空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

193 / 506
痛みを知る者

 ジェーナスが泣き止み、開き直りたいと決意したことで、施設の時間は動き出す。今はもう夕暮れ時。そろそろ夕食である。

 ジェーナスが泣き疲れて眠っていたことは、施設の者達は全員が知っていたこと。しかし、食事の準備はジェーナスを待つことなく進められていた。ジェーナスは必ず食べるためにここに戻ってくると、飛行場姫がリシュリューに伝えていたというのもある。

 

「お腹空いたでしょう。ジェーナス、お昼も食べていないんだから」

「そう、ね……気が抜けたら、すごくお腹が空いてきたわ」

 

 どうしてもいつものような元気は出ない。まるで風邪でも引いたかのような表情。太陽のような笑みは失われてしまい、しかし前向きになろうと少し無理をした笑みを浮かべる。

 それに対して、姉妹姫は共に見守る方向に落ち着いている。本当に無理しているのなら止めるかもしれないが、前を向こうとしているのは間違いないのだ。このぎこちない笑みはその証。

 

「どうする? ダイニングで食べるか、ここに持ってくるか」

 

 ここで飛行場姫はまた選択を迫る。少しでも前向きになれるように、自分で選ぶということをさせることで、前に踏み出すための力を発揮させる。

 ジェーナスは少しだけ考える素振りを見せたが、意を決したように、ベッドから降りた。

 

「Diningに行くわ……ここで縮こまってたら、前を向けそうにないもの」

 

 人の目を気にしていたら、開き直るなんて夢のまた夢。それに、白露達には改めて謝っておきたいというのもある。

 開き直るのなら謝る必要は無いと思った飛行場姫だが、それはジェーナスの優しさ故の行動だ。否定する必要もない。

 

 姉妹姫に支えられて私室から出ようとしたところ、ドンピシャのタイミングで部屋の前に白露が立っていた。

 

「うわっとと、まさか全く同じ時間だったとは」

 

 突然扉が開いたので驚く白露だったが、姉妹姫の奥にいる浮かない顔のジェーナスを見て、やっぱりなという顔をした。

 

「ジェーナス、あたし達はなーんにも気にしてないからね。っていうか、あたしなんかもっと酷いことさせられてきたんだから」

 

 そして第一声。ジェーナスを慰めるように、自虐も交ぜながら何も悪くないと語る。

 これも白露なりに考えての言葉だった。ジェーナスがどれだけ辛い思いをしているのか一番理解しているのは、まず間違いなく白露ともう1人。

 

「あ……」

 

 白露が熱弁を振るおうとしたその時、さらにジェーナスの部屋にやってきたのは古鷹である。コマンダン・テストの支えもあり、まだ痛みはあれど何とかここまで歩いてきた。

 そんな身体でも、ジェーナスのことが心配になってここまで来た。コマンダン・テストは無理をするなと念を押したが、ジェーナスのためだと古鷹も少しだけ無理を言って。

 

「ジェーナスさ、ちゃん、ジェーナスちゃんは、何も悪くないで、からね」

 

 何とか敬語を抜いていこうと努力している辿々しい話し方。古鷹も前を向くために、自分を変えていく決意をしているのだ。

 

「悪いのは全部……あの悪意の塊。誰も、誰も悪くないの。白露ちゃんも、ジェーナスちゃんも……誰にも罪は無いんだよ」

「古鷹さんもね。あたし達の手は血に染まっちゃってるかもしれないけど、でも、それは全部()()()のせいなんだから。むしろ、悲しんで俯いてたら、多分()()()は指差して笑うような性格だよ。まぁそこまで軽くは無いけど」

 

 2人揃ってジェーナスを励ます。やはりどうしても自虐は入ってきてしまうものの、その瞳は光を見つめている。自分をこうした者に対する恨みも憎しみもあるが、それを感じさせないくらいに明るい。

 この2人がこれだけ前向きに生きようとしているのに、それよりもまだマシな自分がいじけているわけにはいかないと、ジェーナスも決意を固める。それと同時に、この2人でもこんなに明るく振る舞えるのに自分はと、自己嫌悪の気持ちも強まってくる。

 

「ジェーナス、大丈夫?」

 

