瞳に光が灯った瞬間、春雨には今まで見えていなかったモノが見えた。それは、海上に伸びる光の道。自分の足下から、ジェーナスの側にまで、ハッキリと見えた。時には道は繋がっていなかったが、少し離れたところにまた続きがあった。舞いながら進めば、必ずその光の道を進むことが出来、最後はゴールに到着する。直感的にそれを理解する。
それが、
それを白露と海風が手伝ってくれた。錨を振り回して捕縛してくれたおかげで、動きが止まった。光の道はブレない。
春雨を一番の脅威と見たジェーナスが、これでもかと魚雷を放ってきた。それでも、光の道はブレない。
最初に見えたその道は、ずっとジェーナスまでの道を示し続けてくれた。
「ジェーナスちゃんを救うまでは死なないよ。傷もつかない。だって、そこに辿り着いたから」
そう宣言出来るくらいに自信があった。道の通りにその足を踏み出せば、きっと上手く行く。そう考えれば、もう一切の抵抗が無かった。それに、身体が軽い。
軽やかに一歩、また一歩と猛烈な雷撃の中を突き進む。海の上に輝く光の道を、ただ歩くだけ。ここでは脚を生やそう、ここでは一回転、ここは少し跳んで。見ているだけでどうすればいいのかは手に取るようにわかった。それが舞いのようになっていることなんて、春雨は自覚出来ていないが。
そして、驚愕するジェーナスをよそに、触れられるほどの位置に到着。全ての雷撃を躱し、光の道のゴールに辿り着いた時には、次の
ジェーナスの纏う重装甲の中にある小さな小さな光の点。そこを叩けば、ジェーナスを救うことが出来る。だが、そこ
「ここ」
だが、春雨にはそこだけを撃ち抜く自信があった。砲撃ではダメでも、その脚でならば、いくらでも可能だ。それ故に、少しはしたないかななんて思いながらもジェーナスに脚を向け、ほんの一瞬だけ脚を生やした。
その脚は普通の脚では無い。先端が尖り、針のようになった、そこを貫くためだけに作られた形状。それを一気に生やして一気に消す。
タァンと、小気味いい音が鳴り響いた。そして、春雨は確信する。その針のような足の先端が、見据えた光の点を、一切のズレ無く撃ち抜いたことを。
その点は、春雨の
「な、なんで……」
その瞬間、艤装が破壊される。驚愕に染まったジェーナスの顔が表に出るほどに重装甲は砕け散り、目が合った。
そして、次の
今までは瀕死にすることによって泥を吐き出させたが、ジェーナスを死に追い込むのは春雨的にはもうやりたくないこと。白露の時は脚を刀剣に変えて死ぬほどの一撃を与えることでそこに辿り着いた。
今度は、
「絶対、救うから」
見えた光の点は、ジェーナスの左胸、心臓。
「望んでないわ! 私は、そんなこと!」
だがジェーナスは食い下がる。重装が失われても、まだ軽装が残っている。ガントレットとグリーブを作り出し、勢い止まらぬ春雨を迎え討つ。
春雨が砲撃も雷撃もしてこないことはわかっている。重装ですら、作り上げた艤装の脚によって何故か破壊された。だから、次の攻撃も春雨は脚。ならば、軽装とはいえ突然やられることは無い。そう考えていた。
砲撃や雷撃で牽制するには近すぎる。だからこその咄嗟の近接戦闘。もう、他者の苦しむ顔が見たいだなんて言っていられなかった。全力の攻撃は躱され、鉄壁が破壊されたことで、立場的にも精神的にも追い込まれている。
だからだろう、ジェーナスは忘れている。ここにいるのは
「っしゃあ! 一本釣りぃ!」
中身が見えたことで白露が3度目の錨をジェーナスの胴に絡ませた。小柄なジェーナスの腕だけを絡め取るなんて出来やしないから、身体そのものを縛り上げる。
それは意図してかどうかはわからないが、鎖は腰に巻きついた。春雨が見ている光の点は、白露のこの行動によって妨げられることは無かった。
「私もいますよ。姉さんの側なんですから」
逆側から海風も錨をジェーナスに絡み付かせる。白露よりは精度が低くとも、そのおかげで縛り上げたのは脚だ。その場から動かさないために貢献する。
これで、ジェーナスはその場から動けない。自由に動かせるのは腹から上。両腕は動かせるが、これでは力を入れることも出来ない。
迎え討つ際に、砲撃ではなくガントレットを展開してしまったのも悪かった。間に合わないかもしれないが、ゼロ距離射撃をしていれば、まだ話は変わったかもしれない。
