その頃の鎮守府。いつものように業務を続ける提督だったが、そこで施設に繋がるタブレットがコール音を響かせた。
昨晩にかかってきたばかりなのに、また何か用があるのかと首を傾げつつも、待たせては悪いと即座に取る。
「どうしたんだい? 荒潮の件は昨日一応の決着を見たと思うが」
『そうねぇ。あの後ジェーナスちゃんは元気になったわぁ。開き直ることが出来たのは、荒潮ちゃんと話が出来たのが良かったみたい。でも、今回はそれとは違う話なの」
中間棲姫は少しだけ真剣な表情。隣の飛行場姫も若干神妙。
『貴方、ちゃんと休めてる? 春雨ちゃんからも聞いたのだけれど、ずっと働きっぱなしらしいじゃないの』
中間棲姫に突きつけられ、提督の表情が固まる。
艦娘達にはちゃんと休息を取るように言っており、春雨達が行方不明になった時には五月雨からもちゃんと休めと言われていたものの、艦娘達のように丸一日を休息に使うようなことは今までに無かった。強いて言うなら業務時間内に作業を終わらせるか、早上がりをするくらいであり、基本的には執務室にずっといる。
ここ最近は特に働き詰めだ。白露型の部隊が行方不明となってから、特殊な敵の情報を掻き集め、解析し、対策して、どんどん時間が溶けていく。その中でも鎮守府そのものが襲撃され、泥に支配された荒潮の鹵獲から治療までやってのけている。
実際動いているのは艦娘かもしれないが、最終的な決定権と、その全責任を負うのが提督だ。身体も疲れているだろうが、精神的な疲労も相当に溜まっていることだろう。
「た、確かに君の言う通りだ。僕はここ最近休めていない。だが、今僕が業務を止めてしまうと、確実に運営に支障が出る。五月雨や大淀のみでやれる仕事というのはとても少ないんだ」
艦娘に艦隊運営をさせるという鎮守府も無いわけでは無い。緊急時に独自の判断で行動出来るようにするため、秘書艦やその技術を持つ艦娘達には、旗艦を任せると共に艦隊運営が出来るように学ばせている。
この鎮守府で言えば、秘書艦五月雨や事務員大淀の他に、艦娘達からの信頼度が非常に高い金剛もその知識を得ているのだが、実際は提督が働き続けているため、その技術を使うタイミングが起きない。
また、その技術があったとしても、最終的には提督の判断が必要になってくる部分が多い。艦娘だけで作戦を進め続けるのはどうしても限界がある。そしてそれは、今の戦況からして関係ないわけが無かった。
『それで貴方が倒れてしまったら意味が無いわよねぇ。一時的に指揮を執れないことと、ギリギリまで粘った挙句に長く指揮を執れなくなること、どちらがいいかくらい、貴方ならすぐにわかることでしょう?』
「しかしだな……今は鎮守府としても正念場だ。休んでいる暇は無いよ。ただでさえ艦娘達に無理をさせているんだ。僕だって身体を張らなければ」
いつになく中間棲姫は攻め込んでくる。それだけ提督のことを心配しているからなのだが、提督はそう言われてもとのらりくらりと躱そうとする。
提督の言いたいこともわかるのだが、それで倒れてしまっては意味がない。
そのため、姉妹姫は先んじて手を打っていた。提督が必ず休息を取れるようにと考えた結果、利用出来る
『提督くんがそういうことを言うのは、私達は予想していたわぁ。だから、ちゃんと休めるように考えがあります』
「何を……?」
『私、大将さんとのホットラインを持ってるのよぉ? 貴方の上司からのお願い、いえ、
せっかく手に入った大将との直接の連絡先なのだ。今使わずにいつ使う。本来なら褒められたことではないだろうが、まだ未遂。しかし、それをやろうとするだけの力を持っているのだから、ある意味抵抗が出来ない。
『この後に連絡してみるわぁ。そうしたら大将さんから直に連絡が行くはずよぉ。せめて半日くらいはしっかり身体を休めてちょうだいねぇ』
「はぁ……君達、意外と滅茶苦茶するんだな」
