施設を襲撃した潜水艦姉妹を迎撃する戦いの中、暴走したコマンダン・テストが敵味方の区別をせずに海中に魚雷を乱射し始めてしまった。海中には敵の潜水艦姉妹だけでなく、それを追って交戦している伊47もいるというのに、怒りの矛先が潜水艦と広い範囲になってしまっているのが大問題。
ミシェルが重傷を負ったことで起きた発作が今までにないところにまで来ていたため、コマンダン・テストは完全に理性を失っていた。怒りを発散出来る先が近くにいるというだけでここまでになってしまうなんて、誰も思っていなかった。
「Commandant Teste、いい加減になさい」
そんなコマンダン・テストを止めるため、それを追ってきたリシュリューが戦場に現れる。
施設の中では最も親しく、共に遠征に向かって長く一緒に暮らしている仲。コマンダン・テストの暴走を食い止められるのは自分しかいないという自負を持ってここに立っていた。
「
「するわよ。今の貴女は見ていられない。そこにヨナがいることがわかっていないくらいになってるのは見過ごせないわ」
ギョロリと理性のない眼で睨み付けるコマンダン・テストだったが、リシュリューはその程度では怯みすらしない。
「Janus、
コマンダン・テストの艤装によって吹っ飛ばされたジェーナスを気遣うリシュリューだったが、ジェーナスはしっかりと艤装を展開していたので無傷。重装のそれはそう簡単に壊れることはなく、球体状の艤装の中で転がる羽目になって酷い目に遭った程度で済んでいる。
「It's okay. 怪我は無いわ。私、ヨナの方を手伝いたいの。Testeの方、お願いしていい?」
「
ジェーナスにはヨナの援護をしてもらわなくてはならない。コマンダン・テストがそれを邪魔するようなら、しっかりと
「まさかここまでになるとは思っていなかったわ。犯人が近くにいるっていう状況がダメだったのかしらね」
ジェーナスが伊47の援護を再開出来たことを見届けた後、リシュリューもコマンダン・テストを冷たい瞳で見つめる。表情は冷え切っていても、嫌悪感は見えていない辺り、やはりコマンダン・テストのことを正しく友として認識しているまま。
「
もう理性の一片も残っていないコマンダン・テストは、リシュリューすらも敵として認識してしまっていた。
コマンダン・テストの壊れた理性では、ミシェルに重傷を負わせた潜水艦は全て殲滅、それを邪魔する者もその仲間だという認識である。海中より海上の方が戦いやすいのもあり、リシュリューの優先順位を上げた。
既に、コマンダン・テストから見たリシュリューは、あれほど頼り合っていた仲間でも友人でも何も無くなってしまっていた。
リシュリューとしては、それが一番悲しかったのだが、表には絶対に出さない。ここまで狂ってしまった友を見ていると、悔しさで歯軋りをしてしまいそうになっていたが。
「好きになさい。でも、貴女はRichelieuをどうにも出来ない。ちゃんと無傷で正気に戻してあげるから、安心なさい」
リシュリューが言い終わる前に、コマンダン・テストはリシュリューに突撃していた。長く伸びた尻尾を振り上げ、のたうち回らせながら、リシュリューを始末するために全力を振るってきた。
これの相手が艦娘だったりしたら、尻尾に薙ぎ払われてそのまま重傷、悪いと即死まである。だが、リシュリューと
「本当に
リシュリューが艤装を展開した瞬間、もう殆ど終わっているようなものだった。
その尻尾は尋常では無い長さと大きさ。コマンダン・テストの尻尾も本体の倍近い長さを誇っているのだが、リシュリューの尻尾はそれを優に超えていた。
本体の
「っ」
「部屋の中で暴れるだけならここまでしないのだけれど、こんなに開けた空間なんだもの。使わないわけがないわ」
襲い掛かってくるコマンダン・テストの尻尾を絡め取り、そのまま締め上げる。
しかし、本能的にまずいと思ったか、即座にその尻尾を消して再展開。拘束を回避してもう一度身体を捻り、今度は直接ではなく主砲を向けた。
「あら、本当にRichelieuを殺すつもりなのね。Commandant Teste……そこまで溜め込んでいたのかしら」
コマンダン・テストの形相を見ているだけで、リシュリューはいたたまれない気持ちになる。絶対に元に戻してやろうという気持ちが一層強くなる。
「今までさんざん止めてきたんだもの。こういう時もあったわね」
砲撃は重ね合わせた尻尾により完全にガード。いくら深海棲艦化して強大な力を持ったとしても、同じように深海棲艦化してより強大な力を得た戦艦には、火力も装甲も届かない。
そしてこのリシュリュー、こと装甲に関してはジェーナスと同等かそれ以上のモノを備えていた。見た目で硬さがわかるジェーナスの重装甲とは違う、単純な厚さ。そして硬いだけでなく
