空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

171 / 506
その存在のおかげで

「悪かったわね。急に飛び出して」

 

 出て行った叢雲が戻ってきたのは昼食時を少し過ぎた後。2人以外は昼食を終え、古鷹はコマンダン・テストと共に部屋に撤収していた。

 

 薄雲と頭を冷やしてきたということで、苛立ちは消えていなかったものの、滾る怒りは鎮静化していた。島の周りを散歩して、どうにか気分を落ち着かせたらしい。

 その散歩では怒りを表に出して、心の中に留めていた鬱憤を愚痴というカタチで思い切り吐き出したらしい。いつも押し留めていたような怒りも、その時ばかりは何も隠していなかった。薄雲にだけは見せてもいいかと思い、その行動に至ったそうだ。

 

「ごめんなさい叢雲。貴女を疑うようなことを言ってしまって」

 

 真っ先に戦艦棲姫が謝罪した。そんな言葉を受けて、叢雲は目を丸くした。

 

 実際に通信妨害が発生したのだから、その時の原因となっている叢雲に対して、何故そうなったのかの推理をぶつけてしまった。それを戦艦棲姫は少し早計だったかと後悔していた。

 逆に叢雲は、頭を冷やした結果、誰だって自分のことを疑うと思っていた。怒りのあまりにそんな考えにすら至らなかったが、薄雲と話をするうちにその考えに落ち着けているのは、やはり叢雲の成長の証。

 

「別にいいわよ。私だったらまず間違いなく私と同じ立場のヤツを責め立ててるし、最悪心折るまで罵ってるわよ」

 

 薄雲と散歩の間に話したのはそんな話。怒りを撒き散らした後、薄雲がそれを教えてくれたのだ。

 戦艦棲姫はあくまでも、叢雲の潔白を証明するために問い質し、疑いの目を向けたとしても何事もないことを確認したかったのではなかろうかと。

 

 叢雲がこういう立場になったから、先程のように屈辱だと部屋を飛び出したが、もし立場が違う者──例えば同じように古鷹や白露に襲われて死にかけた春雨が通信妨害を引き起こしていたとしたら、考えるまでもなく罵倒していただろう。

 そうなってしまったら、今以上の不和を呼ぶ。特に春雨や松竹姉妹を相手にしたら、その依存相手が何をするかもわからない。今よりも空気はギスギスし、それこそ居場所が無くなっていたかもしれない。

 

「正直、私が何でこんな目に遭わないといけないんだって気持ちの方が大きいわ。イライラして仕方ないし、今すぐにでも元凶を叩き潰したいもの。でも、そんな力が今の私には足りないことも自覚してるの。出てったところで何の成果も得られずスゴスゴ帰ってくるのがオチよ」

 

 黒幕の居場所は未だに不明。痕跡すら残しておらず、本来その存在を知っているであろう古鷹から記憶が消えてしまっているのだから救えない。

 叩き潰したいからといって施設から出て行ったところで、叢雲1人の力で探し出せるほど甘くない。広い海を彷徨った挙句、何も出来ずに力尽きるか、艦娘と鉢合わせになって小競り合いを起こし、そのまま討伐対象に認定されて泥沼に陥るかのどちらか。

 

「本当に腹が立つけど、もう八つ当たりするほど滾ってはいないわ。それに、アンタ達への苛立ちじゃない。私をこういう立場に追いやった最悪の姫の中身とかいう訳わかんないヤツに苛立ってるだけよ」

 

 それならいつも通りだと納得。常に苛立っているのは叢雲の性質上仕方ない。今までの生活でもそうだったのだから、普段の叢雲に戻ったと言える。

 

「だから、別に戦艦のことに怒りは無いわ。言ってしまえば誰にだって苛立ってんのが私なわけだし」

「そう、なら良かったわ。こちらで話したことも伝えたかったの。貴女の体質についての考察をね」

 

 ここで叢雲がダイニングにいない間に、タブレットの向こう側にいた提督まで含めた全員で考えた叢雲の体質。古鷹や白露の証言まで入っているおかげで信憑性は比較的高い考察を、叢雲に懇切丁寧に伝えようとするが、その前にと薄雲が待ったをかけた。

 

「あの、それは姉さんの昼食の後でもいいですか。お腹を空かせていると思うので……」

「っと、そうね。空腹は余計に苛立ちを呼ぶわ。ある程度落ち着いた状態で聞いてもらった方がいいわね」

 

 そう言うと思ったか、既にリシュリューと飛行場姫が叢雲と薄雲の分の昼食を温め直していた。その匂いが漂ってきたことにより、叢雲の腹の虫が鳴りかけた。

 

