空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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ジェーナスの苦悩

 夕暮れ時の施設。午後の哨戒を終えた部隊が戻ってくる。予定通り白露とジェーナス、コマンダン・テストの3人に加え、外ではミシェルが付き添いとして一緒に回っていたとのこと。

 ミシェルとしても浮かない顔をしていたジェーナスが心配だったようで、哨戒中はずっと傍に寄り添っていたという。そのおかげか、ジェーナスは少しだけ笑顔を取り戻していた。

 しかし、どうしても今までの明るさは失われており、その笑顔はぎこちないものの、開き直ろうと必死に前に歩こうとしていることは誰にでもわかった。

 

I'm back(ただいま)

「お疲れ様、ジェーナスちゃん。姉さんとコマさんもお疲れ様でした」

 

 出迎えたのは春雨と海風。相変わらず、そろそろ帰ってきそうと直感的に気付いて出て行った結果である。一番最初に気付くであろう叢雲は、深夜の哨戒のために就寝中。

 

「流石に何も無かったよ。昨日の今日で来ることは無いってことかな」

「今はそうかもですけど、それこそ油断していたら寝首をかかれそうですし」

「だよねぇ。狡賢さが半端ないからね」

 

 呆れたように笑う白露。コマンダン・テストも、今のところは()()()()が感じられないために安心しているものの、いつどのタイミングで襲撃をしてくるかわからない。

 それくらい、あちらはやり方が妙に捻くれているのだ。それこそ、施設を発見したその時に泥を設置している可能性だってあった。

 

「少なくとも、あたし達には何も見えなかったんだよね。泥って電探とかソナーに引っかかってくれるのかな」

「鎮守府側で泥のセンサーを作ってるとかそういう話をしていました。今頃は明石さんが完成させているんじゃないかと」

 

 泥の話題が出たことで、ジェーナスがピクリと反応する。やはり、自分のトラウマに関わる話題が耳に入ると過敏に反応してしまうようである。発作はどうにか抑えようと自分の腕をギュッと握った。

 

「Janus、大丈夫、ですか?」

I'm OK(大丈夫). 心配いらないわ」

 

 少し体調を悪くしているように見えたコマンダン・テストがジェーナスに駆け寄るが、ジェーナスは大丈夫の一点張りである。どう見ても大丈夫じゃなさそうなのに。

 だが、強く踏み込むことは誰も出来なかった。無理をするなと言っても、今度はムキになりそうである。まだ精神的にも不安定なのに、強引に開き直ろうとするのはかなりキツい。

 自分から前を向こうとしているところにケチをつけるような行為になりかねないため、ジェーナスが大丈夫だというのなら、大丈夫なのだと納得せざるを得ない。

 

 そんなジェーナスは、そのままトボトボと風呂の方へと歩いて行ってしまった。もう声をかけようもなかった。心配したコマンダン・テストは、少しでも側にいようとそれを追いかける。

 

「白露姉さん……ジェーナスちゃん、哨戒中はどうでした?」

 

 あえて追わなかった白露に聞く春雨。

 

「まぁ、お察しの通り、ずっと心ここに有らずって感じ。哨戒しながらも何処見てるかわからない感じっていうか」

「ずっと考え事をしていたみたいな……?」

「うん、そんな感じ。でも、何考えてんのなんて聞けないじゃん。トラウマ穿り返すことになるかもなんだから」

 

 考え事をしているというのなら、その内容なんて聞かなくても大体わかる。まず間違いなくどうやって開き直るか。そして、荒潮との対面のことだ。

 ただでさえ自己嫌悪がついて回るような状況であり、それが溢れたからこそ今のジェーナスが出来上がってしまっている。開き直るためには、その常に隣にいる自己嫌悪を一時的にでも振り払わなくてはならない。そして、それが出来れば苦労はしないのだ。

 

 酷なことを言うようだが、どれだけ考えても答えには辿り着けないだろう。それには必ず自己嫌悪が邪魔をする。こうしようと最善を思いつけたとしても、こんな自分にそんな手段を使う価値があるのかと自問自答してしまい、そして全てがオジャンになる。自ら答えを封じてしまっているのだ。

