珍しく島に雨の降る深夜。春雨が悪寒を感じたことで外に出た駆逐艦達は、傷だらけのミシェルが浮かんでいるのを発見した。
「Michelle!?」
真っ先に近付いたのはやはりジェーナス。岸にもたれかかるように浮かんでいるミシェルに駆け寄り、傷を撫でるように触れる。
装甲にヒビが入り、一部は完全に破損している程の重傷。それでもまだ息があるようで、微かに口が動き、ジェーナスが来てくれたことを喜んでいるようだった。
「敵は……潜水艦ですよねコレ」
春雨が呟き、海風と白露が頷く。コマンダン・テストが雨の中でも哨戒機を飛ばしていたのだが、それで何も確認出来なかったということは、海上にいないということに、潜水艦以外にあり得ない。
そもそもこの施設を発見した敵は潜水艦。それがそのままここまでやってきて、まだ外にいたミシェルを攻撃したと考えるのが妥当。つまり、今海に出たら確実に海中から狙われるということになる。
むしろそれだけでは済まない可能性だってある。潜水艦がここまで来ているということは、
ミシェルがやられたのは第一陣。ここから第二陣として、施設を潰すために全力を尽くしてくるだろう。いや、潰すだけでは済まない。中間棲姫の身体を奪うことが一番の目的であるため、島に上がり込んでくることも考えられるだろう。
「Michelleを引き上げるの手伝って! このままだとまた狙われるわ!」
「だね。敵はまず潜水艦だろうから、魚雷とか飛んでくるかもしれない。すぐに陸に」
4人がかりでミシェルを岸から陸に引き上げる。そうしたことで、ミシェルがどれほどの重傷を負っているのかがよりわかることになった。
表面に見えている外殻も傷だらけだったが、腹側も相当だった。柔らかい部分からは血も流れており、ジェーナスに結ばれているリボン代わりのシーツも血塗れ。自然治癒にもかなりの時間がかかることだろう。
「Michelle、Michelle、大丈夫よ、私達が絶対守るから!」
岸から少し離れたところまで持ってきたものの、全く安心は出来ない。ここから追撃があることは確定なのだ。
「こんなに暗い状態で潜水艦……ソナーでギリギリだろうけど、まず間違いなく爆雷で狙えないよ。雨のせいで海面も上手く見えないし」
白露も敵がいるであろう方を向きながら忌々しげに呟く。そもそも夜の潜水艦は昼とは比べ物にならない程に強力であり凶悪。まず海上艦からの対潜攻撃は当たることがなく、その位置を認識するのも難しい。そもそもが視認出来ないのだから、相手をするのはそれだけで厳しい。
だが、こちらが陸に上がっていればあちらから狙われるようなこともない。潜水艦の武器は魚雷のみと相場が決まっているもの。
しかし、あちらは魂を混ぜられた
「だったら、ヨナが見てくるヨナ」
そこへ駆けつけた伊47がそのまま海へと飛び込んでいった。念のためだろうが、着ている水着はいつものものではなく、泥対策の異国のウェットスーツで。
潜水艦に潜水艦をぶつけるのは、本来ならあまり得策ではない。魚雷同士の戦闘はまず当たらないのだ。だから、ただ睨み合うだけで終わる。
しかし、伊47は一味も二味も違う。自分の身体よりも大きな艤装を駆り、魚雷だけでなく豪腕を使った一種の
「ヨナちゃんが先に行ってしまったみたいね」
それを追うようにやってきたのが中間棲姫と飛行場姫、そしてコマンダン・テスト。コマンダン・テストから話を聞いて急いでここまで来たのだが、たまたまその時に目を覚ましていた伊47が真っ先に飛び出したと語る。今は他の者も施設を守るためにこちらに向かっているとのこと。
「Michelle……なんて、なんて酷い……」
大怪我を負ったミシェルを見て、コマンダン・テストはわなわなと震える。死に繋がるモノを見た時点で暴走しかねないのだが、今はまだ抑え込まれていた。ここ最近の度重なる発作で、少しだけ耐性が出来ていたというのはある。
「ごめんなさい。少し考えればわかることだった。こんな天気の夜なんて、絶好の襲撃のタイミングよね。でも、みんなに無理してほしくなくてあんな選択をしてしまったの。本当にごめんなさい」
