空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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2人の覚悟

 施設としては夕食後。もう外は暗くなっており、あとは風呂だけで就寝という時間帯。深夜の哨戒メンバーである薄雲、叢雲、リシュリューは、それをせずに外に出る準備をしている。

 この時間から夜中いっぱいを起きて過ごすというのは滅多なことではしないため、若干の緊張感もあった。夜の海というのは、昼より当然危険だ。叢雲の全方位を巡る感知があるため幾分か安全ではあるが、むしろこういうタイミングだからこそ攻勢を仕掛けられる可能性もある。夜は最も注意しなくてはいけない時間帯だ。

 

「大体アンタ達が寝静まってから外に出るわ。ま、安心して寝てなさい。何かあったらどうにかして音を立てるわ」

 

 叢雲は自信満々に、だが溢れる怒りを隠すことなく、ダイニングの仲間達に告げる。

 やはり感知の力は優秀であるため、叢雲は大分頼られている。暗闇の中でも何処に何がいるかわかるというのは非常に頼りになるものだ。

 

「私が姉さんの手綱を握りますので」

「薄雲、アンタ私のこと犬か何かだと思ってるわけ?」

「そんなことは。でも、怒りに呑まれてしまったら何をするかわかりませんし、なるべく私が制御出来るならしたいなと」

 

 妹の発言に噛みつく叢雲だが、その姿はまさに狂犬の一言に尽きる。奇しくも叢雲は自分で犬であると証明したようなもの。姿はウサギだが。

 

「このRichelieuが2人纏めて面倒を見るから安心しておきなさい。でも、海の中は見えないから、叢雲に任せるわ」

「ええ、私がいの一番に探し出す。怒りの捌け口が来てくれるなら、後悔するくらいにとっちめてやるから」

 

 そんな2人をリシュリューが取り纏めるという、纏まっているのか散らかっているのかわからないような編成に。だが、叢雲はこんなことを言いながらも施設のために力を尽くそうと躍起になっているし、薄雲は姉の側で同じようにこの平和を守るために戦おうとやる気満々。

 

「でもその前に」

 

 チラリとジェーナスを見る。ビクッと震えるが、真剣な面持ち。

 

「まだ時間があるわ。私はアンタの戦いを見届けてから、気分良く哨戒に行くつもりよ」

「戦い……うん、そうね、戦いよね。I made up my mind(覚悟を決めたわ)

 

 夕食の時に、ジェーナスは自分の決意をみんなに語った。鎮守府の荒潮とタブレットの画面越しにでも対面して、どういうカタチになるかはわからないが、付き合い方を決めると。

 叢雲が白露や古鷹に誠実さを求めているように、ジェーナスも荒潮に対して()()()()()()を望むのかもしれない。その辺りは、荒潮の態度にもよるだろう。

 むしろ、ジェーナスは決意したかもしれないが、荒潮が真実を知ったことで顔が合わせられないと考える可能性だってあった。

 

「姉姫、鎮守府に連絡してもらっていいかしら。早ければ早い方がいいわよね」

「そうねぇ、わかったわぁ」

 

 一眠りしてしまうと今の決意が鈍ってしまうかもしれない。ならば、食後の最も活力が出るであろう今、荒潮との対面を望んだ。

 

 

 

 

 一方、鎮守府。業務を終えたところにタブレットが鳴り響く。提督も今は食後であり、執務室にいるものの朝の業務の準備を少ししていたという段階。秘書艦五月雨も、今は姉妹達とお風呂に向かっているくらいである。

 こんな時間にかかってくるのは少し珍しいため、緊急性があるのかと急いで受けた。

 

 画面の向こう側の中間棲姫は、そこまで焦っているような表情でもなく、しかし今すぐ話をしたいという意気込みのようなものも感じる。ある意味緊急を要するような雰囲気に、提督も少し真剣な表情に。

 

「何かあったのかい?」

『ええ、荒潮ちゃんのことで少しねぇ』

 

 よく見れば、中間棲姫のいるダイニングには、施設の深海棲艦が勢揃いというなかなか見られない光景。そしてその中には、渦中のジェーナスの姿まで。

 むしろ、中間棲姫の隣に座っていることと、荒潮のことと言われて、提督はすぐに察することが出来た。ジェーナスが、荒潮と顔を合わせる決意をしたのだと。

 

「呼んでくる前に、先に話しておこうか。大将と話をした結果、荒潮には真実を全て伝えたんだ。なので、彼女はジェーナスに何をしたかを全て知っている。その上で、ジェーナスと話をしたいと言っていたよ」

 

 何も知らないでジェーナスと対面するわけではなく、全てを知った状態で対面する。それがいいことなのか悪いことなのかは見当がつかないが、一方的な恋愛感情を叩きつけられるのみというわけではなさそうである。

