空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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狂気の科学者

 ジェーナスの件が進められている裏側、鎮守府。

 

 荒潮が目を覚ますと、そこは見慣れぬ部屋。どちらかと言えば薄暗く、まず確実に歓迎されているとは思えないような場所。窓もなく、扉もキッチリと閉められており、電気がついていなければ確実にこの部屋は真っ暗闇になるような仕様にされていた。

 荒潮自身は一切の拘束がされておらず、部屋自体もそこまで生活に苦では無いようにベッドなどが置かれていた。

 

『目が覚めたようですね。おはようございます』

 

 室内に声が響く。これと言って五月蝿いわけでは無いのだが、今の荒潮にとってはあまりいい気分ではない声。

 何せ、この荒潮は未だに泥による侵蝕を受けたままであり、艦娘のまま敵対している状態。さらには、既に体内には1人分侵蝕出来るだけの泥が増殖している。

 

「最悪の目覚めね〜。ここ何処ぉ〜?」

『理解している通り、ここは貴女が目指していた鎮守府になります。ドロップ艦として保護し、現在貴女の身体を調査中ですね。正式な登録まで、もう少々お待ちください』

 

 事務的な声ではあるが、その裏側には荒潮のことを完全に把握しているような意地の悪さを感じる。

 

『申し遅れました。私は工作艦明石。そちらの言動は全てこちらでモニターしている状態ですのでご了承を』

 

 放送の向こう側の顔が見えるかのようだった。声色からして、確実に笑っている。今の荒潮の状況を見ながら、どうしてやろうかとほくそ笑んでいる。荒潮はそう感じた。全てを理解して。

 

「では明石さん、貴女は何処まで知っているのかしら〜」

 

 ここであえて切り込んでくる荒潮。この鎮守府が、悪意の塊、最悪の姫の中身と敵対している場所であることは、龍驤から全て聞いている。それを知っている上で、増殖する泥を体内には入れたままで1人ずつ侵蝕していき、この鎮守府を裏側から滅ぼして乗っ取るつもりだった。

 しかし、今この部屋は誰がどう考えても()()()である。窓がないのは地下だから。ドロップ艦を保護というのは建前、敵対していることを知っているからこんな部屋に押し込んでいる。

 

 練度はドロップ艦故に低くとも、荒潮は賢い艦娘だった。だからこそ、ここで自分の使命、鎮守府の崩壊と侵蝕を優先するために、駆け引きに出た。

 

『そうですね、そこはちゃんと伝えておきましょう。私は全部知っています。貴女の中に悪意の塊があること。それが体内で増殖すること。貴女の頭の中は艦娘ではなく侵略者となっていること。目的がこの鎮守府を侵蝕すること。この辺りは把握していますよ』

 

 簡単に言ってのける。しかも、余裕綽々であることを隠さない。お前はここから出られないのだと教え込むかの如く。

 

「そうなのね〜。じゃあ、今から私がやることに何も文句は無いわよね〜」

 

 全てを理解しているのなら話が早いと、艤装を展開して懲罰房から脱出しようと試みる。こうなっているのなら、どういうカタチでも脱出して、沈められようが泥をばら撒き一矢報いる。

 しかし、どれだけ力を入れても艤装が展開されることはなかった。よくよく考えてみれば当たり前のことである。見た目は艦娘であっても、頭の中は侵略者。そんな相手に武器を持たせたままでいるわけがないのだ。

 

『あ、先に言っておきますね。気付いていると思いますけど、貴女の艤装はこちらで保管させてもらっています。私、工作艦なので、艦娘から艤装を奪うことくらいはワケ無いんですよ。海の上ならまだしも、ここは私のホームグラウンドなんですから』

 

 少しずつ本性が出始めている。抗う荒潮の姿を見ながら楽しんでいるような声色。荒潮にも表には出さないが若干の苛立ちが生まれる。

 

『貴女はそこでゆっくりしていてくれればいいです。()()()()()解放しますので』

 

 そしてこれである。目を覚ましたことがわかれば、そこの部屋にいてくれれば好きにしろとまで言ってきた。ただし非武装であり、部屋から出る手段は無い。これでは完全に捕虜である。実際捕虜なのだが。

 

『あー、でもそこにいるだけだと暇でしょう。何か話し相手にでもなりましょうか。こちらは作業しながらでもそちらの様子は見ることが出来ますので』

「それじゃあ、今明石さんは何をしているのか教えてもらえるかしら〜」

 

 苛立ちは隠し、余裕を持って明石に何をしているかを聞き出す。そうすることで、うまく抜け出すことが出来た時に鎮守府の危険度を仲間に伝えることが出来るから。

 また、暇なのは否定出来なかったので、話し相手になってくれるのならなってもらおうという魂胆でもある。暇潰しに情報収集しつつ、逆転の一手を狙っているわけだ。

 

 当然、荒潮のその考えを明石が気づいていないわけがないのだが。

 

