春雨達がジェーナスを救っていた裏側。戦艦棲姫は龍驤達3人との戦いを続けていた。
たった1人でも艤装とのコンビネーションのおかげで対等に戦えている。実際、実力としては龍驤達1人1人の方が上なのだろう。だが、それでも、戦艦棲姫は全く後れを取ることなく対応出来ていた。
少なくとも、3人は連携らしい連携はしてこない。コロラドがやたらと前に出たがり、それを龍驤と大鳳がサポートするように隙を狙ってくる。ただそれだけ。
そのおかげで、手練れの戦艦棲姫にとってはかなり戦いやすかった。今まで連携などしなくても虐殺が出来たのだろう。だから、いざこうなった時にグダグダ。
「悪意の塊が増殖する言うてんのに、お前さん冷ややかな顔しとるなぁ。荒潮連れてった潜水艦のこと心配やあらへんのか?」
戦いながらもおちょくるように話す龍驤に、戦艦棲姫は意に介せず艤装を嗾ける。
伊47には、荒潮がこの戦場で巻き込まれないように離れるように指示をした。その時に、まだ荒潮が泥を持っているかもしれないとはしっかり伝えてある。それをちゃんと理解してここから離れているのだから、再び泥を吐き出されて侵蝕されるということは無い。
スーツの意味が無かったということも無いはずだ。戦艦棲姫は実際に見ていないが、ジェーナスが吐き出した泥を被った海風は、侵蝕を受けずに済んでいる。正しく対処すれば、その侵蝕は怖くないことが確定した。
「……私に心配させて、十全の力を出させないようにしていると言いたいわけ?」
「まぁな。だからうちは事実ばかり言うとんねん。お前らが気分悪うなるタイプの事実はしーっかり伝えたる。嘘とつかへん」
この龍驤は泥の影響によりとことん歪んでしまっている。先程のジェーナスとはまた一味違った加虐趣味の持ち主のようだ。
自分で相手を痛めつけ、苦しむ顔を見て快感を得ていたのが歪んだジェーナスだが、龍驤はあくまでも口撃が主体。ペラペラと喋り続けて相手をイラつかせ、その上で動揺などまでさせて精神的にダメージを与えつつ、圧倒的な力で踏み潰す。どんな相手でもそのスタンスを崩さない。
だが、戦艦棲姫のような相手と戦うのは初めてなのだろう。ここまで抵抗出来て、口撃すら素知らぬ顔。むしろ、戦艦棲姫より自分達の方が格上なのだと気付いているのに、まるで崩れる気配が無い。
「じゃあ教えてあげる。少なくとも私はヨナのことを信じてるし、もう貴女達の思い通りにもならない。煽りたければいくらでも煽ればいいわ」
「ほーん、随分と余裕やないか」
「そう見えるならそうなんでしょうね。私としては、これを維持するだけでも結構必死なんだけれど」
3人からの猛攻は一切止まらない。近接戦闘と戦艦の火力を両立するコロラド、同じだけの火力と至近距離からの艦載機発艦を扱う大鳳、そして砲撃の威力は並かもしれないが雷撃までをも組み込んでくる龍驤。3人だけでも1部隊の力を優に超えている。
対する戦艦棲姫は、艤装とのコンビネーションがあったとしても出来ることは戦艦の域。深海棲艦という枠組みでも上位に位置するとはいえ、自由度はそんなに高くない。
なのに、まだまだ余裕を見せつける。そんな戦艦棲姫の表情に苛立ちを見せるのは、やたらと前に出てくるコロラドである。
「アンタ、実力隠してるわけ!? この私がここまでやっているってのに、ほとんど無傷で抑え込まれるってどういうことよ!」
「なら、貴女が私以下ということでしょう。認めなさい、コロ助」
「リュージョーならまだしも、アンタに言われる筋合いは無いわよ!」
戦艦棲姫が煽り、コロラドが反応する。こうやって口撃が効くコロラドがいるおかげで、戦艦棲姫は自分のペースを維持出来る。
むしろ、戦艦棲姫だって心の中では怒りが煮え滾っているのだ。ドロップ艦を使って罠を仕掛け、ジェーナスを侵蝕し、さらにはまだまだその手を拡げようとしている。それを嘲笑いながら実行出来る相手に対して、怒りは止まらない。
だが、その怒りに呑まれたら確実に自滅する。それを理解しているがために、戦艦棲姫は冷静も維持する。戦艦棲姫が冷静ならば、艤装だって完璧な動きを続けてくれる。
