提督と大将が相談をしている裏側。会議室では金剛と比叡によって、荒潮にこの鎮守府の在り方を教えていた。
既に荒潮も知っていることではあるのだが、この鎮守府は他の鎮守府とは明確に違うところがある。それが、ある程度は知られているものの秘密裏に穏健派の深海棲艦の施設と繋がりがあるということ。そして、その深海棲艦達と協力して、悪意の塊という艦娘深海棲艦問わずに侵蝕し配下に置く泥を撒き散らす黒幕を撃滅するのが今の目的であること。
普通なら深海棲艦と協力関係にあることに大いに驚き、本当に大丈夫か疑問に思うというのが想定されていた反応。しかし、荒潮は一味も二味も違った。
「金剛さん達は、そちらの方達と話をしたりしたの〜?」
驚かないのは一度見ているからというのはわかる。中間棲姫がどのようなヒトなのかも対面しているので知っているようだ。
だが、あまりにも食いつき方が違った。施設にいる深海棲艦がどんなヒトなのかをもっと知りたい。そして
「Yes. 私達は、彼女達と共闘もしていマース」
「あらあら、それはすごいわ〜。私もそのヒト達と仲良くなれるかしら〜」
「きっとなれマース。でも、あちらは少し
そこのところもしっかりと伝えていく。最終的には知られることになるのだから、施設がどういうところかは早めに知っておくべきだ。
施設にいる深海棲艦の殆どが、元々は艦娘であったこと。感情が溢れ、心が壊れた結果、今の姿になってしまっていること。そして、一部を除いて発作を起こす可能性があること。この辺りは念頭に置いておかなくてはいけないことだ。
「あらあら……ならガラスに触れるようにしなくちゃいけないのね〜。私、あちらのヒト達のことが本当に本当に大好きなんだもの。嫌なことはしたくないのよね〜。でもいっぱい愛し合いたいわ〜。あの夢のように、チューッてして、ペロペロして、うふ、うふふふふふ」
それを知ったことで、施設の者達の扱いがとても難しいことは察したはずなのだが、すぐに欲に溺れていく。夢の中の出来事があまりにも激しかったために、荒潮は
全ての
「荒潮、あんまり暴走しちゃダメだよ。あっちのヒト達は、ほんっとうにそういうことに敏感だから。欲望のままにペロペロしようものなら、本当に嫌われちゃうから」
「嫌われるのは嫌ね〜。でも、くんずほぐれつしたいわ〜。あんなに綺麗で可愛いヒト達なんだもの〜」
比叡の言葉も聞いているのかいないのか。もう愛の妄想の中に身を投じてしまっているかの如く、キャッキャッと頭を振る。その目にはハートマークすら浮かんでいる程だ。
金剛も比叡も、この荒潮を施設に連れて行って大丈夫かと不安になる。施設の者全員に均等に異常な愛情を振り撒いたとしたら、間違いなく逆鱗に触れるだろう。それに、その距離感が危険な者だっている。
「ちゃんと理解するまでは、ココでお留守番になりマース。私達は、施設のヒト達とは一定の距離感が必要なんデス。それだけは守らないといけまセン。Okay?」
「うふふふふ、楽しみ、楽しみね〜。あのヒト達と手を取り合える日が来るのが〜」
妄想の世界に飛び立っているせいか、目の前の金剛の声すら聞こえていないようである。
この様子を見て、金剛と比叡は心底困ってしまった。溢れた艦娘達の発作に繋がる部分に触れないようにする以上に扱いが難しい。何せ、何もしなくても勝手に自分の世界に入ってしまう。
「金剛、荒潮に説明は終わったかい」
と、そこへ提督が部屋へと入ってくる。大将との通信を終え、荒潮を探していたらしい。
「Hey, 提督ーっ! 大体終わったヨー」
「でも、荒潮がすぐにトリップしてしまって」
比叡が指差す先の荒潮は、未だ妄想の世界に入って恍惚としている。深海棲艦と愛し合う姿を想像するたびにコレ。今ですらこれなのに、コレを放置しすぎると余計にまずいことになるだろう。そのうち、現実と妄想の境界が取り払われてしまうかもしれない。
