空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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未知なる外交

 本来の隊長である海風ではなく、千歳からの報告を受けたことで、鎮守府で待つ提督は正直気が気でなかった。その千歳が深海棲艦が白旗を振っているとまで言うのだから、余計に困惑した。

 深海棲艦は侵略者とイコールで結ばれる存在だ。話なんてしても無駄だし、目と目が合った瞬間に戦いが始まるのが常。それを長いこと続けてきたのだ。騙し討ちのようなことをしてくることはまず無く、基本的には真正面から、絡め手としても数を増やすというのが今までの深海棲艦(あちら側)のやり方だった。

 それが中間棲姫であると聞いた時には、声を荒げそうにまでなった。自分の予想が半分近く当たってしまったことにも驚いた。

 

 だが、その深海棲艦は何もかもが違った。白旗を振るだけでなく、部下であろうイロハ級もおらず、陣地に建物や畑まである陸上施設型なんて聞いたことが無かった。

 

 故に、この提督は対話を選択した。

 

「そうか、無事に話が出来たのか。よかった」

 

 中間棲姫と飛行場姫が艦娘に対して好意的な深海棲艦であるという報告を受け、ようやく息が吐けた提督。精神的に限界が来ていた海風が発砲してしまったが、それを受けてもその態度を崩していないということで、本当に攻撃の意思がないとわかる。

 しかし、そんな相手に撃ってしまったというのは、いくら相手が深海棲艦だとはいえ、申し訳ない気分だった。本来なら交渉決裂で皆殺しにされてもおかしくないというのに。

 

 どっと疲れが出たが、報告はまだ終わっていないため、どっぷりと椅子に腰掛けたものの、まだ気が抜けない。捜索部隊の本来の目的、行方不明者の痕跡についてを聞かなくてはならない。

 

「それで、痕跡は……は、春雨が、生きていた!?」

 

 流石にこの事実を知ったことで大声を上げてしまった。秘書艦の五月雨もその声に驚きつつ、その言葉でもう一度驚いた。

 

 ほぼ1週間もの間消息不明だったのだ。口にはあまり出さないでいたが、正直生存は絶望的だと考えていた。生きていることはなく、死んでいることの痕跡を見つけるための捜索部隊になっていた。

 しかし、予想外の報告。しかも、喜ばしい報告だ。どうしても声は大きくなってしまうし、疲れが吹き飛んだかのように立ち上がってしまう。

 

「春雨は……えっ……は? どういうことだ。理解が全く追いつかない」

 

 一瞬素が出てしまうほどだった。艦娘が深海棲艦化するという事象は、当然この提督も知らないこと。前例が無いために資料も残っていない、正真正銘初めての問題。

 現場にいる捜索部隊ですら困惑しているのに、又聞きである提督には理解すら出来なかった。つい先日まで自分の部下として生活していた艦娘が、今では深海棲艦として穏やかに暮らしていただなんて、信じたくても信じられない。

 

 そんな情報が次から次へと溢れ出てくるため、提督は状況を纏めるために一旦説明を止めてもらった。この疲労の溜まった頭で言葉だけで理解するのは難しく、これからいつもよりも多めに休むことでスッキリし、改めて話を聞きたいと返した。

 

「そのままそこにいるのが難しいようなら、一度帰投してくれて構わない。明日改めて話を聞かせてほしいと伝えてくれ……ああ、そこの中間棲姫にだ。頼んだ」

 

 報告が終了し、また深く息を吐いた。今まで痕跡の1つも見つからなかったのに、いざ見つかった瞬間にこれでもかと訳のわからない情報を叩きつけられたことで、先程以上に疲れが溢れ出た。

 そっと置かれていたお茶を一気に呷り落ち着きを取り戻そうとしたが、報告の内容のせいで全く気が休まらない。

 

「て、提督、春雨が生きていたって」

「ああ……だが……深海棲艦になっていたらしい」

「しっ、深海棲艦!?」

「五月雨、声が大きい!」

 

 五月雨も声を荒げてしまう。あまり大きな声を出すと鎮守府にいる他の者に聞かれかねないので、今は少し声を落とすようにお互いに注意する。

 これはすぐには公開出来ないような情報だ。混乱が混乱を招くし、艦娘によってはいてもたってもいられず、提督の制止を振り切ってでも出撃してしまう者が現れてしまいかねない。

 今はこの事実は表沙汰にしない方がいいと、2人だけ──捜索部隊を除く──の秘密にしておこうという結論に達した。最終的には大本営に報告もすることになるだろうが、理解する前に公表するのは早計だ。

 