中間棲姫が悲しそうに謝るも、誰もそれを罪となんて考えていない。そもそもこの中間棲姫は、こういったことが完全に初めてなのだ。慣れないことをやっているのだから、間違いの一つや二つはあって当然。艤装の扱い方は知っていても、基本平和だった施設の守り方は、完璧では無かった。
「何を言っても言い訳になってしまうわ。だから、私もここで抵抗します。ここにいれば、あちらも目の前に来てくれるんじゃないかしら」
本来なら中間棲姫を表に出すなんて言語道断だ。あちらがどういう手段を使って施設を陥れようとしてくるかなんてわからない。こうやって誘き出したところに何らかの手段を使って連れ去ろうとするのがすぐにわかる。
むしろ、何処からか泥が飛んできて表に出てきた誰かを支配しようなんて考える可能性すらある。暗くて、雨によって視界が不明瞭な今は、何処から何をされるか全くわからない。
「ミシェルちゃん……今はじっとしていてちょうだいね。必ず手当をするわ」
申し訳なさいっぱいの表情で、中間棲姫もジェーナスと同じようにミシェルを撫でる。施設の平和を脅かすのが、自分の半身の仕業だと考えると、どうしても嫌な気分にはなるらしい。
「念のため、アタシは高高度の確認をしてくる。雨雲の上に行けると思うわ」
そう言いながら、飛行場姫は艦載機をいくつか真上に飛ばした。それは普通の艦載機よりも高速で上昇していき、雨雲を突き抜けた。流石にここに何かあるとは思っていなかったが、敵も高高度からの哨戒をしていたくらいなのだから、今回もそれがあるかもしれない。
すると、その考えはドンピシャだった。雨雲の上、まさに施設の真上と言えるところに、飛行場姫のモノとは違う艦載機が1機陣取っていた。形状も特殊なようで、飛行場姫のそれを見てもその場から動こうとしなかった。むしろ、
「なんかいたわよ。でも、アタシの艦載機見てもビクともしないんだけど」
中間棲姫が真上を見る。その目は飛行場姫の艦載機を見据えているが、それとは違う
「私から離れなさい」
そう話した瞬間、遠目ではあったが施設の電気が一斉に消え、中間棲姫の背後に艤装が現れた。今まで施設の維持に使われていた艤装を一時的に撤去し、この場に展開し直したのである。
大口を開けたバケモノの頭部のような艤装に腰掛けたかと思いきや、海風の砲撃をいとも簡単に防いだ3本の滑走路が、一直線上に並び、見据えている真上へと向く。
「ギリギリね。ちょっと荒っぽくなるけど、驚かないでちょうだい」
そして、両手をグッと合わせて握りしめたことにより、滑走路に想像した以上の数の艦載機が発生。そして、待機することもなく一斉に真上へと飛んでいく。
飛行場姫の艦載機とはさらに別格のそれは、真上に上がって被害が無いと思われる場所に辿り着いたところで一斉に爆発。誘爆に誘爆を重ね、あたり一面がその爆炎によって明るくなってしまう程だった。
そしてさらに凄まじいのは音。いくつもの艦載機が爆発したことで、島全体を揺らす程の爆音が鳴り響く。これで驚くなという方が難しい。
「えっ、ちょ、ええっ!?」
誰もが混乱する中、この爆発は止まらない。次から次へと発艦し、その範囲をどんどん拡げていく。最終的には島の上空を全て覆うほどとなり、島だけは昼間なのではないかというくらいに明るくなった。
施設から出ようとしていた後発の叢雲達も、この光景には目を丸くしていた。突然施設の電源が完全に消えたと思いきや、外でこんなことが起きているのだ。
誰がこんなことをしているかもわからないレベルだった。少なくとも中間棲姫がやっているとは思い至らない。温厚で、平和を心から愛する者の火力とは流石に思えない。
「雨が……止んだ……?」
「これ、雨粒も全部吹っ飛んでるんだよ。火力が高すぎて、あたし達のところまで届いてない」
衝撃と音に慣れてきたところで、それがわかった。あまりの威力によって、島一帯だけは雨が止んだかのようになっていた。この勢いをそのまま上に持っていけば、雨雲すら吹き飛ばしてしまいかねない。
天候すら変えかねない中間棲姫の力に、春雨達は唖然とするしか無かった。逆に、黒幕も近しい力を持っているのかもしれないと考えると、途端に怖くもなってくる。
「これくらい念入りでないと危ないわねぇ。妹ちゃんが見つけたの、物凄く高いところから