『そうですね、貴女も()()()みたいなものだし、知っておいてもいいでしょう。私は今、貴女達が悪意の塊と呼んでいる泥の対策を研究、開発しているところです』

 

 そんなところだろうとは思っていたようだが、そんなに簡単に研究出来るものかと首を傾げる荒潮。

 

「対策、ねぇ?」

『ええ対策。実はですね、既にセンサーは完成しているんですよ。古鷹の体液はとっっっても役に立ちました』

 

 古鷹の体液と聞いて、荒潮にはピンと来なかったが、おそらく龍驤の仲間なのだろうとは勘付いた。つまり、斃した元艦娘の体液から深海棲艦の研究をしているということになる。

 そういうことが許される世界なのかは生まれたばかりに近い荒潮にはわからなかったが、明石が意気揚々と話しているところからして、あまり認められない研究であるのではと思う。

 

『でも、あくまでも艦娘と深海棲艦の区別だけが付くようになっただけです。次は泥──悪意の塊を優先的にチェック出来るセンサーを作る必要があります。そこで必要になったもの、()()()()()()()()()()()()()()()()

「私、がぁ?」

『ええ。まさか()()()()()()()()()()が手に入るなんて思ってもみませんでした! 研究が捗って捗って仕方ないですね!』

 

 声だけなのに、悪寒がゾワリと背筋を伝った。悪意の塊がどういうものか理解しているというのに、それをサンプルと称して当たり前のように調査しているなんて、狂気も混じっているとしか思えない。

 

『まぁいろいろと予想はついていたんですよ。それが確定出来たって感じです。増殖する泥、これは艦娘ないし深海棲艦の体内、単純に人肌の温度でのみ増殖するモノですね。なので、貴女の体内で勝手に増える。でも、増える量というのはおそらく限られている。1人分が限界なんでしょう。その増加速度はまだわかりませんが、ある程度増えたらそこでストップ。他者に流し込んだ後、増殖再開。で、また1人分になる。これで鼠算式に増えていく、という算段ですね』

 

 ここから明石の言葉が激しくなっていく。相手は誰でもいいから、研究成果を聞いてほしい。そんな気持ちが溢れ出している。狂科学者(マッドサイエンティスト)な本質が、初対面である荒潮相手にも隠せていない。

 

『アンプルの中に入れてしまえば増殖しない。試しに体温と同じにしてみたら増殖した。しかも自分から蠢くなんて劇物。ああ楽しい、こういうことやってみたかったんですよねぇ!』

「あ、あの……」

『で、貴女の何処から採取したかというとですね、話は聞いていましたけど、貴女深海棲艦の1人に口移しで泥を流し込んだんですよね。その時に、口内にほんの少しだけ残っていました。それをちょっといただいたわけです。勿論、直接触れるようなことはしていませんよ。防護服も作ってありますから。放射能からも完璧に身を守ることが出来る全身を覆うスーツでしてね。それを着ている間は侵蝕されません。戦闘は出来なくなりますし、息苦しくてまともな作業は短時間しか出来ませんけど』

 

 止まらない明石に、荒潮は少しずつ恐怖を覚え始めてきた。相手が誰であってもこの熱意が見せられるのは、どう考えても狂っていることだ。

 

『なので、今はその泥が私の手元にありまして、そこからガンガン研究させてもらってます。凄いですよコレ。何せ、少し人肌で温めれば無限にサンプルが増えるんですもん。あ、そうそう、増やし方とかはもうマスターしているので、そこから侵蝕されるなんてことは絶対にあり得ません。故にやりたい放題ですよ。でも、私は絶対に鎮守府には迷惑をかけません。私はこの鎮守府を愛しているからこそ、ここまでやる気が出るんですから』

 

 明石を突き動かすのは、あくまでも鎮守府に対しての愛情だ。この鎮守府の平和を守るため、全ての仲間を笑顔にするため、時には汚れ仕事も嬉々として行い、時には自分を犠牲にしてでも仲間達の身を守る。

 今回の研究は特に危険であることは理解しているのに、そういうところからも率先して身を投じた。勿論、明石自身の欲望、研究欲に準ずるところがないかと言われれば、それはない。元々の明石の性質上、狂科学者(マッドサイエンティスト)となる気質は充分にあった。そこに平和を守ろうとする過剰な気持ちが乗ったことにより、今の明石となっている。

 

 その結果がコレ。欲望のままに動き回って、最善を掴み取ろうとする探求者。それが悪い結果になったことは今までに一度も無い。勿論、失敗は付き物ではあるが、それはしっかり提督と大淀が止めている。ブレーキが利く内はまだマシだ。

 

『っと、泥の解析が終わったようですね。なるほどなるほど、これは興味深い。増殖の性質も何となくわかりましたよ。特定下における細胞分裂みたいなもの。なるほど、この泥は泥ではなく、()()()()()()()ということですか。だから侵蝕なんていう単純な意思も持っているわけですね。増殖は特別製らしいですし、そのように操作されたモノなのでしょう。魂に作用するというのは大分オカルトですが、わかってしまえば大したことないですねぇ。つまり、侵蝕された艦娘と深海棲艦は、いわば()()()()()()()()()()()と言った方が早い。なら対策も簡単ですよ』

