空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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悪意

 仲間の危機を虫の報せとして受けた春雨。飛行場姫も自分のモノではない銀だこを発見しているため、何者かがドロップ艦荒潮を狙って暗躍していることが確実である。

 施設では既に鎮守府への連絡はなされているが、それだけでは間に合わない可能性を考え、岸で哨戒部隊の帰投を待っていた春雨と海風は、救援のためにその海域へと向かっていた。

 

「悪寒が取れない……嫌な予感が止まらない」

 

 向かっている間でも、春雨は嫌な予感がし続けていた。腰砕けになってしまうほどの衝撃では無いものの、ジワジワと真綿で絞められるような悪寒。それが何を意味するのかはわからないものの、悪寒があるということは、この先にいる仲間達に危機が訪れるということにほかならない。

 

「姉さん、大丈夫ですか?」

「向かうのに支障はないから大丈夫。急ごう」

 

 あまり不安がって間に合わなくなっても困る。駆けるのに問題がないのなら、一直線に現場に向かうのがいい。

 広い海で何処で待機しているかは飛行場姫に聞いているため、迷うこともないだろう。今なら春雨が直感的に選んだコースが正解である可能性も高い。

 

「ドロップ艦の荒潮さんに危機が訪れているかもしれないということは……また()()()()の襲撃……ですよね」

 

 海風が不安そうに話す。今の状況から考えられるのはそれしか無い。銀だこが発見されたということは空母がいることもほぼ確定だ。

 以前鎮守府が襲撃された際に古鷹と共にいたという軽空母龍驤がいる可能性は極めて高い。そちらも高高度からの監視により周囲を確認して、近接戦闘の徒手空拳や中距離の駆逐主砲、さらには魚雷まで取り回す猛者だ。

 さらには、まず確実に1人で来るようなことは無い。古鷹の代わりを連れてくることは間違いない。それがさらに空母なのか、それとも別の艦種なのかは勿論わからない。しかし、苦戦する可能性は高いだろう。

 

「こっちが人数集まれば大丈夫、なはず。私達が何処まで相手出来るかはわからないけど、勝ち目が無いわけじゃないよ」

「はい……きっと叢雲さんや薄雲さんも来てくれますもんね」

「多分ね。あっちが連合艦隊引き連れてきても、何とかなる……っていうか、何とかするよ」

 

 自信満々には言えないが、哨戒部隊は即戦力ばかりが揃っているのだから、一切の抵抗を封じられて敗北するということは無いだろう。特に戦艦棲姫は強力な戦力。本人が非好戦的でも、その実力はここにいるメンバーの中でもトップクラスである。

 それに、白露の実力は嫌というほど理解しているし、ジェーナスだって駆逐艦とは思えない程の規格外の装甲を誇っている。伊47も叢雲を海上で止められるくらいの力を持ち合わせているのだから、万が一海中に敵が現れても一方的にやられるようなことは無い。

 

「慢心は出来ないけどね。あちらは手段選んでこないみたいだから。一番は、落ち着くことだよ」

「……そうですね。姉さんの言う通りです」

 

 不安は拭えずとも、とにかく落ち着いて。これが勝率を最も上げる方法だろう。悪寒は取り除かなくとも、いつものように向かい、いつものように立ち向かう。これだけでいい。

 艦娘のときから続けてきたやり方だ。それを忠実に再現し続けるのみ。白露を相手にした時だって、最初は動揺したがまともに戦うことは出来ている。

 

「だから、急ごう」

「はい!」

 

 仲間を手助けするため、2人は速力を上げた。

 

 

 

 

 一方、現場。荒潮に向かった高高度からの急降下爆撃は、白露が対空砲火により撃ち墜とす。突然の爆発でそこにいた荒潮はビクッと驚いたように身体を震わせた。

 何が起きたのかとキョロキョロしているところに現れたのが戦艦棲姫率いる深海棲艦の部隊。全員姫級という知らない者が見れば地獄のような状況。熟練の艦娘ですら尻込みするような状況に対して、生まれたてのドロップ艦は目を丸くしていた。

 

「ああ、やっぱり驚いてる。あんまり脅かさないようにしないと」

「貴女達はいいけど、この子が少しね……」

 

 白露とジェーナスはまだ艦娘として見えるが、戦艦棲姫は言い訳が出来ないレベルで深海棲艦なので、もう正直に本当のことを言っていくしかない。戦艦棲姫の艤装も申し訳なさそうにしていた。

 

「え、えぇっと、どちら様かしら〜?」

 

 自分を攻撃してこない相手と思ったが、少しだけ冷や汗をかきながら対応する。まだ爆音でドキドキしているようだが、比較的落ち着いているようだった。

 荒潮という艦娘を知る者がここにはいなかったものの、これなら話が早いと早速本題に入る。こういうときは白露かジェーナスに任せた方が良さそうと、戦艦棲姫が一歩下がった位置に。