大きく溜息をつく提督だったが、別に嫌悪感などの感情が芽生えているわけではなかった。心配されて気分が悪いものでは無い。
実際、提督には少しずつガタが来ていたのは確かであり、艦娘達にはそういう姿を見せないようにしていただけ。眠っても疲れが取れにくくなっており、業務中にも眠気がやってくる。コーヒーやお茶で誤魔化しつつも、作業効率は僅かにだが落ちていた。
これが続いていた場合、本当に最終決戦くらいでガタがピークを迎え、倒れていたかもしれない。提督自身はこの戦いが終わるまではと踏ん張っていたが、意識していないところにも蓄積しているのは明らかである。
「提督! 今日1日は私達に任せてください! 私だって提督が疲れていることくらい気付いてましたよ!」
「明石の制御は私がしておきますので、今日はゆっくりとお休みください。姉姫の言うことは間違っていませんから、一度しっかり身体を休ませるべきだと私も思います」
五月雨と大淀も、中間棲姫の言葉に同調。提督のことを心配しているからこそ、休息を勧める。むしろ、ここでちゃんと言葉にしてもらえたのがありがたかった。
艦娘という立場上、提督に強く言ってもその効果は少ない。心配はしているものの、最終的には提督の判断が全てであるために、それで休まなくてもクドクド言うことしか出来ないのだ。実際それで鎮守府が回っているというのも厄介なところ。
だが、第三者であり、ある意味提督と同等の立ち位置のようなものの中間棲姫からの言葉は、流石に蔑ろに出来ない。しかも、大将の名前まで出してきて無理にでも休ませようとしてきているのだから、提督としても不利であった。
「わかった。今日1日は休息とさせてもらうよ。流石に連休とは行かない。まだまだやらなくてはいけないことは沢山あるのでね」
『1日だけと言わず、頻繁に休んだ方がいいわねぇ。疲れは自覚の無いところから来るわよぉ。艦娘ちゃん達を心配させるのはよろしくないわねぇ』
「面目無い」
休むことを咎められることは無いだろう。艦娘達も口を揃えてそうしろと言ってくるだろうし、中間棲姫が言うように大将の耳に入ったら、まず確実に休息を命じられるだろう。
『憶測でしか無いけれど、今日くらいは襲撃も何も無いと思うわよぉ。あちらの狙いは私と春雨ちゃんだもの。鎮守府は多少放置されるんじゃないかしらねぇ』
そうかもしれないが、そうなったら鎮守府側から施設に救援を出したいところ。その指揮を執らねばと考えるものの、何のために艦隊運営を艦娘に学ばせているのだと大淀からお叱りを受ける。万が一提督が休息中に鎮守府が襲撃されるようなことがあっても、大淀がしっかりと指揮させてもらうから安心してもらいたいと念を押す。
『というわけで、こちらからの用はおしまい。ちゃんと休むのよぉ。何かあったら、大将さんに言いつけちゃうからねぇ』
「その脅しはどうなんだろうか……だが、疲れを取るのは大切なことだ。艦娘に言っておいて僕自身が出来ていないのは確かによろしくない」
『うんうん、それがいいわぁ。五月雨ちゃん、大淀ちゃん、ちゃんと見張ってちょうだいねぇ。休みもせずに勝手に仕事しそうだからその人』
「はい、勿論! 提督のお休みを守ります!」
この意気込みがどうなのかはさておき、これで提督は嫌でも休まなくてはいけなくなった。
軽く脅しが入りつつも、提督を強引に休息をとらせることに成功。鎮守府は少しだけゆっくりとした時間を過ごすことになる。
「ということで、本日は提督がお休みとなります。提督代理は私、大淀が務めさせていただきますが、基本的には大きなことはしません。今までの作業を引き続きお願いします」
全員の前で話す大淀に、艦娘達は納得する。五月雨や大淀だけでなく、他の者達も提督に疲労が溜まっていることは理解出来ていた。
