「ごめん、海風。ありがとう」
気付けば、海風は救われていた。春雨に抱きかかえられ、大鳳の間合いから離れた場所にいた。
「……今のを潜り抜けた? どうやって、いや、
大鳳は今の春雨の行動に対して疑問しか浮かばなかった。今の一撃は、海風の命を奪うための会心の一撃だった。なのに今、春雨が通った道は、誰も傷付かない道。
「なるほど、そういうことですか。貴女のそれは、最善の答えに辿り着く力」
「みたいですね。やたらとそう言われます」
海風を抱きかかえたまま、大鳳に向かって語る春雨。だが、大鳳よりも海風に怪我がないかを確認する。
何処にも傷は無い。擦り傷1つ無い。今見えた道は、海風を確実に救う道。
「姉さん……」
「海風のお陰で目が覚めた。私、多分自分の力に慢心してた。でも、もう大丈夫。手が届く範囲、ちゃんと見極めてるから」
海風に微笑む春雨。抱きかかえているために、もう顔と顔がぶつかり合う程に近い。海風には刺激が強すぎるものの、迷いを振り切って凛々しい表情の春雨に、改めて惚れ直していた。
「今の私に救えるのは、海風だけだよ。大鳳さんは……
「はい、その通りです。でも、姉さんは1つ忘れてます」
もう少しこのままでいたいと思いつつも、このままでは戦えないため、惜しみながらも春雨に下ろしてもらう。
「姉さんに救えるのは、私ともう1人。自分自身ですよ。姉さんは少し自己犠牲が過ぎます」
ハッとしたような顔をした後、そうだねと苦笑した。
どうしても春雨は自分のことを勘定に入れられない。心が壊れた時に、自分のことを
だが、海風にそれを言われてしまったら、言うことを聞かざるを得ない。自分にとってはどうでもいいと言える自分でも、海風にとっては自分の命よりも大切なモノ。海風の命のためには、自分も勘定に入れなくてはならない。
「目が変わりましたね。これは本格的にここで始末しなくてはいけませんか」
「知りませんよ。でも、私はこんなところでやられるわけにはいきません。海風のためにも、施設のみんなのためにも」
改めて刀を鞘に納め、春雨と睨み合う大鳳。逃げ回りながらも救えるタイミングを見定めようとしていた今までとは違い、春雨の瞳からは覚悟を感じた。それと同時に、その瞳は爛々と白く輝き、
その実、春雨にはあらゆる道が見えていた。覚悟を決めたこと、そして、生まれた黒い感情を受け入れたことで、今まで選択肢に入っていなかった道まで現れていた。
「海風、手伝ってくれる? 私1人だとこの道は辿れないんだ」
「勿論です。私は身も心も春雨姉さんのために存在するんですから、好きなように使ってください」
「だったら、私の隣で一緒に戦おう」
「はいっ!」
もう完全に吹っ切れていた。迷いなんて何処にも無い。だからこそ、海風もその指示に従った。
「ここで終わらせます。
もう救うことは二の次。ここで戦いを終わらせることを優先し、自分も海風も傷付かずに勝利することを優先する。
海風を、妹を傷付けようとした大鳳に、春雨は少なからず怒りを、憎しみを、恨みを持った。そんな相手を救おうとして、逆に傷付くなんて愚かしい。全力で立ち向かい、
「行こう」
「はい!」
導かれるように、光の道を進む。それは以前と同様に舞うような道のり。不規則で、曲がりくねったその道でも、それが答えに辿り着く道だと信じて、ただその通りに進むのみ。
海風はその後ろを追うように進む。海風にその道が見えているわけがないのだが、今までずっと春雨を見続けてきたおかげで、そのほんの少しの挙動で次の動きが理解出来る。
春雨を愛し、依存している海風だからこそ、答えに辿り着く道を進む春雨を初見で追うことが出来た。春雨が自分に何を望んでいるかを理解し、最高の相棒として傍に寄り添う。
そういう意味では、春雨の隣にいられるのは、海風のみなのかもしれない。
「油断はしません。貴女達を両断しましょう。お覚悟を」
大鳳も黙ってはいない。その強大な力を十全に扱うため、大きく強く息を吐く。2人を相手にするために全神経を集中し、先程以上に力強く刀を握る。居合抜きの構えはより洗練され、普通ならば一切の隙が見当たらない攻防一体のカタチとなる。
