空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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古鷹の前進

 午前中、哨戒の当番は春雨、海風、そして古鷹の3人である。深夜に哨戒をしていた3人は今から就寝、他の者は自分の当番まで思い思い過ごすことになる。松竹姉妹は中間棲姫と農作業。白露とジェーナスは飛行場姫と漁。リシュリューとコマンダン・テストは哨戒機を飛ばす。

 わかりやすく分配されており、やることがハッキリしているため、指示が無くても次々と自分のいるべき場所へと散らばることに。

 姉妹姫は作業の前にやるべきこと──提督の体調管理の件を進めるために少しだけ作業に遅れるとのこと。

 

 哨戒を任せられた3人は、他の者達よりも早めに島の岸へ。近海の確認をするため、伊47とミシェルも今は同じ場所にいる。2人とも最終的には漁の手伝いに加わる予定。

 

「古鷹さん、身体の方は大丈夫ですか?」

「ゆっくり休ませてもらったので、すこぶる調子がいいですよ。痛みもようやく消えました。無理して動くと多少は痛みますけどね」

 

 今はそこにミシェルがいるので、鈴谷の変装をしている古鷹。ロングヘアーのウィッグと眼帯までしっかりと装備して、ぱっと見では古鷹とわからないほどになっている。

 制服も鈴谷のそれなのだが、傷痕を見せるためにかなりラフに着こなしていた。ブレザーであることを利用して、ブラウスの前を開いていつもの黒いインナーを見せつけるようにしている。薄くはないが肌に完全に張り付いているそこには、クッキリと痛々しい斬り傷が残ったまま。それでも痛みが無いと言うのだから、やはりこれは()()()()()()()()()()()()()()と考えられる。

 

 目に見える罪の証をそこに置き、さらには服をラフに着ることで他者にも自分が咎人であることを知ってもらう、古鷹の譲れない部分であった。

 やらされたことであっても、命を奪ったことには変わりない。それ故に、背負うつもりで傷を残しているのだ。

 

「これは私が私であるために必要な傷ですから、気にしないでください」

「そうかもしれませんが……いや、納得するためなら仕方ないですね。私もとやかく言うのはやめておきます」

「うん、ありがとうございます」

 

 納得してもらえて何よりと、軽く傷をインナー越しに撫でた。触れても痛くないようで、締め付けて止血するという意図もあったインナーはもう不要なのではと考えたものの、やはり艦娘時代から愛用していたというのもあるので、古鷹は今後もこのスタイルで生活していくそうだ。

 ミシェルの前では鈴谷のブレザー姿になるものの、今のようにはだけてインナーと斬り傷を曝け出すスタイルは変えるつもりはないらしい。

 

「じゃあまずは、艤装を展開してみますね」

 

 この哨戒は、泥が失われて正気を取り戻した古鷹の初陣。春雨と海風がその付き添い。哨戒の前にまずはまともに深海棲艦の力が扱えるかのチェックから始める。

 ただでさえ古鷹はスタミナ不足というデメリットを抱えているのだが、そもそも泥が無い状態で艤装がうまく展開出来るかもわからない。白露は出来ているが、古鷹は艦種違いである戦艦が混ぜられているのだ。事前の準備はしっかりとしておいた方がいいだろう。

 

「んっ、と」

 

 少し力むと、尻の辺りからズルリと尻尾のような艤装が生える。本来の古鷹の艤装とは完全にかけ離れた、重巡ネ級と見せかけた戦艦レ級の艤装は、生えてしまえば軽く扱えるらしく、海面とは垂直に持ち上げることも出来れば、器用に左右に振ることも出来た。

 

「うん、問題ないですね」

「泥が無ければ制御が出来ないなんてことは無いんですね」

「ありがたいことに。あちら側にいたときと同じ戦術が使えるってことだから、いろいろと出来そうです。ちょっと哨戒機を飛ばしてみますね」

 

 尻尾の先端から艦載機が飛び立つ。その勘も鈍っておらず、さも当然のようにコントロールしつつ、そこからの視界も頭の中に入れることが出来ていた。

 

