時は少し遡る。
ミシェルを攻撃し、未だ近海の深海にいるであろう潜水艦姉妹を追う伊47と、海上からそれを援護するジェーナスは、施設から少し離れたところまで来ていた。ジェーナスのソナーは2人の存在を感知出来ているのだが、その動きはやたらと速く、また伊47もそれを追随するスピードで追いかけているため、爆雷による攻撃はかなり難しい状況にあった。
そもそもが夜であり、雨すらも降るこの海上では、ソナーの反応だけが頼り。それが微妙に
「ああもう! 夜の潜水艦は本当にキツいわ!」
独りごちるジェーナスだが、ミシェルにあんなことをした潜水艦姉妹は絶対に許せないと、爆雷を握りしめる手に力が入る。
「見つけた……! 流石ヨナね、真っ直ぐ見つけに行ってる。私だけだったらこんなに簡単に見つけられなかったかも」
伊47の反応についていくことで、潜水艦姉妹の反応まで捉えることが出来た。海上でソナーを頼りに動き回るジェーナスと比べると、海中の目である伊47の方が潜水艦を追うのに適している。むしろ、海中に潜った時点で既に見えていたのかもしれない。
その速度も、最大戦速で駆けているジェーナスよりも速いまであった。伊47が先行していたため、ここまで追いつくのも必死だったのは言うまでも無い。
「ヨナに当たらないようにしなくちゃ……!」
ここからは爆雷を投下し、伊47の行動を阻害しないように潜水艦姉妹の進路を邪魔していく。
自分で対潜は得意な方と言っているだけあり、その精度はかなりのもの。これが普通の潜水艦相手ならば、ここまで苦戦することは無かっただろう。しかし、上から来る爆雷がわかっているかのようにヒラリヒラリと避けていくため、有効打が一向に入らない。
とはいえ、潜水艦に対して爆雷が直撃すれば、おおよそそれだけで決着がつく。あちら側はそれも見越して、回避性能に特化しているようにも思えた。
だからこその、伊47。追い込み漁を手伝っているだけあって、潜水艦姉妹の行動を逐一判断して、的確な位置を陣取ろうと泳ぎ続けた。
その巨大な艤装を最大限に利用し、普通の潜水艦では出せない速度で動き回るため、潜水艦姉妹もこれには面倒臭そうな視線を送った。
「ヨナ、怒ってます」
前を駆ける潜水艦姉妹に聞こえているかはわからないが、忌々しげに吐き出す伊47。
いつもは幸せアレルギー故に仲間達との交流に制限があるものの、みんなに理解されているおかげで楽しく生きているため、基本的には笑顔を絶やさない。
しかし、今は心底気分が悪そうに顔を歪め、その姉妹に対して全力の嫌悪感を隠してもいない、
「ヨナ達は、ただ静かに暮らしたいだけ。ミシェルちゃんも、貴女達が来なければ静かに楽しく生きていけた。なのに、あんな怪我をすることになったのは、なんで?」
問い掛けるものの、振り向くこともなく避け続ける。合間合間に後方に向かって魚雷を放ってくるが、伊47はそれを易々と回避する。スピードが乗っていようが、細かく動きつつも距離を詰める姿は、さながら伊47自身が意思を持つ魚雷のようだった。
伊47の艤装はより速く泳げるように腕を前に伸ばし、口から魚雷を吐きながらもその手で捕まえようと猛追する。潜水艦より明らかに巨大であるのだが、そのスピードは明らかに他より速い。
「何か邪魔をした? それは必要なこと? 貴女達に危害を加えないモノを攻撃する理由は何? 納得出来るなら、追いかけ回すのやめてあげるヨナ」
静かに言い放つも、伊47は自分で宣言した通り怒りを露わにしている。何を言われても納得はしないだろうし、ミシェルをああした報いを受けてもらわないと気が済まない。
「わかった。話す」
「うん。話す」
今までさんざん逃げ回っていた潜水艦姉妹が突然動きを止めた。急に素直になったことに驚きを隠せない。