春雨も海風も、実力だけで言えば大鳳には及んでいない。火力も、膂力も、技術も、何もかもが大鳳の方が一回り上。それでも、大鳳は絶対に慢心などしない。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言うように、力の差で手を抜くことなんて愚かだと考える。
故に、今の春雨と海風に対して、自分の持てる限りの全てを出そうとした。先程までも全力は全力だが、やはり何処か力が抜けているところはあっただろう。
「そちらから近付いてくるのならば」
ドンと音がなりそうなくらいに強烈な踏み込み。またもや大きな水柱が立ち、あり得ない速度での突撃になる。
「好都合です」
そして、刀を抜く。驚異的な速度からの抜刀により、すれ違い様に胴を両断する算段。その狙いは、勿論真正面から突っ込んでくる春雨。
今までならばそれで1人は確実に殺害出来た。駆逐艦だろうが戦艦だろうが関係なく、艦娘だろうが深海棲艦だろうが関係なく、その刃に断てぬモノは無かった。それこそ、戦艦から放たれた砲撃であろうが、堅牢な艤装であろうがお構い無し。ましてや、大鳳の膂力は並ではなく、それによって強引にでも持っていく。
防御は不可能。避けてもその風圧すらも駆逐艦の砲撃程の衝撃があるとんでもない一撃。自分で作った水柱を自ら斬り裂く渾身の一撃。
「そっか、この道はそういう意味だったんだ」
だが、春雨は全く怯まない。その圧だけでも死の恐怖を駆り立て身体を硬直させるモノなのに、春雨はそこに一歩踏み込む。
失敗したら確実な死。そうでなくても重傷は免れず、そもそもまともに動けないはずだった。大鳳も、この春雨の気でも狂ったのかという行動に驚きつつ、しかし慢心せず、いつも通り全力で刀を振り抜く。
それは、春雨の掌の上。
「道は、こう続いてる」
確かに大鳳は刀をしっかりと振り抜いた。振り抜いたはずなのだ。しかし、春雨はピンピンしている。その風圧すら受けず、
何が起きたかわからなかった。だが、何かを斬った感触は無い。それでも何かに触れたような感触はあった。
そして、大鳳の刀が
「……は?」
素っ頓狂な声を上げてしまう大鳳。今までに起きたことのない現実に、失われている感情が蘇ってくるような感覚。驚きを超え、僅かに戻ってきたのは、
大鳳も知らぬうちに慢心しているところはあったのかもしれない。今までに一度も失敗したことのない渾身の居合抜きが、避けられた挙句に刀そのものを破壊されるなんて考えてもいなかった。
その時、春雨は抜刀された大鳳の刀を完璧なタイミングで踏み付け、脚を展開しつつ上へと跳んでいた。その踏んだ場所が、光の道で開示された辿り着く場所。
刀の最も弱い点を突き、破壊しつつも回避して、その抜刀を刀ごと無かったことにしていた。
「流石は姉さんです」
そうなることを信じて進んでいた海風がすれ違い様に魚雷を放っていた。それが春雨の望む行動だと感じ、容赦なく大鳳を吹き飛ばすつもりで放っている。春雨もそれに対して表情1つ変えないため、その行動は間違っていない。
「っ、させない」
視界の端にそれが見えたことで、大鳳も即座に対応。刀が破壊されたことに茫然としている暇なんてないと、柄だけになった刀を投げ捨て主砲を展開し、その魚雷を撃ち抜く。
「次、ここ」
跳んでいた春雨がそのまま落ちてくる。狙いは大鳳の頭。その失われた脚を向け、ジェーナスの装甲を破壊した時と同じように、針のように尖った足先で貫くかの如く、一気に伸ばした。
その一撃が決まれば、大鳳は脳天を貫かれて確実に絶命する。今の春雨にその一撃を躊躇することはない。
「その程度、当たりません」
しかし、大鳳はそれをしっかりと見据え、紙一重で避けた。頬に切り傷が出来るが、致命傷はしっかり防ぐ。
だがそれも、辿り着く力によって見えている光の道の通りである。そこからの行動も見えていた。
「でしょうね」
