空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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2人の安堵

 鎮守府との通信は終了。ジェーナスは言いたいことも言えたようなものなので、随分とスッキリした顔をしていた。

 対面したことで、あの荒潮がジェーナスを陥れた荒潮とは別人であることはすぐにわかった。身体も記憶も全てが同じかもしれないが、感情が溢れて流した涙は本物だ。あれをこちらを騙すために出す事は出来やしない。

 それもあって、ジェーナスは荒潮のことを受け入れることが出来た。大嫌いな荒潮は、もうこの世にはいない。泥を消滅させたことで、一緒に世界から消え去ったのだ。そう理解出来たことで、ジェーナスは荒潮を改めて仲間であると認識することが出来た。

 

「……ふぅ」

 

 力いっぱい深呼吸。心の底から安堵したような表情。荒潮とは悪い仲にならない。直接対面するのは流石にまだ厳しいが、画面越しならば少しは話せる。そう確信していた。

 自己嫌悪に繋がるような感情は無く、後悔するような言動もしていない。だから、ジェーナスにとっては最善だった。

 

「……Okay! 私、ちゃんと開き直れるわ!」

 

 昨日今日とずっと浮かない表情だったのが一転、荒潮との対話がいい刺激となったか、いつもの表情に近いものを取り戻した。どうしてもぎこちなさはあるし、少しだけ無理も見られるが、それでも明るい自分に向かっていこうとする気持ちは見てわかる。

 ならば、それを仲間達が支えていく。誰もが明るいジェーナスを見たいので、それを否定するものは一人もいない。

 

「アンタの戦い、見届けたわ。じゃあ次は私達よ」

 

 そして時間となったため、叢雲を筆頭に深夜の哨戒部隊が外へ。ジェーナスと荒潮の対話を見届けることが出来たので、最初の宣言通り気分良く哨戒に向かうことが出来るようである。

 薄雲も叢雲の隣に付き従い、リシュリューは事前に用意しておいた夜食を手にしてそれをゆったりと追った。夜の哨戒は午前や午後より長時間だ。半分やったら休息として夜食を食べ、その後もう一踏ん張りという流れ。

 

「夜の哨戒、気をつけてね」

「アンタに言われると不安になるわね」

 

 春雨の声援に小さく笑いながら手を振った。薄雲も遠目ではあるが小さく礼をしている。

 

「直感的に春雨に何か言われると当たるんじゃないかってビビっちゃうんだろうねぇ」

 

 叢雲の言葉に白露が反応。春雨が気にかけたということは、今からの哨戒で何か起きてしまうのではないかと若干不安になるのはわからなくもなかった。

 だが、春雨としては社交辞令みたいなもの。いってらっしゃいと同義である。

 白露はそれがわかっている。何せ、艦娘だった頃には鎮守府でさんざん同じことを言われ続けていたし、一緒に出撃する時ですら同じようなことを言うのだ。

 それに、本当に危険だったらこんな軽く言うことはない。悪寒だって感じるだろうし、春雨だったらそもそも哨戒を止める。とはいえ、今すぐに危ないことが起きることは無い。

 

「気をつけるのは当たり前のことですよ。ただでさえ夜なんですから」

 

 春雨の心配を無下にするような発言をしたからか、海風は少しだけ不機嫌。だが、相手が叢雲なので、いつものことと流せるくらいの余裕はある。口が悪いのは叢雲の特性なのだから。

 

「それじゃあ、アタシもあと1回だけ哨戒機飛ばしておくわ。夜に仕掛けてくることだって考えられるものね」

 

 哨戒部隊が出た後、少ししてから飛行場姫も外へ。夜中ではあるものの、最後に島をグルッと一周回って哨戒するとのこと。

 何の準備も無く夜でも艦載機が飛ばせる深海棲艦の特性を活かしたやり方。それはあちら側も同じであるため、同等の力で牽制するのも目的である。むしろ、艦載機だけで言うなら飛行場姫の方が上。

 

「それじゃあ、残ったみんなはもう眠る準備をしましょうねぇ。明日も同じようにやっていくし、農作業や漁もいつものようにしていくわぁ」

 

 中間棲姫が号令をかけ、残された者達はあとは風呂と就寝のみ。今哨戒に向かった者達に全てを任せて、安心して眠ることになる。

 勿論不安が無いわけではないため、中間棲姫はいつもよりも夜更かしをする予定らしく、代わりに飛行場姫が朝早く目覚めるとのこと。

 

