施設管理者の姉妹姫と捜索部隊の艦娘がついに相対した。姉妹姫は最初から攻撃の意思が無いと白旗を振り、艤装すら出していない状態。対する艦娘は半信半疑ながらも提督からの指示で対話を試みる。
艦娘側の対話役は千歳と千代田。2人が前に出つつ、山風と涼風がその両サイドから姉妹姫を監視。残った海風と江風は少し後ろで待機しつつ、周辺警戒。江風は様子がおかしい海風の監視も仰せつかっている。
「初めまして、艦娘さん」
第一声は中間棲姫からだった。柔らかい笑顔からの歓迎に、艦娘達は困惑を隠せないでいる。
対話に応じたものの、相手は深海棲艦。最大級の警戒をしながら臨んでいた。油断させておいていきなり攻撃をしてくる可能性も考えて、武装からは手を離していない。何かあればすぐに攻撃出来る。
海風は中間棲姫の声を聞いても、今のところは耐えることが出来ていた。この深海棲艦から聞き出せることは聞き出し、姉達の仇であると断定出来たなら誰の言うことも聞かずに撃つ気でいた。
「私達の白旗に応じてくれて、どうもありがとう」
「いえ、こんな深海棲艦を見るのが初めてだから……少しどころか大分困惑しているわ。
「そうねぇ、お互いそういう存在なのはわかってるわぁ。でも、私達は貴女達の考える
警戒する千歳に対して、一切の躊躇いなく、嘘偽りない本心を伝えていく中間棲姫。戦いたくないという気持ちが強く、そういう感情に敏感な山風は、後ろから見ながらでも中間棲姫は自分達を騙そうとしていないと感じ取れていた。
しかし、まだ他の者達はその存在そのものを疑問視している。中間棲姫がどのような感情でどれだけ好意的に話をしたとしても、
「でも、迷惑をかけない場所に陣地を置いていたのだけれど、まさかこういう形でバレるだなんて思ってもみなかったわぁ。ここまで念入りに探されると、この場所もバレちゃうのねぇ」
あくまでも誰にも迷惑をかけないようにするためにここにいるのだと、艦娘達に話す中間棲姫。一歩後ろの飛行場姫もうんうんと頷きながら肯定。
「信じてもらえるかわからないのだけど、さっき言ったことは私達2人の本心なの。私も、妹ちゃんも、ただここで静かに暮らしたいだけ。誰からも攻撃されることなく、のんべんだらりと毎日を過ごすの。戦いなんてしたくない。好きな時間に目を覚まして、好きなように楽しんで、眠たくなったら眠るだけ」
「私もお姉も、同じように暮らしてるのよ。まぁあとはちょっと訳ありな子というか、同調してくれる
飛行場姫が口を出した後、少し遠くにある施設を指差す。ここには真の意味での同胞、仲間達が、侵略行為などすることなく、同じようにスローライフを楽しんでいるのだと伝えた。
2人で住むには大きすぎる施設であり、畑もそれなりの規模。誰かしらと共同生活をしているようには見えたが、そこも包み隠さずに話した。
姿は見せていないが、自分達のような深海棲艦は他にもいるのであると理解してもらいたかった。無益な戦いはやめたいと。
「白旗もそれが理由?」
「ええ。施設の中にいる子達は、心にいろいろと抱えている子ばかりなの。だから、余計に戦いたくないのよぉ」
深海棲艦から出たとは思えないような発言である。それにより、千歳も千代田も余計に混乱してきている。
今までの深海棲艦とは違う、侵略者という概念を完全に覆す存在。ここまでやっても騙し討ちの要素が1つも出てこないのだ。ならば信じていいのかと言われれば、それも違う。まだ信用してはいけない。
「ところで、艦娘さん達は、何か探しているのかしらぁ。私達のこの施設を見つけるくらいなんだから、余程大事なものを探しているのだと思うのだけどぉ」
そして、本題に入る。この艦娘達は何かを探しているというのは誰にでもわかることだった。偵察機を飛ばし、この近海を隈なく眺めているくらいだ。そのせいでこの場所がバレてしまったのだから、2人の陸上施設型深海棲艦も当然警戒している。
中間棲姫も飛行場姫も、千歳と千代田の言動に注視していた。自分達を殲滅するためにここに訪れていたとしたら、ここでの反応次第で打って出なくてはいけなくなるからである。
なるべくなら戦いたくない。誰にも害が無いのなら、お互い
