舞台は再び施設側に。朝食後にみんなで決めたように、飛行場姫、リシュリュー、コマンダン・テストの3人が哨戒を開始する。その間、他の者はいつも通りの生活をする。
駆逐艦達は当番制で深夜の近海哨戒をすることとなるため、午前中は農作業や漁、午後は当番の者は一足早く就寝し、夜に活動するという流れになる。
現在、駆逐艦は2人1組を4組作れるようになっているため、午前、午後、深夜と3組が哨戒に参加し、1組は休息日。その組の哨戒に戦艦棲姫やリシュリュー、コマンダン・テストが加わることで、哨戒部隊として成立させる。
「えぇと、午前の部は松ちゃんと竹ちゃん、付き添いが戦艦様。午後の部が白露姉さんとジェーナスちゃんで、付き添いはコマさん。深夜が叢雲ちゃんと薄雲ちゃんで、付き添いがリシュリューさん……私達は明日の午前中、だね」
「了解です。春雨姉さんとの哨戒ですから、力の限り貢献しますね」
「ある程度力を抜いてくれてもいいからね」
日程を確認しつつ、ダイニングにわかりやすく出来るようにホワイトボードに記載していく春雨。飛行場姫は既に艦載機による哨戒を3人がかりでやっているため、ここには海風と中間棲姫、そして古鷹が集まっている。
農作業は本日休息日。漁の方は飛行場姫が哨戒のため参加していないものの、午後の部である白露とジェーナスが伊47やミシェルと共に独自で動いている。ジェーナスは元気を出すためにも漁には率先して参加しているようだ。ちなみに叢雲と薄雲は、深夜の哨戒のために身体をゆっくり休めている。
「明日、身体の調子が良さそうなら、私が付き添いに参加しようと思います。姉姫さん、良かったですか?」
ここで古鷹が自分の意思を伝えた。こうなってしまったからには、自分もこの施設の一員として、施設の防衛に参加したいと考えた。
黒幕への怒りは少なからず持っているし、こんな自分でも施設の一員、仲間として見てくれているここの者達には大きな感謝もしている。それ故に、少しでも力を貸したいのだ。
「大丈夫そうなら、お願いしようかしらぁ。私も妹ちゃんもここから出ることは出来ないから、海の上に何かされたらどうにも出来ないもの」
「はい。なので、今日一日を安静にして、明日に備えたいなと思います。さっきも言った通り、傷の痛みも大分引いています。明日には殆ど痛みを感じないくらいになるかもしれません」
言いながらインナーに浮かぶ傷口を撫でる。結局この傷は完治までは行かないようだった。金剛の腕が足りないとかではなく、比叡の刀剣の斬れ味が悪かったわけでもない。
これは、
「一応私も戦艦の力が扱える重巡洋艦です。お力添えが出来ますので。春雨ちゃん、海風ちゃん、それでもいいかな」
「はい、是非とも。お手伝いしてもらえるだけでも嬉しいです」
「ですね。古鷹さんが大きな力を持っていることは知っていますし、心強いです」
春雨と海風も、古鷹の力添えを喜ぶ。今いる施設の戦力は限られているため、力を貸してくれる者が増えれば増えるほど、みんなが助かるのだ。それを古鷹が率先して参加してくれるということがありがたい。
「なら、4組はもう固定でいいかもしれないわねぇ。今哨戒をしてくれている松ちゃんと竹ちゃんには戦艦ちゃんを固定って感じで」
仲が悪い組み合わせなんて1つも無いため、哨戒の部隊の3人は固定ということになりそうである。春雨と海風の相方は古鷹。ここにいる組み合わせがちょうど哨戒部隊となるわけだ。
「うん、こんなことになっちゃったのは残念だけれど、みんながこの施設のことを好きになってくれているのはとっても嬉しいわぁ。私が哨戒に参加出来ないのは申し訳ないんだけれどねぇ」
「いえいえ、姉姫様はこの施設を維持しているんですよね? なら、それだけで大役ですから」
「姉姫様がいなければ私と春雨姉さんの愛の巣が失われてしまいますからね。私達のために、ここで守られてください」
海風の発言はさておき、中間棲姫が倒れてしまうと、この施設の維持が
