昼前。当番として古鷹の世話係をしていた春雨と海風も、そろそろ昼食だということで一度切り上げる。戦艦棲姫が戻ってきたところで古鷹はその艤装に乗せられ、ダイニングへと移動ということになるだろう。
「今日の哨戒って、確か白露姉さんとジェーナスちゃんだったよね。何も無いといいけど」
「そうですね。この辺りは静かな海ですし、大丈夫だとは思いますけど」
ここ最近は戦艦棲姫主導で毎日午前と午後で2回、哨戒を繰り返しているわけだが、今のところ痕跡は少し見つけたものの、それだけで済んでいる。泥が設置されているようなこともなく、何かを見つけたというわけでもない。
これに関しては、施設に敵対の意思を持つ者からは認識されないという特殊な場所になっているのではないかという憶測がある。そのおかげで、少し離れたところではあちら側の行動の痕跡が発見されるが、それ以外は何も無いというところに繋がる。
「あちらも一筋縄では行かなそうだし、充分に警戒はしないとね。ただでさえ姉姫様が狙われてるっていうことなんだから」
「それに、春雨姉さんもですよ。辿り着く力はあちらにとって排除しなくてはならない存在ということみたいですし、警戒を厳としなくては」
春雨が失われることが最もよろしくない海風にとっては、中間棲姫が狙われていること以上に春雨が狙われていることが心配なようである。
まだ充分な覚醒をしていないとはいえ、直感だけはかなり強い春雨。その状態でもあちらとしては脅威と見られているのかもしれないが、真に覚醒した時、手が付けられなくなると考えられているのだろう。
「身体が治ったら……私もみんなを守れるように頑張ります……ん、頑張るよ」
「よろしくお願いします。みんなでこの平和を守りましょう」
古鷹も贖罪のために施設の者達を守るのだと決意していた。そういうカタチででも前を向くことが出来るのなら、誰も否定することは無いだろう。スタミナ不足は否めないが、戦闘能力が据え置きならば頼りになることは確定しているのだから。
敬語を外していくことも、何とかやっていこうと努力をしていた。叢雲相手には簡単に出来なかったが、春雨相手だと少しだけやりやすいようである。おそらく
しかし、まだ難しいようで、言った後でも少し表情が曇る。まだまだ先は長い。
「じゃあ、私達はお出迎えに行ってきます。コマさん、あとはよろしくお願いします」
「Oui.
哨戒部隊の出迎えというのはあまりすることはないのだが、何の気無しにやろうと春雨が言い出したので、海風も何の疑問もなくついていく。それこそ、春雨は
施設から外に出て、いつもの岸へと到着したところで、水平線の向こう側に人影。ちょうど哨戒から帰ってくるタイミングだったようである。相変わらず、行動を起こすといい感じの時間になる。
「あ、ちょうど戻ってきたね」
「ですね。でも、少し様子がおかしいような……」
遠目で見ても、何やらいつもと違う雰囲気。
これは異常事態である。ただの哨戒であるはずなのに、メンバーが減っているというのは普通では無い。
その事態に気付いたか、ジェーナスが到着する前に姉妹姫も表に出てきた。おそらく異変に気付いた叢雲が先んじて伝えたのだろう。戻ってくる人数が明らかに減っているのだから、感知の力によってこうするべきと判断した様子。
「ジェーナスちゃん、どうしたの? 戦艦様と白露姉さんは?」
出迎えた春雨が聞くと、少々疲れたようなジェーナスが息を整えながらも何とか言葉を紡ぐ。
「ど、ドロップ艦、が、いたの!」
今までに無いことが起きた。この辺りの海域でドロップ艦が発見されたことは、姉妹姫としては初めてのことだった。敵対の意思を持つ者を寄せ付けない力の存在を知る前から、他の艦娘が近くに現れるなんてことは一度たりとも無い。
とはいえ、哨戒したことで確認出来たくらいなので、大分遠いところ、今は叢雲でも感知出来ないところに現れたということだ。気付かないのも無理はないし、そこから施設の方にやってこないのも、何だかんだでその結界的な力が発揮されているからかもしれない。
「ど、どどど、どうしよう。艦娘見つけるなんて初めてだし、変に近付いたらおかしなことになりそうだし」
ひとまず白露と戦艦棲姫、そして海中の伊47は、どうしたものかと気付かれないように遠くから見ているらしい。しかし、その場所は海のど真ん中。隠れる場所なんてない。なるべく視界に入らないように、水平線のギリギリまで離れたとのこと。
白露やジェーナスはまだ艦娘に近しい姿をしているため、接触しても誤魔化せる可能性はある。しかし、戦艦棲姫はかなり難しい。人間の社会に溶け込むための変装をしたところで、そんな者が海のど真ん中に立っているのは違和感しか無いだろう。だからといって艦娘に変装することも大変。ともかくあの艤装が嫌でも目立つ。
「ジェーナスちゃん、落ち着いてちょうだいねぇ。ひとまず提督くんに連絡しましょう。ドロップ艦なら、正しく鎮守府に引き取ってもらうことが一番いいわぁ」
流石に施設で艦娘を引き取るのは間違っている。ここはあくまでも
そして、放置するのもダメだ。今はいつ何処に黒い泥があるかもわからない状態。その艦娘が侵蝕される可能性もあるし、そもそも敵に襲われていいように使われてしまうかもしれない。
せっかく鎮守府と繋がりがあるのだから、それを使わない手は無かった。艦娘が本来いるべき場所に引き取ってもらうことが出来るのなら、そうするに越したことはない。
「大急ぎで説明するわぁ。ジェーナスちゃんは、戦艦ちゃん達にも伝えに行ってもらえるかしらぁ」
