空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

179 / 506
侵蝕

 ドロップ艦の荒潮を救うため、深海棲艦であるにもかかわらずその前に出た戦艦棲姫率いる哨戒部隊。しかし、荒潮を先んじて逃がそうとしたジェーナスは、突如()()()()()襲われてしまった。

 キスされ、舌を捻じ込まれ、そのまま体内に泥を吐き出されたことにより、その場で侵蝕。荒潮は気を失って代わりに、ジェーナスが悪意の塊に呑み込まれ、快感の中豹変した。

 

「んっ、ふぅ、まだ気分が昂って仕方ないわ。あふ、興奮がすっごいの。シラツユもこんな気持ちだったのね。仲間を殺すのってどれだけ気持ちいいのかな。考えるだけでも堪らないわ!」

 

 悪意に侵蝕されたことを表すかのようなレオタードドレス姿となったジェーナスは、変貌した自分を見て絶望を感じている白露の顔を見て余計に興奮していた。ニタリと笑みを浮かべ、自分を抱きしめながら震える。

 

 自己嫌悪が溢れて深海棲艦化した結果、仲間思いの優しい性格となっていたのがジェーナスだ。元々の性格もあるだろうが、それがより顕著になり、常に仲間を気にかけていた、それこそみんなの姉とすら言えるくらいの聖人だった。

 それなのに、悪意に侵蝕されたことで、完全に真反対となっていた。サディスティックな快感に目覚め、仲間を格下と考え、虐げることに悦びを得る。絶望を感じた表情が愉しくて仕方ない。そしてそれを踏み躙りたくて仕方ない。

 

Scream(悲鳴)を聞かせて。Anguish expression(苦悶の表情)を見せて。私をもっと楽しませて。それで最期は、苦しみながら死んでね!」

 

 一度消した艤装が再度展開されていく。しかし、以前の身体を完全に包み込む艤装とは違い、どちらかと言えば艦娘ジェーナスのような背中に背負うタイプの艤装が現れる。所々は明らかに深海棲艦であるとわかる生体艤装。

 さらには腕や脚にも装甲が纏わりつき、その度に小さく嬌声を上げた。余程気分がいいのか、昂揚した表情を見せながら、真っ先に白露へと向かって行った。

 

「ジェーナス……!?」

「なぁにシラツユ、命乞い? だったら気持ち良くなれるくらい惨めったらしく言ってね。今でも充分に気持ちいいけど、もっともっと気持ちよくなりたいの!」

 

 ジェーナスは接近戦なんてするタイプではない。だが、豹変したことでその手で痛みを与えたいと考えたことで、拳を振るうようになった。腕に纏わりつく装甲はガントレットのように変化し、殴り飛ばしたモノの壊れる瞬間をその身で感じるために薄く、しかし簡単には破壊出来ないほど強固なモノとなる。

 対する白露は動揺を振り払い、即座に村雨の錨を展開。ジェーナスの拳をギリギリで受け止めた。ゴギンと鈍い金属の衝突音がし、その衝撃を完全に吸収。

 

「抵抗もいいわね! その分、殺した時の快感が強くなりそうだもの!」

「この……っ、でもあたしもこうだったのかと思うと気分が悪い!」

「アハ、ヒャハハハ! だったらもっと愉しみましょ! すっごく愉しくて気持ちいいんだもの!」

 

 まず間違いなくジェーナスがやらない狂ったような笑い声と共に、手の次は足が出た。そちらの装甲も変形し、白露の脇腹を抉るような形状のグリーブとなる。

 

「させるかっての! あたしだって、今までいろいろやってきてんだ!」

「いいわよいいわよ! もっと抗って!」

 

 蹴りは錨に繋がれた鎖を使うことで軌道を逸らし、なんとか回避。だが、空いた手は再び変化。ガントレットから主砲に切り替わり、白露の肩を撃ち抜くために放たれる。

 

「っの! あたしは! こんなことで負けんのさ! お姉ちゃんだからね!」

 

 それもギリギリで回避。肩をほんの少しだけ掠めたものの、擦り傷程度に抑え込んだ。

 咄嗟に錨を振り回し、薙ぎ倒そうとしたものの、それは当たり前のように阻まれる。ジェーナス本来の艤装、全身を包み込む球体の艤装が展開され、強固な守りが復活。弾かれることを確認したと同時にその艤装は再び失われ、変形した艦娘側の艤装となった。

 

 攻撃する場合は、その苦悶の表情を眺めたいために軽装。防御する時は一切の攻撃を跳ね返す重装。それを使い回すことが出来る難敵と化したジェーナス。

 

「ヒャハハ! いいわよ! とってもEcstasy(エクスタシー)を感じるわ! もっともっと抵抗して! そしてしっかり苦しんで死んでね!」

 