そして、こんなことをしている理由を、2人で声を揃えて話す。
「
あまりにも単純。そして、施設にとってはあまりにもくだらない理由だった。誰かに頼まれたから、施設に害を為そうとしている。この2人にとってはただそれだけだった。
鎮守府襲撃の時もそうだ。頼まれたから重傷を負った龍驤の撤退を手伝った。多少悪態をついたのは、依頼されたことと少し違うこと、龍驤がコテンパンにのされていたから。泥を設置したのも、そうしてくれと頼まれたからに過ぎない。
前回の戦いでも、頼まれたから施設を探した。そうすることでどうなるかは知らない。それを妨害されたから、やり返しただけ。本人達からすれば、ただの
結果、この2人には
だからこそ、この2人は施設に辿り着いてしまった。
「……それだけ?」
「それだけ」
「頼まれたことをしてるだけ」
あまりにも感情が乗っていない。ただの操り人形とすら思えるほど。こうやって話しながらも、ジェーナスの爆雷はヒラリヒラリと回避しているため、戦闘能力はかなりのものとも見える。
この潜水艦は、以前に北上が言っていた通り、多くの潜水艦が混ぜ込まれた個体。そのため、
感情が無いのも、混ざり合い過ぎてわけがわからなくなった結果。喜怒哀楽がグチャグチャになって、相殺されて全てが失われたようなもの。
「じゃあ、ヨナ達からもお願い。そっとしておいて」
僅かな希望に賭けて、2人にお願いしてみる。
「ダメ。貴女達のお願いは聞かないように言われてる」
「依頼に含まれてる」
しかし、事前に対策されていたようで、依頼主からの依頼しか聞かないようにされているようだった。
それで素直に言うことを聞いている辺り、この2人は妙に素直。悪意が無いために非常に戦いづらい。
「じゃあ、今回の依頼は?」
聞けるのならと試しに聞いてみるが、2人は無言。秘匿義務があるようだ。そういうところは律儀。
「邪魔をするなら、反撃する。それだけ」
「依頼の邪魔はダメ」
そういうところから、ミシェルを攻撃したという。施設に近付いたことをミシェルが勘付き接近したことは、『邪魔をした』に含まれるらしい。
「……それはダメだよ。間違ってる」
怒りだけでなく、悲しみまで含まれた複雑な表情で2人の潜水艦を見つめる。今にも泣きそうな、哀れみすら感じているような、そんな表情で。
ただ生きていただけなのに殺され、それを利用されて作り出されただけなのに、感情を奪われ、ただ依頼を受けるだけの悲しい人形。
今まで見てきた中でも、最も壊れてしまった存在とも言えるだろう。自分がわからなくなっていても楽しく生きているミシェルは、壊れていても哀れでは無いが、この2人はそこからさらに存在意義すらも奪われてしまっているようなモノ。
「話はそれだけ。依頼の邪魔をするなら」
「排除する。依頼をちゃんと終わらせなくちゃいけないから」
今まで逃げ回っていたが、伊47からは逃げられないと悟ったのか、急に反撃に打って出た。2人揃って魚雷をこれでもかと放ち、伊47を始末しようと一転攻勢。
「……そっか」
これだけの魚雷を放てるなら、ミシェルがああなってしまったことに納得しつつ、あのミシェルにここまでの攻撃を仕掛けたことにさらに怒りが込み上げてくる。
「じゃあ、やり返されても文句ないヨナ」
対する伊47は、たった1人で同じくらいの魚雷を展開。自分がやられないようにするためもあるが、ここで互角になることで、海上からのジェーナスの爆雷も命中しやすくなるだろうという算段。
潜水艦は基本的には魚雷しか扱えない。巨大な艤装を手に入れた伊47も、そこは例外ではない。むしろ、海中で主砲が撃てたところで威力は半減どころか激減している。まともに使えるかもわからない。