「あちらの深海棲艦……中間棲姫が詳しいらしくてな。それについて詳しく聞いているそうだ。だが、今の僕には正直理解が出来なかった」

「そうなんですか……じゃ、じゃあ」

「深海棲艦となった春雨を保護してくれていたそうだ。そこにはそういう艦娘が何人もいるらしい。千歳達が目にしたのは春雨だけらしいんだが……」

 

 五月雨もちんぷんかんぷんなようである。提督が理解出来ないものを、艦娘が理解出来るかと言われれば、やはり難しい。中には人間以上の頭脳を持つ艦娘もいるだろうが、五月雨は外見通りの少女である。学がないわけではないが、知らない事象をこれでもかとぶつけられたら、理解出来ないのは仕方ない。それは人間も同じ。

 

「……五月雨、あまり褒められたことでは無いと思うんだが……僕の考えを聞いてくれるか」

「はい、多分褒められたことでは無いんでしょうけど、聞きます」

()()()()()()()()()()()

「本当に褒められたことでは無いですよぉ!」

 

 五月雨は初期艦。この鎮守府が設立され、提督が着任してから今まで、ずっと側に居続けた最古参である。最初からずっと秘書艦を務め続け、誰よりも提督を見ており、誰よりも艦隊を引っ張っている。

 それ故に、心の何処かでは、この人はこういうことを言うんじゃないかと思っていた。艦娘のことを第一に考え、誰も死なないことを大前提にした作戦しか立てないくらいだ。春雨の現状を、さらには他の艦娘にも起こり得る深海棲艦化の事実を詳しく知るためにも、その有識者に直接話を聞きに行こうと考えるのは自明の理であった。

 

「そういう重要な話は上の人間が出るべきだろう。あちらも施設とやらの管理者が出てきてくれているわけだし、対話も可能だというのなら、直に話すべきではないかなと」

「ただでさえみんなが行方不明になってるのに、その方面に生身で行くとか、自殺行為みたいなものです! もし同じ敵が現れて提督が沈められたらどうするんですか! 自重してください!」

 

 五月雨は長く一緒にいるためか、こういう時には上司と部下という関係から逸脱し、共に歩く仲間として叱咤する。しかしながら、見た目は下手をしたら親子ほどに離れてしまっているため、提督としては少し恥ずかしい姿に。

 

「せめてこの通信で終わらせましょうよ。別にこのやりとりが常に録音されているとかそういうわけじゃないんですよね?」

「まぁそうだね。ここまで逐一録音されていたら流石に困る。僕達がやっていることも、大本営に筒抜けというわけじゃない」

「それなら尚更です。提督がわざわざ出向くのは良くないですよ」

 

 プリプリ怒りながら五月雨が続けるが、提督としては通信だけではわからない部分をその目に焼き付けたかった。春雨が生きていたという事実もそうだし、人間と艦娘(こちら側)に対して好意的な深海棲艦についてもそうだ。

 とにかく今回の件は今までに無かったことが多すぎる。すぐに納得しろと言われても無理だ。

 

「明日は私も捜索部隊に便乗しますから、その時にカメラで相手側が見られるようにしましょう」

「僕も直に」

「どうやって行く気ですか? 艦娘は誰も賛同してくれないと思いますよ」

 

 提督が直に顔を合わせるということは、何かしらの手段でそこまで送り届けられるということだ。一番有力なのは、艦娘によるコントロールが可能な上陸艇、大発動艇による輸送である。限られた艦娘にしか扱えないものの、荷物を運ぶのには最適な装備。

 鎮守府に所属する艦娘達は、この提督の特性をしっかりと理解している。こんな状況なら自ら行くと言い出すことも、なんとなくわかる。故に、そもそも大発動艇を装備することを拒むだろうし、装備したとしても提督を乗せることを拒む。強引に行こうとしても容赦なく引き摺り下ろすだろう。

 

「むぅ……流石に諦めるしかないか。だが、五月雨が行くのかい?」

「はい。私も春雨の姿が直に見たいですし」

「……ズルくない?」

「おかげさまで、鍛えられましたから。身体も、心も」

 

 なんとも(したた)かに成長したものである、と提督も苦笑。

 出会ったばかりの頃は、何に対しても一生懸命で少し空回りもするくらいの健気な少女だったが、長年共に連れ添っているうちに強く正しく成長を遂げた。それでもドジをする癖が治らないところは可愛らしい。

 

「とにかく、詳しく聞くのは明日にしましょうね」

「ああ。しっかりと理解するために、今日は早いがもう休ませてもらうよ。頭をスッキリさせないと、この件は本当にわからない」

「それがいいですね」

 

 何度目かわからないが、大きく息を吐いて身体と心を落ち着ける。今まで溜め込んできた疲れが、殊更に溢れ出た。

 これまでの不安が1つ取り除かれたことと、これからの苦労を感じ取ったことで、業務に手が付かないレベルだった。

 