避けられたことをいいことに、強引に脚を振ることによって大鳳の首を刈り取るように蹴り飛ばす。普通ならば鞭打ちでは済まない程の衝撃が大鳳の頭を駆け抜けた。
「っ」
一瞬視界がぐらつく。だがすぐに立て直し、蹴ったことによって間合いを取ろうとした春雨に対して主砲を構えた。まだ着水出来ていないのだから、回避は出来るはずがない。もしあの脚を盾へと変形させたとしても、強化された戦艦の主砲による一撃だ。まともに止められることはない。
大鳳の視界には春雨しか入っていなかった。それ故に、海風の行動が見えていなかった。
「春雨姉さんに何をするつもりですか」
怒りを表に出した海風が、その腕を錨と鎖に変え、主砲で狙いを定める腕を絡め取っていた。いくら膂力があったとしても、殆ど不意打ち気味にそれをされれば狙いはズレる。
咄嗟にその鎖を引っ張ったが、その時には仕事を終えたと海風は鎖そのものを消していた。
たったそれだけでも、大きな隙を生む。
「ありがとう海風、流石だよ」
綺麗に着水した春雨は、その瞬間にまた脚を展開したことで爆発的な速度で突撃。海風の一瞬の拘束によってグラついた大鳳を、自らの間合いに入れた。
その時、光の道は点へと変わる。撃ち抜くのは、その左胸、心臓。ジェーナスを元に戻した時と同じ点。
黒い感情があっても、春雨の根幹は変わっていない。殺したいほどに怒りを覚えても、大鳳のことを救いたいという気持ちは消えていない。
今がまさに、最初に言っていた
「見えた。ここが、答え」
そして、脚を振り上げた瞬間にその点に向かって脚を伸ばし、即座に縮める。心臓を撃ち抜き、あわよくば救う。だが今回はあまりに容赦のない一撃。心臓を止めてしまっても構わないと思いながらの、痛みしか与えない蹴りのようなものだ。
その証拠に、ジェーナスの時には無かった傷が大鳳の胸に出来上がっていた。胸を覆う服を突き破り、その衝撃が背中にも伝わり、ただ一瞬心臓を止めるのではなく、骨を砕くほどの衝撃だった。
「かはっ……っ」
初めて大鳳が大きくグラついた。しかし、まだ光の道は消えていない。終わっていない。
「海風、顎!」
心臓を撃ち抜いたために体勢が崩れ、今の春雨には狙えない場所に光の点が見えた。そこをすぐに攻撃しないとまずいと判断し、それを海風に指示する。
「了解です。春雨姉さんを狙った報いを、私の手で」
春雨からの指示への反応速度が驚異的な海風だからこそ、全ての言葉を紡ぐ前にその腕を鞭のようにしならせ、大鳳の顎を狙い、砕く程の勢いで振り抜いた。
まだ気を失うことすらしていなかった大鳳は、それがトドメの一撃となった。グルンと白眼を剥き、膝をついた。
しかし、まだ道が消えない。あまりにも往生際が悪い。
「か、ひっ……」
殆ど気を失いながらも、大鳳はその手を伸ばして春雨の喉を掴んだ。そのまま握り潰してしまう力を持っているのは知っているが、それ以上にまずいのは、身体の死を感知した泥が大鳳の中から吐き出されること。今の場所は、それをモロに被る場所である。逃げようにも逃げられない程の握力は残っており、春雨を完全に拘束しているようなもの。
最後の最後でも、春雨を陥れようとするその執念が、春雨の行動を一瞬遅らせた。道が見えていても、この咄嗟の拘束にはまだ対応出来なかった。
「姉さん!」
その危機をどうにかしようと、伸ばした腕をさらに変形させて大鳳の頭を強引に春雨とは別の方向へと向かせる。やり方を間違えたら首を捻じ切りかねないのだが、そんなこと躊躇している余裕なんて無い。
「ごめんなさい大鳳さん。私、死ねないので」
そして春雨も一切の容赦が無かった。掴まれている喉に手を添えた瞬間、脚が刃へと変わり、その腕を斬り飛ばしてしまった。そして、咄嗟に服の下に全身を覆うインナーまで作り上げる、
これにより強引に拘束を抜け出した春雨は、大鳳からの返り血を多少浴びつつも、そこまで汚れることなく離れることが出来た。
覚悟を決め、容赦なく大鳳を追い詰めた春雨は、相手の身体のことは考えずに戦いを終わらせる。だが、ここまでしなければ逆にやられていた可能性は高いのだ。