空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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次に向けて

 龍驤達の襲撃は、施設の場所があちら側にバレてしまうという最悪の状況で幕を下ろす。それだけでも大変なことなのに、ジェーナスが精神的に追い詰められているためにガタガタ。怪我人がいないわけでもない。この戦いはあちら側の思惑通りに行ってしまったため、敗北と言っても過言ではないだろう。

 そして、ようやく戦いが終わったことで詰まっていた息を大きく吐き出した比叡が、響き渡るくらいの大きな声で叫び出す。隣にいた戦艦棲姫は大いに驚いた。

 

「な、何よ突然。驚くわね……」

 

 戦艦棲姫も戦いで疲弊しているため、あまり強く構っていられない。対する比叡は、コロラドと激戦を繰り広げた割には元気な方である。

 

「金剛お姉さまに荒潮を託しているんでした! 今頃どうなっているか心配です!」

 

 伊47が戦場から離れたところを、金剛に保護されたということは比叡が戦闘開始時に話していたことだ。

 

 実際は、ここに来るまでに部隊を半分に分けて、片方を援軍として、もう片方はドロップ艦保護としていた。金剛はその後者である。他にはここにいない空母達や大井、そして念の為に来ていた宗谷。

 気を失っているドロップ艦をクルーザーに乗り込ませるというのが普通の処置なのだが、伊47からちゃんと事情は聞いているため、その辺りの対処は引き続き現場でやっているだろうというのが比叡の想定。

 泥を内包し、まだ吐き出すかもしれない存在となれば、そう易々と鎮守府に連れて帰るわけにはいかない。だからといって放置するわけにもいかない。気を失っている間ならば何事もないかも知れないが、目覚めた途端に敵対から再び口移しによる侵蝕があり得る。

 

「そっちは任せたわ。ヨナがまだ戻ってきてないってことは、そちらに付き合ってるってことでしょ。通信なり何なりして、近況を知ってちょうだい」

 

 戦艦棲姫としては、そちらも心配ではあるが、伊47のことを信じているため、最優先は心を完全に折られてしまったジェーナスになる。

 

 そのジェーナスは、未だに春雨に抱きかかえられて泣きじゃくるのみ。まるで見た目以上に幼くなってしまったように、感情のままに泣き続ける。

 何故そうなってしまったのかを知らない叢雲と薄雲は、そんなジェーナスに違和感を覚えてしまったが、一部始終を知っている白露が合流して、端的に説明した。なるべくジェーナスの耳に届かないように。

 

「何よ……それ」

 

 叢雲の拳が握り締められる音が聞こえた。薄雲も口を手で押さえながら目を見開いていた。

 泥による侵蝕は話にしか聞いていなかったのだが、実際に起きてしまったのは少なからずショックだった。それも、施設の中では特に優しく、仲間のことを第一に考えていたジェーナスが、その泥のせいで真逆の性格になってしまったのだ。

 そうなってしまっていた時のジェーナスを知る者は少ない。施設の者だけで言えば、今慰めている春雨と海風、戦った白露と、戦艦棲姫。伊47に関しては海中で見ていたのみであるため言動の全貌までは知らない。

 

「イライラ通り越して呆れたわ。陰険にも程がある」

 

 吐き捨てるように話す叢雲。それは誰もが同意する。姿形どころか、居場所すらもわからない黒幕。そのやり方は、自分では動かず、基本的には艦娘を侵蝕させて自分の配下にしている手口。あくまでも手を汚さず、白露を筆頭とした治療された面々にも、心に傷を残し続ける結果となる。百害あって一利なし。

 

「叢雲、今はジェーナスには……触れないであげて。多分、慰められるのは、ジェーナスを元に戻した春雨だけだから」

「そこは任せるわ。どうせ私が何かしても、ジェーナスが嫌な気分になるだけよ。私自身がわかってるつもりだから。イライラするけど」

 

 自分の性質を正しく理解しているために、叢雲はそういう状況に首を突っ込むことはしなかった。ジェーナスをこれ以上崩したら、確実に自分に対しての怒りで頭がおかしくなる。

 ただでさえ怒りが溢れているのだから、制御出来ている今の状態を維持しなくては、今以上に施設に迷惑がかかる。

 