 その表情の変化に気付いた白露が顔を覗き込む。

 

「大丈夫、大丈夫よ……私だって……前に進まなくちゃいけないもの……」

 

 やはりどうしても自己嫌悪が強すぎた。それがジェーナスの特性なのだから仕方ないことではあるのだが、前を向こうと思っても、その溢れた感情が足を引っ張る。

 歯を食いしばって、その足を前に前にと進めようとするが、吹っ切れることが出来るのはまだまだ遠い。だが、一歩ずつ進もうと努力することが大切だ。やらないより、やった方が当然良い。

 

「ジェーナスちゃん、夜だけれど、しばらくは私達と寝ましょうねぇ。ある程度は落ち着ける方がいいと思うから」

 

 ここで中間棲姫からの提案。施設の一員となった当時のように、姉妹姫に挟まれて眠ることで温もりを感じ、今の感情を和らげていこうと考えた。

 

「あの……1つ提案が」

 

 それを聞いて、今度は古鷹が発言。自分から意見を言うのはここでは初めてなので、中間棲姫は興味津々にその話を聞く。

 

「ジェーナスちゃんとの添い寝……私と白露ちゃんじゃダメ……ですか?」

「あら、貴方達が?」

「はい。()()()()()()()()として……力になってあげたくて」

 

 泥によって魂を穢され、生き方を歪められた存在となると、今は数が限られている。

 古鷹の言う通り、ジェーナスの心の痛みを知る者は、その限られた者しかいない。ジェーナスを救うことが出来た春雨も、その時の思いを知ることは出来ないのだ。

 

 だからこそ、白露は春雨達を置いてこの部屋の前に来た、古鷹も同じ考えでここにいる。ジェーナスを慰めることが出来るのは自分達しかいないと。

 

「ジェーナスちゃん、貴女はどうかしらぁ?」

 

 妹のやり方を姉も倣って、ここも選択を迫る。前向きになれるように、自分で選ばせる。ある意味、悪いことを考えさせないように別のことを考えさせる手段とも言えるかもしれない。

 

 ジェーナスはほんの少しだけ考える。自分がこんなことになっていて白露と古鷹に迷惑をかけないだろうか、そんな自分を許せるだろうか。だが、ここで好意を突っ撥ねるのも間違っているのではないだろうか。

 いろいろと考えた結果、見出だした答えは──。

 

「じゃあ……お願い」

 

 その思いを汲み取り、2人に頼ることにする。今までもそうだが、1人で眠ることが出来ないのは確かなこと。誰かに頼ることになるのは間違いない。それが誰になっても問題はないだろう。

 

「コマちゃんもそれで良かったかしらぁ。夜はこの子達に古鷹ちゃんの様子を見てもらうってことになるわねぇ」

「Oui. 問題ありません。お昼は私が介護いたしますが、夜はお任せしますね」

 

 古鷹に付きっきりとなっているコマンダン・テストも、今この段階で随分と回復してきたので、夜くらいは他の者に任せても大丈夫と判断した。それに、その相手というのがジェーナスと白露。知らない仲ではないし、怪我人を雑に扱うような者でもない。信用して託すことが出来る。

 古鷹が言い出して、トントン拍子に決まっていくが、白露は一切口を出さずにいた。出来ることなら自分もそうしたいと思っていたのは確かであり、自分と同じ苦しみを持つ仲間を助けようと考えるのは当たり前。むしろ、古鷹が言い出さなかったら自分から言うつもりでいたくらいである。

 

「それじゃあジェーナス、アンタは仲間を頼って、甘えて、楽しく生きなさい。多分何度も聞いてるでしょうが、誰もアンタのことは責めてないの。後ろを向くより、前を向く方がいいわ。俯いていたり、後ろを向いていたりしたら、この子達のことも見えなくなっちゃうもの」

 

 自分のことを思って行動してくれる仲間がいることに、ジェーナスはまた泣きそうになってしまった。壊れることも出来ずに自己嫌悪が涙として溢れたのとは違う、喜びでの涙。

 今のジェーナスは情緒不安定になってしまっているが、こういうことならまだ許されるだろう。泣きたければ泣きたいだけ泣けばいいのだ。

 

 

 

 