深く愛せば愛するほど、真実を知った時の落差が激しくなる。もしこの愛が今以上に膨れ上がっている時に真実を伝えてたら、それこそ心が壊れる程の感情が溢れ出してしまうかもしれない。
「荒潮に話がある。執務室に来てもらいたいのだが……荒潮?」
提督が声をかけたことでハッと現実に戻ってきた。いけないいけないと言いながらも、振り撒かれた愛は止まることを知らない。
「あら〜、提督、荒潮に何か御用かしら〜」
「ああ、荒潮にはもう少し細かいことを知ってもらう必要があってね。君がどのようにここに来ることになったか、だ」
「そういえば、私少し記憶が飛んでいるのよね〜。その間にあんな幸せな夢を見ちゃったわけなんだけど。うふふふふふ」
「その夢の話に繋がることだ。それを僕達は知っている」
すぐにまた妄想が拡がってしまいそうになったが、提督がそれを止める。
「知っている……って、どういうことかしら〜」
「それについて話すんだ。執務室で話すから来てくれ。金剛と比叡も一緒に来てくれて構わない」
万が一の時のストッパーとして、金剛と比叡には同席してもらう。錯乱して暴れてしまったとしても、2人がかりならば止められるだろう。荒潮はまだ練度が無いのだから。
執務室。少し改まった表情で荒潮の対面に座る提督。金剛と比叡は、少し離れたところでその様子を見るように立っている。
お互いに心が落ち着けられるようにとお茶を飲みつつ、すぐさま本題に入った。
「率直に言おう。荒潮、君が見た夢というものは、
真正面から事実をぶつける。しかし、これだけではまだわからないことがありすぎる。
そもそも荒潮は、その夢を見たことで今の性格へと変貌を遂げ、既に現実と夢の境界線すらあやふやだ。夢で見たようにその時の少女とペロペロしたいと言っているくらいなので、現実にもあの少女がいると確信している。
「あらあら、やっぱりそうなのね〜。それなら、あの子はこの世界の何処かにいるってことよね〜。やっぱりあの施設にいるのかしら。それならお近付きになって、うふふ、くんずほぐれつ……うふ、うふふふふふ」
「荒潮、話は最後まで聞きなさい」
またもや妄想の世界に飛びかけているため、提督がすぐに引き戻す。むしろここからが重要だというのに。
「何故君が彼女、ジェーナスに対してそんなことをしたかだ」
「ジェーナスちゃんっていうのね〜。うふふ、あんなに可愛らしい子、うふふふ、身体が疼いちゃう」
「こんなことを言うのは僕としては心苦しいのだが、今のままでは君と彼女を画面越しにでも会わせることは出来ない。そしてその原因は、全て君にある。実際は君も被害者なのだが、それでもだ」
自分のせいでジェーナスに会えない。それを聞いたら妄想の世界に飛ぶなんてことは出来なかった。
「何故私がジェーナスちゃんと会えないのかしら〜。ただ愛し合うのがダメというわけではないのよね〜?」
「ああ。本人に聞いているわけではないが、今頃ジェーナスは君のことを激しく恨んでいてもおかしくはない」
流石にこれは聞き捨てならないと、今までとは打って変わって提督に向き直って続きを聞く。
「君が夢に見た記憶の詳細を伝えよう。僕としては又聞きとなるのだが、その協力者である深海棲艦から直接聞いていることだ。間違いのない真実であると考え、心して聞いてほしい」
そしてここからは荒潮がジェーナスに何をしたか、その後のジェーナスのことまで細かく説明した。
夢の中で見たキスの光景は、恋愛が絡むようなロマンチックなものではない。悪意の塊に侵蝕され侵略者と化した荒潮が、ジェーナスを陥れるためにした行為なだけ。キスもキスではなく悪意の塊を流し込むだけの手段でしかなかった。
その後ジェーナスは豹変した姿で仲間に対して牙を剥き、新たな侵略者として暴れ回るが、春雨によって救われ、今はその時のことを悔いて本来の明るい性格すら鳴りを潜めてしまっている。