 

 

 

 鎮守府への報告が済む頃には、発作で泣きじゃくっていた春雨は落ち着きを取り戻していた。中間棲姫の温もりを全身に受け続けたことで、また会話が出来る程に。

 

「姉姫様、ありがとうございます。落ち着きました」

「いいのよぉ。春雨ちゃんは()()()()()()なんだもの。気にしなくていいわぁ」

 

 あれだけ荒れても、発作が終われば元通りとなる辺りは深海棲艦特有のもの。今までの春雨を知っている分、妹達にはこういうところも違和感を覚えるところである。

 今の春雨に羞恥心が欠如してしまっていることは、この様子からも一目瞭然だった。艦娘時代にこういうことがあった後は、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたはず。それなのに、何も気にせずに次の話に進もうとしているのは、心が壊れていることを如実に表している。

 

「今回のことを提督に報告させてもらったわ。あちらも大分混乱しているようで、明日改めて話を聞かせてほしいと」

「そうよねぇ。こんなこと、すぐには納得出来ないわよねぇ」

 

 中間棲姫はそういうところの物わかりもいい。そのおかげで、艦娘側も最善の道を取ることが出来る。

 

「なので、私達は一度帰投して、話を聞く準備をしてから改めてここに来させてもらいます。それでいいかしら」

「どうぞどうぞ。次はちゃんと歓迎するわぁ。施設のみんなも紹介したいわねぇ」

 

 終始笑顔の中間棲姫。本人はお客様に対して心からの接待をしようと思っているのだが、艦娘側からしたらそれすらも若干恐怖を煽ってくるもの。やはり海風との交戦が尾を引いている。

 

「次は何人来てくれるのかしらぁ。お茶の用意をしておかなくちゃねぇ。今回はこんな感じだったけれど、こういう話は腰を落ち着けてお話ししたいでしょうし、ちゃんとそういう場を作っておきましょうかぁ」

「お茶会をするのなら、この辺り……よりもう少し施設側がいいわね。テーブルと椅子を用意するわ。お茶菓子も作っておきましょうか」

「あ、なら私もお手伝いします。ジェーナスちゃんもそういうの得意みたいですし、私もやりたいです」

 

 和気藹々と話す深海棲艦勢を見て、もう何度目かもわからないが呆気に取られていた。艦娘と深海棲艦で空気感がまるで違う。本来なら逆ではないのかと思える程だ。

 

「でもその前に。お姉、ちょっといいかしら」

「あら、どうかした?」

 

 飛行場姫が山風から聞いた海風の異変のことを中間棲姫に伝える。すると、何かを思い付いたような表情に。

 

「えぇと、海風ちゃん」

「っ、な、なんでしょうか」

 

 艦娘の中でも最も警戒していた海風。中間棲姫に発砲している分、その緊張感も他より強い。それが、撃たれた張本人に名指しで話しかけられたのだから、ビクンと震える程に驚く。

 

「貴女にはこの施設のことをいち早く知ってもらいたいから、今日は帰らずに残ってくれないかしらぁ」

「え、えぇっ!? そんなこと、出来るわけ」

「説明も大事だけど、ここがどういう場所かを体験してくれる子がいると、もっと話が早いと思うのよねぇ。それは貴女が適任だと思うのだけど、どうかしらぁ」

 

 急な提案だが、艦娘達はやはり気が気でない。海風をここに置いていくということは、人質みたいなものだ。得体の知れない深海棲艦の陣地に滞在させるなんて、その方が気が休まらないというのに。

 しかし、中間棲姫からしたら完全なる善意からの提案。心が壊れかけているということを聞き、1日でもいいから戦いから身を離してもらいたいという思いやりである。

 

「それに、再会出来たお姉さんがどうなっているのか、今から1日でも知っておいてもいいと思うのよねぇ。結構いい提案なんだけれど、どうかしらぁ」

「……私の一存で決められるようなことじゃないですし……」

「なら、ちょっとズルい言い方しちゃおうかしら。私、貴女に撃たれたのよねぇ」

 

 それを言い出されると、海風には何も言えなくなってしまう。海風だけではなく、他の者もこの不始末については何も言えない。

 

「……う……それを言われると……私は従うしかありません」

「なら決まりねぇ。別に人質にしようというわけじゃないのだけれど」

 

 

 

 

 姉妹姫の在り方を知ってもらうため、海風は1日だけ陣地に滞在することが決まった。

 この報告を後から受けた提督は、胃がキリキリする思いだったと後から語る。

 




提督は一番の苦労人になるかもしれません。この未知なる外交をうまく終わらせることは出来るのか。
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