「お、Okay!」
中間棲姫がお願いすると、ジェーナスはすぐに踵を返してまた海の方へと駆けていった。
それを最後まで見届けることなく、中間棲姫は施設へパタパタと戻っていく。すぐに提督に連絡をすることで、ドロップ艦を保護してもらおうという算段だ。
「お姉は提督に連絡を取りに行ったわね。じゃあアタシは念のため、周辺警戒をしておくわ。万が一は考えておいた方がいいもの」
飛行場姫は即座に哨戒機を発艦。戦艦棲姫達がいるであろう海の向こうへと飛ばし、届くかはわからないが状況を見ておく。
「ね、姉さん、私達はどうしましょう」
「私達は待つしかないよ。狼狽えても仕方ないし」
こうなってしまっては慌てても仕方ない。最善を選択するには、まずは落ち着くこと。施設の者がやれることなんて知れており、提督への連絡を中間棲姫が、念のための周辺警戒を飛行場姫が、そして現場の状況把握を哨戒部隊が行なっている以上、他の者に出来ることはもう無い。
春雨は一呼吸ついた後、何事もなく哨戒部隊が施設に戻ってくるのを待つことを選択した。直感的に、今は何も起きないと判断した。それが正しいかはさておき、動きようが無いのだからこれが正解だろう。
「そのドロップ艦が何者かは知らないけど、今この場でドロップしたのか、この辺りまで彷徨ってきたのか、そこがわからないと何とも言えないわね」
飛行場姫が呟く。それを聞き、春雨も無言で頷いた。
前者だった場合はまだマシだが、後者だった場合は
その現場。目のいい戦艦棲姫がそのドロップ艦がギリギリ見える位置に待機し、その行動を確認していた。
「白露、貴女ドロップ艦のことってどれくらい知ってる?」
「あたしがドロップ艦だから多少詳しいよ。最初はあんな感じに海に放り出される感じかな」
白露はドロップ出身。海上で生まれて鎮守府に保護され、そしてそのまま所属することになった。
その時はドロップして少しそこに漂った後、鎮守府の部隊に発見されてついていくことになったようだ。待つ時間はまちまちではあるが、早いとドロップしたその場に艦娘達がいる。遅いとそこで数時間待ちぼうけということもあるようだ。
そして酷い時は、ドロップして保護される前に深海棲艦に襲われるということもある。一通りの武装が揃っているドロップ艦でも、相手によっては苦戦どころか沈められる可能性だってあった。そのため、基本的にはドロップ艦はドロップした時点で近場の鎮守府、もしくは近場を巡航中の部隊に発見してもらえるように、陸の方に向かって移動する。
「あたしは生まれたところから少し動いてから見つけてもらったかな。海のど真ん中でその場に留まるって危ないし」
「まぁそうね。独り身で生まれたなら、仲間がいる方に無意識に向かってもおかしくないわ。帰巣本能っていうのかしら」
「どうだろう。でも、何となくだけど陸の方ってわかるんだよね。あたし達ってそうやって出来てるのかな」
「かも知れないわ。私達と違って、海より陸に魂が惹かれてるのはわからなくはないもの」
正しい判断が出来る状態ならば、艦娘は陸の方向が何となくわかるように出来ていた。とはいえ、ドロップした場所によっては陸までがかなり遠いこともあるだろう。それもあるから鎮守府は定期的な近海哨戒をしているというのもある。
そこまで対策を取っていても、かなり確率が低いもののドロップした直後に強力な深海棲艦の部隊に襲われるなんてことだってあり得た。
白露はそちらも思い当たる節がある。ミシェルの件である。
「ミシェル……多分卯月だよね。あの子は……ドロップ艦で陸に向かってるところをあたしと古鷹さんがたまたま見つけて……近付いて後ろから撃っちゃった。ああなっちゃったのもあたし達のせい……だもんね」
ドロップ艦の最初の孤独を知っているからこそ、そこを利用して殺したことを静かに悔いていた。
「今は気にしないことよ」
「そう言われてもなぁ。あ、でも、今話したことは妹達には内緒ね。あんまり落ち込んでるところ見せられないから。昨日の夜は思い切り愚痴っちゃったけど」
「いいじゃない。それで気が晴れるなら、吐き出せるだけ吐き出した方がいいのよ」
妙に理解力が高い戦艦棲姫に救われた。白露は施設の一員となってから、仲間達に救われ続けている。
「古鷹さんも、あたしみたいに救われてほしいなぁ」
ボソッと呟いたが、そこにはあえて戦艦棲姫は何も言わなかった。
「おーい! 姉姫に話してきたわ!」
そこでジェーナスが現場に戻ってくる。鎮守府に連絡したということで、そこの部隊が到着するまでは今のまま遠目に見ておくというところに落ち着いた。何事も無ければ良し。何かあったら、うまく手を出す。
結局あの鎮守府に保護されるとなれば、深海棲艦のいる施設と関わり合いを持つことは確定する。なので、万が一の時に救うのもどちらかといえば問題ないだろう。
むしろ、ここで何か起きた時に放置している方がよろしくない。それこそ、目の前で泥に侵蝕されるなんてことがあったらさらに問題になる。いくら相手が艦娘でも、脅威が迫っているのなら救うのが施設の方針だ。そこで仲間意識を持ってもらえれば喜ばしいもの。
「あの子は大丈夫?」
「ええ、まだ何もなってないわ。陸にゆっくり向かってるところね」
「なら良かったわ! そのまま私達のことを知ってる鎮守府に保護されてくれるのが嬉しいわね!」
しかし、そう簡単には行かない。そのドロップ艦に危機が迫っていることを、戦艦棲姫達はまだ知らない。
このドロップ艦が何者なのかは次回。でも先に言えるのは、駆逐艦です。