結果、潜水艦同士の戦いは不毛に終わる。お互いに何も出来ないと言っても過言ではない。目の前で放たれて、目の前に飛んでくる魚雷なんて、見て躱せるというのが潜水艦の共通認識なのだから。
しかし、
「すごい。同じくらい出された」
「うん、すごい。こんなの初めて見た」
感心しているような言葉だが、全く感情が乗っていない。
だが、ここで緊急事態が発生する。今まで海上から降ってきていた爆雷が、ここで突然
「ジェーナスちゃん、どうしたの……?」
流石にそれは伊47としても不安に思い、戦闘中であっても海上に目を向ける。そこでは、想定外のことが起きていた。
海上。ソナーで感知していた潜水艦姉妹の反応の動きが緩やかになったことに気付いたジェーナスは、今が爆雷を投げるチャンスだとその真上に立つ。
しかし、その行動に出る前に、この戦場に向かってくる影が目に入った。まさか、他の敵がこの戦場に乱入してきたのかと、すぐさまそちらを確認した。
「What?」
その影は、ジェーナスも知る者だった。
「て、Teste!?」
乱入してきたのは、コマンダン・テスト。しかし、その表情は施設の中では見たこともないような形相。叢雲が怒りに震えている時ですら、ここまで顔は歪んでいない。
血走った眼で周囲を見ながら、ミシェルに重傷を負わせた犯人を探していた。展開されていた尻尾の艤装は、その感情を表すようにのたうち回り、溢れる感情が隠せていない。
生に執着し、他者の死を極端に嫌うコマンダン・テストからは考えられない程の殺意が溢れ出していた。
「Où sont les ennemis」
ジェーナスのことは認識出来たようで、一言ボソリと呟く。その声も聞いたことが無いほどにドスが利いており、ジェーナスは一瞬震え上がってしまう。
「な、え、え?」
「
まともに話すことも出来ないくらいに正気を失っているのがわかった。あまりのことにあたふたしてしまうジェーナスを余所に、コマンダン・テストの眼がグリンと海中に向く。潜水艦の存在に気付いたらしい。
ミシェルは潜水艦にやられたという断片的な情報から、
「
何を思ったのか、尻尾の先端を海中に突っ込んだ。
「
そして、海中に向けて猛烈に魚雷を発射した。一切の躊躇なく、それが当たるかもわからないのに、海底を全て破壊するかの如く。
静かに、しかし狂気に染まっているコマンダン・テストに、ジェーナスは戦慄した。発作を起こして暴れ回っているのではなく、発作により生まれた怒りの矛先を破壊することで自分を落ち着けようとしている。
こうなったコマンダン・テストは、そう簡単には止められない。潜水艦姉妹がこれで倒れたとしても、伊47の反応がある限り止まらない。潜水艦を全て始末するまでは、コマンダン・テストの怒りは発散しない。
「Testeやめて! 海の中にはヨナもいるの!」
ジェーナスの悲痛な叫びも、今のコマンダン・テストには届かず。素知らぬ顔で海中を攻撃し続ける。
「やめて!」
それを止めようと縋るジェーナスだったが、邪魔をするものとみなして手を振るい、魚雷を一時的に止めたかと思うと尻尾まで振り回した。
こんなものに当たったらジェーナスとてひとたまりもない。さすがにまずいと重装の艤装を展開したが、その勢いにやられて大きく飛ばされた。文字通り、ボールがバットで打たれるように。
「
ジェーナスが吹っ飛んだことを確認した後、またもや同じように尻尾を突き入れて魚雷を放ち続ける。もう敵も味方も無かった。
怒りのままに暴走を続けるコマンダン・テストを、ジェーナスは自分では止められないと悔やむ。だが、ここでさらなる乱入者。
「Commandant Teste、いい加減になさい」
それを追ってきたリシュリューが戦場に現れる。暴走したコマンダン・テストを止められるのは自分しかいないと、目の前に立った。