施設が一致団結して防衛戦に打って出ると決意し、早速その行動に出ている中、鎮守府でも大きな動きが始まる。
「それで、結局朝まで作業をしていたと」
「はい! それはもう捗って捗って!」
呆れた顔で見つめる提督だが、対する明石は疲れ一つ見せずにニコニコ笑顔で対応。隣に立つ大淀は、徹夜により眠そうで疲れた表情を一切隠していない。
結局、大淀は明石に付き合って一晩研究と開発を手伝う羽目になった。大淀に出来ることは高が知れていると伝えたのだが、明石がいてくれるだけでも充分と手放さず、大淀もなんだかんだでズルズルとこの時間である。
「はぁ……いくら艦娘だからと言っても、無理をしたら体調くらい崩すだろう」
「一徹くらいで倒れるほど柔じゃありませんよ。工作艦は身体が資本なので。それに、今回の件はどうしても早く終わらせておきたかったんです」
「気持ちはわかるが……あまり無茶をするんじゃない」
大淀も大きな溜息を吐いた。工廠担当の非戦闘艦娘である明石が倒れた場合、鎮守府運営に大きく支障が出る。明石以外にスタッフがいないとは言わないが、それは基本的には妖精さんだ。そうじゃない場合は、時間が空いている艦娘。結局は明石がいないと回らないというのもある。
そんな明石が、テンションとノリで徹夜などしてしまうと、いろいろと計算が狂う。だが、明石はこのまま今日の業務まで乗り切ってしまうのが恐ろしい。いくら戦場に出ることがほとんど無い艦娘だからと言っても、本人が身体が資本と言うだけあって、並より頑丈かもしれない。
「まあまあ、とりあえず研究成果を聞いたらそんな気持ち吹っ飛びますから、聞いてくださいね」
こちらへと提督を椅子に座らせると、徹夜でやり切った調査資料がドンと机の上に置かれる。
その全ては、荒潮から採取された泥から解析されたその性質。明石が調べて、大淀が纏めるというパターンで、一晩で資料までしっかり作ってきていた。
「結論から言いましょう。荒潮の魂を侵蝕する泥は、今すぐに排除出来ます。とはいえ、あくまでも
「もうそこまで調査出来たのか」
「勿論、無限に増えるサンプルのおかげであらゆる実験が出来ましたから。勿論、私も大淀も侵蝕されるようなヘマはしていませんよ。念のため防護服を着て作業していたので」
言いながらも、大淀が研究成果から開発された泥対策の品を持ってくる。
「これは荒潮にも突き付けたんですけど、あの泥、微生物の群衆みたいなものでした。意思を持って動くのも、単細胞生物のような行動だった感じです」
「悪意という微生物が艦娘を蝕む……ということになるのか」
「はい。それが艦娘、ないし深海棲艦の体内に入ることで寄生し、魂を侵蝕、その思考を全て黒幕の思いのままにするという感じですね。なので、泥とか流動体とかではなく、
それをどうにかしようとすると、体内にある寄生虫をどうにかして体外に追いやらなくてはならない。それをどうするかということを念頭に置いて、開発を重ねた。とはいえ実験なんて出来ないため、最も成功率が高いものを完成させたとのこと。大淀の意見と計算でその辺りは算出している。
それはあまりにもわかりやすい形状の薬。カプセル錠であるそれの中身が、その対策である。
「案はいくつかあったんですが、その、明石の案は過激なものが多くて……」
大淀がまた溜息を吐きながらそれを伝える。
最初に出した案が、体内の泥に向けて外部から逆位相の電波を放って消し飛ばすというもの。失敗した場合は荒潮が消し飛ぶため却下。
次に出てきたのが、薬ではあるのだが霧散ではなく
次から次へとアイディアは溢れてくるのだが、そのどれもがキツい、汚い、危険の三拍子が揃っているものばかり。荒潮をまともに起こすつもりは無いのかと呆れたという。
「で、最終的には大淀の提案でこれになりました。体内に取り入れることで細胞に作用し、そこに寄生している泥をその場で消滅させます。それが一気に身体中に回るという感じですね。ちなみにそれに関しては、人為的に増殖させたサンプルに対して効果的であることは確認済みです」