「私達は先に施設に戻りましょ。今回のこと、姉姫と妹姫に伝えておかないとダメでしょ」

「だね。でもヨナがまだ帰ってきてないんだ。だから、叢雲達が伝えに戻ってもらっていいかな」

「ったく、仕方ないわね。アンタに聞いたこと、そのまま伝えるわよ」

 

 状況が状況だけに、叢雲も素直である。以前だったらここでも当たり散らしていそうだが、随分と制御出来ているものである。

 

 

 

 

 一方、鎮守府組。比叡が金剛達のことを思い出したことで、まずは島風がそのスピードを活かして金剛達の元へと駆け出した。向かう前に白露と戦艦棲姫から大まかな流れを聞いていたため、それを説明するために。

 島風も戦いの中で疲れていたのだが、こういう時だからこそと力を振り絞って伝令係を買って出る。消耗はしているが、持ち前のスピードはまだ失われていない。

 

 部隊の通信機器はその部隊の旗艦、今回で言えば金剛が持っているのみであり、今のように部隊を分割して行動してしまうと、途端に面倒なことになる。

 しかし、今回に関してはこれが最も適した方法であった。全員で龍驤達を対処していたら、逃げられることも無かったかもしれない。しかし、荒潮がどうにも出来ていなかった可能性もある。

 

「いた! おーい! 金剛姉ちゃん!」

「島風、大丈夫でしたカ!?」

「だいじょーぶ! 近況報告ーっ!」

 

 そのスピードのおかげで、島風はすぐに金剛達と合流出来た。

 

 本来ならばドロップ艦を鎮守府に早々に運ぶことを優先するのだが、この荒潮は泥に侵蝕されていることがわかっている。そのため、あえてここでの待機を選択したのだ。これでどれだけ経っても誰も戻ってこなかったら、部隊は援軍に行ったことで全滅してしまったと判断出来る。

 島風がこの場に現れてくれたおかげで、戦いは勝利したか、あちら側が撤退したかということになるだろう。だが、島風の表情は浮かない。

 

「荒潮、どうしている!?」

「宗谷のクルーザーに乗せてありマース。まだ目を覚ましていませんガ、泥を吐き出す可能性があるんデスヨネ?」

 

 まだそこにいる伊47に尋ねると、うんうんと首を縦に振る。足下にいたため、島風は驚くことになったが、すぐに気を取り直して話を続ける。

 詳細を聞けば聞くほど、金剛達の表情は曇っていく。荒潮はまだ解放されておらず、そのまま鎮守府に連れていったら大惨事になっていたこと。それもあるのだが、施設の場所があちら側にバレてしまったことと、ジェーナスが()()()()ことの方が堪えた。

 

「まずは目の前の危機をどうにかしまショウ」

「鎮守府に連絡をしてみては? さっきは通信妨害がありましたけど」

 

 大井の言葉に金剛がなるほどと早速鎮守府に連絡を取ろうとする。先程は龍驤達と戦闘中だったということもあり、通信中にノイズが走り話せるような状態では無かったが、撤退したというのならもう大丈夫だろう。ある程度離れていても妨害をしてくるのは、槍持ち(叢雲)の時でもあったこと。そこまで驚くことではない。

 

『良かった、通じたということは、戦闘は終わったということだね』

「Yes. さっきノイズが走った場所から動かなくて正解でしタ」

 

 ノイズが走る中でも、提督は金剛に()()()()()()()()()()()()と指示を出していた。どういうカタチででも戦闘が終わるまでは待機。もし分けた戦闘部隊が敗北を喫したとしても、それをいち早く知ることが出来るため。

 すぐに荒潮を連れて戻るようにと伝えていたら、確実に荒潮を目覚めさせていた。その時点で泥の増殖は確実で、鎮守府の誰かが侵蝕を受けていただろう。そういう意味では、この選択は結果として正解だった。

 

「今、島風が先行して戻ってきまシタ。説明してもらいマス」

『ああ、頼む。多少は姉姫に聞いているが、詳細は知らないからね』

 

 ここでまた提督が戦況を聞く。あくまでも出先からの通信であるため表情は見えないが、声色からして金剛達と同じように曇っていることは間違いなかった。

 