特に提督のことをよく見ている金剛は、口には出さずとも心配していたようだ。大淀のこの連絡で一番喜んだのは、ほかでもない金剛だろう。
「休息をとりたい方がいれば、それでも構わないと提督は仰っていましたので、今日は自由に生活してください。演習許可は私が受け付けます」
来るべき戦いのために鍛えたいと考える者達もいるだろう。そういう者は演習をしても構わない。しかし、怪我を負うような激しい戦いはやめてもらいたいとは提督の言葉。
自分を鍛え上げることに躍起になっているのは、やはり荒潮である。早急に練度を上げ、ジェーナスのいる施設に向かうのだと常にやる気満々。お目付役である金剛と比叡は勿論、今だけ使える最高の演習艦隊から武蔵やサラトガの力まで借りて、荒潮は短期間での練度上げを行うつもりであった。
金剛と比叡に関しては、荒潮のこの無茶なやり方は少し引き気味なのだが、武蔵が荒潮のことをやたらと買っているようで、その意気や良しと笑顔で鍛えようとしてしまっているために大変なことになっていた。
「うふふふ、武蔵さん、よろしくお願いしていいかしら〜」
「ああ、演習が可能だというのなら、この武蔵が貴様を鍛え上げてやろう。集中的に鍛錬を行ない、早急に改二改装が出来るように尽力するさ」
「ありがとうございます〜。うふふ、これでジェーナスちゃんのところに……うふ、うふふふふふふ」
このやりとりに若干不安を覚えたか、金剛と比叡もその演習に加わることを決める。武蔵のやり方では荒潮が潰されかねない。
「山風の姉貴、何するよ」
「……施設の海風姉とお話し出来ればしたい。大淀さん……タブレットって使っていいの……?」
「構いませんよ。でも、山風さんの目的のためなら、午前中より午後からの方がいいです。今施設は当番制で近海哨戒をしているらしく、春雨さんと海風さんが午前中の当番だそうです」
提督が休息に入るということで五月雨と共に執務室から出て行った後、大淀は姉妹姫から施設の近況も聞いていた。山風のように施設との連絡を求める者もいるだろうと予測して。
それを聞いた山風は、少しだけ顔を綻ばせて、午後を楽しみにしながら午前中は甘味でも食べながら休むと食堂に向かった。江風と涼風もそれに付き添うカタチで後を追う。
「明石、貴女は私の管轄下です。今が力の入れどころなのは理解していますから、程々にやること」
「わかってるってば。そろそろ泥を霧散させる装置も完成するから、明日には施設に持って行けるようにはしたいね」
「そのために徹夜とかするのはダメですよ。次は明石が強制的に休息になりますから」
明石は明石で、相変わらずの研究開発の続行。これに関しては提督からも許しが出ているのだが、誰かしらが監視を行なうようにと口が酸っぱくなるくらいに言われていた。そのため、大淀が基本的には監視することになる。
実際、この研究は今までにないスピードで進んでおり、荒潮に服用させた薬も改良型が完成。そろそろ予防接種が出来るくらいにまでになりそうだった。それと併せて海中に潜伏する泥の感知が可能なソナーや、既に支配されている者を判別する探知機まで手をつけている。完成は今日中の見込みだ。
やはり、荒潮を鹵獲し、泥そのものが手に入ったのが非常に大きかった。明石の研究欲はしっかりと満たされ、鎮守府のための活動に愉しさすら覚えながら、戦いに勝つための開発を次々とこなしている。
「私がダメになったら鎮守府がダメになるからね。それはもう気をつけてやってるよ。でも多少は寝ようかな、せっかくのお休みなんだし」
「そうしてください。なんなら眠っている明石の監視もしてあげますから」
「はいはい、好きにしてよね」
鎮守府は束の間の休息へ。ここで英気を養い、来るべき戦いにより力が出せるように、提督も艦娘も万全の態勢へと向かう。
提督はひとまず丸一日休んでもらうけど、その間に疲労が溜まりそうなのは間違いなく金剛。