つまり要約すれば、薬を飲ませれば身体中を蝕んでいる悪意という名の寄生虫を消す。泥をしっかり解析することが出来たことによる、完璧な対策である。しかも泥に対して効果的であることを実証しているまで。
しかし、これが体内にある者に対してどのような効果が出るかはわからない。それは生身の者に使うしか確認が出来ないのだ。だからといって明石が泥に侵蝕されるわけにもいかない。
「なので、荒潮に対してはぶっつけ本番になっちゃうんですよね。勿論調整はしているので、艦娘の細胞が壊れるようなことはありません。それも確認してあります。つまり、荒潮が死ぬようなことは無いと思いますが、泥を消滅させるということは、何かしらの影響は確実にあります。激痛もあり得ますね」
根を張っている土から草を引き抜くのだとしたら、ブチブチと引きちぎるようなものなので、その分激痛が走ることになるだろう。そうなるとは限らないが、寄生虫を引き剥がすというのだから、そうなってもおかしくはない。
「なので、最後の判断は私にはしかねます。提督に決断していただこうかと」
「その言い方はズルいと思うのだが。だが、明石に研究と開発を指示したのはほかならぬ僕だ。それに、部下の行いの責任を取るのは上司の役目でもある。決断は僕がするべきなんだろう」
大淀のみならず、提督も大きく溜息を吐いた。あくまでも引き金を引くのは提督だと訴えてくるような言い分。
だが、その答えは決まっているようなものだ。今回に関しては、苦しみがあったとしても荒潮を解放するためには必要なこと。それに、大淀が何も言わずに、明石が目を爛々と輝かせて話してくることなのだから、最悪なことにならない確証がある。
「僕を
「そんな、共犯者なんて。提督は私の出資者であり、よき理解者であり、制御役ですよ。提督がいなければ私はここまで伸び伸びと研究開発なんて出来ません。感謝しか無いですよ。でも、こういう他の艦娘に何かがあることの最終判断を私1人でやるのは違うじゃないですか。独断でやって酷いことになった時、私は一切の責任が取れませんから」
すごい早口。しかし、全く表情を変えない辺り、本心から出ている言葉。ちなみにこの明石、やりたい放題やっているし、コッソリ発明品を残していたりするが、提督に対して嘘をついたことは一度も無かった。だからこその
「古鷹が解放された時のように生死の境を彷徨うようなことは無いんだな?」
「はい! それは自信を持って言えます! あの時の古鷹のような苦しみを味わうことはありません!」
「明石がそこまで強く言えるんだ。余程の自信があるだろうし、万が一があっても荒潮の命に影響が無いんだろう。荒潮には申し訳ないが、今回は少し心を鬼にして、その実験を許可しよう」
と言った瞬間、明石は小躍りしながら実験の最終段階のために荒潮のいる懲罰房へと向かった。
「……大淀、苦労をかける」
「いえ、私でなくては明石をあれくらいで収めることが出来なかったと思いますので……。ですが、申し訳ございませんが、本日は午前中にお休みを……」
「午前中とは言わず、1日休んでくれ。丸一晩、明石に付き合ってくれてありがとう」
そんな明石の背中を見つめ、2人してもう一度溜息を吐いた。
懲罰房では、未だに荒潮は昏睡状態で寝かされている。万が一を考えて手脚の拘束は緩められておらず、妖精さんがどうにか運んでベッドの上にいるというだけ。
明石は最初に荒潮と話していた通り、モニタールームでそれを確認する。もしまだ泥が残っていて吐き出したりした場合に大変なことになってしまうからだ。
「それでは妖精さん、荒潮の昏睡状態を解きつつ、その薬を飲ませてください」
明石に言われて了解の敬礼をする防護服を着込んだ妖精さん。薬を持って荒潮に近付き、猿轡を外すと同時に薬を口内に放り込んだ。突然異物が口に入れられたためか、まだ眠っている荒潮は抗うことが出来ずにそれを呑み込む。
手脚の拘束はそのまま。もしこの薬の効力で激痛が走り暴れ回ることがあったとしても、これならばのたうち回る程度で済むだろう。
「さて、どうなるか」
明石はニヤつきが止まらなかった。他の艦娘にはまず確実に見せられないような表情である。
