深夜の雨の中、敵はとんでもない作戦に打って出ていた。その雨に紛れて、侵蝕の力を持つ泥を高高度から施設に向けて散布していたのである。
だが、それにいち早く気付いた姉妹姫は、飛行場姫が高高度へと艦載機を飛ばしてそれを確認し、中間棲姫が空に向かってとてつもない数の艦載機を放ったことで、雨が陸に落ちてこない程の火力を見せつけて全てを吹き飛ばした。
「まだやってきそうね。上のヤツはアタシがどうにかする。泥は絶対に陸に降らせない」
雨雲の上で艦載機同士の睨み合いが続いているが、飛行場姫の目の前だというのに何も気にしておらず、また何か行動を起こそうと震え出した。どう考えてもまた泥を散布しようとする動きだ。
やはりと言ってはなんだが、その艦載機に格納されているであろう散布用の泥も、増殖するタイプの特別製。時間が経てば再び散布するための量が溜まり、また上空から施設に向けてぶち撒ける。これを定期的に行うことで、施設を完全に機能不全にしようという策なのだろう。
それは絶対にさせないと、飛行場姫はその敵艦載機をどうにかしようと撃ち墜とすために動き出す。もし吐き出されても中間棲姫がどうにか出来るが、そもそも出させないのが一番の対策だ。
だが、その1機がやたらと性能が高く、動き回って飛行場姫の攻撃をヒラリヒラリと回避する。泥を散布するためにのみ調整されたモノなのだろうそれは、たった1機なのにその本懐を果たすための行動を止めることは無い。
「なんなのアレ……ごめんなさい、かなり手を焼きそう。ちょっと本気出すわよ」
飛行場姫の瞳が真っ赤に輝いたかと思いきや、腕を大きく開いた。その瞬間、中間棲姫程では無いが尋常では無い数の艦載機がその場に発生。
それが一斉に上空へと飛んでいき、中間棲姫が未だに巻き起こしている爆発を突き抜けて、次から次へと雨雲の上へと抜けていく。
「たった1機でここまで手こずらせるなんてね。アイツらもなかなかやるじゃないの。堪ったものじゃないけれど!」
「吐き出したモノは、私が全部吹き飛ばすわぁ。貴女達は、私達が上を抑え込んでいる間に下をお願い」
姉妹姫は共に、今施設を狙っている敵を
「お姉、もう一回お願い」
「ええ、大丈夫よぉ。まだまだ余力はいっぱいあるから」
簡単に言ってのけ、一度は止んだ雨に向かってもう一度艦載機を発艦。そして、一気に爆発。再び轟音と共に雨粒もろとも散布された泥が吹き飛んでいき、深夜だというのにあたり一面が真っ昼間かと思うくらいにまた明るくなる。
「合流したわ。これで施設の中には誰もいない状態よ」
叢雲を先頭に、施設に中にいた仲間達は全員が集まった。
「今見えている限り、敵は西側にだけよ。一応全方向確認しているけど、いるのはさっき言った2人だけ。回り込んで来ている可能性も捨てきれないから、出来ることなら裏側にも誰か回したいわね」
敵と言える存在は、海上に2人。ここからは見えないが、海中にも2人いることが確定している。そちらは伊47が必死に追いかけ回しているのだが、施設側からは全く見えないのが惜しい。
「今ヨナちゃんが潜水艦を追ってます。そちらにも誰か割いた方がいいと思うんですけど……」
「そっちは私が行く。Michelleをこんな姿にした
ミシェルと最も仲が良かったであろうジェーナスも怒りに震えていた。ただ施設で楽しく生きていただけなのに、何の罪もないのに、こんな瀕死の重傷を負わされるなんて、絶対に許さないと。
「私、対潜は結構得意な方なの。だからお願い。潜水艦は、ヨナと一緒に私がどうにかする。私だけじゃ頼り無いなら、他にも付けてくれて構わないから」
「大丈夫よぉ。誰かが行かなくちゃいけないんだもの。それじゃあジェーナスちゃん、ヨナちゃんが追っている潜水艦の子達をどうにかしてちょうだい。ミシェルちゃんは、私達が見ておくわぁ」
