してもいいと思っている。出来ないとわかっているから、こんな辺鄙な場所、海のど真ん中でスローライフを送っているのだ。そんな中でも陸に遠征しているリシュリューとコマンダン・テストには、感謝してもしきれない。
「まぁ、絶対にそうなるとは限らないから、そうなった時に考えれば」
「……もう考えなくちゃいけないみたいです」
話しながら、コマンダン・テストが何もないようなある一点を見つめていた。その手は強く震え、握り合わせて震えを止めようとしている。
「
「これでおおよそ半分……かしらね。ノルマ通りに出来てるわ」
「彩雲の動きが止まらないなぁ。これくらいだとまだ痕跡は見つからないか」
千歳と千代田がタブレットを確認しながら妖精さんに通信をしていた。定時連絡という形で、艦娘側からも連絡を要求することも出来るため、何も無くとも一応は意思疎通をしている。
「……ん?」
「どしたの千歳お姉」
「妖精さんが……ちょっといつもと違う反応」
海風が飛び跳ねるように顔を上げた。必死に捜索しても何も見つからなかった1週間弱。それがもしかしたら報われるかもしれないと、千歳の次の言葉を待つ。少し離れて海風を監視していた江風と山風も、千歳の言葉で一旦近付く。
タブレットの方の塗り潰しも、一部の動きが極端に遅くなっていた。何かに警戒するかのような、ふらふらとした動き。
「……え? 島……!?」
海図にそんなものは存在しない。休息出来そうな無人島が存在しないからこの辺りは捜索が難しいと話していたところだったにもかかわらず、あり得ない場所にあり得ないものが発見された。
それが駆逐隊の痕跡に繋がるかはわからない。しかし、普通ではないものであることは確かである。
「この海図っていつのだったかしら」
「多分4年……いや、5年前だねぇ」
「人工島を造ってるなんて話は聞いてないもの。ここ最近なのかはわからないけど、陸上施設型深海棲艦と考える方が妥当……よね」
ならば、それが姉達の仇なのでは。海風の頭の中では一気に繋がっていく。復讐の相手が見つかった。それだけで、力が湧き上がってくるような感覚だった。それがよろしくない感情であることを理解していても、止まらなかった。
「え、ちょっと待って、妖精さんからの新しい情報」
「何が来ましたか。敵の姿ですか。仇は誰ですか」
すぐにでも攻め込みたそうに千歳に縋る海風の首根っこを千代田が掴む。通信が聞き取れなくなるから黙ってろと言わんばかり。
「え、えーっと……ごめんなさい、ちょっとよくわからない。何、本当に言ってるの……?」
「何があるんですか。敵でしょう。私達の姉を奪った敵が」
「海風ステイ。落ち着きなさい」
そんな海風のことをあえて無視して、千歳は妖精さんからの報告を聞き続ける。しかし、だんだんと困り果てたような表情になっていく。
「千歳お姉、どうしたの」
「妖精さんが、ちょっとよくわからないことを言ってるの」
一呼吸した後、心底疑問を持った状態で言葉を紡いだ。
「その島……建物と畑があるらしいの」
運命は交錯する。
本来なら、艦娘と深海棲艦は相入れない存在。今回はどうなるでしょうか。