それ故に、中間棲姫はここにいるだけで貢献しているようなもの。表に出ないことが、施設のためになる最善の動き。
「ありがとうみんな。みんなに任せるわねぇ」
「はい、そうしてください。みんな姉姫様のことが大好きなんですから」
春雨の本心からの言葉に、中間棲姫は思わず目頭が熱くなった。こんな状況になってしまっても、そんなことを言ってもらえるというのが、嬉しくて仕方ない。
こういう施設を作って本当に良かったと確信出来る。自分がやってきたことは、間違いでは無い。中間棲姫は心の底からそう思った。
と、ここでダイニングに設置されたタブレットから受信音が鳴り響く。鎮守府側からの連絡は少し久しぶりにも思えた。
このタイミングで連絡が来るということは、ジェーナスに泥を流し込んだというドロップ艦の処遇が決まったのだろうと、中間棲姫は神妙な面持ちでタブレットを操作する。
「はぁい、今は時間大丈夫よぉ」
『それは良かった。一応時間的に朝食後少し経ってからを狙ったのでね。農作業中だったら申し訳ないと思ってはいたが』
「そうねぇ。今日はたまたまお休みの日だったから良かったわぁ」
相変わらず施設のことを思った提督の行動。しかし、提督の表情は朝だというのに少し疲れているようにも見えた。
「あら、何かあったのかしらぁ。随分と疲れているようだけれど。ちゃんと眠れている?」
『いや、まぁ、そのことについても話しておきたくてね。今回は連絡させてもらった』
苦笑しながら話を続ける。
『昨日、こちらで保護されたドロップ艦、荒潮のことだ。悪意の塊に侵蝕されていたが、工作艦明石の尽力により、侵蝕から解き放たれて艦娘としての心を取り戻した』
今までは瀕死に追いやる攻撃、もしくは春雨が見出した答えに辿り着く一撃により解放されることはわかっていたが、今回はそのどちらとも違う手段によって泥を体内から失わせることに成功したということ。
実際に吐き出させた春雨は、提督のその言葉に大いに喜んだ。白露のときは殺す気でやった結果が運良く解放に繋がっただけだし、ジェーナスのときはその場で覚醒出来たからどうにか出来ただけ。どちらにしろ戦闘を介さなければどうにも出来ないというのは、どうしても嫌だった。
それが覆り、荒潮は戦場では無い場所で、瀕死になることもなく元に戻れた。しかも提督の話によれば、吐き出させるわけでもなく体内から完全に消滅させることが出来たというのだから、言ってしまえば春雨が扱った手段よりも確実。
『しかし』
だが、提督の表情はあまり明るくない。疲れているというのもあるのだが、それ以外にも理由はありそうである。
『荒潮の……その、思考の方に影響を与えてしまっている。これは眠っている間に薬を投与したことに加えて、荒潮自身に練度が全く無かったというのも繋がっているのだと予測している。そもそも、荒潮はその時の記憶を全く持ち合わせていなかったんだ。支配され、ジェーナスに泥を注ぎ込んだことも覚えていない。ドロップして、何者かに遭遇した後、気付けばこちらに来ていたと話している。ちなみに、まだ荒潮にはやらされたことは伝えていない』
記憶が無いのは白露や古鷹でもあることなので驚かない。最も重要な記憶だけは悪意の塊に奪われていると考えてもいい。
悪意の塊は微生物の集合体のような性質だと明石は解析したわけだが、その辺りの厄介な行動原理だけを持っている単細胞生物みたいなものである。黒幕に繋がる情報だけはしっかりと抜き取って消滅するのだ。立つ鳥跡を濁さずと言うが、そういうシステムをしっかり組み込んでいるのは抜け目ない。
「思考への影響とはどういうことなのかしらぁ?」
『それが……だね。いや、見てもらった方が早いのだろうか。君達の施設に対して嫌悪感を持っているわけでもなく、むしろ友好的な考え方を持っているだろう。生まれたばかりの艦娘なのに、深海棲艦のことを……その……
どうも歯切れが悪かったが、最後の言葉に一同首を傾げる。説明が難しいというか、あまり