 

 荒潮が口を挟む前にペラペラと話を続ける。明石のマシンガントークを止められるのは、提督か大淀しかいない。

 

『これなら貴女も解放出来ますね。体内の洗浄なんてお手のものです。でも、ドックに入れるのは流石にまずい。()()()()()()()()()可能性もありますから。ならばどうするか、まぁ手っ取り早いのは投薬ですね。体内の余計なモノを破壊するにはこれが一番です。まぁちょーっと苦しいかもしれませんし、激痛に苛まれるかもしれませんが、別に構いませんよね? だって、貴女を野放しにしていたらみんなが同じ目に遭っていたんですから。貴女1人の犠牲によってみんなが救われる。しかも貴女は苦痛を受けるだけで救われる。最高ですね、完璧ですね!』

 

 荒潮は明確に恐怖を感じた。艤装も奪われ、部屋からも出られず、この狂った科学者に自分はいいようにされるのだと、嫌でも実感してしまった。

 自然と手が震える。歯がガチガチと音を立て始めた。嫌でも目が潤んでくる。

 

『まさか怖いとか言いませんよね? さっきまではこちらを出し抜こうと考えを巡らせていたみたいですし。私から話を聞いていく内に抜け道を探そうと躍起になっていたでしょう。お見通しですからね。貴女をそこから出したら、間違いなくこちらが怖い思いをするんです。そんなの嫌ですし、そもそも仲間が傷つくところを見たくないんですよ。なら、貴女()()が怖い思いをしてください。侵蝕されているのは可哀想だとは思いますが、なに、少しだけの辛抱です。元に戻ったら仲間ですから』

 

 見えなくとも、荒潮には明石がどんな表情をしているのか手に取るようにわかった。澱んだ瞳でニチャリと笑う、荒潮のことを艦娘でも深海棲艦でもない実験台(モルモット)としてしか見ていない顔。

 

『薬の完成までは時間がかかりますが、そこまで待たせませんので少々お待ちを。いやぁ、本当に貴女が来てくれて良かった。こんなに簡単に決着がつくなんて驚きですよ。あ、そうそう、もしかしたら自殺なんてことを考えるかもしれませんが、それも許しません。死んだら救われませんからね』

 

 明石がそう言った瞬間、荒潮の周囲から何かが飛び付いてくる。よく見れば、泥による侵蝕を受けないように防護服を着込んだ妖精さん。いわゆる装備妖精という存在。その妖精さんが荒潮に乗っかった瞬間、自殺防止の装備が展開される。

 これは錯乱した艦娘が自傷行為をしないようにと明石が開発した拘束具だったのだが、過激すぎるために提督が廃案にしたもの。しかし、こんな時のためにと1人分は用意していたのである。

 

『艦娘用の鎮静剤も開発してありますので、壊れることも許しません。壊れたら感情が溢れてしまうかもしれませんから。それでは、薬が出来るまでおやすみなさい。次に目覚めた時には、その侵蝕は取り除かれていると思います』

 

 手脚を縛られた挙句、舌を噛まないように猿轡までされ、そのままベッドに寝かされた荒潮は、抵抗することも出来ずに強烈な睡魔に襲われる。この猿轡に鎮静剤が仕込まれていたらしく、抗うことすら出来ずにそのまままた眠ることになった。

 

 

 

 

「よし、これで研究に専念出来ますね。ここからは本当に失敗が許されないし、緊張するなぁ」

「明石……あんなに怖がらせる必要あったの?」

 

 明石の後ろには、ストッパーとして大淀が立っていた。だが、あまりにノリノリで荒潮には話すので、止める機会が見つからなかった。

 結果的にあってほしい流れに行ったので良しとするが、今回の明石のやり方はあまり誉められたモノではない。

 

「まぁあ、そこまでしなくてもよかったかも。でもまぁ、静かにしていてくれたから結果オーライだね。じゃあ、すぐに泥を中和する薬を作るから。大淀も手伝ってくれる?」

「はいはい。私に出来ることなら」

「出来る出来る! 数値を見ててもらうこととか、物を押さえてもらうこととかだから。1人だとしんどいけど、2人だとやりやすいんだよね」

 

 目をキラキラさせながら作業を進める明石を見ながら、大淀は小さく溜息をついた。

 

「まぁ、こういうところが明石のいいところでもあるんですが」

 

 ボソリと呟き、研究の手伝いを始める。

 

 

 

 

 これにより、悪意の塊対策は劇的に進化することになるだろう。荒潮が解放される時も近い。

 




明石の狂気は愛故に。これでも鎮守府に所属する艦娘なわけで、平和を求める気持ちは人一倍あるのです。その表現が若干狂っているだけ。
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