空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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心の力

 春雨達が施設に戻ったのは、叢雲達が先行して戻った後、少し経ってから。ジェーナスは泣き疲れて眠ってしまっており、そのまま春雨の手でベッドルームへと連れて行かれた。

 その頃には叢雲からの又聞きとはいえジェーナスの全貌を聞いた姉妹姫は、春雨から改めて話を聞いた後、目を覚ますまでは傍にいてあげるという。目を覚ました時に周りに誰もいなかったら、また自己嫌悪に苛まれて発作を起こし、最悪の場合死を選択してしまう可能性がある。それだけは避けなくてはならない。

 

「アタシは先に行ってる。お姉は春雨から話を聞いておいて」

「ええ、よろしくお願いねぇ」

 

 2人して話を聞く必要はないので、飛行場姫は先んじてジェーナスの元へと向かった。泣き疲れて眠っているとしても、今この時にもう目を覚ましている可能性が無いとは言えない。今のジェーナスは1分たりとも目を離すことが出来ないだろう。

 

 残されたのはジェーナスとの戦いをすることになった春雨筆頭の白露型姉妹。ダイニングには今は誰もいなかったため、そこで。ようやく腰を落ち着けることが出来たため、大きく息を吐いて身体を落ち着けた。

 

「その前に、貴女達はまだご飯を食べていないから、先にお昼にしましょうかぁ。お腹が空いているのも良くないものねぇ」

「あ、はい、そうですね。言われてみれば、お腹ペコペコです」

 

 タハハと苦笑しながら空腹を今更ながらに感じてお腹を押さえる。戦闘中もそうだが、施設に戻ってくるまでも、ずっとジェーナスのことを気にかけていたので、空腹すら忘れていた。

 ここに来てようやく気が抜けたともいえ、そうするとドッと疲れを感じる。空腹と共に眠気までやってきたため、昼食を摂った後は確実にお昼寝になるだろう。

 

「春雨姉さんは特に頑張りましたからね。うんと栄養をつけた方がいいです。春雨姉さんがいなければ、ジェーナスさんは救われませんでしたから。ああ、なんて素晴らしいことなんでしょう。春雨姉さんの偉大さを、改めて実感しました。私もそのお手伝いが出来たことを光栄に思います」

 

 ここに来て海風もヒートアップ。今まではジェーナスのこともあったからか静かにしていたが、今は気を遣うところもない。それ故に、抑え込んでいた感情が一気に溢れ出してきている。

 

「春雨ちゃんがジェーナスちゃんを救うことが出来たのは……やっぱり、彼が言っていた」

「はい、『辿り着く力』だと思います。あの時、あの瞬間だけは、何処をどうすればジェーナスちゃんが救えるか、その、全部が()()()んです」

 

 会話を阻害しそうだった海風は白露が黙らせ、春雨のことについて中間棲姫が言及していく。やはり今回の論点の1つはそこだ。

 救いたいという強い願いが春雨の覚醒を呼んだのは確かだ。救うための光の道が春雨の目にのみ映し出され、舞うようにその道を歩み、そして辿()()()()()。その全てが春雨の手中に収まっているかの如く。

 

「春雨ちゃん、今身体の調子は大丈夫かしらぁ。急に理解し難い力を持ってしまったのなら、異変があってもおかしくないわぁ。見た目は何も変わっていないようだけれど」

「そう、ですね。今のところは何も。でも、何と言えばいいのか、今は()()()()()()感じです。理屈はわかりませんが」

 

 単純に辿り着く必要がある事柄が無いだけにも思えるのだが、そうで無い感覚もある。直感が異常に強くなった春雨には、それも直感的にそうなのではないかと感じるものがあった。

 強すぎる力故に反動があると言われれば、素直に納得出来る。ジェーナスを救うために振り絞ったため、少しの間は同じことは出来ない。もしくは、本当に仲間を救いたい時にのみ発揮される力であるがために、今は何も無い。どちらか。

 

