午後、鎮守府。荒潮の検査が終了し、鎮守府所属の艦娘としての生活が始まるのだが、その前に提督は大将と連絡を取ることにした。それは勿論、荒潮のことの報告である。
荒潮がこの鎮守府に所属することとなったわけだが、その経緯はしっかりと伝えておく必要がある。そして、今一番の問題であろう泥──悪意の塊の対策が完成したことも話しておかなくてはいけない。
「正直憂鬱だよ……荒潮の変貌を伝えることは」
「あはは……その、私からは何も言えません」
秘書艦五月雨もこれには苦笑しか出来なかった。何かを言ったとしても、現状が全く変えられないのだから仕方ない。
本来の荒潮がどういう艦娘なのかは、提督も大将も知っていることだ。少しふわふわしており、天然でマイペースな掴みどころのない性格。悪い子ではないのだが、言葉の端々に
そんな荒潮だが、ここにいる荒潮は侵蝕とそれから復帰するための投薬による後遺症、むしろその効能がいろいろと重なってしまった結果、何処となく感じられる狂気の部分が若干強くなってしまい、さらにはそこに追加された『深海棲艦への愛』という本来持ち得ない特性まで持ってしまったことで、余計におかしなことになっている。
「泥が抜けたのはいいことなんだが、あそこまで変わり果てているとな……。勿論、明石のせいじゃない、というか誰のせいでもない。あの泥の性質がアレだから、開発された薬もああいうことになってしまう。それに、あれは荒潮だからこそああなってしまったとすら言えるだろう」
「だとしたら、その薬を私達が飲むことにもなるんですか?」
「……ああ、だが安心してくれ。荒潮のようにならないように、明石がちゃんと確認している」
五月雨は苦笑状態で表情が固まった。荒潮がどのようになったのかは噂程度にしか聞いていないが、相当乱れたという話である。
眠っている時に投薬したからああなっただけであり、目を覚ましている状態で飲めばああはならないだろうという話もあるのだが、そこはまだ保証されていないので、明石が絶賛実験中。むしろ荒潮がああなった理由もまだ憶測のうちなので、そこも調査しているくらいである。
「だから、全員が接種するのはもう少し後だ。そもそも予防接種として成立するかもわからないからな。それは明石に任せるしかない……んだが、また徹夜しようとしているな。今日は休んでもらわなくては」
大淀は提督がしっかりと休ませているため、今日は自室で眠っているのだが、明石は荒潮の検査をしなくてはとまだ身体を休めることすらしていない。
欲望に忠実に、そしてそれでも鎮守府のために、一切止まるつもりがない。それが明石。
「私も後からそう伝えに行きますよ。でもその前に、大将に連絡ですよね」
「ああ、荒潮について全てを話す。そうだ、どうせだから明石を連れてきてくれないか。研究に関しては本人に話させた方が早いし、そのまま休ませることも出来る」
「了解です。すぐに呼んできますね」
一礼した後、パタパタと執務室から出て行く五月雨。あれは何処かで転ぶなと注意しようとした矢先に蹴躓いており、わかりやすくドジっ子気質を出していた。
明石が執務室にやってきた後に大将へと通信。今回の件を事細かく説明する。荒潮の状況から、明石の研究成果についても全てだ。
相手が大将であっても変わらず、明石は若干狂気が混じった熱弁を振るう。荒潮の検査後にも調査を続けていたので、提督の知らない情報まで入れてきた。
「つまり、妖精さんに泥の感知の能力は付与させられます。名付けて『悪意見張員』です。そのままですが、補強増設で装備可能としました。それと、ある程度遠距離からでも泥を消滅させられる兵器も開発しています。艦娘と深海棲艦、どちらにも影響を与えず、泥だけを消し飛ばすことができれば誰もが喜ぶことでしょう。体内の泥に対しては投薬で解決出来ます」
