翌日。目を覚ました春雨は、身動きが取れなかった。昨晩から白露がジェーナスにつくことになったため、夜は海風のみが隣にいる状態になっていたのだが、寂しさの発作が起きないようにといつも以上に強く抱きしめながら眠ったため、今こうなっている。
耳元に海風の寝息が聞こえる辺り、しっかりと疲れが取れているようで何より。そう考えつつも、このままだと全く動くことが出来ないため、海風にも目を覚ましてもらうことに。時間も時間なので起きても何も問題はない。
「海風、朝だよ」
抱きしめられているが故に、耳元に囁くしか出来ない。そしてそれが海風の作戦でもあった。目覚めの合図を姉の囁きにするという。
「ん、ふぅ、おはようございます春雨姉さん」
耳に息が吹きかけられたようなモノなので、小さく震えつつもパッチリ目を覚ます海風。トロンとした目ではあるものの、春雨が眼前にいることと、朝までグッスリと眠れたことに安堵した。発作も起きていないため、自分の温もりだけでもちゃんと春雨を癒すことが出来たことに大いに喜ぶ。
「目の方は大丈夫ですか? 海風の顔、ハッキリと見えていますか?」
「うん、大丈夫。流石に一晩経てば治るみたい」
昨日半日近く続いていた春雨の疲れ目、霞み目も、昼寝だけではなく深夜の熟睡を加えたことで完治。距離感が掴めないということもない。
海風からの抱擁を解いてもらって、脚を生成してから立ち上がる。ゆっくり休んだおかげで疲れらしい疲れはなく、目以外の反動ももう見当たらない。気怠さのような体調不良は昨日の段階から無かったが、そういうことが今更ながら出てくるのも無いようである。
「なら、そういうサポートはもう大丈夫ですね」
「うん、ありがとう海風。昨日は助かったよ」
「姉さんにそう言っていただけるだけでも、海風は感無量です。素晴らしき春雨姉さんの手となり足となり目となることが私の至上の喜びなんですから。喜んでいただければ、私も喜びます。姉さんの感情は私の感情でもあるんです」
相変わらずだなと苦笑しつつ、さらりと着替え。海風も春雨に倣って着替えて部屋を出た。
昨日にあれだけの戦いをする羽目になったのだから、今日は平和な1日を望む。しかし、施設の場所が敵にバレてしまったために、そんなことも言っていられなくなるだろう。束の間の平和を満喫するためにも、春雨は今は気を落ち着けて生活することにした。
朝食の場にはジェーナスもしっかり参加している。白露が言うには、やはり昨晩も
しかし、白露と古鷹が付き添ったことにより、昨日よりは幾分か顔色は良かった。同じ傷を持つ者というのは、やはり過ごしやすいのかもしれない。罪悪感は失われなくとも、共に歩いてくれる者がいるというだけで心強い。
「さて、と。今日はみんなに話しておかなくちゃいけないことがあるわぁ。食べながらでもいいから聞いてちょうだいねぇ」
ここで中間棲姫が切り出す。誰もが何を話すかを察することが出来ていた。
「私と春雨ちゃんを狙っているという子達が、ついにこの施設の場所を知ってしまったそうなの。つまり、今この時も、ここに誰かがやってきて、危険なことになるかもしれないわぁ」
「少なくとも昨日の夜は何事も無かったみたいだけれど、今後どんな時間に何が起きるかもわからないって状況にはなっちゃったわね」
飛行場姫も加わり、現状がどれだけ危険な状況であるかを共通認識としていく。
今までは、この施設が誰にも見つかっていないという大前提があったからこそ平和であった。しかし、明らかに敵対を意識している輩がこの場所を知ってしまったということは、もう平和なんて言っていられない状態。
「そこで、聞いておきたいことがあるわぁ。もう平和とは言えなくなってしまったこの施設から離れたいという子はいるかしらぁ」