「常に視え続けるだなんて、春雨ちゃんも困っちゃうでしょう。それに、今は何事も無くても、気を抜いたらおかしなことがあるかもしれないわぁ。少しでもおかしなことがあったら、すぐに言ってちょうだいねぇ」

「はい、ありがとうございます」

 

 それこそ、昼食後、昼寝の後、むしろ明日の朝だって、何か起きるかもしれないのだ。何事も無いことを確認出来るまでは、安静にする必要すらありそうである。

 

「春雨姉さんにはこの海風がいますので、もし何かあれば私がお助けします。お任せください。あれ程の力を発揮したんですから、本当に何があってもおかしくないんです。爛々と白く輝く美しい瞳、蝶のように舞う御姿、そして、蜂のように刺すその一撃。本当に惚れ惚れとする」

「はーい海風、わかったから今は抑えようねー」

 

 止まらない海風。白露ではブレーキは踏めなそうである。

 

「それにしても……『辿り着く力』……ねぇ。曖昧すぎたけれど、今回の件でそれがどういうものか、よくわかったわぁ」

「はい……()()()()()()()()辿り着く力、ですね」

「私の中身が貴女を排除したがるわけよねぇ。完全に目覚めたら、そもそも隠れることすら出来なくなるんだもの。それに、ジェーナスちゃんを救えたように他の子を救うことだって出来るかもしれない。思惑通りにいかない最大の壁、よねぇ」

 

 今はまだ春雨は完全に覚醒したわけでは無いのかもしれないが、その兆しが見え、その力を使いこなした春雨は、中間棲姫と同等の危険度として認識されただろう。

 むしろ、春雨の方が狙われかねない。春雨を殺すことが出来れば、最大の障壁は無くなり、目的の達成がより早くなる。春雨を()()()()()()()()()()()、障壁を取り払いつつ戦力を増やし、その辿り着く力すらも手中に収めることが出来る。

 あちら側が狙ってくるなら、前者より後者だろう。むしろ最悪の姫の中身は、器を取り戻す前に春雨の身体を狙ってくるかもしれない。今の中身がどういう状態かはわからないが、他の泥のように他者の身体を奪うことは可能だろう。器に戻るように。

 

 そうではないかと話す中間棲姫の言葉に、春雨は素直に納得する。自分の持ってしまった力が、敵にとっては邪魔な力であることは、自分だからこそ理解している。もし敵側がこんな力を持っていたら、こちらの負けは必至。勝ち目を狙っても答えに辿り着かれたら全て意味が無くなる。

 

「私自身……その、完全に使いこなせているとは思っていません。ジェーナスちゃんを救いたいって思った時()()発揮したような感覚はあります」

「春雨ちゃんの力は、()()()なのかもしれないわねぇ。力強く、こう在りたいと思った時にだけ発揮される力、みたいな感じかしらぁ」

 

 この辺りはまだまだ曖昧だ。持ち主である春雨自身があやふやなのだから、持っていない中間棲姫がどうのこうの言えることはない。

 しかし、その力を使って現状を打破したというのは事実。それだけで狙われる理由が出来てしまっている。

 

「春雨ちゃん、その力を使いこなせるようにするかどうかはさておき、今はゆっくり休んでちょうだい。自分の身体を守るためには、心身共に健康でなくちゃいけないわぁ」

「そう……ですね、今はゆっくり休みます。この後に何か出てきてしまうかもしれませんし」

「ええ、何をするにも万全がいいわぁ。聞いたことはないけど、風邪なんて引いたら困っちゃうもの」

 

 深海棲艦に風邪という概念があるかはわからないが、体調不良なら普通にあり得ることだろう。そうなってしまったら、後々厄介なことになりかねない。

 だから今はゆっくりと休息を取る。もう次の戦いは確定したようなものなのだから、それに備えて今は落ち着くのが一番である。

 

 

 

 

 空腹を満たすための遅めの昼食、戦闘で汚れた身体をお風呂で清潔にし、白露型姉妹は3人揃っていつも通りの私室へ。その頃には気が抜けたか一気に疲れと睡魔が押し寄せた。

 特に春雨は、初めて『辿り着く力』を使ったことが負担になっていたか、身体が筋肉痛になったかのように痛んだ。脚から力が抜け、ベッドに倒れ込んでしまった春雨に、海風が即座に駆け寄る。