 姉妹姫の両方が眠っている時間をある程度減らして、隙を少なくするのが目的だ。深夜の哨戒をしているとしても、それは1つの部隊が島の周りをグルグル回っているだけに過ぎない。北を見ている時は南はガラ空きになるのは当たり前。

 そのどうしても出来てしまう隙を突かれる可能性を考えると、姉妹姫も平和のために動かざるを得ない。2人の睡眠時間を削るわけにもいかないため、就寝と起床のタイミングをずらす事でどうにかするとのこと。

 

「シラツユ、フルタカ、まだしばらくはダメだと思うから、一緒に寝てもらってもいい?」

 

 開き直ることは出来そうだが、悪夢などは振り払えないため、夜は誰かに側にいてもらいたいという気持ちは大きい。そもそもが自己嫌悪が溢れないように誰かの温もりが欲しいという状態だったが、今はそれが特に強い。

 

「オッケー。そもそも夜はそういうことにしてあるもんね。昨日と同じように、あたしと古鷹さんがいくらでも温めてあげよう」

「私でもそういうカタチで役に立てるなら喜んで。ジェーナスちゃんがそれで喜んでくれるなら、私も嬉しい」

 

 昨晩は悪夢を見ることになったが、それでも充分に眠ることが出来たのは、ほかならぬ2人のおかげ。春雨が眠る時のように、ジェーナスの両サイドを白露と古鷹が陣取ることで、全員が温もりを得ながら気持ちよく眠れるフォーメーションになる。

 今のジェーナスにはそれが必要不可欠だった。仲間が側にいるということがわかる状態が一番落ち着くのだ。

 

「もし何かあったら、お姉ちゃんに相談していいんだよ。これでもあたし、春雨や海風のお姉ちゃんだからね!」

「そういうことなら、私もお姉さん、かな。一応、全ての重巡の姉なんて異名を貰っていたりするから」

Thanks a lot(どうもありがとう). 2人とも、頼らせてね」

 

 ジェーナスはいい相談役を得ることが出来た。同じ境遇、いや、ジェーナス以上に酷い目に遭った2人が、前向きに寄り添ってくれる現状は、開き直るための道を作ってくれる者としては最適だった。

 

 

 

 

 一方、鎮守府。通信が終わった直後、荒潮はドッと疲れたように椅子の背もたれにもたれかかった。

 

「本当に、本当に良かったわ〜……。ジェーナスちゃんが許してくれて〜」

 

 先程流した涙をようやく腕で拭い、少し腫れぼったい目を見せながらも小さく微笑んだ。いつもの調子はまだ取り戻していないが、ジェーナスとの関係が悪い方向に拗れなかったことを心の底から安堵したことで、力が抜けてしまっている。

 

「ジェーナスも言っていたが、君は許すも許さないも無いんだ。君だって被害者だからね」

「Yes, 提督の言う通りデース。荒潮は巻き込まれただけデスからネー」

 

 鎮守府の誰もがそれを理解している。白露や古鷹のような前例があるのだから、荒潮だって自然に受け入れられるのだ。

 

「荒潮、君はこれで正式に鎮守府所属の艦娘として扱われることになる。それは構わないかな?」

「ええ、問題ないわ〜。こういうのも罪滅ぼしっていうのかしらね〜。出来る限り頑張らせてもらうわ〜」

 

 ここで努力して早く成長出来れば、施設に向かうことも出来るかもしれない。ならば、ジェーナスと直接会うためにも、訓練に精を出していち早く練度を上げることを望む。

 口には出していないが、荒潮の考えている事は筒抜けだった。しかし、それを誰も否定しない。動機はそれでも、やる気が充分すぎるほどあるというのなら、何も問題はない。

 

「なら明日から艦娘としての訓練を進めよう」

「ええ、誠心誠意頑張らせてもらうわ〜。ジェーナスちゃんのために、そう、ジェーナスちゃんのためよ〜。うふ、うふふふふふふふ」

 

 ここでついに、ジェーナスの前で抑え込んでいた愛欲が溢れ出した。自重出来ているだけであって消えてはいないそれは、本人の前では絶対に見せられないような姿に荒潮を変える。

 今は見えないジェーナスのことを思うことで、またもや瞳にハートマークが浮かび上がり、微笑みも惚けたような表情へ。そして、自分を抱きしめながら震え出す。

 

