「ジェーナスちゃん……何その格好……それになんで白露姉さんと……」
「まさか……泥に!?」
ここで春雨と海風が戦場に到着した。だが、変わり果てたジェーナスを見たことで、その顔は驚愕に染まる。
2人の表情を確認して興奮したのか、ジェーナスはビクンビクンと震えてより恍惚とした表情となった。
「その顔が見たかったの! 絶望に染まっていくその顔が! はぁあっ、堪らないわ!」
豹変したジェーナスに、春雨と海風は動揺を隠せない。もう泥の侵蝕を受けていることは確定しているのだが、ここまで変わり果てるなんて想像もしていなかった。
白露だって充分すぎるほど違ったし、元に戻った古鷹が戦っていた時から一変して大人しい性格になっていることを考えると、ジェーナスのこの変わりようは納得のいくものだった。
「そんな……なんで……」
「あのドロップ艦、罠だった。泥を持ってたみたいで、目を離した隙にジェーナスに呑み込ませたみたい」
ジェーナスが侵蝕される瞬間──キスをして口移しの要領で泥を流し込んだ場面を見たわけではないが、まず間違いなく荒潮が原因であるということはわかっている白露は、苦い顔で2人に説明する。それがまた2人にはショックだった。
春雨としては、仲間であると認識した荒潮にピンチが訪れるから悪寒を感じたのだと思っていたが、実際はそうではない。施設に来ていたため現場に後から到着したジェーナスのピンチを感じ取っていたのだ。それが悔しかった。
もっと早く気付くことが出来ていれば、もっと早く虫の報せを受け取っていれば、ジェーナスのあんな姿を見ることなんて無かったはずなのにと、泣きそうな顔で歯を食いしばる。
そしてそれは、ジェーナスを余計に興奮させる材料にしかならない。泥による侵蝕で、今の黒幕の目的は理解している。その内の1つが、『辿り着く力』を持つ者の排除だ。
「ハルサメ、貴女、姫にはとっても邪魔みたいなの。だから、私からは2つ
頬を赤らめながら自分を抱きしめ、現れた春雨に問うジェーナス。そんな言葉に、一応耳を傾けた。
「No.1、ここで私に殺される。すっごく惨たらしく、悲鳴と絶望で私を悦ばせてくれたら最高! 今でも気持ちいいけど、私もっともっと気持ち良くなりたいから、ありったけの悲鳴をあげてね!」
ジェーナスの口からは絶対に出ないような、とんでもないことを口にしている。春雨は返答すら出来ないくらい驚いた。呆気に取られているというのもある。
そんな様子を見てニヤニヤしながら、次の選択肢を提示。
「No.2、自分からこっちに来て、
バチコンとウィンクまでしてくるが、最低最悪の選択肢である。1つ目はともかく、2つ目も死ぬようなものだ。自分から選ばせている辺り、さらにタチが悪い。
どちらも呑めるわけがない提案をしてくるのだから、ただただこちらを苦しめるためだけに問いかけてきただけだ。さらに動揺させるために。
だが、春雨にそんなことを言おうものなら、海風が黙っていない。ジェーナスに対して仲間であるという認識が、いとも簡単に消えていく。
「第3の選択肢を提示します」
「ん?」
「春雨姉さんを傷付けようとした時点で、ジェーナスさん、貴女はもう私の敵です。死ねば姉さんが悲しみますから、死なないギリギリまで痛めつけます。今の発言を後悔してください。なので、こちらの選択は、
それでもう会話は終わり。海風はもう止められなかった。春雨の前に躍り出ると、ジェーナスであろうがお構いなく砲撃と魚雷を放つ。殺さないと言いながらも、
海風にとっては、春雨に対しての敵対行動はその時点でアウト。相手が侵蝕によって敵対した仲間であろうが関係ない。命を脅かしたのだから、因果応報として命を差し出してもらうしかない。
「ウミカゼは乱暴なんだから。じゃあ、Choiceしたのは1つ目ってことでOkayね?」
だが、ジェーナスも冷静である。砲撃は重装となることで弾き返し、魚雷はあっという間に砲撃で爆破。