「君も利用されていたとはいえ、君がジェーナスを陥れてしまったんだ。無論、我々は君には一切の罪が無いとしている。だが、ジェーナスが君のことをどう思っているかはわからない」
途中から荒潮の表情は固まっていた。自分の愛する夢の中の少女が実在する深海棲艦であると知れたことは喜ばしいことだったのだが、自分が恨まれるようなことをしてしまっているというのは想像すらしていなかった。
ロマンチックな夢だから恋愛感情、愛欲にまで発展したが、それ自体が間違っていると突き付けられたようなもの。
「ジェーナスは強い子だ。今頃、この真実と向き合おうと頑張っていると思う。だが、君の姿は刺激が強いということは理解してもらいたい。僕だって君が施設の者達と仲良くしてくれるのは嬉しいのだが、現状がそれを許さないんだ。ましてや、今の君の態度で向かおうものなら、確実にジェーナスを傷付けることになる」
だから真実を伝えたと、失われた記憶の話は終わる。
荒潮の頭の中はグチャグチャだった。身体が疼くほどに愛していた夢の中の少女が、自分に対して恨みを持っている。自分の知らないことでも、ジェーナスには現実であり、今も苦しみ続ける理由。その元凶たる荒潮のことは、嫌いにこそなるが好きになることはない。
それでも愛欲が冷めないのが今の荒潮なのだが、愛するジェーナスを傷付けたくないという気持ちから、相反する思考がぶつかり合ってしまっている。会いたい。でも会えない。その苦しみは尋常ではなかった。
「あ、あはは、そうなのね〜。私がその子を、私の存在がジェーナスちゃんを苦しめてしまっているのね〜」
口調は変わらないが、声が震えているのはすぐにわかった。表情も変えないように努めているが、顔色は真っ青である。
これはもう出会う前から失恋したようなもの。真正面から突っ撥ねられたわけではないが、出会ったら拒絶されることが確定している。あちらも出来ることなら顔を合わせたくないと思っているはずだ。
「……あはは、私1人が舞い上がっちゃって、ジェーナスちゃんのこと何も考えてなかったわ〜……」
徐々に俯いていく。笑顔は崩さないのだが、それが逆に辛そうに見えた。
「幸せな夢だと思っていたけれど……裏側はそんなことになっているだなんて……うふふふふ、私なんだかバカみたい」
俯いているから表情はわからない。だが、荒潮の手の甲に涙が落ちた。それこそ、ジェーナスと同じように自己嫌悪が溢れ出しそうになっている。
「……ジェーナスちゃんへの感情は何も変わらないわ〜。顔を合わせたい。会いたい。くんずほぐれつしたい。ペロペロしたい。でも、拒絶されるのもわかってる。だったら……せめて謝りたいなって、思ったわ〜」
俯きながらもハッキリと自分の意思を表に出す。記憶に無いのだが、真実であることは理解したため、せめてその件についてジェーナスに謝罪したいと考えた。
絶対に許されないことはわかっている。謝るのだって自己満足だ。それでジェーナスが仲良くしてくれるなんて思っていない。謝罪すら拒絶されるだろう。だが、自分の気持ちを知ってもらった上で拒絶された方が気持ち良く終われる。
「それで君の気が済むのなら、僕も姉姫に話をつけよう。一度だけでもいいから、対面の機会を与えてもらいたいと。ジェーナス次第ではそれも拒絶されるかもしれないが、こちらの意思を伝えるくらいはした方がいいだろう」
「ええ、よろしくお願いね〜……」
最初ほど声色に元気は無かった。
真実を知った荒潮は、それでもジェーナスとの対面を望む。しかし、その気持ちは一転していた。
主人公不在ですが、今回で200回となります。いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。