午後の哨戒部隊である松竹姉妹と戦艦棲姫も帰投し、夕食の時間。深夜の部として今まで眠っていた白露、ジェーナス、コマンダン・テストの3人も目を覚まし、哨戒の準備として少し多めに夕食を食べていた。
昨日もそうだったが、普通ならこの時間は施設の者達が全員集まる和やかな時間なのだが、今は平和とは程遠い状況だ。哨戒で何も無かったことの確認や、深夜組への注意、明日の日程の確認などと、まるで鎮守府にいる時のような流れ。
落ち着いたスローライフが施設の平和の象徴だったのだが、それが失われていることが嫌というほどわかる。
「そういえば、ちょっと気になることがあったんだ」
食事中、竹が突然話し出す。松も同調するように頷いた。
「気になること?」
「ああ、西の方の空がちょっと暗かったんだよ。あれ、雨雲じゃね?」
哨戒中に気になったというのは、天候。この平和な島は、基本的には常にいい天気。少なくとも春雨がこの島に辿り着いてから今まで、いい天気で無かったことが無かった。暑くもなく寒くもない、常に朗らかな気候。それ故に、平和がより実感できた。
そんなこの島でも、年に2度3度ほどは雨が降る時が来るらしい。とは言っても、台風が直撃するなんてこともなく、シトシトと島全体を濡らしていくような雨が半日ほど降る程度。
「ああ、アタシもそれっぽいものは哨戒機飛ばしてる時にチラッと見たわ。まだ大分遠かったと思うけれど」
「夜中のうちに降って通り過ぎるくらいかもかなって思います。そうなると、哨戒部隊ってその雨が直撃するんじゃないかなって」
今までなら、夜に降る分には別に何も問題は無かった。眠っている間に通り過ぎるだけであり、畑が雨で水浸しになるのが気になる程度である。それも翌日に少し作業をするだけで済むので、気になることはない。
だが、今は夜に外に出る者達がいるのだ。流石に海上を航行する間に傘を差すわけにはいかず、雨合羽を着込んでの哨戒になるだろう。それに、昨晩の哨戒では夜の海は穏やかだったと報告を受けていたが、月光が遮られて暗く、さらには波も立つ可能性が高い。哨戒そのものが若干危険。
「大雨じゃなくても、哨戒には向いていないかもしれないわねぇ」
「島から離れている時にどしゃ降りに当たっても困るわ。
深海棲艦が風邪を引くなんてことは今のところ確認されていない。この施設でも平和であるためにその辺りも気を遣っていたため、疲労や怪我などで消耗することはあっても、体調不良というのは無かった。
だが、それは今までそうなる条件を避けてきたからであって、実際に雨に打たれながら一晩を過ごすなんてやったら何かしらの体調不良が起きてしまいそうである。
「1つ聞きたいのだけれど、艦娘の時に風邪を引いたなんてことはあったかしらぁ?」
ふとした疑問を中間棲姫がみんなに問う。艦娘が風邪を引くなら、深海棲艦も風邪を引くだろうと考えたからである。
「ヨナはそういうこと無かったヨナ。潜水艦だからかな」
「毎日海の中にいるなら、そういう心配はないかもしれないわねぇ」
伊47は風邪なんて引いたことがないと自信満々に答えるが、そもそも雨に打たれるどころか常に海中なのだから、そういった体調不良とは無縁。潜水艦という艦種そのものが考えるまでもなく風邪なんて引かない。
ならば海上艦はとなると、
「雨の日に出撃というのもありましたけど、風邪を引いたことはありませんね。戦闘の後にはすぐにお風呂を用意してもらえましたから」
「ですね。その時は寒いと思ったりもしましたが、事後処理が完璧でしたし、私達も風邪とは無縁でした」
春雨と海風がそう話す。これに関しては、おおよそ全員が同じ見解である。
