戦艦棲姫達が哨戒中に発見したドロップ艦。今はまだ生まれたばかりなのかはわからないが、彷徨うように海のど真ん中をゆっくりと航行中。
それを見えるギリギリの位置から見守り、鎮守府からの部隊がその艦娘を保護するのを待つのが施設の哨戒部隊。放っておくことも出来ず、だからといって近付くことも出来ず、ヤキモキした時間を過ごしている。
「こうしている間に、もしかしたら何か起きてるかも……。大丈夫かな……」
それは施設側も同じであり、無事に保護されたという連絡が無ければ落ち着かない。今のところ春雨の直感は反応しておらず、何かしらの危機が訪れるようなことは無いように思われているものの、一番不安なのは春雨自身。自分の力を一切過信していない。
今までに何度かあった虫の報せだが、それに頼りすぎると、いざそれを受けなかった時に何かあった場合にショックが大きくなる。今回に限り悪寒も何もないという可能性だってあるのだ。
自分がどうにかなるのは何も問題ないのだが、自分のそれによって仲間達が痛い目を見るのだけは避けたい。
「春雨姉さんが何も感じないのなら」
「ううん、信用しすぎちゃダメだよ。絶対は無いんだから」
海風は春雨の力を100%信用しているが、それが危ういことを何度も言い聞かせる。
「みんながここに戻ってきて、保護されたって教えてくれるまでは気が抜けないよ」
そういう思いもあるため、春雨は施設のある島の岸から動けない。何事も無く、朗報を届けてくれて初めてこの心配が無くなる。
春雨の言うことなら素直に聞く海風だが、春雨の『辿り着く力』で何度も危機を救うことが出来ているのだから、心酔してしまうのも仕方ないこと。
「そう……ですね。春雨姉さんがそう言うのなら」
「うん、だから、私はここでみんなの帰りを待つよ。妹姫様も哨戒機を飛ばしてるしね」
飛行場姫も、春雨達と共に岸から動かず、哨戒機を飛ばすことに集中している。この島に脅威が訪れないか、それに関係しそうな何かがないかを常に監視し、それを事前に察知する。
そのために、今回は高高度からの索敵も入れた。所謂『銀だこ』の投入である。知らずに鎮守府を襲撃した龍驤と同じことを始めた。
飛行場姫だって深海棲艦、しかも姫であり、その名の通り飛行場、つまりあらゆる艦載機を操ることが出来る。それこそ、鎮守府が扱う基地航空隊の真似事も出来るし、銀だこのような深海棲艦特有の艦載機までしっかり網羅しているのだ。
「少なくとも、この島の近くに何かあるってことは無いわ。そこは春雨の直感が働いてないのもあるわね。でも、遠くになるとどうかしらね」
そのまま銀だこは視野を拡げるために散らばりながら近海を調べ上げていく。大分遠目ではあるが、戦艦棲姫達の居場所がわかるほどには監視の目が及ぶようになっている。
「戦艦と白露、ジェーナスの姿は確認出来たわ。そのドロップ艦とやらに気付かれないように、気付かれないくらいの距離でつかず離れずって感じみたいよ」
「そうなりますよね。離れすぎたらその間に何が起きるかわからないし、近付き過ぎたら戦いになってしまうかもしれないし」
「ええ、いい判断だと思うわ。待ってれば鎮守府の部隊が来てくれるんだもの。イライラするかもしれないけど確実ね。叢雲だったらまず無理だったでしょうね」
ここにいないからと叢雲のことを話題に出してしまっていたが、春雨も海風も、それに対して何も言い返せないでいた。
現場に叢雲がいたら、痺れを切らしてドロップ艦に接近してしまうか、苛立ちを抑えるためにその場から離れるかのどちらかだろう。すぐに想像出来る光景である。
「もう少し行けば、そのドロップ艦の子も確認出来るかしら」
さらに視野を拡げるために、哨戒機を戦艦棲姫達の視線の先へゆっくりと向かわせる。基本的に銀だこは艦娘達には気付かれないような場所からの監視なのだが、万が一のことを考えて気付かれないように。
そもそも生まれたばかりなので練度なんてあって無いようなもの。高高度で無くても哨戒機の存在に気付かなそうな未熟なドロップ艦の姿が確認出来た。
その姿は飛行場姫でも判別は出来ないが、少なくとも知らない姿の駆逐艦。今まで見かけた艦娘の姉妹艦ということは無さそうであることは理解出来た。
