翌朝、愚痴が言えたからか、やたらスッキリとした目覚めの白露。跡を追うように目を覚ました春雨と海風だったが、先んじてベッドから降りていた白露の姿を見て安心した。翌日まで引っ張るようなこともなく、爽やかな笑顔で今日を過ごせるのは、昨晩しっかり吐き出すことが出来たからだろう。
「おはよう妹達! 今日もいい天気だ!」
カーテンをバッと開け、朝日を浴びる。その笑顔は、愚痴を言っていたその時とは全く違ういい笑顔。それこそ太陽のような笑顔に、春雨と海風は和む。
「おはようございます、白露姉さん」
「朝から元気ですね」
苦笑しながら2人もベッドから降り、春雨は脚を、海風は右腕を艤装によって生成。そしてパジャマを消して制服姿に。
既に姉妹折衷案の制服を身に纏った白露は、それを見届けたところですぐに2人を抱きしめる。
「昨日はありがとね。あたしも含めて、4人分の鬱憤は晴らせたと思う。アンタ達のおかげだよ」
こういうのを隠さずに出し渋ることなく言い放つのは、白露以上に夕立の特性。2人分の合致した性格を表に出したことで、何の躊躇もなく妹達に感謝の気持ちを表した。
「どういたしまして。昨日の夜も言いましたけど、溜め込んでしまったら、また私達が付き合いますからね」
「はい、春雨姉さんなら白露姉さんの悩みも全て吹き飛ばしてくれますよ。もう地母神のようなヒトですから。春雨姉さんの前では全ての悩みが解決されますね」
「海風、それは言い過ぎ。私は聞くだけだよ」
この2人のやりとりも慣れたモノで、白露はニコニコしながら仲のいい妹達を見守る。
艦娘だった頃とは関係性は変わってしまっているかもしれないが、それでも姉妹としての間柄は変わらない。穏やかに、和やかに、この生活を続けていきたいと、白露は思えた。
朝食の場、ダイニング。少しずつでも回復している古鷹は、この時より朝食を食べてみようということになっていた。昨日の段階で水は飲めるところまで来ているため、まずは流動食で栄養を摂っていこうと考えた。
この施設に車椅子なんてものはないため、相変わらず戦艦棲姫の艤装が代わりとなり、その大きな手に座らせて運んできている。その隣にはコマンダン・テストが甲斐甲斐しく付き従い、介護を続けていた。
「まだ痛みは消えていませんが、身体の中の痛みは大分治まってきました。昨日もとてもよく眠れて……コマさんや皆さんのおかげで、ずっと穏やかな時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございます」
昨日よりも話すスピードも速くなり、激痛からただの痛みくらいにまで回復している。完治まではまだまだかかるだろうが、自分の脚で歩けるようになる日も近い。
古鷹は相変わらず艦娘時代のインナーに上着を羽織る程度で終わらせている。それを見る限り、胴にクッキリとあった斬り傷は未だに残ったまま。
完治すればそれは消えることになるだろうが、古鷹としてはこれは残しておきたい傷らしい。罪を償うため、目に見える場所にその時の証拠が欲しいのだとか。深海棲艦化している時点でこれでもかとわかりやすい証拠が残っているのだが、傷であることが重要だそうだ。
「古鷹さん、愚痴とかあったら誰かに聞いてもらうといいよ。あたし、妹達が気を利かせてくれてね。もうさんざん吐き出した挙句に大泣きして、そのまま泣き疲れて寝ちゃうまでしちゃった」
「そう……なんですね。でも、私は愚痴なんて……」
白露が昨晩の自分のことを語るが、古鷹は同じように溜め込んだ鬱憤を吐き出そうとは思えないようだ。
古鷹だって、本人含めて4人分のモノを内包しているはずである。それを手段として使ったくらいなのだから、自覚だってある。力を手に入れた分、心を壊すほどの負荷は常にかかり続けているのだ。