「ハルサメにはいっちばん嫌な気分になってもらって死んでもらうわ! そしたら私、どれだけ気持ちよくなれるのかしら! 想像するだけでも
そして軽装となって突撃。ガントレットとグリーブを作り上げて、海風に接近戦を仕掛けた。砲撃がしづらい位置まで間を詰めると、殺意の篭った拳を思い切り突き出す。
海風も対応し、右腕を盾に変形させてそれを防御。ガギンと艤装同士がぶつかり合う音が鳴り響いたが、その一撃で海風がふらついた。駆け抜けてきた分、勢いが違ったせいで、海風が少しだけ押し負けた。
「ヒャハハ、ウミカゼにも絶望をあげるわ! んっ、んんうっ!」
そして、ここまで近付いたことをいいことに、突然ジェーナスがおかしな呻き声を上げ始める。
「せや、戦艦の。先にええこと教えておいたる」
「まだ話す余裕があるわけ?」
「当たり前やろ。それに、お前にも苦しんでもらいたいんでな。事実を知っといた方が気分悪くなるやろ」
3人を相手にしていても完全に互角に渡り合えている戦艦棲姫に、龍驤が語りかける。
コロラドの杖を払い除け、大鳳のボウガンの射線からズレながら反撃するが、あちらも並ではないため、戦艦棲姫から繰り出される砲撃は当たり前のように回避。お互いダメージは一切無い。
「あのドロップ艦、荒潮に仕込んだ悪意の塊やけどな」
「ジェーナスに入れたヤツかしら」
「おう、アレな、
龍驤が放った魚雷は手に持つ主砲で破壊。その隙を見計らって艤装が拳を振るうが、龍驤は軽々回避。大振りの攻撃はどうしても当たりづらい。
「1人だけに注いでも、うまくいかんかもしれへんやろ」
確かにその通りだ。荒潮は誰かに泥を注いだ時点で気を失っているくらいだし、隙を見て、例えば眠っている者の部屋に忍び込んで注ぐなりして仲間にするだろう。とはいえ、荒潮ともう1人となったところで、うまく行くとは限らない。
「せやからな、あの悪意の塊、
古鷹は泥は増殖しないと言っていた。一度排除すれば、そこから増えるようなことはないと。だが、龍驤はそれを突然覆した。
「誰かの中に入ったらな、そいつと荒潮の中で次に注ぐ分に増えんねん。で、また注いで、そいつがまた増やして。うちが言いたいこと、わかるな?」
荒潮の罠としての性能を、ここで改めて理解した。たった1人を鎮守府に入れれば最後、ネズミ算式に侵蝕をしていき、次から次へと艦娘を寝返らせる。最終的には全員が泥の支配下に置かれ、鎮守府は壊滅。記憶が据え置きであるため、施設の位置も丸わかり。
「気付いたな。んで、お前の仲間、荒潮を連れてった潜水艦もやけど、
ニチャリと意地が悪い笑みを浮かべた。
「海風!
ここで春雨の直感が光る。海風の危機に、殆ど考えることもなくその言葉が口から出た。そして海風の春雨に対する信用も光る。言われた瞬間にほぼ食い気味に制服を替えた。
「ゲホッ!」
ジェーナスが突然咳き込んだと思いきや、その口からは何処から出てきたのだというレベルの量の
「対策済みですよ……!」
ぶちまけられる前に海風は事前に戦艦棲姫や春雨が試していた泥対策のスーツに身を包んでいた。一切隙間のない全身を包み込むウェットスーツのような皮膜と、頭を全て隠すマスクが作り上げられ、泥を被っても何とか回避。侵蝕を免れる。
「流石は春雨姉さんです。ジェーナスさんがこう来ることを直感的に勘付いたんですね。私もあの現場にいて本当に良かった」
そして、盾を刀剣に切り替えてジェーナスを叩き斬る。
「っはぁあっ、これっ、堪らない気分になるわっ! あの子が気を失ったのもわかるかも!」
しかし、瞬時に重装となったことで右腕の刀剣は弾かれてしまった。泥を頭から被ったことと、マスクを身につけたことで、若干視界が塞がれたのが最大限の力が発揮出来なかった理由。だが、全力で斬っていてもこの重装には歯が立たなかっただろう。並の武器では届かない。
「ああもう汚い。春雨姉さんのモノならまだしも、貴女の吐瀉物なんて鬱陶しい以外の何モノでもないですよ」
