「そう……本当に来てしまったのねぇ」
飛行場姫とコマンダン・テストの報告を聞き、普段はまずしないであろう真剣な表情になる中間棲姫。まだ昼食の片付けが全て終わったわけでは無いので、一旦ダイニングから離れ、子供達には聞こえないように話を始める。
「……お姉、どうする」
「私と妹ちゃんが行きましょう。何と言っても、私達はここの責任者なんだもの。相手が何であろうと、まずは私達が前に出なくちゃね」
この施設は中間棲姫と飛行場姫の管理する場所であり、万が一脅威が差し迫った場合は、管理者である2人が矢面に立って対応すると決めていた。
ここは、感情が溢れてしまい深海棲艦化してしまった元艦娘を保護するための施設。ストレスを感じさせず、スローライフを楽しみ、壊れてもう治らないであろう心を癒す場として、2人が作り上げた新たな居場所なのだ。
ここでは決して
「
「ええ、本当に……。私達を侵略者としか見ない艦娘だと……お話は難しいわよねぇ」
重い腰を上げるように、中間棲姫が施設の外へと向かう。飛行場姫もその後ろをついていくが、コマンダン・テストは逆に施設内に留まるように指示を出した。
今でこそリシュリューもいるが、子供達を施設の外に出さないように、2人で中の仕事を割り振ってもらいたいとのこと。あくまでも2人でまずは対話を試みて、それで何かがあった時に初めて力を貸してほしいと訴えた。
そもそもコマンダン・テストの発作は戦闘中に起こり得るものだ。あまり表には出せない。
「頼むわよコマ。アタシ達がどうにかしてくるから」
「Oui. 何かしらの
「お願いねぇ。リシュリューちゃんにもそれとなく伝えておいてちょうだい」
それだけ言い残して、2人は外へと出て行った。心配ではあるが、今は管理者に任せるしかない。
コマンダン・テストは、指示通りダイニングへと戻る。外に出ないように、迷惑をかけないように、延いてはこの施設のために尽力する。
施設の外に出ると、目がいいコマンダン・テストでなくとも彩雲が近くに飛んでいることが確認出来た。あちらも施設を攻撃しようという気は無いらしく、現れた2人の深海棲艦のことを舐めるように眺めているように見える。
事実、この彩雲の持ち主──千歳と千代田は、あまりにも不可解な陣地であるため、攻撃を躊躇っていた。
陸上施設型深海棲艦の陣地というのは、草木一本生えていない荒れ果てた岩礁帯というのが常。何処で生活しているのかすらもわからない、謎多き生命体だった。
しかし、今目の前にある陣地は、殆ど鎮守府と変わらない、むしろそれよりも生活水準は高そうな、人間の住う場所のような見た目。木は無くとも草は生え、それどころか畑まであるような陣地だ。実は深海棲艦ではなく、秘密裏に造られた人工島なのではとすら思っていた。
「好戦的では無いようねぇ」
「攻めあぐねてるんじゃないの? こっちが敵だとわかった途端に爆撃してきたり」
「ううん、今は大丈夫。敵意は無いみたいよぉ」
彩雲に対して小さく手を振る中間棲姫。まるで挨拶するような仕草に、彩雲の妖精さんは激しく混乱した後、クルリとUターンして持ち主の居場所に帰って行った。
2人が表に出てくるまでに、空から見る限りの島の全容は報告済み。捜索部隊が近海にまで移動するまで待機していたのだが、2人を得体の知れない相手と認識したことで帰投を選択した。
「あら、嫌われちゃったかしらぁ」
「これは多分、怖くて逃げ帰ったのよ。敵が手を振ってくると思う?」
「攻撃してこなかったのなら、まだ話し合いの余地はありそうよぉ。ただあの飛行機では出来なかっただけかもしれないけれど」
苦笑しながら、彩雲の向かって行った方に2人も向かう。島のギリギリで待ち構えるつもりのようだった。
万が一対話も出来ずに戦闘することになったとしても、離れておけば施設に被害は及ばない。対話の内容を聞かれることもないだろう。ただでさえ不安定な施設の面々が艦娘の顔を見てしまった場合、どんなことが起きるか想像が出来ない。