『そう……か。ならば、その荒潮を連れて鎮守府に戻ってきてくれ』

 

 ここでの提督の選択は、まだ泥を増殖しているであろう荒潮を手元に置くというもの。

 

「いいんですカ?」

『ああ、言い方は悪いが、()()の戦力を捕虜にすると思えば、これは必要なことだ。荒潮にその記憶があるかはわからないが、指示を受けていたというのなら、少なからず今もあちら側の思考にされていると考えればいい』

 

 荒潮を捕虜として捕え、尋問なり何なりをするにしても、リスクはかなりのものだろう。もしこれで荒潮が際限無しに泥を増殖させ続けたら、鎮守府は壊滅が確定する。情報も何も無い可能性だってある。何も得られない可能性の方が高いくらいだ。

 しかし、提督には考えがあった。それが、今の鎮守府で行われている研究のこと。一か八かの賭けにもなるかも知れないが、今はただ訓練するだけではひっくり返せないくらいのところまで来ている。何せ、敵は何処にいるかわからず、泥によって勝手に増え、さらにはまるで()()()のように増殖する特殊なモノまで現れてしまっているのだ。

 

『明石に荒潮を分析させる。そして、泥の対策を早急に作り上げてもらう。我々が完全勝利するためには、これしか無いと考えた』

 

 もし泥を増殖させて吐き出したとしても、それがあればさらに分析が進むだろう。当然取り扱いに失敗した時点でアウト。むしろ、明石が侵蝕されたら鎮守府の勝ちの目が完全に無くなる。

 それでも、ここで賭けに出なければ全員を救うことは出来やしない。当然、この荒潮だって救うつもりで捕虜にする。研究、実験の結果、もし体内にある泥を吐き出させることなく消滅させることが出来るようになれば、今回の戦いは一気に有利になる。

 

 むしろ、荒潮をも救うためにはこの選択以外には無い。泥を増やす存在である荒潮を施設に置くわけにはいかないし、だからと言って放置するわけにもいかない。ここで放置しようものなら、他の海域で同じように泥を増やし続けるだろう。

 ならば、手に届く範囲で管理し、元に戻す手段を探し求める方が現実的であり建設的。

 

『危険を伴うのは百も承知だ。しかし、ここは決断の時だろう。我々は平和を取り戻さなくてはならない』

 

 確固たる意志を感じる提督の声。誰も犠牲者を出すつもりは無い。

 

「……わかりまシタ。今は起こさないように、起きたら気を失わせるようにして、鎮守府へと運びマス。それでいいデスネ」

『ああ。よろしく頼む。くれぐれも気をつけて』

 

 これで通信は終わり。戦場に向かった残りの面々が合流したら、そのまま鎮守府へと帰投。荒潮は捕虜として扱い、この戦いは一時的に終わる。

 

「荒潮は連れて帰りマス。ヨナ、ここまでいてくれてThank youデース」

「ううん、何かあったら危ないし、ヨナも最後まで見届けたかったヨナ。でも、これでもういいかな」

「Yes. 姉姫によろしくデース」

 

 今の話を施設に持って帰るため、伊47はここで別れることに。流石に鎮守府までついていくわけにもいかないし、あまり遅くなっても施設に迷惑をかけてしまう。

 

「さて、今から私達は、爆発物を運ぶことになりマース。宗谷、負担が大きくなってSorryね」

「いえ、むしろ私がここにいて良かったです。背負って帰る方が危険ですから」

「そうデスね。Cruiserのおかげで、私達は安心して戻れマース」

 

 運んでいる最中に目を覚ました時のことを考え、荒潮の隣には誰かをつけることに。おそらく戻ってきた武蔵が受け持つことになるだろう。

 

「では、合流を待った後、帰投しマース。皆さん、最後まで気を抜かずに行きまショウ」

 

 

 

 

 戦いの後、それぞれが次に向けて歩き出す。だが、施設の場所がバレた以上、ここからは混迷を極めることが確定していると言えるだろう。

 何事も無く終われるかは、まだわからない。

 




ある意味大敗を喫した今回の戦い。でも、それを糧に次は勝つために各々進み始めます。とはいえ、施設はかなり大変なことに。
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