実際、艦娘は風邪を引かない。そこが人間と明確に違う部分である。もし近しい症状が出たとしても、それは人間で言う風邪ではなく、メンテ不良などの外的要因。極端な話、いくら雨に打たれようが風に吹かれようが、暑い寒いは感じても風邪には繋がらない。そもそもウィルス性のそれに感染するようなことはないのである。
だが、今はウィルスと言っても過言ではない脅威、泥の存在がある。特別製の増殖する泥に関しては、もう感染症と言ってしまってもいいくらいだ。
「でも、入渠とかその辺りのおかげかもしれないし、雨の中の哨戒は止めた方がいいでしょ。アタシ達は艦娘と違って修復材とか使えないわけだし、余計なことして面倒なことになるくらいなら、堅実に行くべきよ」
艦娘はそうであっても、深海棲艦は違うかもしれない。こればっかりはわからないので、堅実に行くのなら雨の中外に出るのはやめた方がいいだろう。
結果、本日深夜の哨戒は急遽中止となる。代わりに、一晩を施設内で過ごし、確認出来る範囲で外を監視する方向となった。
雨でも出来ることと言えば、コマンダン・テストの哨戒機を飛ばすこと。それでもまともに何かがわかるとは言い難い。
「せっかく準備をしたんだもの、一晩起きているわ」
「だねぇ。途中で雨が止んだらちょっと外に出てみるとかしてみればいいかな」
「Oui. 堅実に、この中で
ジェーナスと白露もそれで納得。コマンダン・テストに至っては、雨とわかった時点で外に出るつもりは無かったようである。
「任せるわぁ。夜の間に何か作るとかしてくれても構わないからねぇ」
「何かあったらすぐに起こしてちょうだい。アタシやお姉なら些細なことでも起こしてくれて構わないから」
「Okay. 途中でお腹も空いてきちゃうかもしれないし、適当に夜食を作るわ」
夕食時の認識合わせと予定の確認はこれにて終了。哨戒部隊は施設から外に出ることなく、待機しながらも出来るときだけ見て回るというところに落ち着いた。
そんな深夜、不意に目が覚めた春雨。いつもの夜と違い、パツパツと雨が窓を叩く音が聞こえる。
竹が言っていた雨雲は見事に上陸し、小雨ではあるがしっかりと痕跡を残すように島を濡らしている。春雨がこうなってからは初、この場所に施設が出来上がった後でもかなり少なめな天候が、真夜中にやってきた。
「雨……本当に降ってる」
久しぶりの雨音に耳を傾けつつ、海風の温もりを感じて寂しさを紛らわせる。その海風は春雨の胸に顔を埋めてしっかりと抱きつき、幸せそうに寝息を立てていた。その表情から、溢れた感情が絶望だとはまず思わない。
海風の頭を撫でながら微睡んでいると、雨音の向こう側くらいに哨戒部隊の3人の話し声が聞こえた。おそらく今はちょうど施設内で巡回中なのだろう。
流石に突然施設内に敵が現れるなんてことは無いだろうが、雨の中外に出ずに施設を守ろうとするとこうなる。勿論、見えるところがあれば窓から外を見ているし、コマンダン・テストが常に外に哨戒機を飛ばしているようなので、本来の哨戒よりは甘めになってしまうもののその目は光らせている状態ではある。
「んん……みんな頑張ってるなぁ……そのうち私達も夜に哨戒だし、見習わないとなぁ……」
微睡はより深くなり、そろそろまた眠りに落ちそうになったその時、
「っうぇっ!?」
強烈な悪寒を感じた。ビクンと震えてしまったことで、春雨に密着している海風にもその振動が伝わり、その瞬間にバチッと目が開く。
「姉さん、どうかしましたか。怖い夢を見ましたか。それともまだ身体が痛いとかありましたか。海風がしっかり抱きしめていましたから温もりはあったかと思いますが、もしかしてそのせいで痛かったりとかしましたか。そうだとしたら本当にごめんなさい。私の姉さんに対する愛情が強すぎるせいで痛みを与えてしまうなんて。でもそれは姉さんが可愛すぎるから」