「本当に、本当に可愛かったわ〜。夢で見た姿よりも現実の方が数倍、数十倍は良かったのよね〜。うふふふ、夢では知らなかったけれど、声もとっても可愛いのね〜。ああ、あの声をもっと聞いていたい、あの顔をもっと見つめていたい、あの肌に触れたい。会いたい、とっても会いたいわ〜。でも、でもまだダメ、ダメよ。今の私だとジェーナスちゃんの足手纏いになっちゃう。それにこんなところ見せたら幻滅させちゃう。ちゃんと自分を抑え込まなくちゃ、でも、でもニヤけちゃう、あの可愛さは罪よね〜、うふふふふふふ」

 

 ジェーナスと対面出来た喜びが、今の荒潮には刺激的すぎたようである。ここからは定期的に顔を合わせてもらおうかと思っていた提督だったが、今の荒潮の姿を見てしまったら少し抵抗が出てしまった。

 

「金剛、比叡、荒潮のお目付役となってもらっていいだろうか。最終的には調査隊に入れたいとは思っていたんだが」

「Of courseデース。この荒潮を施設に連れて行くことは出来まセーン。せめてもっと自分を抑え込むことが出来るようになるまで、Discipline(鍛錬)してもらいマース」

「鍛える事でしたら、この比叡、気合、入れて、行きます!」

 

 比叡はお目付役という大役を任命されたことで気合が入り、明日から荒潮をビシバシ鍛えていこうと躍起に。ジェーナスと直接会いたいという気持ちも汲んでおり、それが早く叶うために尽力しようと気合も入っている。

 

「比叡、気合を入れるのはいいんだが、荒潮のことも考えてあげるように。練度がまだ無いドロップ艦なんだ。いきなり君達レベルでやるようなことはやめるんだぞ」

「勿論です! でも、今までに無いくらいに早く改二にしてあげるくらいに鍛えてあげますよ! 司令も改装設計図を用意して待っていてくださいね!」

 

 こういう時の比叡は、少しやりすぎな傾向にあるのだが、今の荒潮にはこれくらいがちょうどいいかもしれないと提督は注意をそこそこに済ませていた。それに、比叡のことは金剛に任せていれば問題ない。やりすぎだと感じたら金剛がちゃんと止めてくれる。

 荒潮の早急な練度上げは、鎮守府のためにもなる。この事件により、白露型が6人突然抜けることになったのだ。駆逐艦に空いた穴を埋めるためにも、荒潮という戦力増強はかなりありがたい。

 

「荒潮も、無理をしたら意味がない。ジェーナスに早く会いたいのはわかるが、それで倒れたらそれこそジェーナスが悲しむ。彼女の自己嫌悪を刺激することになるからね」

「うふふふ、勿論わかってるわ〜。私はジェーナスちゃんを絶対に泣かせない」

 

 愛欲に塗れながらも、荒潮はジェーナスのことを第一に考えている。触れ合いたい、くんずほぐれつしたいという気持ちよりも、ジェーナスを悲しませないというのが軸にある。

 無理をしたら確実にジェーナスが傷付くのだから、決して無理はしない。なるべく早く、しかし何事もなく。それが荒潮の今の方針だ。

 

「泣いてる顔より、笑ってる顔の方が可愛いんだもの。うふふふ、そう、そうよ。ジェーナスちゃんにはずっと笑っていてもらいたいの。可愛い女の子の可愛い笑顔で、私の力は何倍にでもなるわ〜」

 

 それがいいことか悪いことかはまだわからないが、少なからずやる気は充分だ。鎮守府のために働いてくれるだろう。その根っこにはジェーナスのためにというものがついてまわりそうだが。

 

 

 

 

 ジェーナスも荒潮も、次に向かって歩けるようになった。戦いはこれから、まだまだ過酷になっていく。そんな中でも、2人は明るく前を向けるだろう。

 




ジェーナスは開き直ることが出来、荒潮は直接会うために努力を始める。荒潮は下心がまだまだありますけど、先は明るそうです。


支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

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https://www.pixiv.net/artworks/95996462
MMDアイキャッチ風海風劇場。140話で心を重くする海域に入ったことで春雨に抱きついた海風。でもその時から海風が大暴走だったら……。今の海風ならここまでやりかねないんですよねぇ。
詳細はリンク先をご覧ください。
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