 ジェーナスとしては、ほんの少しだけ安心した。被害者であり強制的だったとはいえ、自分をこんな風にした艦娘がそのことを全て忘れて自分に愛を振り撒いてくるというのは、やはりどうしても気になってしまう。だが、記憶にないとしても理解してくれているのなら、心の持ち方が変わるだろう。

 

「一応聞いておくが……本当にいいんだね?」

 

 ジェーナスに最後の判断を促す提督。今ならやっばりやめたと言っても誰も否定はしない。

 しかし、ジェーナスは無言で首を縦に振った。今ならば決意は固い。その間にこの件を進めたい。そんな意志を感じる。

 

「君の意思を汲もう。少し待っていてくれ」

 

 タブレットはそのままに、提督は席を立った。今荒潮は金剛と比叡の下で過ごしているため、そこにいけば確実にいる。放送で呼び出してもいいのだが、それだと刺激してしまいそうであるため、なるべく優しく触れることに。

 この時間帯だと、金剛と比叡は就寝前のナイトキャップティーを楽しんでいるタイミング。荒潮が酷く落ち込んでいることもあり、確実にそれを行なっているはず。

 

 

 

 

 舞台はまた施設へ。タブレットの向こう側が執務室の背景だけになってから時間が経つが、その間もジェーナスは緊張で震えていた。

 

「ジェーナスちゃん、大丈夫よぉ」

 

 隣に座っている中間棲姫が手を握った。それでも緊張は拭えないのだが、幾分か落ち着くことは出来る。

 ジェーナスがここまで落ち着かないことは、施設に所属してからかなり久しぶりなこと。深海棲艦化した直後の、何をするにも自己嫌悪が溢れてしまい、まともに行動が出来なかった頃が今に近い。

 

「……Everything’s fine(大丈夫よ). 私が望んでこの場を作ったんだもの。みんなに迷惑かけたくないし、ここまで来て逃げたら、もっと自分が嫌いになるわ」

 

 ただでさえ自己嫌悪で自分のことを好きになれないジェーナスだ。ここで決意したことから逃げ出したら、それこそ自己嫌悪はさらに悪化する。

 それに、わざわざ夕食後という時間を選んだのは逃げられないタイミングを狙ったとも言える。ダイニングにはミシェルを除く所属する仲間達全員が勢揃いし、ジェーナスの覚悟を見守る。特に、逃げたら何を言い出すかわからない叢雲がここにいるのだ。お目付役としては完璧。

 

 すると、タブレットの向こう側で音が鳴る。執務室に提督が帰ってきた音。それと足音が4人分。

 荒潮だけでは心細いということで、真実を知る時と同じように金剛と比叡が付き添っていた。これで万が一暴れるようなことがあったとしても、戦艦2人ならばしっかり押さえつけることが出来るだろう。

 

『待たせてしまって申し訳ない。まだ大丈夫かい?』

「ええ、大丈夫よぉ」

 

 提督と中間棲姫の話はそこそこに、すぐに本題に入る。ジェーナスと同じように、荒潮もここには覚悟を持って来ている。

 

「ジェーナスちゃん、いいわねぇ?」

「……Okay」

 

 ゴクリと唾を呑む音が誰にでも聞こえるほどに響く。そして、カメラをジェーナスの方へと向けた。

 

『荒潮、君が夢の中で出会ったという少女、ジェーナスが向こう側にいる。君はしたいことをしたいようにしなさい』

『……ええ』

 

 今までで一番静かな荒潮。マイペースな部分は完全に鳴りを潜め、緊張に支配されている。

 

 しかし、カメラの前に座った瞬間に空気が一変することになる。

 

「……っ」

 

 ジェーナスはその姿を見た時点で身体が強張った。泥を流し込んできた張本人。悪意の塊に支配された原因。自分を陥れた元凶。

 怒りと憎しみが湧き上がるような感覚だったが、その荒潮だって被害者であることは理解しているのだから、どうにかそれを抑え込もうと画面外で自分の手をギュッと握る。

 

『……っ』

 

 対する荒潮はその姿を見た瞬間に愛欲が溢れ出しそうになった。夢に見たその少女が画面越しとはいえ目の前にいる。

 しかし、そのジェーナスに自分がしでかしたことは提督から聞いている通りだ。一生恨まれるようなことをしてしまっているのだから、この想いは絶対に成就しないし、むしろそんな想いを持っていること自体が烏滸がましい。

 

「……Hello, アラシオ」

『……貴女がジェーナスちゃん……ね〜』

 

 お互いに言葉があまり出ない。緊張もあるのだが、会ったことによって頭の中が真っ白になりかけていた。その感情は互いに別物ではあるが、同じような反応になってしまっている。

 そして、先に口を開いたのは荒潮だった。

 