 ジェーナスがダイニングに到着すると、施設の全員がそこで夕食を囲んで待っていた。必ずここに来るだろうといつも通りに。

 

「あ、うう……その、ごめ」

「ジェーナスちゃん、謝るのは無し」

 

 春雨が先手を取る。ここで直感が役に立つ。まだ視界がボヤけているので海風のサポートはあるものの、ジェーナスが何処にいるかくらいは直感なんて無くてもわかる。

 

「みんなから聞いてると思うけど、誰もジェーナスちゃんのこと責めてないんだから。だから、今まで通り一緒に生きていこう、ね?」

 

 春雨の言葉に全員が同意。そもそも、ジェーナスから攻撃を受けているのは白露型姉妹の3人くらいなのだから、その3人が何も感じていないというのなら何も言うことは無いのである。どんな感じになってしまったのかを興味本位で聞くなんてこともない。

 

「う、うん……Thank you」

「さぁ、冷めないうちに食べなさいな。今日はいつも通り、腕によりをかけて作ったわ。さ、La demoiselle(お嬢様)

 

 リシュリューがジェーナスを席に着かせると、いつもとは違うレベルの料理が並べられる。ちょっとしたお祝い事気分である。

 

「落ち込んだ時はNourriture délicieuse(美味しい料理)、これは常識的なことね。これで気分を上げなさい」

 

 気を遣っているわけでなく、ジェーナスのことを真に思っての行為。また泣きそうになってしまうが、袖でグシグシと目元を拭い、その料理を口に含む。

 

「……美味しい、いつも通り」

「でしょう。自信作だもの。いつも通り」

 

 何も変わらない日常を取り戻すことが出来たと実感出来る味。それだけでも心が落ち着いていく。何も特別なことなんてない。ジェーナスは何も変わっていないのだ。

 ならば、今まで通りの生活をしていけばいい。今まで通り、いつも通り、楽しく生きる権利がジェーナスにはある。少しだけ歪んでしまったかもしれないが、まだ取り返しがつくところにいるのだから。

 

「さ、みんなも食べなさい。いつも通りに、ね」

 

 あくまでもいつも通り。そう、何も変わっていないということをジェーナスに知ってもらうため、今まで通りを実践する。意識せずともそれは可能だ。何せ、今までそのように生きてきたのだから。

 

「春雨姉さん、今は遠近感が掴めないでしょうから、私が食べさせてあげます。ささ、遠慮なさらずに」

「あー、まぁ、うん、大丈夫なんだけどなぁ」

「何から食べますか? お野菜ですか? お魚ですか? この海風が全てをずずずいーとこなしてみせましょう」

 

 相変わらず押しの強い海風に春雨はタジタジである。その原因を間接的に作り出したのはジェーナスになるのだが、そんなことを気にさせないくらいのテンション。

 そんな様子をニヨニヨしながら見ている竹と、ニコニコしながら見ている松。小さく溜息をつきながらその隣に着いた白露。苛立ちながらも食事に専念する叢雲に、その隣で苦笑する薄雲。輪に入るわけではないのだが、この光景を楽しそうに見つめる伊47。

 

 何も変わらない食事風景。それだけでも救われた。よそよそしい態度などでもなく、無理して盛り上げているわけでもない。皆が皆、楽しく生きるために好きなようにここで生きているに過ぎない。

 

「……私、みんなとここでずっと楽しく生きていきたいな」

 

 ボソッと呟く。前向きになろうとする思いの中で自然に溢れたその言葉、誰もが聞き流すことは無かった。

 

「そんなの、心配しなくても大丈夫よ。アンタが嫌って言っても、ここから逃がさないから。ここで楽しく生きてもらうわ」

「ふふ、そうねぇ。妹ちゃんの言う通り、ジェーナスちゃんには楽しく生きてもらうわぁ」

 

 姉妹姫からの保証もあり、ジェーナスはさらに前を向くことが出来るようになる。

 

 

 

 

 まだまだ心に引っかかるものはあっても、仲間達のサポートがあれば、すぐにでも元に戻れるはずだ。

 




ジェーナスは施設の仲間達のおかげで正しく前を向くことが出来そうです。誰も特別視しない。いつも通りの仲間として、何も変わらず接してくれます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。