「姉さん、海風、ありがとう。これで、救える!」
より一層、春雨の瞳が輝いた。その光が、ジェーナスを救う光となり、今のジェーナスには恐怖となる。
怯える目で春雨のことを見つめても、春雨は止まるつもりは一切無かった。命乞いも、侮蔑の言葉も、嘲笑も、何も聞き入れない。ただ救うために、最後の一撃を繰り出す。
「いや、ハルサメ、やめ……」
「ごめんね、ジェーナスちゃん、ちょっと痛いけど、
謝られても、それが本来のジェーナスの本心でないことはわかっている。ここで見逃したら、ジェーナスにとってもっと酷いことになる。だから、今だけは心を鬼にする。
脚を生やし、ジェーナスの左胸に触れる。幸いなのかはわからないが、ジェーナスの胸は大きくない。ここから衝撃を与えれば、何にも妨げられることなくその光の点を撃ち抜くことが出来る。
いや、今の春雨ならば相手がどんな体型をしていようが関係ないだろう。今のジェーナスのような薄い服であろうが、そこに艤装の鎧を着込んでいようが、もう関係無い。この一撃は、答えに辿り着いた一撃。
「戻ってきて」
ダンと、激しい衝撃が走った。空気すら震える春雨のその一撃は、蹴りを入れたわけでも踏みつけたわけでもない。ただただ、目にも留まらぬ速さで脚を伸ばして縮めた。ただそれだけ。
しかし、ジェーナスはその一撃のみで終わっていた。心臓に強烈すぎる一撃を受け、ほんの一瞬、完全に
「これで、大丈夫」
光の点が見えなくなっていた。それは、もうそこに辿り着いたという証拠。今の一撃で、ジェーナスが救えたということになる。
激しい衝撃を与えられたのにそれで終わったことで、ジェーナスは何も起きていないと内心思っていた。春雨から得体の知れない圧を感じ取ったが、重装を破壊出来ただけ。それ以上は何も起きないのだ。
そう考えた瞬間、ジェーナスの体内に異変が起きる。
「っえぁっ、っごほっ、おぼぉっ!?」
尋常では無い量の泥が、ジェーナスの口から吐き出される。何処にこんな量が入っていたのだと思える程なのだが、先程海風に対して吐き出した程なので、常時増え続けていると考えてもいいのだろう。
海風を侵蝕するために吐き出した時は、昂揚感と悪意による悦楽、激しい衝動に突き動かされて快感の波すらあったが、今回はただただ苦しみしかない。身体の中が強引に洗浄されていくような感覚に陥る。
この時には、白露も海風も錨は消していた。春雨も一時的に少し離れて、ジェーナスが泥を全て吐き出す様を見届ける。吐き出し終えたら、この世から消し飛ばすためにも砲撃を放つことになるだろう。
「げほっ、おっ、おほっ……っあっ……」
どうにか全てを吐き出したのか、ジェーナスの姿が変化する。悪意に呑み込まれたことを体現していた姿から、春雨達の知る制服姿に戻ったことで、精神的な部分も救われたのだと理解出来た。
だが、まだ終わっていない。本番はここから。吐き出された泥は、まだその場に留まっている。そのままにしておけばまた誰かを侵蝕しかねないし、むしろ今すぐ誰かを狙ってくるだろう。対策をしているとはいえ、最悪の場合、この泥が施設に近付くなんてことすらあり得る。
「ジェーナスちゃん、ごめん。すぐにここから動くから」
返答すら待たず、春雨がジェーナスを抱えてその場から離れた。瞬間、見計らったかのように白露が浮いていた泥を霧散させるために砲撃を放った。しかも、時雨の艤装を展開して念入りに。
増殖するような悪意であるため、それこそこの場で最高の火力を出せる白露が何度も何度も撃ち放って消し飛ばしたことで、その全てがこの世から消え去った。
「オッケー。対処完了! 春雨、海風、アンタ達から見てどうよ!」
「そう……ですね、少なくとも私からは残っているようには見えません。春雨姉さんは」
「大丈夫かな。白露姉さんの砲撃で消え去ったのが見えたよ」
ならば良しと、白露がまず制服姿に戻り、それに倣って春雨も。それを見たことで海風も、海水で全身をしっかりと洗い流した後で元の姿に戻った。ここにはもう何も無いと、春雨も確信している。
とはいえ、何が起きるかわからないのが相手のやり方だ。霧散させたというのにまたここに泥が増殖する可能性もある。定期的に見回った方がいいだろう。
「あたしは戦艦さんのところ行くから、ジェーナスのことよろしく!」