『ジェーナスちゃん、ごめんなさい。私、貴女にいっぱい謝らなくちゃいけない』

 

 溢れ出さんとする愛欲をどうにか抑え込んで、荒潮はポツリポツリと言葉を紡ぐ。

 

『あの時のことを……何も覚えてないの。本当に全部、全部消えてしまっているの。でも、夢で、気持ちいい夢で、貴女と出会ったことだけはこの目で見たのよ』

 

 話しながらも俯きそうになっていた。しかし、勇気を振り絞って頭を下げないように努力する。謝罪をするつもりなのだから、相手の目をしっかり見て話したい。ジェーナスに目を背けられたとしても、その顔だけはちゃんと見て。

 

『覚えていない記憶を教えてもらって……真実を知って……本当に本当に大好きな貴女を、私が陥れたと聞いた時は、心が引き裂かれたのかって思うくらいショックだった。そもそも顔を合わせたことも無い相手を愛しているなんて、他のヒトにとっては気持ち悪いわよね〜……』

 

 話すうちに声が小さくなっていくが、思いを伝えるためには言葉を止めない。

 

『だからね、私は貴女に謝り続けるしかないの。許してくれなくてもいい。むしろ恨んでほしい。憎しみを向けてほしい。それだけの罪を犯した事は、自分でもわかってる。それを全て忘れてしまっているのは、もっと罪だと思う』

 

 マイペースな間延びした話し方は失われ、真剣にジェーナスと向き合っていた。愛欲もこの時には表に出る事なく、本当に荒潮かと思えるほどに真剣で真っ直ぐな瞳。複雑な感情が混じり合って、今だけは謝罪以外の感情が失われているかのような表情。

 この荒潮だけでなく、他の鎮守府にいるであろう別個体の荒潮ですら、こんな表情はしない。それだけ、この事態に親身になっている証拠。

 

『だから、ごめんなさい。貴女にそんな思いをさせているのは、全部私のせいだもの。謝る以外に私に出来ることが無いわ。本当に、本当にごめんなさい』

 

 ジェーナスは荒潮の謝罪の言葉に返すことが出来なかった。それは違うと言いたかったのに、すぐにその言葉が出てこない。どうしても恨みと憎しみがそれを包み隠してしまう。

 だが、荒潮が覚悟を決めて、振り絞って謝罪の言葉を紡いでくれているのだ。それに何かを返さなければ無礼というもの。一方的に謝らせるのは違う。

 

「アラシオ……大丈夫、大丈夫よ」

 

 ジェーナスも振り絞って言葉を紡ぐ。

 

「貴女だって、ただ巻き込まれただけなんだもの。貴女は悪くないわ。そう、何も悪くないの。悪いのは、あの泥を最初にアラシオに呑ませたあっち側のヒト達よ」

 

 これだって本心だ。確かに荒潮のせいでジェーナスは侵略者と成り果てたわけだが、本を正せば荒潮にそれをやらせようとしたあちら側が悪い。ジェーナスはおろか、荒潮だって完全な被害者だ。

 だから、荒潮に対して憎しみを持つのはお門違いなのだと、ジェーナスは必死に思い込もうとする。それは間違いじゃ無い。むしろ、そう思わなければ、白露や古鷹にも関わってくるし、何よりジェーナス自身にも大きな罪が残る。

 

「だから……うん、だから、私とアラシオの()()()()関係は、これでおしまい! そう、おしまいなんだから!」

 

 奮起させるように大きな声で宣言する。わだかまりをどうにか振り払うように。

 荒潮だってもう仲間なのだ。自己嫌悪から仲間思いになっているジェーナスだからこそ、この言葉が無意識に出た。これが正解、これがあるべき姿、これが荒潮とのベストな関係性。

 

 そんな言葉を聞いた荒潮は、愛欲も込みにしてジェーナスに対しての感情が溢れ出してしまった。堪えることも出来ない涙が、音を立てたかと思うほど大量に流れ落ちる。

 

『ありがとう……ありがとうジェーナスちゃん……私は許されないことをしたけれど』

「許すも許さないも無いのよ! だって、アラシオは道具として使われただけなんだもの! 使った張本人の方が悪いに決まってるわ!」

 

 いつもの調子を取り戻して来たジェーナスはヒートアップしていく。落ち込んでいた表情は嘘のように明るくなり、荒潮を引っ張り上げるために力を尽くす。

 

 

 

 

 覚悟を決めたことと、荒潮の謝罪によって、ジェーナスは自力で今までの場所へと這い上がってくることができたのだ。

 それにはやはり、仲間の支えもあったからこそ。春雨に話を聞いてもらったのもあるが、叢雲の最後の一押しも効いていた。

 




ジェーナスは自分を取り戻しそうですが、荒潮はどうなるか。
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