「妹ちゃん、わかっていると思うけど」
「ええ、ギリギリまで艤装は出さない。アタシ達は
「そうよぉ」
あくまでもここは第三勢力としてそっとしておいてほしいと知ってもらうのが2人の望み。戦う力は深海棲艦なので持ち合わせてしまっているが、こちらから侵略をするつもりなど毛頭無いので、この小さな小さな居場所を壊さないでくれと、人の心に訴えかける。
そもそも陸上施設型深海棲艦はその場から動けないのだから、侵略なんて出来やしない。人類からはイロハ級と呼ばれる部下を使うのが基本だが、この2人はその部下すら持っていない。陸に攻め入るなんて出来ないのだ。
それでも侵略者の仲間なのだから始末しなくてはならないと言われてしまったら、そこからはもう戦闘しかない。だが、中間棲姫はそれでも訴えることをやめないつもりである。攻撃されても反撃しないことを見せれば、こちらに侵略の意思がないことを信じてもらえると考えて。
「……来たみたいね」
「ええ。お話が出来ればいいのだけれど」
2人が陣地の北端に到着したところで、水平線の向こうに人影が確認出来た。彩雲からの報告を受け、この施設についての捜索まで乗り出したようだ。一度戻って総攻撃という流れにならなかったことには安心していた。
これは中間棲姫が妖精さんに対して手を振ったことがあまりにも謎の行動すぎたため、
こんな形で油断をさせてくる深海棲艦は今までの戦いの中で1人たりとも発見されていない。頭のいい姫は何人もいたが、それでも気質は侵略者なのだ。友達感覚の行動など取った試しがない。
「白旗でも振っておく?」
「その方がいいかもしれないわねぇ」
飛行場姫が艤装を出す感覚である程度わかりやすい大きさの白旗を構築すると、向かってくる艦娘達に向かってそれを振って見せる。
すると、あちらの動きが明らかに変わった。困惑するように動きが止まり、何か相談しているように固まる。
「やっぱりこれくらい堂々と非交戦の意思を見せなくちゃダメね。それでも撃ってくる可能性はあるけど」
「その時はその時よぉ。それでもこちらからは手を出すつもりはないんだもの」
ひとまず艦娘からの攻撃は無い。白旗の意味を知らないわけでは無く、深海棲艦だからと無差別に攻撃をするような相手でも無いようである。臨機応変にその場で考えることが出来る相手なら、対話の余地がある。
遠くに見える白旗を確認して、捜索部隊は騒然としていた。深海棲艦との戦いが始まってから今まで、白旗を振る深海棲艦なんて一度たりとも確認されていない。まだ生まれる前の戦いにも、そういった資料は残されていなかった。
「あ、あンな深海棲艦見たことも聞いたこともねぇよ。涼風も無い、よな?」
「うん、あたいも知らない。今まで戦ってきたヤツらは、みんな見境無しにこっちのこと攻撃してきた。白旗とかガチで初めてさ」
この部隊の中でも誰よりも早く鎮守府で活動していた、最古参である涼風が言うほどなのだ。本当に初めての出来事。
「しかもアレ、中間棲姫と飛行場姫だよ。中間棲姫とかめちゃくちゃ前に1回だけ出てきた
涼風はそれにも気付いていた。過去に陸にまで部隊を嗾けてきた最悪の姫、中間棲姫であると、すぐにピンと来ている。実際に戦ったわけではないにしろ、その姿は過去から有名である。
とはいえ、その時に撃破されていることも知っているので、あれは別個体なのではと考えていた。過去に現れた中間棲姫とは別物の、何か違う中間棲姫。
「でも深海棲艦です。あれはどうであれ、深海棲艦なんですよ。姉達の仇です。いつも通りの殲滅でいいのでは」
復讐心に取り憑かれている海風は、深海棲艦だからという理由で白旗を無視して攻撃をすることを提案している。
実際、今までの深海棲艦なら艦娘が白旗を振っていても容赦なく攻撃してくるだろう。意味がわかっていても撃つだろうし、わかっていないなら尚更。
しかし、あの深海棲艦は何かが違う。深海棲艦だというのに、全く攻撃の意思がない。
「提督に聞いてみましょう。ここからの判断は、私達だけでやっていいものじゃないわ」