 

 

 

 遅めの昼食後、改めて施設の仲間達で纏めた叢雲の体質の憶測を伝える。参加者は戦艦棲姫の他は春雨、海風、白露の姉妹と、万が一の時のための飛行場姫。他の者は一旦ダイニングを出て、持ち場へと向かっている。特に松竹姉妹は午後の部の古鷹の世話係であるため、早々にそちらへ。

 

「──と、いうわけよ。確証はあまり無いけど、古鷹や白露の証言から考えれば、割と信憑性は高いんじゃないかしら」

 

 まだ泥が完全に馴染み切っていない白露に撃たれたことで、僅かな泥が叢雲に入り込んだ状態になり、さらにそのまま怒りの感情が溢れて深海棲艦化したため、泥の性質を取り込んでしまったのではないかというのが、今のところの満場一致の憶測。

 叢雲もその話を聞いて、思ったよりも素直にその可能性が高いと認められた。そうであってほしいという願いもあっただろうが、理論として納得が出来るところが多かったのもある。

 むしろ、そうで無ければ叢雲に泥の性質が入り込むところが無いのだ。理解出来ずとも納得はしなくてはいけない。

 

「なるほどね……私はまだ慣れてないアンタに殺されたおかげで、こんな力を手に入れたってわけか」

 

 白露に視線を向ける。薄雲が姉のその行動を咎めようとするが、白露はいいよいいよと手を振った。

 どうしても喧嘩を売るような態度が出てしまうのは性質上仕方ない。白露もそれは理解している。それに、白露が殺したことがきっかけとなっているのは、否定出来ないくらいの事実である。

 

「だね。あたしも自分の身体がそんなことになってるなんて知らなかったから」

 

 当たり障りなく返答する白露。叢雲もその反応に対しては怒りが湧き上がるようなことは無し。

 

「感謝はしないけれど、白露が慣れていない状態で助かったわ。そうじゃなかったら今頃私は……いや、普通に溢れていただけか」

「おそらくそうでしょうね。無差別に艦娘を襲うだけの知性のない同胞(はらから)なのは変わらないんじゃないかしら」

「それはそれで嫌ね……」

 

 ただし、通信妨害が無いため、鎮守府からの救援部隊を相手にしていた可能性があり、事が大きくなっていた可能性が高い。今とは違う結末になっていた可能性はゼロではない。

 

「でも、アンタ達の憶測通りだとしたら……私もしかして泥に侵蝕されないとかあるのかしらね」

 

 それは無くは無い。既に泥が入っている身体にさらに泥が入ろうとするかはわからないが、泥に対しての耐性と考えてもいいのかもしれない。

 それを実証するためにわざわざ泥に飛び込むようなことは絶対にしないが、いくら纏わりつかれてもお構い無しという可能性は充分にある。

 

「まぁ、私がそんなことするわけないけれど。アイツらの思い通りになって堪るか。そもそも泥がばら撒かれて私達が害を被ることなんて無いだろうから、実験するまでも無いけど」

「出来たとしてもそんな危ないことしないでください。姉さんがあんなことになったら私は……」

 

 薄雲が少し涙目に。今は叢雲が側にいるおかげで寂しさが溢れることが極端に少なくなっている薄雲だが、ここで叢雲が泥に屈し、ましてや敵に回るなんてことがあったら、心が折れるだけでは済まない。発作を起こした挙句、最悪薄雲が自ら泥を呑む可能性すらある。

 

「大丈夫よ。私が自分からああなりに行くと思う? それこそ気に入らないわ。ああイライラする」

 

 そんなことを言いながらも、叢雲はまだ余裕が見えた。薄雲との散歩で気が張らせたのが相当効いているようだ。

 

 この施設にいる間は、叢雲は基本的に鬱憤を溜め込むことが多くなる。仲間との共同生活では、それを思い切り表に出すことはなかなか出来ない。そこを薄雲が鑑みて、今回みたいなちょうどいいタイミングに発散させた。

 やはり溜め込みすぎるのはよろしくない。適度に抜くことが必要。そうすることで叢雲はよりこの施設で生活がしやすくなる。

 そのタイミングを見抜くのは、薄雲の仕事になるだろう。叢雲がプライド的に怒りを発散する姿を見せられるのは薄雲のみなのだから、定期的に息抜きをさせるためにも側にいてあげることになる。

 

「まぁいいわ。私も薄雲も理解出来た。私はひとまず通信の時に艤装を出すなってことでいいんでしょ。基本出さないわよ。こんなところで」

 