 

「姉さん、大丈夫ですか!?」

「あ、あはは……今になって力が抜けちゃった。なんだか脚に力が入らなくって」

 

 義脚に力が入らないということは、まともに艤装が展開出来ていないということになる。それを自覚した瞬間に展開されている義脚は消えた。

 出そうと思っても出せそうにない。それほどまでに消耗してしまっているのだろう。むしろ、今使える力をあの時に()()()していたかのように錯覚する。

 

「やっぱり、あの時の戦い方が響いてるんだろうね。春雨、艦娘の時とも違う動きしてたもん。大分無茶してたでしょ」

 

 ベッドに横たわる春雨の隣に白露が座り、頭を撫でる。姉として、頑張った春雨を労うように。

 

「今はゆっくり眠ればいいよ。というか寝れ。春雨はこれからもっとキツい戦いをする羽目になりそうだからね。艦娘の時よりも辛い目に遭うかも。だからさ、ゆっくり出来るときはゆっくりしときな。あたし達がちゃんと見といてあげっからさ」

 

 そう言って海風に振ると、勿論だと言わんばかりに逆サイドに座り、春雨の背中を撫でる。

 

「春雨姉さんは私達が守ります。絶対に。敵の手になんて渡しはしません。殺されるなんて私が許しませんし、侵蝕なんて以ての外です。春雨姉さんがああなってしまったら、私はどうすればいいのか」

「素直に半殺しにしてくれていいよ。姉さんや古鷹さんみたいに、私も絶対に耐え切るから。私だってそんなことで死にたくないもん。それに、敵にいいように使われるなんて私だって嫌だ」

 

 眠そうではあるが、力強く返す。自分から屈するなんて絶対にしない。そんなことするくらいなら死んだ方がマシだ。だが死んでしまったら敵の思うツボ。じゃあ死ぬわけにはいかない。これだけ自分の死を悔やんでくれるヒトがいるのだから、尚更である。

 

「だから……私も頑張るから……私を助けてね……」

「勿論です。私は春雨姉さんのために生きていると言っても過言ではありませんから。私を救ってくれた春雨姉さんのために、私は春雨姉さんを救います。時には矛として、時には盾として、春雨姉さんの身体に危害を加えるような輩は八つ裂きにします。誰であっても、春雨姉さんの身体に害を与えるものは許しません」

 

 力強く宣言する海風に苦笑しながら、疲れに屈服してそのまま眠りに落ちた。その寝顔はとても安らかである。心配事は多いものの、姉妹の温もりのおかげでグッスリと眠れそうだった。

 

「……白露姉さん、今も言いましたが……春雨姉さんは必ず守ります。私の命に替えても、春雨姉さんを敵の思い通りにはしません」

「うん、それはあたしも賛成。でも1つ間違ってる」

 

 海風の発言に、白露は1つだけ訂正を求めた。

 

「命に替えてもはダメ。アンタも生きな。誰も死んじゃダメだよ。春雨が悲しむから」

「そう、ですね。どうであれ春雨姉さんが辛い思いをするのはダメです。だったら誰も死ぬことは許されません。白露姉さんもですよ」

「当たり前。あたしはもう二度と死にたくないからね。死ぬのって、めっちゃくちゃ怖いんだよ。あたしは知ってるんだから」

 

 説得力のある白露の言葉に、海風は何と返せばいいのかわからなくなった。

 

 

 

 

 今はただ休み、次のための戦いに備える。施設の場所を知られたからには、それこそ今からでも襲撃を受ける可能性があるのだ。

 ここからは敗北は許されない。一度の敗北が、全ての敗北に繋がる可能性が高い。ならば、常に万全を維持しなくてはならない。

 




春雨の力の覚醒は完全ではありません。常時使えるわけで無く、気持ちの問題で発動するモノになります。そのため、絶対相手を救えるかと言われると……?
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