あくまでも平和であるからこの施設に身を寄せていたというものがいるのなら、ここに居続けるのは意図から外れることにほかならない。ならば、まだ安全なうちに旅立つという選択肢もある。
中間棲姫は真っ先にそれをみんなに伝えた。危険から遠ざかることは何も悪いことでは無い。それは逃げではなく、危機回避である。誰も後ろ指を指すようなことはしないし、むしろ推奨すらするだろう。
「ここまで来たら一蓮托生だろ」
それに対する第一声は竹。男勝りで強気な彼女だからこその言葉。
「私も竹と同じです。平和だからここにいるわけではなく、ここの空気が好きなのでここにいるんです。なので、一緒に守らせてください」
松も同意見である意思を見せる。2人の意見が食い違うことはまず無いのだが、言葉にすることで改めて同じであることをお互いに感じ合う。
「ヨナも、ここにいるヨナ。ここが好きだもん」
幸せアレルギーの伊47も、この空間が好きだからという理由で離れることは無い。団欒に交じることは出来ずとも、施設を守りたいという気持ちはみんなと同じだ。
「Richelieuも残るわ。近々買い出しに行かなくちゃいけないけれど」
「Oui. 私もですね。
リシュリューとコマンダン・テストは、遠征組という都合はあるものの、やはり施設の防衛には積極的に参加する方針のようである。
今施設を出て買い出しに行くのは得策ではないと考えた。相手がどれほどの軍勢を率いてくるかもわからないため、戦力を減らすのはあまりいいことでは無い。死が絡む戦いを拒むコマンダン・テストも、それくらいは理解していた。
他の者は言わずもがなである。そもそも狙われている春雨を筆頭に、ここにいるものはあちら側に襲われたものや利用されたものだ。強いて言えば薄雲が無関係ではあるものの、叢雲のストッパーとして快くこの場にいることを選んでいる。
理由はそうではあるが、皆、施設のことを大切に思っているからその考えに至るのだ。平和に暮らすことは何より、姉妹姫の人柄に惹かれてここに残る。
「ありがとう、みんな。平和は無くなってしまったけれど、私と妹ちゃんが貴女達の安全は必ず守るから、気を張らないでねぇ」
「ええ、お姉とアタシがしっかりこの施設を守るわ。誰にも危険な目に遭わせない」
この2人の実力を知る者は少ない。実際に攻撃を食い止められているのは、海風と叢雲だけだ。そして、その時に実力差をひしひしと感じている。心が折れるほどの強さを持つ姉妹姫ならば、この施設を守り切ることが出来ると信じられる。
「貴女達だけだとどうしても穴が出来るでしょ。寝ずに番なんて出来ないんだから」
姉妹姫の言葉に、戦艦棲姫が少しだけ反発するような口調で話す。
「まぁ……それを言われてしまうと、そうねぇ」
「だから、貴女達も私達を頼りなさい。ここを守るためなら、命を賭すことはしなくても、普通に力を貸すわ」
全員が首を縦に振る。叢雲までもが、怒りに苛まれることなく、その意思を示した。
姉妹姫が思っている以上に、ここに所属する仲間達は施設のことを大切に思っている。この場所だから生きていけるという者もいるだろう。
それ故に今、この施設内の思いは1つとなっている。勿論平和が無くなってしまったのは悔しい。だが、その平和を取り戻すために抵抗する。
「夜の襲撃があるかもしれないから、哨戒は1日3回にした方がいいわね。全員寝ている間に忍び込まれるなんて気分が悪いことされたくないわ」
戦艦棲姫の提案で、哨戒もなるべく多く、さらには夜にも行なわれることに決まっていく。いつどのタイミングで襲撃してくるかなんて、一切読めない。ならば、常に注意をし続けるというのが正しいだろう。
そうやって神経を張り巡らせていると精神的に疲れてしまいそうだが、だからといってやらないわけにもいかない。中間棲姫と春雨がやられてしまったらその時点でおしまい。死んでもダメ。侵蝕されたらもっとダメ。ならば、全員で力を合わせてそれを防ぐ。