 ならば、それをどう解決するか。そんなものは決まっている。仲間の力。これが一番手っ取り早く、そして確実だ。自分が大嫌いだから、ジェーナスは仲間思いになっていたのだから。

 

「私達が隣にいてあげなくちゃいけない気がする」

 

 そして、その答えに春雨は当然辿り着く。今のジェーナスは、1人で考えるのではなく仲間と考えるのが一番。

 ジェーナスがそれを拒絶したとしても、それでも隣にいることでいつでも相談に乗れるようになってあげたい。それが春雨の辿り着いた答え。

 

「春雨姉さんがそう言うのなら、それが適切なのでしょう。確かにジェーナスさんは今は特にナーバスな状態ですけど、独りでいたら自己嫌悪に押し潰されてしまうようなヒトなんですよね。なら目を離せません」

 

 海風も同意。春雨の言うことなのだからノータイムで同意するのだが、今回の意見は海風も春雨が言う前から薄々感じていた。ジェーナスは独りにしておけない。

 

「あたしは哨戒で組むことになったし、夜も一緒だけどさ、それだけだと足りないと思うから、春雨と海風もジェーナスのこと気にかけてあげてよ。やっぱりこの施設のみんなで支えてあげないとキツそうだからさ」

 

 白露と古鷹がジェーナスの気持ちを一番わかるのは自明の理である。同じ境遇にいた上に、ジェーナスとは違って実害すら出してしまっているのだから、尚のこと親身になれるだろう。

 だが、今のジェーナスにはそれだけでは足りない。()()以外にも、()()()からも、むしろ()()()()()からも寄り添ってもらわなければ、心の傷が癒えることはないだろう。

 いや、この傷は一生刻まれたまま。どうにか耐えられるくらいの痛みにまでなってもらうために、仲間達が尽力するのだ。

 

「了解です。私、今すぐ行ってきます」

「なら私も」

「うんうん、行ってあげて。それで、アンタ達で癒してあげて。まぁ……もしかしたら余計に罪悪感を刺激することになるかもしれないけど」

 

 そこは確かに心配な部分ではある。ジェーナスの罪悪感の源は、仲間に牙を剥いたことと、実際に攻撃に出たことだ。その時の戦闘では誰も傷はつかなかったとはいえ、白露を筆頭に本当に殺そうとしている。

 それだけではない。春雨に対しては、辿り着く者であることを理解した上で、優先的に排除しようとも考えている。白露や海風以上に、春雨に対しての罪悪感は強い。

 

 しかし、だからといって傷つけまいと寄り添わないのは違うと春雨は感じている。罪悪感は刺激するかもしれないが、遠ざけるのは余計に深みにハマってしまうのではないかと。

 故に、今はジェーナスに寄り添うと決意した。それが自分の辿り着いた答えだと、抵抗もなく施設へと向かった。

 

 

 

 

 ダイニング。深夜の哨戒メンバーではあるものの、先に起きて夕食の準備をしているリシュリューにコマンダン・テストが合流。そして、ジェーナスも何か思い詰めたような表情でそこにいた。食事の準備を手伝うわけでも無く、いつもの席でただ俯く。

 そこに春雨と海風が合流。ジェーナスはその顔を見てぎこちない笑みを浮かべるが、ただそれだけ。やはり何かをずっと考えているだけ。

 

「ジェーナスちゃん、何かあったら、私達に相談してね」

 

 ただそれだけ、自分達も力になるぞということを知ってもらい、いつもの席に座る。

 

「……ハルサメ、あのね」

 

 そこにジェーナスがポツリと呟く。対する春雨はただ目を合わせるように頭を向ける。その表情は明るく、何も気にしていないというもの。

 

「午後のPatrolの間、ずっと考えてた。私はアラシオと顔を合わせられるのかなって」

 

 思い詰めていたのはそこ。午前中はまだ気にしていなかった荒潮のことである。

 中間棲姫と話していたときは保留にしていた荒潮との対面のこと。タブレットで、画面越しで対話をすること。その全てを、今の自分が出来るかどうか。

 