そこで、荒潮の今の様子を見せるということになり、タブレットを持ち上げて執務室から出ていく。向かった先は工廠。今は明石による身体検査中なのだが、そこにはあの戦闘に参加した者達が野次馬のように屯っていた。金剛や北上は勿論のこと、こういうことにはあまり首を突っ込まない山風までもがそこにいるくらいだ。
『明石、荒潮の様子を施設の者達に見せられる状態かい』
『あ、はーい、大丈夫ですよ。でも、荒潮には刺激的な光景かも』
明石の言葉にもよくわからない部分が多い。
『あら、あらあら〜、もしかして話に聞いていた深海棲艦さん達の施設のヒト達とお話し出来るのかしら〜』
そして、この鎮守府からは初めて聞く声。中間棲姫は提督の吐いた小さな溜息を聞き逃さなかった。
「えぇと、すぐに私達の姿をその子に見せても大丈夫なのかしらぁ?」
『大丈夫……だろう。多分、おそらく』
タブレットのカメラがそちらを向く。そこには、検査中であるため制服ではなく検査着を着ている荒潮の姿があった。見た目は元気そうであり、つい昨日まで侵蝕されていたようには見えない。
提督のタブレットの存在に気付いた荒潮は、検査中なのにもかかわらず明石の制止を突っぱねて提督の側へ。
『あらあらあらあら、本当に、本当に深海棲艦のヒト達だわ〜。うふ、うふふふふふ、とっても綺麗で、可愛くて、私の
中間棲姫であっても、今の荒潮の言葉には驚いた。しかも、中間棲姫のみならず、その後ろにいる春雨や海風、古鷹の姿を目にしても、その視線には艶っぽい何かが含まれていた。それは、春雨のことを見つめる海風のモノにかなり似ている。
『でも、夢で見たあの子とは違うのよね〜。もしかして、そちらにいたりしないかしら〜。色白の子……は皆さん同じみたいだけれど、癖毛のショートボブの子だったんだけれど〜』
間違いなくジェーナスのことを言っている。記憶としては支配されていた時のことを何も持っていないが、ジェーナスに対して口移しで泥を流し込んだという衝撃的な行動については、それこそ魂に刻みつけられてしまっているのか夢として見たらしい。
これに対して、その子がこの施設にいるということを伝える勇気が無かった。荒潮が何をするかはさておき、ジェーナスのトラウマを穿り返すことにも繋がる。むしろ、ジェーナスと荒潮を対面させるのには抵抗があった。
「え、えぇと……貴女はその子と出逢ったら何がしたいのかしらぁ?」
不意にそんなことを聞いてしまったことで、荒潮の感情は一気に爆発する。
『勿論、お近付きになって、お友達になって、そのままくんずほぐれつしたいわ〜。夢で見たみたいにチュッチュしたいし、むしろそのまま……うふふ、うふふふふふ』
頬を押さえながらキャッキャッと惚けたように頭を振る荒潮に、施設の者達は唖然とした。
薬の影響、いや、
さらには、薬が効果を発揮した際に痛みではなく快楽が走ってしまったこと、それが眠っている間に起きたことで、引き起こしてしまった事件を殆ど淫夢のように見てしまったことがトドメとなっている。
結果、深海棲艦に対して深い愛情を持つに至った。ある意味、思考、性格、
おそらく眠っていない状態で投与していればこんなことにはならなかったのだろう。しかし、起こしていたら暴れ出す可能性があったのと、自傷行為により命を捨てようとする可能性もあった。それを防ぐために最善を尽くした結果がコレだ。
『是非とも貴女達ともお近付きになりたいわ〜。お友達に、ううん、もっと深〜い仲になれることを願って、うふふふふふふふ』
今までに無いタイプが出てきてしまい、言葉も無かった。
荒潮劇場も近日開演されそうな予感。
支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/95818357
MMDアイキャッチ風叢雲。怒りが溢れて誰にでも喧嘩を吹っかけるような子だった叢雲も、今や施設のために哨戒を買って出るような良い子に。とはいえ攻撃的な性格はそのまま。甘いモノで抑え込もう。