「Okay」
ジェーナスはミシェルを優しく抱きしめると、
「叢雲、貴女は私についてきなさい。あのコロ助、今回は確実に斃すわ」
「相手が戦艦? まぁどんなヤツだって知ったこっちゃないわ。こんな時間にこんなことするなんて気分が悪い。後悔するくらいズタズタに刻んでやる」
「なら私もそこに。姉さんの制御は必要だと思うので」
コロラドには因縁のある戦艦棲姫が向かう。だが、艤装と共に戦ってもかなりの強者であることは理解しているため、叢雲と薄雲をサポートにつける。
「片方は大鳳って言ってたよね。じゃあ、あたしが行かなくちゃダメだ。前に相手する羽目になってるからね。春雨、海風、いいかな」
「了解です。私達でサポートします」
「この雨の中に泥を混ぜているのもそのヒトなんですよね。ならば斃します。姉さんの安眠を妨げた罪は重いので」
そして大鳳には白露が率先して向かうことになり、自然と白露型姉妹が集まることに。相手は戦艦と空母が混じっている強敵。駆逐艦である3人でどうにか出来るかはわからないが、ここで乗り越える必要がある。
「残りの子は、施設の逆側の巡回をお願い。何も来ないかもしれないけれど、何か来た時に無防備なのはよろしくないわぁ」
残りは松竹姉妹と古鷹、リシュリュー、そしてコマンダン・テストなのだが、発作を我慢し続けていたコマンダン・テストがかなりまずいことになっていた。
瀕死のミシェルを目にしていることで、
「Commandant Teste、抑えられるなら抑えなさい!」
リシュリューがコマンダン・テストを止めようと動くのだが、それは僅かに間に合わなかった。のたうち回る尻尾を振り回し、そのまま海に駆け出してしまった。
今までの発作は、怒りの発散をその場でするように部屋の中で暴れ回ってしまっていたが、今回は海中とはいえ元凶がいる。
「
ああなったコマンダン・テストを止めているのはいつもリシュリューだ。今この戦場でも、傍にいてあげることが自分の義務だと考え、一言謝ってリシュリューも海に駆け出してしまった。
「姉姫さん、大丈夫っスよ。俺達だけで島の裏側見てくるんで」
「コマさんの側にはリシュリューさんは必要不可欠ですから。それに、今は古鷹さんもいますし」
松竹姉妹に頼られて古鷹は少しだけ複雑な表情をしたが、この施設を守るために尽力することは変わらないので、力強く頷く。
「じゃあ、みんなお願いねぇ。私達が空から泥を振り撒いてくるのをどうにかしておくわぁ」
「アタシ達は海に出られないから手助け出来るのにも限界はあるけれど、アンタ達を邪魔するモノはどうにかしておくから、大船に乗ったつもりで行ってちょうだい」
圧倒的な力で空からの脅威を排除し続ける姉妹姫の後押しはとても頼もしい。負ける気がしない。
だが、相手は雨に紛れて泥を散布しようとするような輩だ。次に何をしてくるかわからない。慢心は禁物。
ここからは全員が一時的に別行動になる。見えている脅威には、複数人で対応することになり、ほとんど均等に分かれることが出来た。
最も不安なのは、発作により飛び出してしまったコマンダン・テスト。先にジェーナスが向かった対潜水艦の戦場で、正気を失った状態で何処まで出来るかはわからない。リシュリューがサポートに入るとはいえ、そのリシュリューが潜水艦相手では能力が十全に使えないのが痛い。
いの一番にどうにかしなくてはいけないのは、泥を散布する艦載機を操る空母、大鳳。今はコロラドと共に行動し、確実に施設を潰そうと画策している、いわば主犯。
そこに向かうのは、白露、春雨、海風の大鳳対応部隊と、戦艦棲姫、叢雲、薄雲のコロラド対応部隊。駆逐艦ばかりだが、その力は深海棲艦の姫であるために、戦艦にも引けを取らない。