そしてすかさず、白露は未だ3人と戦う戦艦棲姫の救援のため、休む間もなく次の戦場へと向かう。
春雨も向かいたかったが、ジェーナスのことをこのまま放っておくわけにはいかない。何せ、ジェーナスの溢れた感情は『自己嫌悪』。今の状況に最もマッチしてしまった。ここで確実に悪いことが起きる。
「ジェーナスちゃん……大丈夫?」
脚が無いためジェーナスよりも小さくなっている春雨だが、うまく抱きかかえて濡らさないように支えた。
泥を全て吐き出したジェーナスは、その時は茫然としていた。先程までの自分の行動が信じられない。しかし、その言動を自分の意思でやっていた感覚はある。
だからだろう、そのまま大きすぎる発作が始まる。
「ごめんなさい……私のせいだ……私のせいで……みんなを……」
今までにない怯え方。ただの害ではなく、自分の手を汚し、自分の口で罵り、そしてそれによって快感を得ていた事実は無くならない。誰もがそれは敵のせいであると理解していても、ジェーナス本人が自分自身を許せないのだから、簡単には振り払えない。
「そんなことないよ。ジェーネスちゃんは悪くない。何も悪くないよ。だってほら、私達は誰も傷ついてない。何も無かったんだもん。それに、今ジェーナスちゃんをおかしくした元凶は、みんなの力で全部消した。ジェーナスちゃんは、何もおかしくない」
泣きじゃくるジェーナスを撫でながら、思いを伝えていく。あんなことにはなってしまったが、ジェーナスは何も悪くない。ジェーナスを利用して目的を成そうとした黒幕が全て悪いのだ。そう言い聞かせて慰めていく。
だが、自己嫌悪の塊となってしまったジェーナスには、春雨の言葉は届かない。ずっとごめんなさいごめんなさいと謝り続け、自らの死すら願うようになってしまっている。今は春雨が抱きかかえているから何も出来ないが、手を離したら命を絶つために行動をし始めてしまうだろう。
「ジェーナスさん、春雨姉さんも、私も、白露姉さんだって、何も感じていません。誰もが、貴女のことを責めません。だから、強くなってください」
海風の言葉は少しだけ強い。立ち直れとかではなく、強くなれという激励。自己嫌悪を乗り越えて、今よりもっと強くなれと。
「無理……無理よ……私はもう無理……みんなを傷つけて、みんなを馬鹿にして、みんなを殺そうとして……私のせいで嫌な思いをさせちゃった。死んだ方がマシ……私が死ねば全部終わるの……」
「私は、ジェーナスちゃんがいなくなった方が嫌だよ」
自己嫌悪を口にするジェーナスに対し、春雨はそれをハッキリと否定する。
「ジェーナスちゃん、死んじゃったら残された者はもっと辛い目に遭うんだよ。それこそ、ジェーナスちゃんみたいに自己嫌悪が溢れちゃうかもしれない。そしたらジェーナスちゃんだって嫌だよね? ジェーナスちゃんのせいで、私達が一生苦しむことになるもん」
「そんなの、そんなのダメ……でも、でも……」
「ジェーナスちゃんがいてくれれば、私達は幸せ。でも、いなくなったらすごく辛い。ジェーナスちゃんは、どっちがいい?」
聞くまでもないことである。答えは前者だ。ジェーナスは自分が大嫌いでもその分仲間達を愛している。その仲間達が一生苦しむ道を自分が作ってしまうなんて、死んでも耐えられない。
だが、生きていても精神的なダメージを与え続けるのではないか。あれだけのことをしでかしたのだから、顔を見るのだって嫌なのでは。ジェーナスの頭の中はそういう考えしか出てこない。
「……ジェーナスちゃん。言葉だけでわかってもらえないなら、行動で私の思いを伝えなくちゃ。私は1人でも欠けられるのがもう嫌なんだよ。だから、死にたいだなんて言わないで。一緒に歩いて、一緒に生きて、一緒に克服していこう。その方が……その方が『寂しく』ないから」
抱えるだけではなく、強く抱きしめた。顔を胸に押しつけるように、温もりを与えるように。
「うあ……うあああああんっ!」
ジェーナスは決壊し、声を上げて泣いた。春雨も海風も、それを見ていることしか出来なかった。
ジェーナスは取り戻せたが、その分、大きな後遺症を残すことになった。いつものジェーナスに戻れる日が来るのかはわからない。
それを作り出した黒幕の存在に、春雨は怒りしか湧かなかった。それは叢雲のように溢れてしまいそうなくらいに。