「大分前に陸に近いところで発作を起こしたのよね。その時以来かしら。ここまでの
遠征の時、ここまででは無かったが理性を失って暴れそうになったらしい。それを止めたのは勿論リシュリュー。むしろ、リシュリュー以外に出来る者がいなかったのだが。
その時はどうにか人間にも艦娘にも深海棲艦にもバレないように対処が出来たのだが、まだその時には慣れていなかったリシュリューは、コマンダン・テストと互角、むしろ一時圧倒されてしまい、発作を止めることは出来たものの、重傷までは行かずとも傷を負うことになってしまった。
「なんだか懐かしいわ。でもね、もうあの時のRichelieuじゃないの。別に
さらにコマンダン・テストは魚雷まで繰り出してきたが、それは尻尾を海面に叩きつけることで全て破壊。その爆発に巻き込まれても、リシュリューの艤装は傷一つついていなかった。
「Richelieuは、貴女を、Commandant Testeを常に守ってあげる。そう決めたのよ。あの時にね。もう何処にも傷を負わせない。
これだけのことをされても、2人とも傷がない。無傷のまま、コマンダン・テストに怒りを発散させつつ、徐々に追い詰める。
今のリシュリューには、コマンダン・テストの全てをぶつけても何も効かない。冷静に理性的に考えることが出来れば話は変わるが、発作によって理性を失っているコマンダン・テストに、今のリシュリューを乗り越えることは不可能。
「Commandant Teste、少しこちらに来なさい」
そしてついに、尻尾がコマンダン・テストの本体を捕らえる。
「っ!?」
何かをする余裕を与えずに引き寄せ、強く抱き締めた。その時の衝撃は相当なもので、コマンダン・テストは強く胸を打ったことで咳き込むことになる。
そんな状態になっても気にすることなく、コマンダン・テストを傷つけることもなく、戦艦の膂力で動きを完全に封じる。理性を失い、全力でもがき苦しむコマンダン・テストでも、リシュリューの全力には敵わない。
「いい、Commandant Teste。落ち着きなさい。こんな雨の中なんだもの、頭を冷やしなさい」
頭を撫でながらさらに尻尾で包み込み、強く強く自分の熱を伝えた。雨の降る深夜だからこそ、より近くにいることを実感させる。
「貴女の気持ちはわからなくはないわ。仲間が傷付けられて辛い、悔しい、腹が立つ、全部わかる。特に貴女は、死が絡むとその気持ちが膨れ上がることは理解しているつもり。でもね、周りが見えなくなるのはよろしくないわ」
耳元で囁くように叱りつける。だが、怒りなどの負の感情は一切無い。ゆっくりと、やんわりと、その思いを伝える。
「大丈夫、Michelleは死なない。あの子はそんなヤワじゃないわ」
恐れている仲間の死は起きない。それを頭に刻み込むように、じっくりと、だが止めることなく。
「落ち着きなさい、Commandant Teste。大丈夫よ。
リシュリューに囁かれ続けることで、コマンダン・テストの息遣いに変化が見られた。怒りに呑まれたことで興奮気味だったそれは、ようやく正常に落ち着こうとしてきている。
暴れるから止まらない。故に、縛り付けてでも止めることで、心身共に鎮めることが出来た。
しかし、落ち着けば落ち着くほど今度は自己嫌悪の気持ちも膨れ上がり、逆に冷静さを失い、そしてまた暴れる。
これも以前の発作による暴走であったこと。リシュリューはそこまで理解し、尻尾を巻き付けて落ち着かせている。これ以上暴れ回ることは、コマンダン・テストにとって悪いことにしかならない。
「Richelieuの声がちゃんと聞こえているかしら。もう元のCommandant Testeに戻ったかしら」
拘束を解いてやる。すると、自分の脚で立つことが出来ず、膝から崩れ落ちた。
「Richelieu……私は……また……」
「ええ。でも、貴女のそれは仲間を思ってのことだもの。誰も咎めない。Richelieuも、みんなもね。ヨナも気にしないはずよ」
立ち上がれるように手を貸すリシュリュー。しかし、コマンダン・テストはすぐに手を取れない。
「全く。Commandant Teste、シャンとなさい。落ち込むくらいなら、今から
自分のためにも立ち直れと、無理矢理手を引いて立ち上がらせる。自己嫌悪で立ち上がれないのならば、リシュリューがそれを手助けする。
同郷だからこその縁もあるが、ここまで長く付き合ってきたことも大きい。お互いにもうただの仲間という域を超えている。
「さぁ、行くわよCommandant Teste。貴女がやることは決まっているでしょう」
小さく微笑み、コマンダン・テストの肩をポンと叩く。
「……Oui」
コマンダン・テストも力強く頷く。
発作はひとまず落ち着いた。問題点はまだまだあるが、今優先すべきことは1つ。