 昂揚を隠さず、狂ったように笑い、時折小さく震えて恍惚としながら白露に猛攻を仕掛ける。白露は対応出来ているが、反撃は出来なかった。いくら侵蝕された敵だとしても、それはついさっきまで仲間だったジェーナスだ。どうにかして泥を吐き出させる必要がある。

 しかし、泥を吐き出させる手段は、相手を瀕死にまで追い込むこと。しかも、施設の仲間達の中では春雨にしか出来ないようなモノだ。白露の手でそうすることはかなり難しい。

 

「どうすりゃいいのさ……!」

 

 春雨達もこんなこと思いながら自分と戦っていたのかなどと考えつつ、打開策をどうにか考えていく。時間を稼ぐことは出来るかもしれないが、斃すことは出来ない。

 そもそも堅牢な重装を打ち破ることが出来ない上に、魚雷まで持ち出すと中のジェーナスに致命傷を与えかねない。生死の狭間、ギリギリを狙う器用さは、4人分の力を持っているとしても、白露には難しい。

 

 

 

 

 一方、戦艦棲姫は龍驤と対面していた。龍驤はこの状況を心底楽しそうにニヤニヤしているが、戦艦棲姫としては気に入らなくて仕方ない。

 だが、それよりも先に泥を注ぐだけ注いで気を失った荒潮へと駆け寄った。今は本当に何も無い、ただ利用されただけの艦娘。目を覚ましたらまだ侵蝕されたままかもしれないが、もしかしたらジェーナスに注ぐだけ注いで、自分の分は失っているかもしれない。

 

「この子は囮だったわけ?」

「まぁそんなところやな」

 

 なるべく冷静に戦艦棲姫は龍驤に問うた。気分がいい龍驤は、その表情を崩すことなく話し始める。

 

「このままあの鎮守府に拾わせて、中からぶっ壊すつもりやった。誰でもええから、同胞(はらから)と繋がりがあるヤツを貰って、そのままソイツ使ってその同胞(はらから)まで潰す。お前らのことやな」

 

 つまり、最初から鎮守府ではなく施設を狙っていたわけだ。施設の存在はわからずとも、艦娘と協力関係を持つ深海棲艦なんてどう考えても黒幕の害になることに決まっている。

 そのため、荒潮を使って潜入させ、『良さそうな相手に泥を注げ』という指示を与えていた。高高度の偵察機で様子を見ていたのは、万が一荒潮が別の深海棲艦にやられてしまったら台無しになるからである。

 そういうところは妙に慎重だが、嫌がらせのために尽力するのは性根が腐っている証拠とも言えた。

 

「へぇ……それで、なんでジェーナスに泥を入れたのかしら」

「艦娘守ろうとする同胞(はらから)なんて、()()()()()()()やろ。なら、そこからぶっ壊すわけや。結果的に艦娘なんて雑魚共引き込むよりイイモン手に入ったわ」

 

 荒潮に与えられた指示はもう1つ。『自分を守る深海棲艦がいた場合、それにも泥を注げ』である。こちらは保険だったのだが、ジェーナスはそれに見事に該当し、荒潮は指示通りに注ぎ込んだ。

 

「なんとなくやけど、お前らアレやろ。()()()()と繋がってるんやろ」

「アイツらって?」

()()()辿()()()()()()()()()()や」

 

 ピクリと戦艦棲姫の眉が動く。勿論、龍驤はそれを見逃さない。

 

「古鷹から聞いとるで。辿り着く力を持っとるヤツ、艦娘とつるんどるんやろ。だからアタリ付けててん。そしたらなんや、()()()()()()()()()()()()()()()ってのがあってな。そこにソイツと姫の器がおるとうちは睨んだ。で、その結果がコレや。上手いこと行きすぎて、笑いが止まらんなぁ」

 

 ニヤニヤしながら暴れるジェーナスに目をやる。変わり果てて快楽のために仲間を攻撃するジェーナスの姿は、龍驤をも興奮させる材料となり、戦艦棲姫には苛立ちを呼ぶものにしかならない。

 

「まぁうち1人やったらキツいやろ。なんでもやれるとはいえ、お前さん、歴戦の戦艦棲姫みたいやからな」

「ええ」

「だから、念のため仲間連れてきてん。大正解だったみたいやな」

 

 龍驤の後ろには、艦娘に見た目が近い深海棲艦が2人。そのうちの片方が龍驤の隣へ。戦艦棲姫が遠目に確認したもう片方の空母である。最後の1人はジロジロと戦艦棲姫を舐めるように見ていた。

 

「装甲空母、大鳳。申し訳ありませんが、貴女にはここで散ってもらいます。今後の壁になることは間違いありませんので」

「名乗らんでもええねんで大鳳。コイツは今から殺すんやから」

「そうかもしれませんが、私の性分なので」

 

 今までの敵側の元艦娘の中ではかなりまともな精神構造をしている大鳳。礼儀正しく下卑た笑みも浮かべていない。不意打ちのようなものも仕掛けてこなそうな雰囲気。これは艦娘としての大鳳が割と強く出ているのか。

