その日の夜、施設。叢雲の件でいろいろあったものの、それは全員が納得するカタチで決着がついたので、安心して眠りにつくことが出来る。
春雨は勿論、海風と白露が添い寝をすることで、溢れた寂しさを刺激しないようにベッドに入っている。海風の依存も満たせるために一石二鳥。白露は春雨を挟んであげるためには必要不可欠なので、ある意味巻き込まれたようなものなのだが、妹達が必要としているのだからと進んでその場所で眠る。
海風的には2人きりがいいようだが、それだと春雨の寂しさを補完しきれないため、姉の温もりを与えるという意味でも白露の添い寝については快く許可した。全ては春雨のため。そのためなら、自分の意思など二の次。
「そういえば……私、気になることがあるんだ」
眠る前、部屋を暗くしたところで春雨がボソリと呟いた。小さな声でも添い寝をしているのだからすぐに2人は反応出来る。勿論反応速度の速いのは海風であり、白露は一歩引いた位置で2人のやりとりを聞く。
「気になること、とは?」
「私が溢れたのは『寂しさ』。海風は『絶望』……って聞いてるけど、今は少し違うよね」
「はい、私は『絶望』が溢れたそうですけど、春雨姉さんのお陰でそれが覆りましたから。今の私は、松さんや竹さんのような『依存』ではないかと姉姫様や妹姫様に言われていますね」
詳しいことはよくわからないが、海風は春雨の献身のおかげで絶望を乗り越えたことによって、本来の溢れ方から変化している。それで生活に支障が出なくなっているのだから、余計に春雨に依存するのも仕方ないことかもしれない。
「それじゃあ、白露姉さんって、何が溢れたのかなって」
深海棲艦化している艦娘は、まず間違いなく何かの感情が溢れているからこうなっている。今のところ一切の例外は無い。ミシェルだって、おそらく卯月であろう艦娘が『疑問』を溢れさせた結果があの姿だ。自分すらも認識が出来なくなったことがそこに繋がる。
ならば、白露や古鷹も何かが溢れているだろうし、心の何処かが壊れている可能性は高い。というか確実。魂の混成によって壊れている部分が補完されてまともになっているというのもあり得るが、何らかの感情が溢れているはずだ。
しかし、白露は発作の前兆が一切無い。伊47の幸せアレルギーのような常時発動型なのかもしれないが、そういう感じのものも見たことがない。
「確かに……白露姉さんはどうやって
そこは古鷹が実証済み。覚えている記憶、見せられた悪夢では、艦隊を自らの手で全滅させたのは艦娘の時である。泥は思考が書き換えるのみ。深海棲艦化は別要因であろう。
最近は施設が平和なので、そういうことを考える余裕がようやく出来るようになっていた。叢雲の一件はあったとしても、すぐに解決したおかげで心の余裕は維持されている。
「あたしの失くした記憶の中にあるんだと思うんだよなぁそれ。だってさ、あんまりこういうこと言いたくないんだけど、あたし……というか
そこも白露は保証出来るそうだ。命の灯火が消えるその瞬間までちゃんと覚えているという。しかもきっちり4人分。
そんなことを知ったら狂ってしまいそうだが、白露はそんな予兆すらなく、むしろ淡々と説明出来てしまうくらいの心持ち。
ある意味、白露はそこが壊れているところになる。4人分の記憶を全て持ってしまっているため、本来ならその情報量で頭がパンクしてもおかしくないのに、壊れているせいで素知らぬ顔で生活出来てしまう。
村雨の変装をするのにも抵抗が無い。もしかしたら、白露は自分自身をちゃんと保てていない可能性もある。
「気付いたらこの身体だったっていうのが本音かな。やってきたことは多少覚えてるのに、何されてこうなったのか本当に思い出せなくて。思い出せないっていうか、意識が無かったんでしょ。