春雨の直感が働く前に中間棲姫が勘付いたのはそれだった。高高度、雨雲の上にいた敵艦載機の目論見は、そこから
どういう仕組みかはわからないが、あちらは雨雲の上からも施設の状況が把握出来ているようで、姉妹姫が外に出て春雨達と合流した瞬間を狙って泥を上からばら撒いたようだった。
「泥にも限りがあるんじゃないかしらぁ。私達に纏めてぶち撒けられるタイミングを狙ってくれていたみたい。おかげで今のが大体間に合ったわぁ」
念入りに爆発させたのは、カケラも地表に落とさないようにするためだ。最悪な場合、既に降り注いでいる可能性もあるのだが、そこは今は考えていない。春雨の直感が働いていないのだから。
だが慢心してはいけない。僅かにでも付着した時点で、何らかの悪影響がある可能性は極めて高い。そしてそれが今の爆発で全てが吹き飛んだとは限らないのだ。それこそその泥が、ジェーナスや荒潮を侵蝕した特別製、増殖する泥だった場合は、目も当てられないのだから。
「でも、すぐに身体を洗い流した方がいいわねぇ。雨に打たれるのはよろしくないと思うから、海水を使いましょう。その前に近場の海水をちゃんと綺麗にしておくわぁ」
艦載機の1機が岸の方へと飛び、1発だけ爆撃を放つ。爆雷や砲撃で霧散させることが出来るのはわかっているので、既に海に落ちているということがあったら本末転倒。伊47もいないことはわかっているため、即断した。
その爆撃は、1発だけでも相当な威力であり、春雨達は見ていないが武蔵の砲撃に匹敵する程の爆発が発生。海面が抉れるように吹き飛ばされ、そこに泥があったとしてもひとたまりもない火力。
「ジェーナスちゃん、ミシェルちゃんの身体も拭いてあげてちょうだい。もしかしたら、泥がついてしまっているかもしれない。勿論、貴女もよぉ」
「お、Okay」
陸に引き上げたことで泥がついてしまったシーツを一度解いてあげると、中間棲姫のおかげで綺麗になった海水で汚れを取り、ミシェルの傷だらけの身体を拭いた。強くやりすぎるわけにもいかず、時間をかけるわけにもいかない。
「Michelle、必ず救うから、頑張って。絶対に生きるの。一緒に戦いを終わらせましょう」
雨に濡れていたのもあり、涙目なジェーナス。そんなジェーナスの声を聞き、ミシェルは力無く反応する。大丈夫だ、必ず耐える、そんな感情が何処となく感じる瞳。
勿論その時はジェーナスも身体を洗い流し、春雨達も海に一時的に飛び込むことで付着したかもしれない泥を取り払った。ここまでやれば一応の安心は出来るだろう。
「敵は潜水艦だけじゃないわよね。今もアタシの艦載機と睨み合ってるんだもの。これを飛ばした奴が何処かにいるわ」
それが何処にいるかはわからないため、飛行場姫は360度全方位に艦載機を飛ばし、泥をぶち撒けようと考える愚かな犯人の場所を突き止めようと行動する。
「私も……ふぅ……お手伝いします。許せません、こんなことをする敵を、許すことが、出来ません」
発作を抑え込もうとしているコマンダン・テストだが、もう限界が近いらしく、意図せずに艤装が展開されていた。
コマンダン・テストの艤装はリシュリューや古鷹のような尻尾の艤装。細く長く、骨のような身体を持つ海蛇のようなそれは、持ち主の暴走しかけている感情を表すようにのたうち回る。
「見つけた。かなり遠くにいるけど、数は2つ。少し小さいけど、多分空母と戦艦」
そして、飛行場姫はこの犯人を見つけ出した。空母と戦艦。小さめということで、その犯人が何者かは容易に想像がつく。
「妹姫さん、その空母、どんな格好してるかわかる? 陰陽師みたいな子供?」
白露が聞くと、飛行場姫はしっかりと確認して伝える。
「それじゃないわ。小柄だけど、子供じゃない」
「なら、その敵は大鳳とコロラド。龍驤は来てないんだ」
毎度出張ってくる龍驤がいないことは気になるが、敵はこれで確定した。
今回の敵は4人。海上には大鳳とコロラド、そして海中に謎の潜水艦姉妹。他にもまだまだ出てくるかもしれない。
深夜、しかも雨の中の戦いだ。苦戦は必至だろう。雨に紛れて泥を降らせようとする輩に、施設の者達はどこまで出来るのか。