 姿形も、まるで空母ヲ級を再現しているような白いインナーとスラックスで、身体のラインをハッキリと表に出しているが、本来のヲ級よりは少し小柄である。

 

 などと話している隙に、もう片方の敵、小柄ではあるが確実に戦艦であろう何者かが、戦艦棲姫に向かって飛び込んでいた。

 龍驤や大鳳とは少し違うその小柄な戦艦は、若干軍服のようなデザインの衣装ではあるもののショートパンツを穿いているためか活発で()()()()()()イメージを戦艦棲姫は持った。

 

「話が長いのよリュージョーは! こんなヤツ、さっさとヤッちゃいなさい!」

 

 手に持つ背骨のような形状の杖を振りかぶり、戦艦棲姫に襲い掛かる。苛立ちを抑えきれなそうな戦艦棲姫は、その攻撃に対して即座に艤装によりガード。巨大なそれは、杖如きの一撃ではビクともしない。

 その瞬間、杖をクルリと反転させた。その先端には主砲。接近したことにより命中率を格段に上げた状態による砲撃。戦艦の砲撃をまともに受けてしまっては、流石の艤装も無傷ではいられない。それに、そのまま撃たせたら荒潮にも被害が及びそうだった。そのため、砲撃の瞬間に強引に手を振り回すことで、杖による照準をズラした。

 敵の砲撃は見事にズレ、戦艦棲姫の遥か後方で爆散。その威力は、戦艦棲姫の砲撃と同じかそれ以上であった。直撃はやはり避けて正解。杖の先端だなんていうバランスの悪い場所から撃った割には、驚異的な威力である。

 

「はっ、その程度でいい気になるんじゃないわよ!」

「誰もいい気になってなんかないわ。ただ、貴女達の言動には心底腹が立っているだけ。でも、残念なことに貴女達も白露や古鷹のように利用されてるだけなのよね」

「負けて私達を裏切ったゴミ虫なんかと一緒にしないでくれる?」

 

 この言い草により苛つく戦艦棲姫。今では仲間であり、やらされたことに対する贖罪を真剣に考えている2人を侮辱する発言は、施設の居候をしている戦艦棲姫の逆鱗に触れかけている。

 

「まぁその分、あんないい感じのヤツが手に入ったわけだし、しかもアレ辿り着く力を持つヤツと姫の器の居場所知ってるでしょ。雑魚でもなく、必要な情報まで持ってる。こういう時なんて言うんだっけ? リュージョー」

「海老で鯛を釣る感じやな。そんな適当なドロップ艦1人で、上物ゲットは堪らんなぁ。ついでに他の連中まで始末出来れば万々歳や。あっちの裏切りモンの白露と、クソ邪魔なお前、あと海ん中に潜んどる潜水艦。しばき倒してアイツに居場所聞くで」

 

 荒潮のことも使い捨てくらいに言い、さらには侵蝕したジェーナスも上物と巫山戯た物言い。戦艦棲姫も堪忍袋の緒が切れかけている。

 

 温厚な深海棲艦である戦艦棲姫は、怒りを露わにすることなんてまず無い。以前に古鷹と白露から襲撃を受けた時も、ここまででは無かった。

 しかし、そろそろ我慢出来そうに無かった。ジェーナスが奪われたこともあるが、それ以上に態度が気に入らない。大鳳はまだマシだが、龍驤ともう1人がダメだった。生かしてどうにか泥を吐き出させてやろうという気持ちも失せた。

 

「一応、聞いておくわ。そっちの、名前は」

「は? なんでそんなこと教えなくちゃならないのよ。どうせここで死ぬようなヤツに」

「名前は?」

 

 睨み付けるわけでもなく、冷酷な視線でただ見つめる。今までに無い圧だが、涼しげな顔。

 

「……まぁいいわ。なんだっけ、メイドのミヤゲだったかしら。教えてあげる。私はColorado(コロラド)。覚えなくてもいいわよ。どうせ死ぬんだから」

 

 名乗られたことで、戦艦棲姫はそうと一言。そして小さく海面を叩いて、伊47も浮上させる。

 

「ヨナ、状況はわかってる?」

「うん……ジェーナスちゃんがやられたのも、知ってる。どうにも出来なかった……」

「この子、なるべく離れさせて。確実に巻き込まれるから。あとくれぐれも気をつけて。この子、まだ泥を持ってる可能性あるから」

 

 小さく頷いた伊47は、気を失っている荒潮を引きずってこの場から離れていく。

 

「……これでいいわね」

 

 伊47が離れていったことを確認した後、拳を強く握り、小さく溜息をついた。そして、鋭い眼光で3人を見据えた。

 

 

 

 

「生きて帰れると思わないことね。3人がかりでも、私は貴女達()()には負けないから」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。