「……私達の鎮守府に所属する艦娘達が、哨戒中に消息を絶ったの」
少し苦しそうに、しかしあえて包み隠さず、千歳は中間棲姫に告げた。本来なら馬鹿正直に話す必要は無いかもしれないが、ここでの反応次第で、目の前の中間棲姫が犯人として断定出来るからである。
ついに見つけた痕跡の鍵となる深海棲艦が、予想外にも艦娘に対して友好的に接してくるのだ。ボロを出してくれればさらに良い。
当然ここから海風の聞き耳が鋭くなった。攻撃するための口実を、深海棲艦側から提供してくれれば、誰が止めようが知ったことなく攻撃に打って出られる。
「……この近海で?」
「近いとは言いづらいかもしれないけれど、少なくともここからそこまで時間をかけずに向かえるくらいは近場ね」
「いつ?」
「今から1週間弱前のこと。何か知らないかしら」
中間棲姫と同様に、嘘偽りない情報をぶつける千歳。情報が欲しいのは確かであるため、友好的な深海棲艦ならば何かしらの情報を知っているかもしれないと、縋るような気持ちで話した。
勿論、そうしながらも警戒は解いていない。海風に至っては殺意すら隠していない。
千歳からの問いに対して、2人で顔を見合わせながら知っていることを思い返す。
当然この2人は、この艦娘達のことを何も知らない。それ故に、
「妹ちゃん、大体1週間前って言ったら」
「ヨナが春雨の繭を回収した時ね」
春雨。その名前が聞こえた瞬間、海風の首がグリンと中間棲姫の方を向いた。そして、江風が即座に取り押さえる。流石にその名前が出てしまっては、反応をしないわけが無かった。殺意もダダ漏れで、すぐさま襲いかかりそうだった。
「なんでその名前を知ってる! なんで、なんで!」
「海風の姉貴、抑えろっての! 今はダメだ、気持ちはわかるけど冷静でいろって!」
「春雨姉さんの何を知ってるのよ! 早く言いなさい! 言え!」
明らかに正気ではない海風の姿を、妹達は初めて見た。ここまで怒り、乱れ、焦っている海風は、鎮守府の誰も見たことがない姿だっただろう。
海風といえば、普段から落ち着いており、真面目に仕事をこなす、どちらかと言えば自己主張が控えめな面倒見の良いお姉さんだった。
だが今はどうだ。ここ1週間追い詰められ続け、精神的に限界が来ていることにより、感情に身を任せるだけ。落ち着きはなく、指示も聞かない、ただの暴走した艦娘に過ぎない。
心が壊れかけている証拠だった。
「正直に話すわ。行方不明になった艦娘の名前は、白露、時雨、村雨、夕立、そして春雨。この5人よ。千代田、写真を見せてあげて」
「わかった」
千代田がタブレットを取り出し、海図ではなく行方不明者の顔写真を映し出す。それを見た2人の深海棲艦は、そのうちの1人の写真の少女には見覚えがあった。
今でこそ姿は変わってしまっているが、艦娘としての春雨の姿がそこにあった。深海棲艦とは違い、髪の色も肌の色も正しい春雨が。
「他の4人は知らないけれど、この子、春雨ちゃんならここで暮らしてるわぁ。貴女達の探している春雨ちゃんと同じかは知らないけれど」
「……お姉、多分同じよ。春雨のトリガー、寂しさだったでしょ。薄雲のトリガーを同時に引けたくらいだし」
ここまでの話で中間棲姫と飛行場姫の中でいろいろと繋がっていった。トラウマを刺激してしまう可能性が高いからと、深海棲艦化した理由は聞かないようにしていたが、ここでおおよそが把握出来た。
姉達の死が心を壊すきっかけだったのも理解した。孤独を感じるのも。何せその写真は集合写真。仲の良い姉妹が5人で写っている、見ていて笑顔が溢れそうになる程の写真だからだ。ここまで仲がいいのなら、1人を残して全滅したらああなってもおかしくない。
「なるほどねぇ。だから
「その、何か知って……」
「ええ、おそらく私達は、貴女達の
言っている意味がわからない艦娘一同。そのせいか海風の苛立ちはさらに高まり、江風1人で押さえ続けることが難しくなってくる。
「勿体ぶらずにっ、早く、言って!」
「海風の姉貴! 抑えろって!」
「そうね、あまり勿体ぶらない方がいいわね。でも貴女達艦娘の知らない、