「全く、感情任せに武器を振り回すことなんて子供でも出来るわよ。だから私より上かもしれないけど、簡単にいなせるのよ。おわかり?」
力いっぱい振り回した杖を、艤装がついには掴み上げた。しかし、その瞬間に杖を消し、そして
結局杖での打撃は艤装に弾かれるだけなのだが、そこは怒り任せでも理解しているようで、艤装を破壊するために反転させた状態で展開し、砲撃の乱射を始める。
流石に当たるわけには行かないため、本体も艤装もそれは華麗に回避し続けた。掠めることはあれど、直撃はない。そして、戦艦であるが故に耐久力も高く、掠った程度なら顔を顰めることもない。
「あら、意外と頭を使えるのね。この中では一番
「アレって何よ。まさか私のことを
「ええ。でも、考え方を変えるわ。貴女、意外とやるじゃない」
言いながらも、戦艦棲姫は後ろから狙ってきていた龍驤に砲撃。本体はそちらを向いていなかったが、
反応されるとは思いつつも、ここまで綺麗に来るとは思っていなかった龍驤は、ヒューと口笛を吹き回避。駆逐艦が混じっているからか、回避能力は段違いである。
「360度の視界、厄介ですね。ならば、まずは艤装の視界を潰しましょう」
「せやな、頼むわ」
そこから大鳳が艦載機を発艦。深海製の高性能な爆撃機をこれでもかと放ち、本体では無く艤装を包囲しつつ、その頭部を破壊するために
それに対しては、戦艦棲姫が考えるまでもなく艤装が対応。飛んでくる艦載機を丁寧に撃ち墜とし、自分への被害を最小限に食い止める。どうしても大きめな破片が飛び散るため、その装甲に小さな傷はついていくが、本体には何の被害もない。
「艤装を先に破壊するんは、うちも賛成や。本体だけやったらコロ助でもボコれるやろ。おうコロ助、本体は構わんでもええ、艤装をぶっ壊したれ」
「最初からそのつもりよ! 無駄に硬いデカブツを壊してやるんだから!」
ここに来て、あちら側が連携出来るようになってきていた。最初はまるで息の合わない個人主義の一団だったが、戦闘を重ねるに連れ、息を合わせてきている。
司令塔は龍驤。大鳳は一切の文句を言わず、冷静沈着に行動を起こし、コロラドは暴れながらも龍驤の意図通りに動く。結果的に、3人が強引に連携しているような状況に。
「……こうなられると厄介なのよね」
内心舌打ちしながら聞こえない程度の声で呟く。最初の段階では戦艦棲姫1人でもいなせるくらいには連携練度が低かったのだが、共通の目的を持っているからこそ、理解してからは成長が早い。
これは白露にもあった、一度見た技は効かないみたいなもの。白露はあまりにも極端だったが、この3人は実力として根幹から成長している。このまま戦い続けたら、嫌でもジリ貧に持っていかれることになるだろう。
古鷹と白露に苦戦したのは、最初からこういうカタチの連携が上手かったからだ。古鷹がその辺りをキッチリこなすタイプだったのが大きい。この3人もそこに並びかけてきている。
そうなるともう、スタミナ切れを狙うしか無くなる。あちらは総じてスタミナ不足であるという欠点を抱えているはずなので、時間稼ぎをしてやれば勝手に脱落する。
「もしかして、うちのスタミナ不足知っとるから、時間稼ぎしよう思うとるんとちゃうんか」
魚雷を放ちながら龍驤が問いかけた。図星をつけたと確信していたのか、意地の悪い笑みを浮かべて。
「正直なところを言うとそうね。貴女達、総じてスタミナが足りないんでしょ。白露は例外みたいだけど」
「おう、そこまで知っとるなら言っておこか。うちはスタミナが足りへん。理由は知らんが、どうせあれやろ、艦種違いが混じっとるからやろな」
戦艦棲姫が魚雷を破壊した直後、視界が隠されると同時に艤装に向けて再度魚雷が放たれていた。いくら戦艦の強固な艤装だとしても、魚雷によるダメージは相当大きい。