早口でイキイキと話し続ける明石だが、徹夜の後にまだ眠っていないためにどんどんハイになっているだけな気もする。表情から疲れは見えないものの、いくら艦娘とはいえ疲労は溜まるのだから、鎮守府のためとはいうもののしっかりと休んでほしいというのが提督の思い。
『なるほど、それならある程度はこちらから攻勢に出られるのね。事前に確認して未然に防ぎ、襲われても侵蝕される前に消滅させ、いざ侵蝕されても投薬によって予防も出来るし後から治療することも可能と』
「はい! これで泥に怯える必要は無くなります! とはいえ、もう少し改良は必要かもしれないので、短期間ではありますが研究に研究を重ねて、最善となったモノを量産したいと思います!」
明石が今まで以上に目を輝かせて話す。自分の研究が提督のみならず大将にまで認められたことで、その喜びは最高潮に達していた。
事実、これまで明石がやってきたことは鎮守府に貢献し続けているのだが、今回の件は今までとは比べ物にならないほどの成果だ。得体の知れない敵の攻撃を未然に防ぐことが出来るなんて、簡単には出来やしない。評価されないわけが無いのである。
しかし、どうしても引っかかる部分はあった。それが、今回の件である意味
『ただ、荒潮のことについてなんだけれど』
投薬によって侵蝕から解き放たれたのはいいのだが、あからさまに性格が変貌しているのは大将も見逃せなかった。
「それについては、やはり練度の低さと眠っている間の投薬が悪影響を与えたとしか言えません。投薬による反応、快楽を抵抗出来ない睡眠中に受けてしまい、練度が足りないために余計に抵抗出来ず、そのまま失われかけていた記憶を夢として見てしまったためと考えられます」
つまり、今の荒潮は悪いことが重なってしまった結果であると明石は確信している。
だからといってこのままにしておくのはよろしくないのだが、それこそ無抵抗なままに薬の効果を受け入れてしまったが故の事故のようなもの。
『そう……あまり褒められたことでは無いけれど、悪意の塊の対策が出来たことは評価します。荒潮については、本来ならば救えなかった者。それを救うことが出来たのは、明石で無ければ出来なかったことでしょう。あまりこういうことは言いたくないのだけれど、多少は目を瞑るわ』
提督に続き、大将も明石の研究に関しては若干呆れてしまっていた。荒潮が救えたことはいいことなのだが、やりすぎとも取れる結果。
とはいえ、この事例があるからこそ、さらに発展し、完璧な薬が作られることになる。荒潮は発展の代価である。そう割り切らなければ、これ以降に進むことが出来ない。
『わかりました。ではその研究の続行を許可します。経費の方は申請しておくように。私がどうにかしておきましょう』
「ありがとうございます! それでは私は研究の続きを」
「する前に身体を休めるんだ。徹夜のまま作業し続けるのは、艦娘としてもよろしくない。評価に響かせたくないのなら、今から寝なさい」
チェッと口を尖らせるものの、提督が言うことも間違っていない。それに、いざという時は要求ではなく命令として、提督の立場から明石に指示を出すつもりだった。そこまでされたら逆らえない。
明石もそこには納得して、執務室から出て行った。念のためとして、五月雨がちゃんと部屋に戻るか監視までして。
そして残された提督は、改めて画面の向こうの大将と向かい合う。
『それで、真実を荒潮に伝えるか否か、だったわね』
「はい。僕としては現在保留中にしています。姉姫にもそう伝えておきました」
『そう。でも、いつかは伝えることになるんじゃないかしら?』
勿論それも視野には入れている。何も知らない状態でジェーナスと対面させるのは、荒潮ではなくジェーナスに酷である。
『これは大本営の大将とかそういうのは関係ない、人生の先輩としての言葉なのだけれど』
「はい」
『この後にでも、荒潮には真実を伝えるべきだと、私は思うわ』
ハッキリと大将は言った。先延ばしにしていたら、どちらも報われないと。
「すみませんが、その心は」