「むしろ夜の方を強めにした方がいいでしょ。私はやるわよ。ああいうゴミみたいな輩は、そういうことをやたらやってくるでしょ」
明らかに敵意丸出しの叢雲も、朝食の付け合わせのプリンを頬張りながら言う。夜の哨戒は賛成のようである。
実際、古鷹と龍驤が鎮守府に夜襲を仕掛けているため、時間帯を問わないというのは正解。夜は艦娘が艦載機を飛ばせない時間にもなるため、自分達に有利になるように仕掛けてくるのは当然と言えば当然である。
「昼間はアタシが哨戒機を飛ばすわ。コマ、アンタにもお願いしたいんだけどいいかしら」
「Oui. 勿論です。
「ええ、問題なく。艦娘の時は出来なかったけど、今のRichelieuは
飛行場姫に加え、コマンダン・テストとリシュリュー、この3人が施設近海の哨戒を毎日行なう。飛行場姫に至っては高高度哨戒も可能であるため、視野はさらに広い。
「フルタカさん、それでも大丈夫でしょうか。見たところ、完治とは言いませんが、大分回復していると思いますので……」
「は、はい、大丈夫です。まだ痛むところはありますけど、随分と生活に支障が出なくなってきていますから。今までありがとうございました」
古鷹は体調の問題があるため、まだ哨戒には参加出来ないだろう。もう少しの間を安静にしている必要は出てくるだろうが、もう大分動けるようにはなっている。
コマンダン・テストも、ここまで回復していれば古鷹に対しての心配事が大分少なくなっていた。今までは目を離せないとすら思っていたが、今や朝食の場にも自分の足で支え無しで来ているため、安心出来ている。
そして夜は駆逐艦の時間である。叢雲はやる気満々。そして、海風もやる気満々。
「春雨姉さんを狙う不届き者は、勿論この海風が成敗いたします。春雨姉さんは大船に乗ったつもりで、私を頼っていただければ」
「あはは、勿論頼りにしてるよ。もう、自分の身は自分で守るって域を超えちゃってるもんね」
夜更かしはあまり良くないと思いつつも、そうしておかないと身に危険が迫るとなれば、四の五の言っていられない。それに、艦娘時代に深夜の哨戒だって経験しているのだから、今更
「真っ先に見つけたら八つ裂きにするわ。もう私の怒りの捌け口はアイツらくらいしかいないんだもの。生きていることを後悔するくらいにズタズタにしてやる」
「姉さん……あまり過激なことは」
「本心だから仕方ないわ。私の怒りはまだまだ溢れてるんだもの」
などと言いながら、白露や古鷹に対してその怒りを向けなくなっているのは、その誠実さを認めている証拠。
「……ジェーナスちゃん、貴女はどうする? 無理しなくてもいいとは思うけれど」
古鷹がジェーナスに問いかける。精神的にもかなり厳しく、哨戒をするということは
「私は……」
少しだけ思い詰めたような表情を見せるが、すぐに振り払う。開き直るのだと決意したのだから、前を向かなくてはと奮い立たせる。
「私も参加する。この施設のみんなにはとっても感謝しているんだもの。力になりたい。それに……ずっと外にいるMichelleを守ってあげなくちゃいけないから」
この場には来れないが、今でもミシェルは施設の近海で守るように漂っているのだろう。今現在で最も危険な場所にいると言っても過言ではない。
当然ミシェルも施設の一員。失われてはいけない存在だ。ジェーナスはミシェルを守るためにもその力を振るおうと考えた。
結果的に、ミシェルという存在がジェーナスに前を向かせるきっかけになった。
「なら……うん、みんな、改めてよろしくお願いねぇ。みんなでこの施設を守っていきましょう」
中間棲姫も全員の意思を汲んで、一切の否定をせずに協力をお願いした。誰もそれを嫌がらない。自分達の意思で、力を合わせて施設を守る。
平和を守るためには、どうしても戦わなければならない時が来る。それが今だ。
施設は徹底抗戦の構え。