 

「あまり素性は語れないんだけど、アンタ今狙われてるみたいなの。あたし達が鎮守府に連絡とっておいたから、保護されるまで守る。いい?」

「ふ、ふ〜ん……私が狙われる理由がちょっとよくわからないけど」

「適当に利用するために無差別で襲ってるんだよ。だから、アンタは運が無かったってだけ。でも、あたし達がちゃんと守るから」

 

 少し早口で説明しつつ、爆撃機が来たであろう方向を見据える。最悪な場合、また高高度からの急降下爆撃が放たれるため、上も前も警戒を強めて。

 さりげなく戦艦棲姫も海中の伊47を呼び出す。荒潮には気付かれていないが、海面に少しだけ頭を出して、海中には何者もいないことを伝えてもう一度潜っていった。

 

「敵は海上艦だけ。視界には……入った。少なくとも空母は2()()()()。他にもいるかもしれない」

 

 一番目がいい戦艦棲姫が白露に伝える。その瞬間、見ている方向から膨大な数の艦載機が飛び立っていた。

 ここで対空砲火が出来るのは、一応全員。戦艦棲姫も三式弾に近しい弾幕が張れるため、その艦載機を墜とすために全員一斉に艤装を展開する。

 

「全部は厳しいかも! 避けながら行くから、自分の身はなるべく自分で守って!」

「わ、わかったわ〜。生まれたばかりだけど、頑張るわ〜」

「避けやすいようにするからNo problem(問題無いわ)!」

 

 ジェーナスもあの巨大な装甲の艤装を展開し、荒潮の正面を遮るようにして壁となる。

 適当な空襲くらいならば、ジェーナスは傷一つ付かないだろう。それくらいに強固。急降下爆撃で艦載機そのものがぶつかってくるなんてされると質量に負けかねないのだが、それでも簡単には潰されない。そのため、本当に危ない時は、この装甲の中に入れてしまえばいいとまで考えていた。あと1人くらいは入れるスペースはある。

 

「対空砲火しながら、こちらも牽制しておくわ」

 

 戦艦棲姫の艤装の万能性がここで発揮される。その巨腕を海面にバンと叩きつけるように置いた瞬間、両肩と背中に大口径の三連装砲が展開。見えている空母2人に対し、強烈な砲撃を放つ。

 空気が震える程の火力は真っ直ぐ水平線に向かって飛び、着水した瞬間に魚雷の爆発以上の水柱が立ち昇った。直撃していれば間違いなく致命傷の一撃だが、相手がなんであろうと容赦なく撃ち放った。

 

「んじゃあ、こっちも行くよ! ジェーナス!」

「Okay!」

 

 白露とジェーナスは、その隙間を埋めるかのように対空砲火を開始。向かってくる艦載機を次から次へと撃ち墜としていく。しかし、量が多いため全てを撃ち墜とすのは到底無理。そのため、自分達に被害が出ないように必要最低限を墜とす。

 あちらの艦載機も一直線ではなく蛇行や速度の増減を繰り返すことでフェイントを仕掛けてくるものの、2人はそれでも的確に対処していく。特に白露は見事に狙い撃ち、百発百中。

 

「Wow! シラツユ、凄いわ! 全部狙い通りなのね!」

「そりゃあまぁ4人分だからさ!」

 

 これにより荒潮は無傷で守られることになる。飛んでくる艦載機の破片と煙で咽せつつも、何事もなく耐えることが出来ているので、時間稼ぎは充分出来ていると言えるだろう。

 

「アレではまだ終わらないわね。まだいるわ」

 

 戦艦棲姫が苦い顔をする。先程の砲撃は牽制ではあったものの、そんなことで怯むこともなく突っ込んできていた。

 

「貴女は先にここから離れなさい。ジェーナス、貴女が側にいてあげた方がいいわ」

「Okay. いざという時は艤装で守れるものね! それじゃあここで離れるわ!」

 

 空襲を攻略したため、一旦艤装を消して荒潮の手を引くジェーナス。戦艦棲姫と白露、そして海中の伊47にこの場を任せ、荒潮を鎮守府からやってくる艦娘達に引き渡すことを優先。

 ジェーナスは鎮守府の場所はわからないが、荒潮の帰巣本能を頼り、どちらに行けばいいかを聞きながらここから離れればいい。

 

 

 

 それを荒潮が望めば。

 

 

 

「ごめんね〜。私、今から仕事があるのよ〜」

 