「海風、ストップ、ストップ、悪寒、悪寒だから、前と同じの!」
ヒートアップしかけた海風を宥めつつも、悪寒を感じたことを海風に伝えると、スンと静まってすぐにベッドから降りる。その時にはもう眠気も何も無くなっていた。
「姉さんも起きる準備をしてください。私が一足先に外を見ます」
「うん」
春雨も脚を生成した後、すぐにベッドから降りる。海風が先んじて部屋の扉の前に行き、何事もないかを確認するべくゆっくりと扉を開いた。
その向こうに何か立っているわけでもなく、むしろ廊下の向こう側くらいに巡回中の白露とジェーナスがいた程度。それには何も疑問はない。
「あれ、海風、もしかして起こしちゃった?」
「春雨姉さんが悪寒を感じたということで、警戒しているところです。何か見ていませんか」
軽い声で白露が引き返したところに、海風が返す。哨戒中なのだから、何か見かけているかもしれないと考えるのは妥当。
「あたしは少なくともまだ確認出来てないかな。ジェーナスは?」
「私もおかしいなって思ったところは無いかも」
2人の目からは何かの異常性は感じなかったと語る。
時間は今は丑三つ時。深夜も深夜、睡眠時間の折り返しと言える時間である。それまで何度も施設内を見て回り、雨が止んでいた時には外にも出ていたらしいが、ずっと何かしらのおかしなところは見ていない。
だが、昨晩の深夜の哨戒とは雨以外にも違うところはある。周囲がやたらと暗いことだ。雨雲のせいで周囲を明るくする要素がなく、施設がいつになく闇に包まれていた。
「コマさん、今でも哨戒機飛ばしてるよね。今何か見える?」
「そう、ですね。今は何も見えません。
哨戒機からわかる視界も、この雨の中では若干落ちる。夜に艦載機を当たり前のように飛ばせる深海棲艦とはいえ、悪天候の中では十全の力を発揮することが出来ない。
「むしろ、そういうタイミングを狙ってきているのかも。雨なんて運次第なところだけど、今しかないってタイミングだし……」
春雨もすぐに合流したが、まだ悪寒を感じているようで少し震えていた。それを見た海風が即座に身体を支える。
「確かにね……。こんな時だからこそ何か仕込んできてもおかしくないか。むしろ今だからこそ外に出なくちゃいけないかも」
白露は雨の中でも哨戒のために外に出るべきだと提案。時既に遅しの可能性はあるが、それでもやらないよりマシ。
「Michelleのことも心配だから、私も外に出たいわ。もしこんな雨の中に誰か来てるっていうなら、一番危ないのはMichelleよね」
ジェーナスが言うことも確かだ。何者かが島に何かをしようとしてるとしたら、今1人で島の近海を漂っているミシェルが真っ先に犠牲になりかねない。
ミシェル自身、一度潜水艦相手に戦闘を仕掛けているので、それこそ即座に排除の対象にされてもおかしくないだろう。
「私もそれがいいと思う。なんか外に嫌な予感がする」
「春雨姉さんがそう言うのなら、本当に危ないのでしょう。すぐにでもみんなで行くべきですね」
「海風の熱意はさておき、あたしも賛成。コマさん、姉姫さんと妹姫さんを起こしてきてもらってもいいかな」
「Oui. 後からすぐに追いますので、よろしくお願いします」
ここからはコマンダン・テストだけが別行動。駆逐艦4人で外へと向かう。大雨とは言わないが、外に出れば確実に濡れるであろう雨の降る中、雨合羽を生成した後、施設を飛び出した。
4人が目指した先は、ミシェルのいる岸。今ならば、いつも漁をする時の岸にいるはずなので、迷うことなくそこに向かった。
外はいつも以上に薄暗く、雨のせいで視界が悪いが、4人が4人探照灯も使ってすぐに辿り着いた。
だが、
「Michelle……!?」
そこには、強固な装甲に包まれているはずのミシェルが傷だらけで浮かんでいた。