「妹姫さんのような高高度の艦載機は扱えないですけど、空母と同じくらいの艦載機は扱えるようです。爆撃や航空戦は大丈夫ですよ」

 

 艦載機が戻ってくると、尻尾がそれを呑み込むように収納。その様子は本当に戦艦レ級と同じである。

 

「それじゃあ、主砲や魚雷も()()()と同じように使えるんですか?」

「多分大丈夫ですよ。流石にここで撃とうとは思いませんけど」

 

 威力が駆逐艦の比では無いため、試し撃ちというのもなかなか難しいものではあるものの、艦載機のことを考えれば、他の兵装もまともに動くと考えていいだろう。

 どうせやるならもっと島から離れた、誰にも被害が出なそうな場所で力いっぱい砲撃を放つくらいがいいだろう。それも、以前に春雨が自分の身体を知るために使った模擬弾でやれば、何処かに被害が出るとかそういうことは無くなる。

 

「バランスの取り方も、()()()のようにすれば……うん、何も問題はありませんね」

 

 長く大きな尻尾を器用に立てながら、スイスイと海上を滑っていく古鷹。あまり無茶をすると足りないスタミナを余計に消耗してしまうため、軽く流す程度ではあるものの、それでも充分に速かった。春雨と海風もそれを追うように続く。

 

 つい最近まで敵対していた古鷹と一緒に、施設の平和のために施設近海を巡廻するというのは、少しだけおかしな気分になる。

 とはいえ、それはあの最悪の姫と同じ外見である中間棲姫や、基地航空隊に対して苛烈な攻撃を仕掛ける飛行場姫、そしてあらゆる海域にて艦娘の行く手を阻む戦艦棲姫と、今まで敵としか思っていなかった深海棲艦と共に生きているのだから、そのなんとも言えない気分はすぐに払拭された。

 

「古鷹さん」

「はい?」

「敬語、取れてませんよ」

「あっ」

 

 故に、もっとお近付きになろうとこういうカタチでちょっかいをかけた。性格上、古鷹はこういう時に丁寧になってしまうのだが、もっと気分を楽にしてもらいたいと。

 

「む、難しいんだよ……ちゃんと気を張っておかないとどうしても」

「頑張ってください。叢雲ちゃんからも絶対注意されますよ。もっと自然にです」

 

 少しだけ気安く、生きやすいように。古鷹もこの戦いが終わったら施設で平和に暮らしていくのだから。

 

「……海風、どうしたの? ずっと静かだけど」

 

 ここであまり口を開かなかった海風に問いかける春雨。こういう場で静かなのは今の海風ではあまり無いことである。まさか古鷹にはまだ敵対心があるのかと、春雨は心配になった。

 しかし、次に海風から出てきた言葉は、何も心配のいらないことだった。

 

「姉さん、後からでもいいので、今の古鷹さんの恰好を再現してもらっていいですか。姉さんにも似合うと思うんです。あの泥対策のスーツもそうでしたけど、スタイルをこれでもかと表に出すモノは姉さんにも似合うと思うんです。上着を羽織るくらいにして。あ、でも脚の件がありますよね。そこはいつも通りで、でも上はピッチリとしたインナーを」

「はいストップストップ」

 

 真面目な顔をして何を考えているのかと思ったら、と春雨は苦笑するしか無かった。

 

 

 

 

 哨戒中に立ち寄ったのは、以前戦艦棲姫が潜伏していた無人島。爆発によって燃えていた木々は流石に鎮火しているが、まだその戦いの跡がしっかりと刻まれ、砲撃で抉れた砂浜などもそのまま。無人島なのだから整備する者もいない。

 ここに誰もいないことは何度も見ているのだが、それでもここで何者かが何かを企てている可能性を考えて、見に来ないわけにはいかない。

 

「……ここで戦艦さんと戦ったんですよね……白露ちゃんと」

 