「アンタ達、あの子のことわかるかしら。特徴を説明するわね」
哨戒機から得られるそのドロップ艦の特徴を語っていく。
飛行場姫が確認出来たのは、赤茶けた癖っ毛なセミロングの髪と、今までに見たことがない制服であること。その制服は、サスペンダーがついたものだという話である。
それを聞いた春雨と海風は、艦娘であった頃の記憶を搾り出して該当者を思い出す。閉鎖的な空間では無いのだが、鎮守府にいない艦娘というのは姉妹や何かしらの関係を持ったことのある者以外は
「朝潮型……ですかね。私も演習の時にチラリと見たくらいなので、あまり関わり合いを持ったことがないんですが」
「その髪型だと……荒潮ちゃん、かな。妹姫様、その子、スパッツを身につけていますか?」
「ええ、春雨の言う通りね」
これでドロップ艦は特定。朝潮型の荒潮。以前に何処かの鎮守府と演習をした時に見かけたのを思い出していた。その時はまだお互いに練度が低かったくらいにかなりの昔であり、海風はまだ鎮守府に所属していないくらいの時期である。
春雨と演習をした荒潮が今頃何処で何をしているかはさておき、そこにいる荒潮は、つい最近新たに生を受けた者。同じ顔の別人。
「なら、そのまま陸に行ってくれれば、荒潮ちゃんが鎮守府の一員になるってことですね。何事も無ければいいんですが」
「今のところは何も無いわ。今のところは」
特定が出来たため、周囲をさらに監視する。何も無いなら何も無いに越したことは無いのだが、この海域でただ1人、しかも生まれたての艦娘なんて、あまりにも危険。
そもそも今回のこの場所、以前春雨達が古鷹に襲撃されたところと然程離れていない場所なのである。つまり、あちら側はいくらでも襲撃可能な場所ということ。
それを知っているがために、飛行場姫も銀だこを持ち出して、自分が確認出来るギリギリのところまで哨戒しているのだ。今荒潮を確認出来たのも、飛行場姫が確認出来る限界。これ以上離れていたらもう姿を伝えるなんて出来なかった。
「んん?」
そして、銀だこを持ち出したことが功を奏した。その確認によって別の確認も出来てしまった。
「妹姫様、どうされました?」
「ちょっと……いや、見間違いじゃない。あれ、
飛行場姫と同じモノ。つまり、
この海域に別の艦載機があるなんて絶対にあり得ないことだ。施設には姉妹姫以外に艦載機が扱える者が存在しないし、今回のドロップ艦は駆逐艦。しかも銀だこが扱えるのは深海棲艦限定。
飛行場姫はすぐさま、その艦載機の使い手を探す。今でさえギリギリの範囲なのだが、少しだけ無理をして。
むしろその銀だこからもこちらの存在は確認されたようなものなので、ここからが危険。
「姉さん、悪寒とかは」
「無いよ。だから言ったでしょ。あんまり信用しきるのはダメだって……っ!?」
などと海風に話した瞬間、背筋を伝う悪寒。今までのモノより少し軽めであり、突然崩れ落ちるようなことは無いのだが、強く震えて自分を抱き締める。
「今さら来た……!?」
「そうか、なるほどね。春雨、アンタの悪寒、
むしろ軽めの危機──例えば、仲間に生死に関わることのない事件ならば悪寒は感じないのではと飛行場姫は分析した。見られているだけならばそれだけ。
毎度敵の動きが自分達に不利益を齎すから悪寒を感じるとなったら、途切れることなく悪寒を感じ続けることになるだろう。それこそ、謎の潜水艦を構成する何者かが殺害された時にだって感じ取ってもおかしくない。
ドロップ艦の荒潮に危機が迫っていることを感知出来たのは、もう鎮守府の一員として認識したからだ。仲間の危機、しかも生命の危機に繋がる事件の発生を虫の報せとして受け取った。
「荒潮さんが危険ということは、今近くにいる戦艦様達にも危険が……?」
「可能性はあるよ……あのヒト達なら自分達で解決出来るかもだけど、でも古鷹さんと白露姉さんに重傷を負わされたこともあったから……」
そうなると危険だ。あの時は1人で2人を相手しなくてはならなかったから相討ちのようになったが、今回はあちらがどれだけの戦力を引き連れてくるかわからない。それこそ、荒潮1人に連合艦隊を連れ回している可能性だってある。