だが、中心となっている古鷹が性格上溜め込むタイプであるために、かかり続ける負荷を発散することが出来ない。さらには、中に含まれている榛名も近しいタイプ。『大丈夫です』と無理をしてしまうタイプだ。ここが妙に噛み合ってしまっているが故に、本心をひた隠しにしてしまう。
「もう少し落ち着いてからにした方がいいです。穏やかに過ごせたと言いましたが、夜に
すかさずコマンダン・テストがフォロー。今は常に古鷹と同じ部屋で休んでいるのだが、やはり眠るとその時の記憶を反芻してしまうらしく、熟睡までは出来ていないようである。
魘されて目を覚ましたところで、コマンダン・テストや同じように控えている戦艦棲姫がまた眠れるようにあやして、どうにか夜を越える毎日だ。
「もう少し身体が治ってから考えるべきね。ほら、言うじゃない。『健全なる精神は健全なる身体に宿る』って」
「
戦艦棲姫とコマンダン・テストに言われ、古鷹はひとまず首を縦に振るしかなかった。
「ひとまず、貴女のための食事を作ってみたわ。まずは軽く
そして今度はリシュリューが古鷹の前に朝食を置く。これならば食べられるかもと、リシュリューの祖国の味だというミルク粥。
なんとか身体を動かして自分の力でそれを口に入れると、体内の痛みはまだ残っているものの、美味しく食べることが出来た。
「美味しい……です」
その幸せを噛み締めるように、ゆっくりと食べていく内に、古鷹は救われたのだと実感したのか涙を流し始める。
あちら側にいた時間は、白露のように短期ではない。最初期からかどうかはわからないが、かなり長い間を侵略者として生活しているのだ。ヒトらしい生活をしていたかもわからない。それ故に、こんな普通な食事でも心に染みるモノがあった。
「こういうものを食べるのは初めて?」
リシュリューが問うと、古鷹は首を横に振った。
「私が艦娘だった時は……食生活は普通でした」
「あら、ならいい鎮守府で生活出来ていたのね」
「そう……ですね。あの提督は……艦娘は『ヒトのカタチをする兵器』と話していましたけど……生活はむしろ人間と同じようにさせてくれましたから」
ボソボソと艦娘だった時の思い出話を語り始める。求めているがもう手の届かない場所にあるそれを懐かしむように。
古鷹が元々いた鎮守府、大塚鎮守府は、先程本人が言った通り艦娘は兵器であるという考えの下、深海との戦争に勝利するために日々研鑽を続けていた。過酷な訓練と、徹底した規律で管理されるような場所。そこにいる艦娘の誰もが、それが当たり前であると認識しているくらいの場所。
だが、その提督は兵器のメンテナンスには人一倍気を使うような者だったことが、幸せに繋がる一因となる。それは、艦娘という兵器を最高最善に使うための手段として、研究された食事と睡眠、そしてある程度の発散をさせることだ。
「ヒトによっては息苦しいと思えるほど機械的ではありましたけど……不思議と苦じゃありませんでしたね。自由な時間も与えられていましたし」
「へぇ、ならある意味ヒトとして扱われていたようなものなのね」
「かもしれません。
そこは鎮守府それぞれのやり方なので口出しはしない。それで艦娘が蔑ろにされておらず、むしろ逆にイキイキとしているのなら、何の文句も無い。艦娘の運用方法に何が正しいという論は存在しないのだから。
人間として扱おうが、兵器として扱おうが、その運用方法が艦娘のことを考えてのことならば、それは間違っていない。それで艦娘が荒んでいないのだから。
「まぁ……もう遠い過去の話ですから。今はこの生活に身を寄せたいと思います。助けていただいたこと……本当に感謝しています」
改めて、頭を下げた。救われた施設の仲間として、古鷹は自分でもそういう存在なのだと認識し、これからをここで暮らしていくと決意する。
楽しく生きるというこの施設の方針に則ることが出来るかはわからない。古鷹の中には、贖罪の意識の方が大きい。むしろ、一生をかけて償っていくのだという信念の下、強く生きていこうと。
「そうだ、1つ気になってたことがあるんです」
ここで不意に海風が小さく手を挙げて発言。