『おそらくだけれど、貴方は荒潮が
図星を突かれて提督は無言で首を縦に振る。
荒潮は今、既に
そんな状況で、実はその夢は現実であり、愛も何もないただただジェーナスを利用しようとした結果だったと知ったら、荒潮は全く違う感情が溢れ出してしまうのではないかと、提督は考えていた。
『荒潮のこと
ジェーナスが荒潮に対して持っている感情は詳しくは知らない。しかし、荒潮に対して少なからず好ましい気持ちを持っていないことは誰にだってわかる。ただでさえジェーナスの溢れた感情は自己嫌悪なのだから、それを毎時毎分毎秒刺激し続けるその記憶を生み出した荒潮には、愛情とは正反対の憎悪を抱いていてもおかしくないのだ。
そんなジェーナスと顔を合わせるために努力していたとしよう。練度を上げ、鎮守府から施設への航行が許されるくらいに強くなり、念願叶ってジェーナスと対面出来たとする。荒潮は何も知らないからジェーナスに対してその愛を振り撒くために行動を起こすだろう。それこそ、
そこでジェーナスが荒潮を拒絶し、最悪のタイミングで真実を知ったらどうなるか。それこそ、今までの努力が全て水の泡となり、持っていた感情がグチャグチャになる。下手をしたら、それを見てジェーナスすらもおかしくなる。
いわば、荒潮が何もかもを破壊する爆弾みたいなものである。
『最低限、荒潮は真実を知った状態でジェーナスと向き合うべきね。
しかし、どうしてもそこでついて回るのが、その真実を知って荒潮が耐えられるかどうか。精神的なダメージが大きいのはわかる。知らないなら知らない方がいいレベルの出来事だ。
中間棲姫もこの件についての保留は賛成してくれたが、時間をかければかけるほど荒潮はどんどん拗らせていき、取り返しがつかなくなるだろう。深みにハマって抜け出せなくなる。
『今の段階で真実を伝えることが、おそらく一番ダメージが小さいわ。ジェーナスのことを深く深く愛してしまった場合が一番取り返しがつかない。自分の感情が一方的だけならまだしも、自分の与り知らないところで恨まれて憎まれて拒絶されたとしたら、今の段階以上に感情が溢れ出す可能性が高いわ』
知らないなら徹底的に知らない方がいいとは思うが、そうはいかないだろう。施設と付き合って行く上では避けて通れない。ならば、全てを早い段階で終わらせておくべきだ。真実を知り、その上でジェーナスとも対面し、その気持ちをお互いに伝え合う。
我慢なんてしなくていい。思ったことを言い合うことが、今後をより良いモノにしていくものだと、大将は提督に話した。
「わかりました。大将が言うこともごもっともです。この後、荒潮に全てを伝えようと思います」
『ええ。難しいなら、私も今のように通信で参加するわ。私が話してもいい。とにかく、先延ばしにすると確実に状況が悪くなるわ』
まるで実体験からの言葉である。人生の先輩からの言葉と前置きした上での話なので、大将も昔、似たような失敗をしたことがあるのかもしれない。上に立つ者としてではなく、それこそ私生活の中で。
しかし、それが何であるかを聞く度胸は、提督には無かった。大将の表情が、こう話しながらも
この後、荒潮は真実を知ることになる。自分の身に何が起きたのか、正しく知ることでどうなってしまうのか。最悪、感情が溢れて深海棲艦化してしまいかねないのは怖いところである。
だが、荒潮にとってそれは悪い方向には向かわないはずだ。むしろ、知っておいた方がジェーナスと向き合える。
一方今の荒潮は、艦娘としての心得を勉強中。大淀がお休み中なので、金剛辺りが説明しています。
支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/95913519
MMDアイキャッチ風ミシェル。こんな感じにジェーナスと一緒に笑い合える日々が戻ってきてもらいたいものです。そのためには、まず荒潮をどうにかした後、ジェーナスと対面してもらわなくてはなりませんね。