泥を振り払うが、完璧に拭き取ることは出来ないため、海風はこの姿のままでいるしかない。ここで服を元に戻そうものなら、確実に肌につく。
ひとまず海面に払い落とした泥は、主砲によって霧散させた。これで吐き出された泥は海風にこびりついたモノのみ。それもジェーナスを対処した後に適切に拭き取ることでどうにか出来る。
「海風、大丈夫!?」
「大丈夫です。姉さんのおかげで侵蝕されずに済みました。しっかりガードしています。でも近付かないでください。まだ私には泥がついてますから、万が一があります。悔しいですが、今は離れておきましょう」
侵蝕を受けていないことは確認出来たため、ホッとした春雨。だが、安心してはいられない。ジェーナスはまだ健在であり、また同じようなことを狙ってくるかもしれない。新たな泥を吐き出すために装填時間が必要かもしれないが、一度しか出来ないとは言っていないのだ。
「洗い流す時間が欲しいんですけど。春雨姉さんと背中を合わせながら戦いたいので」
「させるわけ無いわよね!」
もう何度目かの軽装となり、次は海風に対して魚雷を放つ。
ジェーナスとしては海風もこちら側に引き込んで春雨を絶望させようとしたようだが、こうなってしまったらもう要らないと判断したようだ。元々仲間であろうが、邪魔をするなら死んでもらう。取り返しがつかない程に歪んでしまっていた。
「ちょっとちょっと、さっきまで遊んでくれていたでしょうが!」
だが、それを簡単にさせるわけが無かった。白露が海風に向かう魚雷を即座に破壊。大きな水飛沫が立ち昇ったことで、海風はそれを雨のように被り、まだ拭い切れていなかった泥も洗い流される。
だが、しばらくはスーツは脱がない方がいいだろう。また泥を吐かれる可能性があるのなら、最初から対策しておいた方がいい。
「シラツユは
「あたしはお姉ちゃんなんだけどねぇ。まぁそれならそれでいいよ」
白露も海風に倣って全身を覆うスーツ姿に。これで泥をぶちまけられても、その時は侵蝕されずに済む。
「でも、お姉ちゃんが妹達を守れずにどうするってんだ! あたしは何のために4人分の力を持ってる! 春雨と海風を、守るためだい!」
もう何の危機もない。だからこそ突っ込める。いろいろと脱ぎ捨てたことによって身軽になったため、白露は今までに出したことがないスピードが出せた。
「わぁ、シラツユもやる気満々って感じね! でも、それが
「死ぬわけ無いでしょう。私が愛する姉さんの絶望に繋がることなんて、絶対にあり得ない。姉さんに仇を成すのなら、例えジェーナスさんでも関係ありません」
「おうよ。その歪んだ根性叩き直してやる。春雨、アンタも来な! 姉妹3人で、この高慢ちきなお嬢様をぶっ倒すよ!」
まだジェーナスが堕ちたことにショックを受けていた春雨だが、白露の激励に心を燃やす。
侵蝕を受けているのだから、もう戦うことは免れない。どうにかして泥を吐き出させなければ、今ここで立ち上がらなければ、ジェーナスはこの姿で世界の敵として生き続けることになる。
それは嫌だ。許せない。このままでは、絶対にいさせない。
「はい、救います。私はジェーナスちゃんを、必ず救います!」
動揺は消え、迷いを振り払い、力強くジェーナスを見定める。変わり果てたその姿は見るに堪えないが、だが必ず救うと決意して、春雨も泥対策のスーツ姿に切り替わった。
これならば2人の隣に並び立てる。泥が来ようが関係ない。全ての力を十全に使い切ることが出来る。
「ヒャハハハ! 3人がかりで立ち向かってくるのね! でも、私の方が強いわ! みんなみんな、私の前で無様に死んで、私を気持ち良くして!」
自分の方が強いのだという絶対的な自信と、泥による悪意のブーストで、この状況でも快楽に染まった表情で3人と対峙するジェーナス。
そんなジェーナスを元に戻すため、白露型の姉妹は力を合わせて立ち向かう。
泥対策のマスクを被ったのでわかりづらかったが、春雨の瞳にはいつもの青ではなく、