翌朝、深夜の哨戒組を出迎える飛行場姫。まだ日が昇るか昇らないかくらいの時間であり、薄暗がりの中探照灯を煌々と照らしての航行である。
この夜は何事も無かったようで、ただグルグル回っただけ。夜だから泥が見えづらいというのもあるのだが、3人がかりの探照灯照射と、徹底したソナーによる調査、そして広範囲に張り巡らされた叢雲の感知のおかげで、海の上にも中にも何も無いと判断するに至っている。
何より、眠っていたとはいえ春雨が虫の報せが無かったというのも大きい。まだ兆しとはいえ、辿り着く力に目覚めている春雨の虫の報せは信頼度も高い。春雨がぐっすり眠れているということは、それだけでも叢雲達が無事であったと感じられるものであった。当然過信はしていないが。
「夜は昼より気を張るから、疲れも段違いね。休憩したとしても普通にしんどいわ」
「まあまあ。何も無かったんだからいいじゃないですか」
小さく溜息をついて愚痴る叢雲を宥める薄雲。何かあったらあったで怒りを露わにするが、何も無かったら無かったで苛立ちを見せるのは若干理不尽ではある。
だが、叢雲の中ではそもそも深夜に哨戒をしなくてはいけないという現状が苛立ちに繋がるモノ。全ては黒幕が施設を見つけ出したことが問題であり、そんなことが無ければそもそもこんなことをする必要すらない。それが苛立ちの原因。
「アタシも軽く哨戒機を飛ばしてるけど、今のところは何も無いわね。昨日の今日ではやってこないのかしら。それとも、入念に準備をしているのかしらね」
飛行場姫もこんなに早い時間から哨戒機を飛ばすなんてことが無かったため、若干苛立ちを感じさせるような口調。別に低血圧だから朝が弱いとかそういうことは無いのだが、本来なら寝ている時間に起きなくてはならないという事実が気に入らないようである。
叢雲も飛行場姫も、全く同じ理由で苛立ちを感じている。まだ初日なのにこれでは、しばらく続きそうなコレで精神的にもダメージを受けそうである。
「妹姫、
「流石に哨戒から帰ってきたところに作れなんて言わないわよ。アタシがやるし、誰かしら起きてくるわ」
疲れているわりには、リシュリューはまだ有り余っている様子。流石は戦艦と薄雲は感心していた。燃費だけで言えば駆逐艦の方がいいはずだが、そもそもの体力の差があるようだ。
「それじゃあ、お風呂に入ってきなさいな。アタシが起きた時に追い焚きしておいたから、ちょうどいいくらいになってるわよ」
「そうね。もう髪が潮風にやられて鬱陶しいったらありゃしない。さっさとお風呂に行きたいわ」
「姉さん、髪長いですしね。洗髪手伝いますよ」
姉妹は仲良く施設の中へ。リシュリューは後から行くと今はこの場に残った。
「ムラクモもウスグモも、夜の方が動きがいいくらいね。駆逐艦の本領発揮って感じよ」
「そうなのね。ならやっぱり、駆逐艦の子達に哨戒をお願いするのは間違ってないってことね」
「ええ。Richelieuは海の中は見えないもの。そういう意味ではあの子達を頼りっぱなしよ。纏め上げるなんて言いながら、Richelieuが足を引っ張っちゃいそうね」
大人の世間話。夜の哨戒についての意見交換。
夜に航行すること自体は、リシュリューだって何度もやったことはある。ただでさえ施設の遠征組として、この島と陸を定期的に往復しているのだ。基本的には夜に動くくらいである。
そうであっても、駆逐艦に頼らなくてはいけない。それが海中の潜水艦の存在だ。敵に潜水艦が2人もいることがわかっている以上、駆逐艦の手助けは絶対に必要。むしろ、リシュリューが守られることすらあるかもしれない。
「ま、この
「当番が回ってくるのは、白露とジェーナスになるわね。付き添いはコマよ」
「そう、じゃあ
ここでの経験は、施設の平和を守っていくにあたり、確実に役に立つ。この戦いが終われば必要なくなるノウハウかもしれないが、知っておいて損はない情報も沢山あるだろう。
その後、朝食。作ったのは飛行場姫とコマンダン・テスト。全員勢揃いしている場で、深夜の哨戒の話を共有していく。
この施設に夜の海の状況は今までほぼ無縁だったのだが、ここでどうしても知らなくてはならなくなった。
「夜は思ったより穏やかでした。天気がずっといいような島ですし、そのおかげかむしろ昼より風も波もなく、航行しやすかったです。凪というわけではないんですが」
その説明は、叢雲でもリシュリューでもなく薄雲がする。叢雲はここで天性の不器用さを発揮する上に、説明に愚痴が交ざるために聞き取りにくい。リシュリューは母国語の関係上、速やかな理解から少し遠い位置にいる。結果、薄雲が適任となっていた。
それを自覚していたからか、哨戒の最中もどちらかといえば
「空気も澄んでて、夜でも月明かりが綺麗だったので、遠くに誰かがいても目で見ることが出来ます。戦艦さんやコマさんなら尚更」
「そうね。私、夜の間にここに来ることも多いけど、かなり遠くからこの場所は確認出来るわ」
「ということは、逆も然りですよね。水平線に近い場所でも確認は出来ると思いますよ。それが昼でも夜でも」
そういう意味では、この施設は守りやすいと言える。開けっ広げな空間にちょこんとある島だからこそ、360度全てが艦載機が無くとも確認可能。いざという時は、全方位に仲間を配置することでどうにか出来る。
だがそれは、
いくら施設に所属する者全てが、類い稀なる力を持つ姫級の面々だとしても、それはあちらも同じこと。ただでさえ魂の混成で作り出された深海棲艦だ。単体のスペックだけで言うならば、あちらの方が上。