艤装の視界からそれを知った戦艦棲姫は、すぐにそちらも破壊する。艤装を守るために本体が尽力するのは、この戦艦棲姫ならではの戦い方。敵を斃すことより、自分達を守ることを優先する。艤装が本体を守るように、本体も艤装を守る。だからこそ、コンビネーションが完璧だ。
しかし、数的不利というのはどうしても付き纏った。艤装をあわせても、戦艦棲姫は2人。対する敵は3人。連携が出来ていない当初では、戦艦棲姫でも余裕でいなせた。だが、龍驤を中心に連携を
「なるほどね、連携すれば隙も丸見えってことか。たまにはこういうこともいいじゃない。リュージョー、もっと早く言いなさいよ」
「最初から言うとるやろアホ」
その瞬間、コロラドの放った砲撃が艤装の片腕に直撃した。本体も艤装も魚雷に対応しなくてはいけなくなった瞬間を狙われたことにより、その一撃は回避が出来なかった。
大鳳の艦載機に気を取られ、龍驤の魚雷を立て続けに放たれたことで対応に追われ、フリーになってしまったコロラドが少し離れて渾身の一撃を放つ。敵側の3人の綺麗な連携に、戦艦棲姫もしてやられたという感覚を得る。
破壊されたのは艤装の片手。咄嗟に腕を守るために手を出したことで、手首から先がグチャグチャにされた。
だが、それだけで被害を最小限にしたのは、戦艦棲姫、延いては艤装の技術の賜物。まだまだやってやるぞという強い意志を、これでもかというほどぶつける。
「まだ大丈夫ね?」
その声に、艤装は振り向くことなく小さく頷く。それを見て、戦艦棲姫も口元が綻んだ。
「まさか、この程度で私を斃せたと喜んでるんじゃないでしょうね」
戦艦棲姫は余裕を崩さない。艤装の片手がやられただけでは、その勢いは止まらない。
「んなわけあるかい。お前が無様に野垂れ死ぬところを見んとな」
「防御力は幾分か落ちたでしょう。同じように畳み掛ければ、逃すことなく始末出来ます」
「せやな。おありがたいことに、アイツはうちらに組む戦いのやり方を教えてくれた。礼はキッチリせぇへんとなぁ!」
龍驤も、鎮守府での敗北を糧にしていた。格下と思っていた艦娘にまさかの敗北を喫したことで、心を入れ替えたわけではないが、一切の油断を廃している。
それもあってか、大鳳とコロラドを連れてきているわけだし、ジェーナスを引き込んだ後はまずいと思った方に人数を割いている。そうでなければ、ジェーナス側に誰かを使っているはずだ。
それだけ戦艦棲姫に重きを置いていたのは間違いない。龍驤は口調こそ軽く敵をおちょくっているし、余計なことも言い続けているが、敵の実力に関しては正しく見ている。
古鷹と白露の2人がかりで撤退に追い込まれたのだから、3人がかりでなければ斃せないと理解していた。
「おら、仕切り直して第二ラウンドや。次は艤装の腕だけじゃなく、お前の腕もぶち折ったる。覚悟せぇや」
「あら、腕だけでいいのね。なら、こちらは貴女達の首でも貰おうかしら」
「ぬかせ。どっちが上か、ハッキリさせたる。大鳳、コロ助、目に物見せてやりや」
今回は重傷では帰さないと3人が再度攻撃に出ようとしたその瞬間。
「っ、コロ助、避けぇ!」
「ちょっ」
先んじて気付いた龍驤が叫んだ。流石にその言葉には従わなければと直感的に気付いたか、コロラドは振り向くことなくその場から離れる。
今コロラドがいたその場所、直撃コースで砲撃が通過した。それは駆逐艦のそれではない一撃。
「誰よ、危ないわね!」
「んなもん、ここにいるんは決まっとるやろ。それにうちには全部見えとる。裏切りモンの白露や」
コロラドが振り向いた先は、時雨の艤装を展開した白露が、その背部の大型主砲をコロラドに向けて放っていた。
「そう、ジェーナスは救えたのね。そうじゃなきゃ、白露がこちらに来れるわけないもの」
心底安心した戦艦棲姫は、改めて3人を見据える。
「第二ラウンドって言ってたわよね。ラウンドが変わったのならこちらにも増援が来ても文句は無いわね。仕切り直し、だものね」
ここからは白露も参加して3人をどうにかする。春雨はジェーナスに付きっきりとなるが、まだまだ戦える。救うことが出来るかは定かでは無いが。