この薬には絶対的な自信があるものの、それは結果として求めていたところに辿り着けるのみ。そこまでの経緯に関しては殆ど無視していた。とはいえ、泥と同じような成分を独自に作り上げて、まるで抗体のように寄生虫を死滅させるため、痛みは伴うのだろうと最初から予想がついていた。
だが、正しく作用すれば外傷もなく身体の中も綺麗に終われる最高の薬が出来上がる。さらには、それを先んじて体内に取り入れておけば、二度と泥に侵蝕されることも無くなるだろう。
それは鎮守府の完全なる平和だ。泥に怯えながら戦うことも無くなる。そうなる未来のために、明石は尽力し、その成果が今出ようとしている。ニヤつくのも当然と言えば当然だった。
『んっ』
即効性の薬が早速効き始めたか、荒潮が小さく反応を始める。ピクリと動き出したが、その表情は苦悶のそれではない。いや、むしろそれは。
「おっと、まさか……これは思っていたのと
そもそも明石は1つ知らないことがあった。泥に侵蝕された時、その宿主に与えられる影響が何であるかを。むしろこれを明確に知るのは、瞬時に支配された古鷹よりも、長々と影響を受ける羽目になったジェーナスだろう。
そう、この抗体も泥と同じような性質を持っていた。体内に入れられ、泥を死滅させるために与えられる影響は、激痛ではなく
『っあっ……あっ、あっ……っ』
眠っている状態だからいいものの、それでも荒潮の身体は跳ねた。手脚が拘束されていなければ、暴れ回っていたかもしれないし、全く違うことをしていたかもしれない。
「うーわ……これ駆逐艦でもギリギリかも。海防艦とか耐えられる子いないかもしれない……」
この結果は少し予想から外れていたため、明石も苦笑い。しかし、荒潮の反応はまだ続く。何度かベッドの上で跳ねた後は、その爆発的な衝撃に身悶え、息は自然と荒くなる。しかし、眠りながらもその表情は蕩けているように見えた。
「まぁ痛くないならいいか。逆に辛いかもしれないけど」
そして、荒潮は一際大きく跳ね、ブルブルと震えたかと思えば、そのままグッタリと身体を投げ出す。時折身体がピクピク動いているものの、抗体による反応は終わったと感じた。ここまで来れば気を失わせておく必要も無いだろう。
「よし、妖精さん、荒潮を起こしてあげてください。拘束も解いて大丈夫です」
そこまで確認出来たため、荒潮に起きてもらう。妖精さんがペタペタと荒潮の頬を叩くと、今までとは違う動きをしてからゆっくりと目を開く。
『あ、あらぁ……ここは……何処かしらぁ〜』
ぼんやりした表情から、ここがわかっていないような言葉。演技でも何でもなく、本当に
「おはようございます。気分は如何ですか?」
懲罰房に話しかける明石だが、それに対する荒潮の反応は最初の敵対心バリバリだったそれとは違う、明らかな困惑。
『え、え〜っと、私、どういう状況なのかしら〜』
「なにも覚えていませんか?」
『う〜ん、確か私は海の上に生まれたのよねぇ。その時に誰かと出会って……気付いたらここにいるって感じかしら〜』
龍驤達に接触されたことは覚えているようだが、そこで何をされたかを覚えておらず、自分が誰に何をしたかも知らないようである。
『あ、でも、なんだか変な夢を見たのよ〜』
「夢ですか」
『そう、夢。
夢の内容は確実にジェーナスを侵蝕させた時のことである。そして身体がムズムズするのは薬の後遺症。まだ抜け切っていないために起きている、小さな快楽の波。
『うふ、うふふふふ、あの夢の子、とっても可愛かったのよね〜』
キャッキャッと悦びながら、惚けた表情で身悶える荒潮。敵対していた時とは大違いの女の子らしい反応である。
何かよろしくない感情を目覚めさせてしまったかもしれないと思いつつも、明石は知ーらないと放置を決め込んでしまった。
とにかく、荒潮は泥の支配から解放されたのは間違い無かった。当然、それについての調査は続けていくが、対策が完璧に効いている。これにより、鎮守府側は黒幕の軍勢へと打って出ることが可能になったのだ。
ついに泥の克服が可能となりました。流石明石。やってくれると信じてた。しかし、荒潮はその当時の記憶は無いらしく、むしろおかしな方向に……?