「結局のところは、ガチでぶつかり合った時に勝てるかどうかなのよ。私は負ける気なんてさらさら無いけど」
朝食をガッツリ食べながら叢雲が愚痴るように吐き捨てる。結局は戦うことになるのなら、真正面からのぶつかり合いで勝てるか否かになる。スペックだけで言えば負けていても、それはあくまでも数値上。あらゆる手段を用いれば、その辺りは簡単に覆せる。
しかし、それは当然あちらも同じ。むしろ、あちらはスペック差があるにもかかわらず、さらに小狡い手段を多々用いて自分達の優位に持っていこうとする。
例えば、艦娘の空母の動けなくなる夜を狙って襲撃したりだとか、侵蝕で敵を減らしつつ味方を増やす最も忌むべき戦術を多用したりだとか。
強い上に狡く、更には数も多い。普通なら、そんな輩が一斉に襲い掛かってきたらひとたまりもないだろう。
だが、施設の面々は誰も負けるつもりは無い。不安はあるかもしれないが、敗北をみている者は誰一人としていない。叢雲を筆頭に、真正面から叩き潰す気満々である。
「第一は島に近付かせないことだとは思うけど、万が一近付かれても、アタシもお姉も簡単にはやられないわ。どうせあちらはアレでしょ。ビクビクしながら遠距離で火力で押し勝とうとするだろうけど、そんな攻撃は効きやしないから」
飛行場姫が鼻で笑いながら言う。自分の力に絶対的自信を持っている……というわけでは無いのだが、少なくともそんな輩に対しては負けるなんて考えられないと口に出すほど。
「何事も無いのが一番ありがたいんだけれど、もし何かあっても私達には自分の身を守るくらいは出来るわぁ。お互い、痛い目に遭いたくないのは同じだと思うのだけれど……本当にいざとなった時は、私だって抵抗するわぁ」
中間棲姫も穏やかに話す。勿論戦いたくはないのだが、この施設の平和を守るためとなれば話は別。自分だけならまだしも、仲間達にまで被害が出るのはよろしくない。
この中間棲姫の実力を一番知っているのは海風だ。初見で撃ってしまった時に、その全てを簡単に止められてしまい心を折られている経験がある。それ故に、中間棲姫の抵抗というのは充分過ぎるくらいの安心感であった。
「姉姫様も妹姫様も、私達が守ります。私達も、この施設での平和な生活が楽しいと思っていますから。もう手放したくないくらいに」
春雨の言葉に、全員が頷く。平和でのんべんだらりとした生活を失うのは誰もが嫌なことだ。
戦いから離れ、トラウマも刺激されず、やりたいことをやりたいようにやれるこの島は、もう楽園と言っても過言ではないものだ。一部の者はそこに、
「決着がつくまでは今のやり方を続けて、裏では鎮守府と連携しましょ。あの提督は話がわかるヤツなんだから、頼れるだけ頼らなくちゃ」
「そうねぇ。提督くんには頼りっぱなしねぇ。いつも働いているイメージがあるのだけれど、彼はちゃんと休めているのかしらぁ」
話題は鎮守府のことへ。言われてみれば確かにと、姉妹姫だけでなく春雨なども考える。あの提督、タブレットで連絡したらほぼ確実に数コール以内に出るし、いつ連絡を取ってもせかせか働いているイメージしかない。
「ね、ねぇ春雨、提督って休んでた? あたし達は定期的に休暇貰えてたけど」
「……全然思い出せません。秘書艦をやってる五月雨も休暇があったのに、そのときは大淀さんが秘書艦やってましたよね」
「確かに……。姉さん達の捜索中も、ずっと働き詰めでした。そんな中私も離脱してしまいましたし……」
鎮守府にいたことがある白露型姉妹も、休んでいるところを見たことがない気がした。1年365日年中無休で海の平和のために働き続けている。
「今更かもしれないけれど、彼には一度休んでもらった方がいいんじゃないかしらぁ。だって、ここ最近心労が溜まり続けているでしょう?」
「そうね。そもそも白露達が行方不明になったところから始まってるこの事件だけど、ストレス溜まりまくってるわよねアレ」
白露達が行方不明になり、春雨が発見出来たと思ったら強大な敵が現れ、そんな中で海風も深海棲艦化したことで失い、今でも泥に対しての調査や研究の真っ最中。
艦隊の指揮をしながら方針を決め、そしてその責任を取る。そんな提督が疲れていないわけがない。気を病みながらもそれを表に出すことなく戦い続けている。
「アレじゃあいつか倒れるわよ。1日だけでもいいからガツッと休んだ方がいいんじゃないの? ほら、あの大将に少し任せるとかして」
「出来るのならそうしてもらいたいです。鎮守府のトップだからといって、身体を壊したら意味がありませんから」
これに関しては満場一致。叢雲ですら、上の人間が倒れるとか腹が立つと怒りつつも心配するような若干ツンデレな匂いがする回答である。
「まぁ言うだけ言ったところで、最終的な決定権は彼にあるんでしょ。それでも働き続けるっていうなら、アタシ達からは何も言えないわ。悪い言い方だけど、この施設は鎮守府の運営に対しては完全に無関係なんだもの」
「残念だけどそうよねぇ。でも、彼には長生きしてもらいたいという気持ちは私達にもあるわぁ。だから、次に話す時にそれとなく伝えてみるわぁ」
それとなくと言いつつも、中間棲姫は真正面から休めと言いそうだなと誰もが考えた。
平和な生活のために全員が尽力する。それはどういうカタチであれ、誰も失われてはいけない。心労で倒れるなんて以ての外だ。
平和のためには戦わなくちゃいけないのは仕方ないこと。でもその前に倒れたら意味がない。