「でも、そろそろAnswerが出そうなの。ここで、シラツユやフルタカが頑張ってるじゃない。私よりも辛いはずなのに、前を向こうって」

「そうだね」

 

 心から寄り添うための相槌、ジェーナスの話をキチンと聞いている証拠。

 

「私も辛いけど、アラシオだって辛いはずなの。記憶が無くなって、事実を間違った捉え方してるかもしれないけど、だからといっても私が拒絶するのは、なんか違う気がする」

「なんで?」

「だって、アラシオは何も知らないのよ。私に……あんなことしたってこと、何も知らないの。なのに、私が一方的に嫌うって、何かおかしいわ」

 

 嫌われる理由がわからないのに嫌われるというのは、間違いなく嫌な気分になるだろう。

 ジェーナスは拒絶していたが、荒潮のことも慮って物事を考えていた。大嫌いとまで言い放っているものの、あくまでもそれは()()()()()()()なだけであって、今の()()()()()()()は別。本来なら嫌う必要が無いのだ。

 むしろ、それで荒潮のことを嫌うのなら、自分だって春雨達から罵られてもおかしくない。なのに、こうやって寄り添ってくれるのだから、自分だって同じように荒潮と接するべきだと考えた。

 

「じゃあ例えば……荒潮ちゃんが真実を知っていたらどうする?」

 

 まるで鎮守府で起きたことを理解しているかのような春雨の問いかけ。無論、これはいつもの直感的な発言である、

 実際、今この時の荒潮は、提督から真実を聞いたことで夢が現実であり、ロマンチックなものではないことを理解している。それでも、ジェーナスに謝罪するために対面したいと提督に話している。

 

 そのため、次に対面するであろう時には、荒潮は真実を知った状態となるのだ。そこでのジェーナスへの態度は正直読めない。愛欲に溺れてしまうのか、それともただ泣き崩れるか。他にも起こり得ることはいくらでも考えられる。

 これに関しては、春雨でも辿り着けなかった。この先で何が起きるのか、道が見えない。

 

「……そうだとしたら、余計に話をしなくちゃダメ。気にしていないって言ったら嘘になっちゃうけど、ちゃんと顔を見て話さないと、どうすればいいのかわからないわ」

「そうだね」

「アラシオが真実を知っていても態度を改めないというのなら、私は本当にRejection(拒絶)するかもしれない。そんなことどうでもいいなんて言い出したら、多分口にも出すと思う。でも、シラツユやフルタカみたいにしてたら……私はアラシオを受け入れてあげなくちゃって、思う」

 

 荒潮だって被害者だ。自分でやりたくてやったわけではない。今までの被害者、勿論ジェーナスとも同じだ。

 自分と同じように辛い思いをするのなら、その辛さを知る者同士で慰め合うのが一番いい。白露と古鷹がジェーナスを気にかけているように、荒潮にも同じようにするのは間違っていない。

 

Console each other(傷の舐め合い)って言うのかしら……私はアラシオと、そういうことをするべき存在だと、自分でも思ってる」

 

 春雨に話していくうちに、自分の中の考えが纏められていく。独りで考えるよりも、やはり仲間に打ち明ける方が、事は早く進展していく。

 

 そしてジェーナスは決意した。

 

「次の通信の時、私、荒潮と話してみるわ。それでどうやって付き合っていくか決める」

「うん、それがいいと思うよ。話してみないとわからないこともあると思うし」

 

 

 

 

 ジェーナスは自分で考えて自分で決定した。そして覚悟もした。あとは荒潮と話すだけ。裏側では荒潮も真実に苦悩しているが、ジェーナスとの対面を望んでいる。

 

 2人の意思は今、平行線から脱却し、交わろうとしている。

 




お互いに対面を求めることになりました。これは翌日に引き伸ばしたりしたらまた悶々としてしまいそうなので、夕食後にした方がいいかもしれません。鎮守府もまだ流石に活動中でしょうし。
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