「感知の中にはずっと入ってるわ。空母と戦艦の2人って言ってたわよね」
「ええ。どちらも侮れないから、気を引き締めていきましょ」
「わかってるわ。今までの憂さを晴らしてやるんだから」
槍を強く握りしめ、より一層気合を入れる叢雲。薄雲もその後ろで艤装の鎖を握り締めている。
「大鳳もかなり厄介だよ。あたし、島風と武蔵さんが組んでくれたからどうにかなったけど、滅茶苦茶強い」
「大丈夫です。春雨姉さんがいるんですから」
「過信しないで。今までみたいに上手く戦えるかもわからないんだから」
春雨は少し不安があった。ジェーナスのときはその辿り着く力により無傷で救出出来たのだが、同じことが今回も出来るかどうかはわからない。
何せ、今回は元々仲間である侵蝕を受けてしまった者ではない。ただただ施設を破壊しようとしている襲撃者であり侵略者。その経緯がわからないために、白露やジェーナスの時のような感情移入は一切出来ないのである。
言ってしまえば、
「春雨姉さん、
そこに海風はとんでもないことを言い出す。
「慈悲深い春雨姉さんの尊い考えは、私も感服して五体投地したい気分ですが、春雨姉さんにだって手が届く範囲があります。全てのヒトを救いたいと思うのは、流石春雨姉さんだと涙すら出てしまいそうですが、それで春雨姉さんが苦しむのは間違っていると、海風は思うんです」
「でも……」
「救えるものを救えないというのは辛いことだと思います。特に今回はただ春雨姉さんに害を為そうとするゴミ虫……いえ、少々口が悪くなってしまいました。害を為すことに特化した存在です。救えずとも、今は対処しなくてはいけません。春雨姉さんが出来ないのなら、この海風が春雨姉さんの分までやります。私には何の抵抗もありませんから。春雨姉さんをどうにかしようとする者は、誰であってもどういう理由があっても確実に排除しますので」
既に海風は苛立ちを隠さない程になっている。春雨のことを思うあまり、本来口に出さないような暴言までチラホラと出始めている始末。
そんな海風に苦笑しつつ、春雨はしっかりと自分の思いに向き合う。
「ううん、私はやっぱり救うよ。今から戦う2人だって、白露姉さんや古鷹さんみたいにやらされてるだけなんだもん。今回はたまたまそのターゲットが私ってだけ。本当はそんなことやるようなヒトじゃないことだってわかってるんだから」
やはり救いたい。全員を救いたいと、改めて思い直す。春雨には自覚は無いが、ゆらりとその瞳に白い光が灯り始めている。
「そうですか。ならば、私はその思いに全力で応えるのみです。春雨姉さんが救うというのなら、私も全力で救います。それがいくら春雨姉さんを悲しませようとも、その慈悲を向けるのでしたら」
「うん、ありがと。そのためには少し傷をつけなくちゃいけなくなるかもしれないけど、それはもう仕方ないと思う。でも、命は奪わない。絶対に救うよ」
決意も新たに、ついにその場所へ。
「急に明るくなるわ、あっちだけ雨が吹っ飛ぶわ、何なのよアレ。インチキも大概にしてほしいわ」
「一筋縄でいかないことくらい予想がついていたことですよ。ですが、あの場所から動けないのはわかっているんですから、我々を迎撃に来た方達を確実に始末してから島に行きましょう」
「そうね。アイツが来てくれると思っていたもの。ここで決着つけてやるわ。そうでしょう、戦艦の!」
コロラドは杖を戦艦棲姫に向けて突き出し、かかってこいと言わんばかりに待ち構えていた。
大鳳は白露と相対していた時とはまた違い、艦載機を操りながらもその腰には刀が一振り差されていた。
数としては優位に立っているが、単純に勝てるような相手ではない。ここからが正念場である。