「……わかりました」
「私が話すから、通信機を貸してちょうだい」
一応、捜索部隊の隊長は海風だ。鎮守府との通信が出来るのは海風になる。しかし、今の海風の心境ではまともな報告が出来ないと判断した千歳は、海風から通信機を借り受けて、冷静な判断で提督へ現状を伝える。
その間も海風は早く行かなくてはと気を逸らせていた。ようやく見つけた姉の痕跡が、姉の仇である可能性が高いのだ。それに相手が深海棲艦なのだから、普通なら殲滅対象。話など聞く余地なんて無い。
「……海風姉、今は耐えた方がいいと思う」
そんな海風を見兼ねたか、その袖を摘んで山風が訴える。
「……もしかしたら……別の深海棲艦が本当の仇で……その情報を持ってるかもしれない」
「なら、深海棲艦と話をしろと?」
「……あたしは……戦わなくてもいいなら戦いたくないから」
今回の部隊はあくまでも捜索部隊だ。交戦するにも準備万端とは到底言えない。勿論、姉達が未知の強力な深海棲艦に襲われた可能性を考えて、ある程度は戦えるようにはしているが、少なくとも陸上施設型深海棲艦とまともにやり合える程の装備では無かった。
イロハ級がいないなら、ある程度はやれる。それに、刺し違える覚悟だってあった。
「……提督の判断を伝えるわ」
鎮守府との通信が終わった千歳が海風に通信機を返しながら話す。その顔は、どうも困惑しているようだった。
「あの深海棲艦と、
一瞬、シンと静まり返る。殲滅対象であり、容赦なく人類の居場所を侵略してきた敵と、今更話し合いをしてみようと、自分達を統括する者が言い出した。
この言葉に一同困惑。特に戦う気でしか無かった海風は、怒りまでこみ上げてきた。だが、袖を摘んだままの山風のおかげで拳を振りかざすようなことまではしなかった。
「マジかよ……白旗振ってるとはいえ、話し合えンのか……?」
「あちらは私達との対話を望んでいると、提督は判断したみたいよ。もし騙し討ちをするようなことがあるなら、容赦無く撃てばいいとも。まずは話を聞いてみることは必要ではないかともね」
その言葉を直に聞いた千歳も半信半疑だった。あちらは
相手の出方を見てから打って出ることが出来るのだろうか。騙し討ちをしてくるならとは言うが、それをされた時点で1人はやられているのでは。
「あたしは……賛成。何か知ってるかもしれないから……話を聞く価値は……あると思う」
「あたいもいいと思うぜ。でも、妙な動きしたら撃てるように、あたいと山風姉が見張るってのでどうだろ」
「ええ、提督もそう言っていたわ。山風と涼風に深海棲艦の機微を見てもらうと。対話するのは私と千代田でするわ。海風と江風は、護衛としていてちょうだい」
海風は不服そうだったが、それを千代田に宥めさせつつ、千歳が江風にこそっと伝える。
「今の海風はちょっとおかしいわ。江風、貴女が海風を監視して」
「……ン、了解。本来なら山風の姉貴の方がいいと思うけど、深海棲艦の監視の方が重要だもンな。今の海風の姉貴なら、江風でもどうにか出来ると思う」
「ええ、いざとなったら羽交い締めにしてもいいから、お願いね」
ここまで決まったところで、意を決して陣地へと進む。今のままでは海風がいつ暴走するかわからないので、言われた通り江風がすぐ真横に付いた。不審な動きを見せた瞬間に取り押さえるつもりで。
「海風の姉貴、冷静にいてくれよな。江風達は姉貴達の痕跡探しをしてンだ。もしかしたら、あの深海棲艦が何か知ってるかもしれねぇんだから、まずは話を聞こうぜ。それが提督の判断で、江風達はそれに従わなくちゃなンねぇんだから。な?」
「……わかってるわ」
本当にわかっているか疑問だったが、今は静かにしてくれているので、安心まではしないまでも冷静にいることが出来た。
しかし、海風の腹の中はグツグツと燃え滾っている。姉達の仇を討つために。その命を懸けてでも。
そして、艦娘と深海棲艦は相対した。
ついに邂逅。話し合いは出来るのか。提督の判断は正解なのか。