 ダイニングで艤装を展開するだなんて余程のことだ。そもそも施設内での戦闘なんて有り得ない。叢雲が深夜に一悶着起こしてしまった時くらいである。それ以上のことは絶対に起きない。

 そういう意味では、今後叢雲発端の通信妨害は起きないと言ってもいいだろう。戦闘中に通信しなくてはいけなくなった時に、叢雲がその戦場にいるとそれを妨害してしまうことになるが、そんな時には敵もいる。叢雲がいようがいまいが、敵側の通信妨害が働くので気にする必要は無い。

 

「普通に生活するだけなら、姉さんは誰にも迷惑をかけないと思います。なので、これからも今まで通りでいいですよね」

「ええ、それでいいわ。お姉もアタシもそのスタンスだから」

 

 これでおしまい。叢雲は今まで通りで良し。何も変える必要は無い。

 

「改めて、疑ってごめんなさいね」

「もういいっつーの。さっきも言ったけど、同じ立場なら私が疑ってんだもの。あんまりそういうこと言うと、余計に腹が立つわ。上から見られるのも気に入らないけど、下手に出られすぎるのも気に入らないのよ。我ながら、面倒臭い性格だと思うわ」

 

 戦艦棲姫とのいざこざも、長引かせると余計に面倒なことになるため、叢雲から切り上げる。突っかかる側から話題を止めたのだから、戦艦棲姫も了承。これ以上の謝罪はむしろいざこざを長引かせるだけになるため、ここで終わりとした。

 

 

 

 

 叢雲の体質についての話題が終わったことで、仲間達はまたばらけていく。そんな中、春雨はおやつを作るためにダイニングに居残り。海風と白露もそこに付き合うことにした。

 

「叢雲ちゃん、今日は何が食べたい?」

 

 早速何を作るかを叢雲に聞く。甘味に関しては、叢雲のご機嫌取りなところもあったりするので、そのメニューは基本的に叢雲が決めることになっている。

 怒りが溢れた者が甘味で落ち着くというのなら、誰だって従うものだ。ここのメンバーは好き嫌いがないため、余程同じものが続かない限り文句も出ない。

 

「そうねぇ……今からケーキというのもどうかと思うから、簡単なものでいいわよ。アンタが作るなら文句は無いわ。不味いモノ出したこと無いんだから」

「そっか。じゃあ、サクッと作れるクッキーにしておくね。生地も残ってるから」

 

 春雨の料理の腕は信頼しているようで、そこは全て春雨に任せるということらしい。

 ここにいる料理が出来る者に対して、叢雲はいくら怒りと苛立ちが溢れていても何も文句を言わないのは、自分がやれないというのもあるが、誰もが満足出来るものを作ってくれるからだ。

 

「……私、この施設に拾われてなかったら、今頃大変なことになってたかもしれないわね」

 

 薄雲にのみ聞こえるくらいの小声で、ボソッと呟いた。知性の無い時に拾われ、献身により自分を取り戻し、いざこざを起こしながらも受け入れられ、楽しく生きることが出来ている。

 艦娘であった時はあまりにも不幸だったが、第二の人生を歩み始めてからは幸運が続いていた。勿論叢雲自身にはそうは思えないかもしれないし、自覚出来るものも少ないかもしれない。だが、事態を好転させているのは確かだ。

 

「はい。それに、私も姉さんに出会えて良かったと思います。ここで一緒に生きていきましょう。幸せに、楽しく」

「保証は出来ないわね。だって私は、黒幕をぶち殺したいんだもの。これだけは揺らがない。怒りは無くならないんだから」

「なら、私もお手伝いします。隣にいさせてください」

 

 叢雲としても、薄雲が隣にいてくれなければやっていけないのではと思えるようになっていた。今回の件もそう。1人だけなら鬱憤は晴らせない。頭を冷やすには、1人だけでは不可能だった。

 薄雲の存在は本当に大きい。叢雲を叢雲たらしめる要素の一部は、薄雲が担っていると言っても過言では無い。やはり最初の献身が強く効いていた。

 

「頼んだわ。私の怒りは、アンタのおかげで鎮静化出来る。弱みはアンタにしか見せられないわ」

「光栄ですね。妹として、姉さんに尽くす……は言い過ぎですけど、サポートしますよ。私の寂しさを埋めてください。姉さんの怒りを鎮めますから」

「ええ、それでいいわ」

 

 

 

 

 この姉妹の仲は今まで以上に深く。お互いの弱みを見せ合うことで、絆は深まる。

 




叢雲もかなり特殊な存在となっています。辿り着く力を持つ春雨と、耐性を持つ叢雲。この2人が今後の戦いを前に進めるキーパーソンになるのかもしれませんね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。