春雨をここに連れてくること自体は、中間棲姫としては悪くないことだと思っていた。しかし、艦娘が深海棲艦に変化するという事象を艦娘は知らない。ここにいる元艦娘達は全員、変わり果てた自分を見てまず動揺していたくらいだ。
本当に話していいのか迷ったものの、その辺りをしっかり伝えないと今の春雨を見たところで余計に混乱するだけだ。ならば、そこはもう話してしまってもいいだろう。
中間棲姫と飛行場姫は、来訪者達にここにいる溢れた艦娘達のことを話した。
トラウマのせいで心を壊し、理性が失われたことで強すぎる感情が溢れ出してしまうこと。その結果が黒い繭に包まれ、その中で深海棲艦として生まれ変わってしまうこと。深海棲艦となっても艦娘としての心を失わないようにここで処置していること。
そこに春雨の名前が出てきていることで、誰もが察することが出来た。春雨が同じように黒い繭となり、この施設で保護されたのだと。目の前の深海棲艦達のおかげで心の底から侵略者になることは免れているが、最早艦娘ではなくなっているのだと。
それ故に、海風は絶望の淵に立たされていた。探し求めていた痕跡を見つけることが出来た上に、春雨がまだ生きていることはわかったものの、それが自分の知る姉では無くなっていると言われたことになる。
だから、信じられなかった。
「嘘だ」
「姉貴……?」
「そんなの嘘だ! 姉さんが、姉さんが深海棲艦になっているなんてっ、嘘だ! 貴女達の戯言でしょう、私達をここから追い払うための!」
そうあって欲しくないという思いから、海風はますます暴走していく。怒りが頭の中を染め上げ、理性を焼き尽くす。
「やっぱり貴女達が犯人だ。私の復讐の相手だ。姉さん達を殺したのは、貴女達だ! 今、今ここで、今ここで私が貴女をっ、殺すっ」
「やめろ姉貴!?」
もう限界だった。江風が必死に押さえ込んでいたものの、何処から出たのかわからない力によって振り払われ、吹っ飛ばされてしまった。
こうなってしまったら海風はもう自由だ。誰かが止めようとする間もなく、その主砲を中間棲姫に向け、間髪を容れずに発射。やめろという声もまるで聞こえておらず、2発、3発と撃ち込んでいく。
「海風やめな!」
「姉さんの仇! 姉さんの仇! 姉さんのっ、仇っ!」
千代田の叫びにも耳を貸さず、砲撃を止めることは無かった。弾切れになるまで撃ち続け、それでもトリガーを弾き続け、ガチガチと空撃ちの音が響く。まだ収まらない怒りを表すかのように、泣きながら撃ち続ける。
仲間の艦娘達は、海風が止められなかったことを後悔していた。心の何処かで、中間棲姫の言葉を信じられなかったのもあるだろう。
「貴女の気持ちはわかるわぁ。錯乱しても仕方ないもの。でも信じてほしい。私達は、決して貴女のお姉さんを殺してなんていない。だってそうでしょう。今ここで初めて春雨ちゃんのお姉さんのことを知ったんだもの」
しかし、海風が撃ち続けたことで爆煙に包まれていた中間棲姫が、さも当然のように話し出す。飛行場姫も何の心配もなくそれを眺めているだけだった。
真隣でここまでの攻撃を受けたら、反撃くらいしてくるだろう。それなのに、全く気に留めていない。
突然風が起き、爆煙が一気に振り払われた。
宙に浮かぶ3本の滑走路が全ての砲撃を防いでいた。海風の怒り任せの砲撃を受けても、その滑走路が全てを受け止めていたのだ。さらに言えば、そこまでやっても滑走路には傷一つ付いていない。完全なノーダメージである。
「妹ちゃん、春雨ちゃんを連れてきてちょうだい。ここまですれば、多少は落ち着いたと思うもの」
「ええ、本人を見てもらった方がいいわね。納得いかずにまた撃たれても困るし」
飛行場姫が施設の方へと歩いていった。それを止めようと考える者もいなかった。暴走していた海風も、こんなものを見たら冷静にならざるを得なかった。
力の差があり過ぎた。中間棲姫が本気を出せば、ここにいる艦娘達は肉片も残らずに海の藻屑になっていただろう。艦娘に対して敵意も無ければ侵略の意思もなく、むしろ穏便に済ませようとしているため、これで済んでいるのだ。
中間棲姫の実力の片鱗。強すぎる3本の滑走路。駆逐艦の砲撃では傷なんて付けられません。