白露の推理では、まさに死んでいたからというのが理由。意識どころか命が無かったのだから、何をされたかなんて知っているわけがないのだ。眠っている間に全て終わっていたようなもの。
そして、泥による侵蝕によって、それも全く疑問に思わなかったわけだ。娯楽のように艦娘に襲い掛かるだけのただの侵略者とされていたのだから、経緯なんて興味がないと考えても仕方ない。
「じゃあ、あちらは
あまりにも怖いやり方だが、白露の現状と知っている限りの記憶から想定出来るのはそれしかない。古鷹が白露達の亡骸を拠点に運び、何かすることでそれが混じり合い、白露を基点とした4人の融合体が完成した。
そしてその融合には、泥の力が必要になる。むしろ、4つの亡骸を泥で包み込めば、そのまま1つの身体になる。なんてことが起こり得るのではないかと春雨は考え、そのまま口にした。
「うわ……でもあり得るよそれ。春雨の直感だからとかじゃなく、物的証拠として全然あり得る。あたしもなんかそんな気がしてきた……」
心底気持ち悪そうに白露は頭を抱える。自分がそうされていたと思うと、どうしても嫌な気分になるだろう。黒幕の
「じゃあ、古鷹さんは……」
「全部終わらせた後に、黒幕に殺されたか……自分で命を絶って、白露姉さんと同じように泥の力で融合させられた……とか」
そこは古鷹に聞かなくてはわからないところだろうが、その辺りの記憶は消されていそうである。謎は謎のまま。
「春雨姉さんが辿り着いたところですし、信憑性はかなり高そうですね。だとしたら、黒幕は何処までやれるんでしょう……。泥で魂を侵蝕したり、泥で亡骸を混ぜ合わせたり……尊厳を傷つけるような力ばかり……」
まさに海風が言うそれなのだろう。黒幕の力は、他者の尊厳を傷つけるところに特化している。生きているものの魂を穢し、死んだものの亡骸までをも利用する。そして、使えなくなったら捨てることまで。
艦娘に対しての恨みが強すぎる。その尊厳をこれでもかというほど傷付け、ただの使い捨ての道具として使うことにより、その恨みと憎しみを晴らしているかのようだった。
「武蔵さんにやられたことが余程堪えたのかな。負けると思ってなかった……
冗談のように白露が言うが、実際それが大正解なのではなかろうか。
深海棲艦の中ではトップクラスの頭脳を持つ最悪の姫は、自らを囮にするというとんでもない戦法まで使って人間と艦娘に勝利しようとしたが、それだけやっても真っ向勝負により敗北したことで、その恨みが頂点に達した。
その結果が、器と中身の分離。死に体の器を捨てて、中身だけになってもその積もり積もった恨みを晴らすために、艦娘を使い潰す形である意味同士討ちをさせているわけだ。
「なんだか、陰険ですね」
海風がボソリと一言。深海棲艦化してから少しだけ本心の出し方が荒くなっているため、その言葉に春雨は噴き出しそうになった。
「巻き込まれた側からしてみれば堪ったもんじゃないよ。あたしはただ、鎮守府でみんなと世界の平和を目指してただけなのに、あろうことか侵略に使われてたんだから。あたしのせいで叢雲みたいな犠牲者も出してるしさ……」
少しだけ、白露が落ち込んだように顔を布団に埋める。白露は加害者であり被害者。むしろ被害の方が大きい。本来のカタチを何もかも捻じ曲げられここにいるのだから。
「姉さん、大丈夫です。みんなわかっています。私も、海風も、鎮守府のみんなも、提督だって、白露姉さんのことを責めていません」
それを春雨が慰めるように頭を撫でた。海風が少し羨ましそうにしていたが、今回は少し不安定になっている白露のためだからと黙ってもらっていた。
「どういうカタチでこうなったかはわかりませんけど、姉さんだって私達みたいに何処か壊れてしまっているんだと思います。だから、せめて妹達の前では全部曝け出してくれていいんです」