 少しだけ戦艦棲姫と白露から離れた瞬間だった。荒潮が不意にジェーナスを引き寄せた瞬間、()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 あまりのことでジェーネスは気が動転してしまった。ただのキスではなく、口同士、つまりディープキス。しかも、舌で口をこじ開けるように濃厚に。

 そして、

 

「んぅうっ!?」

 

 荒潮の口から()()()()()()()()()。明らかにおかしい行為。注がれるものも、荒潮の唾液やそういうものでは無い。どう考えても艦娘の体内で生成されるようなものではない。

 

 それは、()()()()

 

「っ!?」

 

 すぐさま引き剥がそうとするが、荒潮の力が妙に強かったことで、無理矢理注がれ、嫌でも喉の奥へと入っていく。どう考えても荒潮の体内から出てくるとは思えない量を体内に入れられ、そしてゴクンと呑み込んでしまった。

 それを確認出来たからか、荒潮は自分の中にあるそれを全てジェーナスに注ぎ込み、そのまま白眼を剥いて倒れ伏した。

 

「えあっ、な、なっ……!?」

 

 気付いた時にはもう遅かった。ドクンと心臓が高鳴り、心が黒く染まっていくような感覚。艦娘としての思考が次々と塗りつぶされ、オセロのように白が黒へと置き換わっていく。そしてそれが、まるで苦痛では無かった。

 艦娘を侵蝕するよりも緩やかに、さらには()()()()()()()()()()()()()泥はジェーナスの体内を暴れ回る。

 

「ひっ、や、ああっ!?」

 

 自分の身体を抱きしめ、ブルブルと震える。しかし、その表情は()()()()()。あまりに心地良く、深海棲艦としての自分を取り戻していくような清々しさまで感じる。

 

「ふぁああああっ!?」

 

 古鷹には起きなかった現象。深海棲艦の身体を侵蝕したために起きた、抗いようのない快感に、ジェーナスは悲鳴のような嬌声を上げた。さすがにそんな声を聞いたら戦艦棲姫も白露も驚いてジェーナスの方を見る。

 

「えっ、じぇ、ジェーナス……!?」

 

 その時には、ジェーナスは最後の変化をしていた。艦娘には出来ない、自らの衣装を艤装のように替えることが出来る深海棲艦特有の力で、今の心境を表に出すかのように姿を変えていく。

 元々は艦娘時代の制服が少し改変されている程度だったのだが、今のジェーナスはまるで違った。悪意の塊に侵蝕されたことを体現するかのように、邪悪なレオタードドレスを身に纏い、腕には二の腕までのロンググローブが、脚にも太腿まで覆うニーハイソックスが出来上がっていた。

 

「っあ、ふぁあ……っ」

 

 何度か震えて侵蝕の快感を享受しつつ、息を整えた。未だにビクンと震えるが、落ち着いたところで身体を起こす。

 快感で頬を赤く染めており、その瞳からは確実に悪意が漏れ出していた。紫色の炎が灯り、戦艦棲姫と白露のことを()()()()()()()()()()()()()()

 

「う、うそ、ジェーナス……なんで……」

 

 あまりの出来事に白露は動揺してしまっていた。その表情は、自分があちら側にいた時と同じだとすぐにわかった。

 戦艦棲姫も無言で苦虫を噛み潰したような表情に。聞こえるレベルの舌打ちまで。

 

「っふぅ……とっても気持ちよかったわ。今でもウズウズしちゃう。泥に呑み込まれるのって、こんなに気持ちよかったのね」

 

 ジェーナスからは聞いたことのない他者を見下すような声色と、格下を見るかのような瞳。そして、動揺する2人を見て心底悦ぶゲスな笑み。白露の震える声を聞いて気分が良くなったのか、また身体を震わせていた。裏切りの興奮が身体を駆け巡り、息を少し荒くする。

 

「お、そいつに入ったんか。計画通りとはいかんけど、そっちの方がええかもしれんな」

 

 そうこうしているうちに、戦艦棲姫の牽制砲撃を抜けてきた空母の1人、龍驤がニヤニヤしながら立っていた。

 ジェーナスはそれを確認し、ニコッと笑ってレオタードドレスのスカートを摘み、龍驤に恭しくお辞儀する。

 

「ええ、これからは私もそっち側に行くわ。だって、そっちの方が楽しそうなんだもの。みんなを殺したらもっと気持ち良くなれるのよね?」

「おう、せやで。見かけた艦娘ぶっ殺して、目的を達成すんねん」

「わぁ楽しそう! 早く気持ち良くなりたいわ!」

 

 

 

 

 ここにはもう、施設の者達が知るジェーナスはいない。魂を侵蝕され、黒幕の支配下に置かれた敵。悪意の塊に呑み込まれた哀れな深海棲艦と成り果てていた。

 

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