 まだ侵蝕されていた頃の自分を思い出し、少しだけ俯く古鷹。やりたい放題していたあの頃は、戦艦棲姫も()()()()()()と見做して排除しようとしたが、結果的に2人がかりでも上手く行かずに白露が重傷を負い、スタミナ不足が露呈した部分もあり、それがバレないように早々に撤退したという経緯がある。

 どうであれ、この場所も古鷹としては少しトラウマを刺激するような場所。小さく息を吐き、その時の感情を思い起こしていた。

 

「大丈夫ですか?」

「う、うん、大丈夫で、だよ。これを振り払わないと、私は先に進めないから。ジェーナスちゃんが開き直るために、私も開き直らないと」

 

 辛い記憶を振り払って笑顔を見せる古鷹。悲しい笑顔ではあるが、力強く前に進み出そうとしている気持ちが見て取れるため、春雨もそれ以上言うのはやめた。

 

「古鷹さん、ここで試し撃ちしてみたらどうですか? 撃つのは模擬弾ですし、ここに誰もいないことはわかってますし」

 

 ここで海風が提案。誰にも被害が出ないことが確定しているこの場所なら、言ってしまえば()()()()()()()()()()。あまり自然を破壊するようなことをしてはいけないが、海に向かって撃てばそういう心配も無い。

 また、ここでなら周囲に何者もいないのだから、ここにいると気付かれることもなく、誰かが気付いたとしてもそれは艦娘ではなく同胞(はらから)である可能性が高い。黒幕陣営のそれだった場合は困るが、それも可能性としては高くないだろう。

 

「そう、だね。ちょっと撃ってみるよ」

 

 確かにと古鷹も納得し、早速尻尾を前方に持ってきて構える。そして、勢いよく砲弾を撃ち放った。模擬弾とはいえその火力は絶大であり、海面に着弾した瞬間に魚雷が爆発した時のような水柱が出来上がる。まず確実に艦娘の戦艦主砲と同じ、いや、それ以上の火力が確認出来た。

 直撃を喰らったらひとたまりもないそれは、敵対しているのなら脅威以外の何モノでもないのだが、味方になると頼りになる。

 

「うん、問題無し。身体に何の反動も無いし、傷が痛むことも無い。戦えって言われれば、すぐに戦えると思う」

 

 使い心地がわかったことで、古鷹も安心。平和を守るための戦いに自分も参加出来るとわかったため、施設の仲間としての自覚がより深く刻まれる。

 この強烈な火力を存分に扱い、今までの償いとこれからの自分のために戦うことを決意することが出来た。

 

 春雨と海風も、古鷹のこの砲撃を目の当たりにして、このヒトが味方になってくれて本当に良かったと改めて思った。

 施設の平和のためには、姉妹姫には申し訳ないが即戦力も重要だ。あちらは小狡いことをいくつも重ねてくるような厄介な連中。少しでも戦えるものが増えれば、それを淘汰することも容易になる。そしてそれが強大な力を持っているというのなら尚更だ。

 

「この力、みんなのために使わせてもらいま、もらうね。私が今までやってきたことを償うためにもだし、平和を取り戻すためにも!」

 

 戦えると自覚出来たことで、古鷹は少しだけ自信を取り戻したようだった。取り返しのつかないことをやらされてきたとしても、それを振り払うことをせず、むしろ胸にしまって前に進む。いろいろなものを背負って。

 

 だからだろう。こんな明るい時間、眠りもしていないのに、古鷹には()()()()()()ように感じた。

 その声は3人分。その言葉は、たった一言。

 

 後は任せた。

 

 聞き覚えのあるその声に振り向くが、当然誰もいない。しかし、古鷹はその声の主を知っている。

 

「……うん、みんなの分まで、頑張ってくる。だから、ここで見てて」

 

 またインナーに浮かぶ傷痕を撫でた。

 

 

 

 

 古鷹はこの時を以て俯くのを止める。施設の仲間として、平和を守るために尽力するようになる。その表情は、今までよりも清々しさを感じた。

 




古鷹もこれで正式に施設の仲間となりました。戦力としても申し分ありませんね。
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