以前、薄雲が発作を起こした時のように、抱き締めるようにして温もりを与える。発作を起こしているわけではないのだが、こうされれば心が落ち着いていくのは何度も実証されていることだ。それは白露にもしっかり効くはず。
そうされたことで、白露も溜め込んでいたモノを吐き出すように、隠しておきたかったモノを搾り出すように、少しずつ心の内を曝け出す。
「……春雨ぇ……あたしやっぱ辛いんだよ……。こんなでも一応世界のために戦ってきたのにさ、ヤバいヤツに巻き込まれたと思ったら滅ぼす側に回されるなんてさ……」
いつもおちゃらけているような白露でも、今回の件は相当
その聞き手の役を、妹達が買って出た。海風は春雨の付き合いというところは大きいものの、白露だって大切な姉。落ち込んでいるところを見るのは辛い。
「私達しか見てませんから、好きなだけ曝け出してください。恥ずかしいことじゃないです。泣いて泣いて、全部振り払ってください。溜め込んでしまったら、また私達が付き合います」
「うん……うん……ありがとう春雨」
この日の夜、白露はずっと愚痴を言い続けていた。簡単には止まらず、白露とは思えないような言葉まで飛び出す始末。何せ4人分の鬱憤だ。時折、白露以外の姉妹の言葉も乗っているようだった。
白露が泣き疲れて眠った後、安心して息を吐いた春雨。
「お疲れ様でした春雨姉さん」
「ううん、大丈夫。白露姉さんのこともちゃんとケアしないと」
中に入っているのは全員姉なのだが、まるで妹になってしまったかのように眠っている白露。春雨の腕をギュッと抱きしめて、その温もりを感じるために丸くなる。このままでは確実に動くことが出来ないのだが、春雨としても姉の温もりを感じられるのは嬉しい。
「海風も曝け出していいんだよ。……って言っても、今の海風は溜め込んでないよね」
「はい、私は春雨姉さんに迷惑をかけたくありませんから、全部全部曝け出しています。もっとベッタベタに甘えたいという気持ちも溢れ出していますよ」
白露のように、海風ももう片方の腕に抱きつく。なんだかんだでいつも眠るスタイル。春雨に寂しさを味わわせないように温もりを与える、最善のカタチ。
「白露姉さんは侵略者としての一面も与えられてしまっているので、本当に辛かったと思います。春雨姉さんがその気持ちに気付かせて、胸の内を曝け出させたのは、まさに最善だったでしょうね」
いつもの褒め称えるようなモノではなく、真にその功績を評価するような物言い。心酔だけでなく、今回の選択は全体的に見ても白露の最善に
「でも……私としては、鎮守府の方も心配です。春雨姉さんや白露姉さん達がいなくなって、私までこんなことになってしまってから……山風に大きな負担をかけてしまってるんじゃないかって」
そこはどうしても気になるようだ。深海棲艦化して施設で平和に暮らしているものの、心は艦娘のままなのだから、元いた場所が危機に陥ったと言われればショックは大きいし、自分の後任として奮闘している山風のことは気にかかっている。
春雨も当然ながら同じ気持ち。全てを任せてここでのんびりと暮らすことか本当にいいことかどうかはわからない。一度完全に切り捨てかけた分、今は手放さないように心配している。
「きっと大丈夫。みんな強くなってるもん。でも、手伝えることがあれば、私達も手伝いたいね」
「はい、是非。艦娘と深海棲艦という違いはありますけど、目的は同じですから。また山風達と、鎮守府の仲間達と一緒に」
「うん、そうだね。こんな落ち着かない平和を終わらせるためにも、力を合わせて戦っていきたいね」
今はまだ、共闘はなかなか出来ない。だが、そのうちそれも可能になるだろう。
白露は妹3人分の鬱憤も溜め込んでいるわけで、その分もキッチリ発散しないと爆発してしまいます。そのためにも、春雨が夜に動くわけですね。