「古鷹さん、以前白露姉さんを私達が救った時、春雨姉さんに向かって何か思うところがあったみたいなんですが、それは一体何なんですか?」
それは白露との2回目の戦い。義腕義脚を変形させて戦うという新たな戦術を編み出した時、1人では分が悪いということで撤退する古鷹が最後に口走った『もしかしたら春雨さんは』という言葉。まるで春雨があちらにとって何かある存在なのかと海風は気になっていた。
「ああ……アレですか。そうですね、話しておいた方がいいと思うので、話しておきます。もうその声も姿形も思い出せませんが、私達が行動していた理念については覚えています」
落ち着いて話せる状態にまで精神状態も回復しているため、ゆっくりそのことについて語っていく。
「1つは器を探すこと。姉姫さんの身体を求めています」
「言葉にされると複雑よねぇ……一度捨てたのに、今更もう一度欲しいなんてぇ」
死に体だったから器を捨てて中身だけとなったが、器がまともに生活しているのならそれをまた使いたいと言い出した。大分勝手なやり方ではあるが、悪意の塊をばら撒いているような輩なのだから、自分勝手でも全く疑問はない。
「そしてもう1つは……
辿り着く者。『観測者』にも言われた、深海棲艦化した春雨に芽生えた特殊な力。それが、黒幕にとっては邪魔であるという認識。
「私はあの時の戦闘で気付きました。春雨さんは、そういう力を持っているのではないかと」
「はい……私も後々教えてもらって、そういう力を持っていると知りました。まだ実感は無いんですけど」
「ぼんやりしている記憶ですが……その力に
そうで無かったら、白露を犠牲にしてでも春雨を沈めていたとのこと。下手をしたら実行に移されていたかもしれないと思うと、途端に怖くなってきた。
「春雨姉さんが覚醒すると、どうなるんですか?」
海風が問いただす。春雨のことだからだろう、大分必死。しかも、命に関わることなのだから。
「それは……すみません、私にはわかりません。でも辿り着く……ということは、
「答えに……?」
これだけではよくわからない。だが、それらしいことが何度か起きていることはわかる。
その1つが白露の救出だ。脚を刀剣として一撃で斬り払った時。春雨は殺すつもりでやったが、その一撃は最善である白露を正気に戻すという答えに辿り着いた。
音が聞こえない状態から周囲の状況を察知したのも、最善の答えに辿り着く1歩としての力の断片であろう。
「すごい、すごいです春雨姉さん。なら、姉さんが起こす行動は全て正しいと言っても過言では無いということになりますよ。本当に女神ですね。あまりにも神々しくて海風には眩しすぎます!」
「海風、だから言い過ぎだよ。それに、古鷹さんが言う感じ、私はまだ真に覚醒してないってことだと思うし」
まだ断片しか使えていないというその力は、類い稀なる直感というカタチで表面化しているだけ。答えに辿り着くのではなく、そこに繋がる道を何本か探し当てているというイメージ。まだ確実では無いため、春雨の選択したことが絶対に答えであるという確証は無い。
だから、信じ切るのは間違っていると、春雨は再三海風に言っているつもりなのだが、今の壊れた海風には神とも言うべき春雨の選択は絶対となっているため、なかなか聞き入れてもらえない。
「覚醒する前に排除する。もしくは……悪意の塊を注入して手元に置く。その手段を画策していたようです。先日鎮守府を襲撃したのも、春雨さんをどうにかするための布石だったので……」
鎮守府の危機があれば、春雨がどうにか出来ると考えての行動でもあったようだ。巻き込まれた鎮守府は堪ったものではない。
「春雨さん……貴女は……絶対に自分を守ってください。辿り着く力は、
まだピンと来ないが、春雨がキーパーソンになることは確定したようなもの。施設が発見されていない今ならまだマシだが、今後どうなっていくのかはわからない。
やはり春雨は狙われている。