むしろ、荒潮を沈めることなく泥で侵蝕し、鎮守府に送り込んでそのまま内部から破壊しつつ、2度目の鎮守府襲撃なんてこともやりかねない。それに、潜伏させ続けてこの施設を探し出すなんてことまで考えられる。可能性は尽きない。
「お姉にも伝えてくるわ。その荒潮っていうのはどうなるかはさておき、アンタがそういう反応を見せたってことはそれなりに危ないってことでしょ」
「は、はい。私達は、救援に向かいます」
「ええ、よろしく。アタシは島から出られないから、頼らせてもらうわ」
すぐさま行動に移す。飛行場姫はこの現状を中間棲姫に報告し、施設の態勢を整える。春雨は海風と共に哨戒部隊の救援。救う必要があるかはわからないが、敵がどういう手段に出てくるかがわからない以上、少数で居続けるのはあまりよろしくない。
そのため、合流して1部隊となることで、荒潮に迫る危機を秘密裏に対処する。表に出る可能性はあるのだが、そうなったらそうなった時。
「海風、行くよ!」
「はい、姉さん!」
2人はいち早く施設を飛び出した。
一方その頃、荒潮を見守る哨戒部隊。今のところは何事もなく、まだゆっくりとではあるが陸の方に向かっているのみ。
「このまま鎮守府のヒト達と合流出来ればいいのだけれど」
ジェーナスがハラハラしながら呟く。先程連絡をしてもらったばかりのようなものだ。鎮守府の艦娘達が到着するまでにはまだまだ時間は必要。自分からある程度近付いていっているとしても、時間の短縮はそれほどでは無い。
「焦っちゃダメよ。付かず離れずを続けて、何事もなく終わってくれるのが一番なんだから」
「Yes. わかってるつもりなんだけど、何だかドキドキしちゃうわ」
「気持ちはわかるけど、落ち着かないと。紅茶でもあればよかったわね」
ジェーナスと戦艦棲姫が話している中、白露は周辺警戒を続けている。こういう時こそ、あちら側の者は意気揚々と襲撃をしようと画策するはずだ。
白露があちら側だった時、こんな状況をどうするかを考える。古鷹としか行動を共にしていない上、黒幕の記憶が完全にすっぽ抜けているため、他に誰がいるかなどは思い出せない。だが、こんな海のど真ん中だ。やれることなんて高が知れている。
「……上、とか」
警戒の最中、不意に真上を確認した。目のいい戦艦棲姫がドロップ艦しか確認出来ていないということは、海上にはまだ見える範囲に何かあるわけではない。伊47からも何も無いため、海中も今のところは心配は無いだろう。しかし、空ならば、何かしてくる可能性がある。
こちらに空母がいない以上、あちらに空母がいたら制空権は完全にあちらのものになるのだから、使わない理由は無いだろう。例えば、視認出来ないくらいの高高度から爆撃を仕掛けてきたり。
そして、空で何かが光ったように見えた。
「うっそ、ホントにいんの!? 急降下爆撃!」
叫び、即座に艤装展開。対空砲火のための高角砲を生成し、真っ逆さまに落ちてくる艦載機を的確に処理する。
白露だって艦娘時代は相当なやり手。そしてそのスペックはそのまま、むしろ数倍に膨れ上がった状態で、さらには妹3人分の力まで手に入れているのだから、かなり遠くの急降下爆撃ですら、いとも容易く撃ち墜とした。
「ごめん、もう見守るだけは無理っぽい! 敵空母が何処かにいる!」
「ナイスよ白露。なら潜伏はもう無理ね。あのドロップ艦、私達が救うわよ」
「Okay! どうせあの鎮守府の仲間になってくれるんだもの、お付き合いはすることになるわよね!」
白露の対空砲火が引き金となり、戦艦棲姫達はドロップ艦の前に姿を現す決意をする。生まれたてには間違いなく収拾不可能な現状を打破するため。
鎮守府の艦娘達が来てくれれば、さらに有利になる。せめてそれまでの時間を稼ぐ。倒せるのなら万々歳だ。
支援絵をいただきました。ここに掲載させていただきます。
【挿絵表示】
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/95419281
MMDアイキャッチ風深海化海風。この顔で海風劇場が開演するわけですが、実際はかなり怖いという。海風が壊れていることが如実に表れる瞬間があの怪文書。本来の海風は辛そうな顔もするでしょう。